第二十八話 震える魂
同盟軍司令部が滞在する大きな館。その一室のベランダに、一人の男が腕を組んで佇んでいた。我らが主人公タナカである。
目の前にはすでに暗闇に支配された街並みがひろがっている。しかしタナカの目にはそれらは映っていない。目の前の暗闇より、さらに暗いどんよりとしたオーラを漂わせている。
「なぜだ。どこで計算が狂ったというんだ……。いや、まだだ。まだ勝負は終わっていない。かの大将軍、豊臣家康も言っていた。『鳴かぬなら光秀つけよう信長公』と……。おそらく『夜這いをしてアイサちゃんの弱点を攻めろ』という予言だ」
タナカの瞳に光が差す。身体の奥底からリビドーが湧き上がってくる。
「そうだ。アイサちゃんは照れていたのだ。そして今、部屋で俺が来るのを待っているはず! いける! いけるぞ!! まっていろアイサちゃん! トォゥ!!」
タナカはカッコイイ気合の叫び声を上げる。と同時に一足飛びに屋根に上がった。そしてカサカサと移動を開始する。その足取りは軽い。夜這いを自分の中で正当化させたタナカにもはや迷いはないのだ。
しかしここでまたしても、世界がタナカの行く手を阻む。タナカの目指す方向に暗躍する人影がひとり。黒装束の人物が気配を消し館を伺っている。
タナカの心に怒りの炎が立ち上る。自分のアイサを奪おうと、夜這いをしかける輩が現れたのだ。タナカにしてみれば当然の怒りである。
「そこまでだ」
タナカはその変質者を止めるべく渋い声をかける。カッコいいポーズももちろん忘れない。
変質者はそんなタナカの方を振り向く。同時に自然な動きでナイフを飛ばしてくる。その反応と技術は達人クラスの動きであった。
しかしタナカにとっては児戯にも劣るもので簡単によける。タナカにとっては自然な動きだったが相手にとっては認識できない次元の動き。まるでなにもなかったかのような状況。
この一瞬で変質者は絶望感に襲われた。わずかなやりとりでいやでも認識させられたのだ。目の前に立ちふさがる人物が、圧倒的強者であると。
そんなことを知る由もなく、タナカは変質者の行動に戸惑っていた。しかしすぐに変質者がキレてとった行動だと気づく。間違っているが。
当然だがタナカとしては、変質者の逆ギレで迷惑をうけたくない。ここはスマートに事を解決させるべきだという結論に至る。
そうときまれば話は早いと、すぐに行動に移るタナカ。
「すみやかにここから立ち去れ。さもなくば……」
タナカはおもむろに構えをとると拳を数度繰り出す。シュッ、シュッと口で効果音を出す憎い演出も忘れない。そうしてドヤ顔で警告する。
「俺のカラーテが炸裂するぜ」
決まった! と心の中で絶賛しているタナカ。当然だがタナカに空手の経験などない。
そんなタナカとは対照的に、変質者は混乱していた。目の前の男の意図はなんなのかと。
しかし考えても答えがでるはずもなく、かといって目の前の超越者をどうこうできるわけもない。
変質者はすばやく身を翻し逃走を開始する。
「逃がすか!」
タナカの不可視の攻撃魔法が変質者の足元に炸裂する。自分で立ち去れと言っておきながらこの仕打ち。さすがタナカである。
威力が強すぎたのか変質者の周りの屋根が吹き飛ぶ。変質者はそのまま屋敷の中に落ちていった。
「ハハハハ! 計画通り。これで貴様も袋のネズミだ」
上機嫌で今しがたできた穴に飛び込む。そのままどこかの一室に華麗に着地するタナカ。
先ほどの変質者が気を失って倒れている。攻撃魔法はあたってないが破片の直撃を受けたのだ。
どうやら事は無事解決したようだと安心するタナカ。しかし部屋にもうひとつ気配を感じそちらに意識を向ける。
そこには着替え中だったのであろうアイサが、服で胸元を隠し固まっていた。
思わず感激の叫びをあげ飛び掛りそうになる。しかしその強靭な精神力でリビドーを押さえ込む。そしてとりあえず即座にいまの映像を脳内に保存用、観賞用、布教用と別々に記憶するのだった。まさに紳士。
そしてあらためて隠しきれていない白い柔肌を鑑賞するのだった。しかしこの時点でアイサの視線に我に返る。この状況かなりまずいのではないかと。
以上、アイサを認識してからここまでかかった時間は、コンマ1秒にも満たなかった。さすがタナカ、実に切れる漢である。
そこに激しくドアを鳴らし雪崩れ込んでくる、タイサを筆頭とした女性陣。
「! これは一体……」
タイサは目の前の状況に唖然となる。緊張感漂う時間が流れていく。やがて耐えられなくなったタナカはカッコよくジャンプし、天井の穴から逃走する。
「まずい……、まずいぞ。これは不敬罪とかなんとかだったりするんじゃないか。クッ、罠にはめられた。奴は世界からの刺客だったというわけか……。おのれ!」
暗闇に包まれた街の中、情けなく慌てふためきながら疾走し立ち去るタナカなのであった。
一方、残された面々はというと――
「姉さん大丈夫? 一体何があったの?」
タイサはアイサに歩み寄ると無事を確認する。
「え、ええ……。大丈夫よ。でも私にも何が何だか……」
二人が会話している間に、女性兵士がタナカいわく変質者を調べる。
「タイサ様。この者は密偵と思われます。どこの手の者かはわかりませんが……」
その場の空気が冷え込む。もしタナカがいなければ司令部の情報は筒抜けとなっていた。さらに暗殺者であったなら成功していただろう。
皆が自分たちの状況のあやうさを認識する。そして自分たちの知らないところで何かが動きはじめている。皆がそう感じ始めていた。
「どうやらグンソウさんは密偵に気づいて動いてくれたみたいね」
「そのようね。すぐに出て行ったところをみると、他にも密偵が潜んでいるのかもしれないわ」
タイサとアイサはすぐに状況を整理し、女性兵士たちに館の警備を強化するように命じる。
内乱の終結する目処がたち、どこか緩んだ雰囲気のあった同盟軍司令部。しかしこの日より再び気を引き締め、新体制を作るべく奔走するのだった。
数日後、都市ゴクリにある酒場。そこにはチビチビとミルクを飲むタナカの姿があった。
「フッ、国家に追われる身でありながら、酒場で渋くグラスを傾けるオレ。ハードボイルドだぜ」
タナカはなぜか思いっきりカッコよさに酔いしれている。酒場のオヤジに変な目で見られていることにも気付いていない。
当初、タナカはこの街から逃走しようとした。しかし仲間の居場所も不明のまま、どこに行っていいかわからず。結局、この街の酒場に入り浸っていたのだ。
優柔不断な漢タナカ、ここに極まるといったところである。
今日も平常運転でハードボイルドな自分を演出していたタナカであったが、それもここで終わりを迎える。
一人の人物が酒場にはいってきた。酒場の雰囲気が変わる。酒場に似合わない人物は気にする風もなく歩みを進める。迷いなく進みタナカの傍でその歩みをとめる。
「ここにいたのねグンソウさん、探したのよ。戻ってくれないかしら。先日の事件でみんな不安がってるの」
それはタナカを探していたタイサだった。
同盟軍では先日の密偵の正体はいまだにわかっていない。あれから警戒を強めているが、とくに網にかかるものもいなかった。
夢にまで見た平和がすぐそこまで来ている。そんな状況が同盟軍のひとりひとりを臆病にしていた。皆が不安を抱き始めているのだ。
そんな中、一筋の光明があるとすればそれはタナカの存在である。どんな敵であろうがタナカであればなんとかしてくれる。誰もが少なからずそんな考えをもっていた。
そんな状況を理解していたタイサはタナカを連れ戻そうとやってきたのだ。
彼女にはタナカが謎の敵の正体を探るべく、ひとり動きまわっているとはわかっていた。しかしそれよりも皆のため司令部に戻ってほしかったのだ。
そんなタイサの心の内を知りうるはずもなく、タナカは心の中で焦っていた。「やばい! やっぱり大事になっていたか。しかもこのハードボイルドな酒場まで突き止めるとは。どうする? この危機を乗り越えるには……。幸いタイサちゃんは一人のようだ。ここはタイサちゃんの人の良さを突いてごまかし逃げるしかない!」と――。
タナカは焦る気持ちをハードボイルドな酒場モードで押さえ込む。そして逃げるために動き始めるのだった。
「大佐殿か。すまないが戻るわけにはいかない。俺は行かねばならぬのだ。たとえ世界すべてのものが立ちふさがろうとも……」
そう、タナカは自分の保身のためならすべてを投げうる漢なのだ。たとえ世界中の皆が敵となって捕まえようとしてきても、最後まであきらめない。
なさけなく涙を流し、糞尿を垂れ流し、命乞いをしてでも生き延びようともがく漢。それがタナカ。
タナカはゆっくりと立ち上がる。震える足を歯を食いしばって動かし酒場の出口へと向かう。
そんなタナカの姿に衝撃を受けるタイサ。自分たちではその正体さえ掴めなかった新たな敵。彼はすでにすべてを把握しているのだと。
なにより衝撃なのはタナカの雰囲気。自分たちが最強と信じるタナカをして躊躇せざるを得ないほどの強大な敵。
そして今、彼はたったひとりで戦いにおもむこうとしているのだと――。
「どうして……、どうして行ってしまうの……」
なぜこうまで自分たちに力をかしてくれるのか。タイサには理解できなかった。
そんな彼女の言葉に立ち止まるタナカ。
「魂が震えるのさ。俺はそれに突き動かされ前に進んでいるだけだ」
背中越しに語るタナカ。タイサにはその背中がとても大きく見えた。
「得るものはなにもないのに……」
彼はなんの見返りも求めず自分たちのため発とうとしている。タイサは自然と涙があふれでてくる。
「進むさ。たとえ得るものがなくとも。この湧き出る思いを信じて」
タナカは再び歩き始める。タイサは悔しかった。そして悲しかった。自分たちの無力さが。今の自分たちでは足手まといなのだと。彼とともに戦うことはできないのだと。
「いつか大佐殿にもわかるときがくる。すべてをかなぐり捨ててでもやらねばならぬことがあるのだと」
もはや涙でタナカの後姿がおぼろげだった。しかしそれでもその偉大な漢の背中を見続ける。そして彼の言葉を心に刻むのだった。
「さらばだ大佐殿。縁があればまた会おう」
タナカは旅立った。少女の心に確かななにかを残して。
「こいつら一体なにやってんだ……」
そして酒場のおやじの疑問も残して……。
街を出てすぐタナカの前に立ちふさがる影が二つ。
「待ってたでござるよ」
「やっと合流できたぜ」
スケさんとカクさんである。カクさんにはやはり感知能力があった。ちょうどタナカを追ってこの街までやって来たのだ。
しかし二人は街中では注目の的になる。どうしたものかと街の外で手をこまねいているうちに、タナカが街の外に移動し始めたので待ち構えていたのである。
「サミシカッタデゴザル」
涙目で二人にすがりつくタナカ。なぜかござる口調でごさる。タナカが変なのは今に始まったことではないので気にしない二人。
「で? どうするよ。とりあえず合流できたわけだし、しばらくどっかで遊んでいくのか?」
カクさんがタナカの心を落ち着けるためサイドチェストポーズで語りかける。
「いや、もうこの街はいい。っていうかこの国はやべえ。急いでこの国を出よう!」
タナカが即決する。すぐにもタナカを捕獲すべく、役人が飛んでくるかもしれないのだ。当然の決断である。
「なんだよ。別にゆっくりしていってもいいんだぜ?」
めずらしくカクさんが気を遣ってくれる。こまめにポーズを変えながら。タナカと別れてから訓練していたのであろう。スケさんも絶妙に合わせて動いている。
タナカにとってはいろんなところで余計な心遣いである。
「いいんだよ! この国はだめだ。よそ者の俺と距離をおいて構ってくれないし……。どんだけ辛い思いをしたと思ってるんだ。それに罠にはまって今は追われる身なんだ……。早くここから立ち去りたいんだよ! もう耐えられねえんだ! 魂が震えてるんだよぉおおお!!」
タナカの魂の叫びがこだまする。
「それは大変な目にあったでござるな」
「そんじゃあ出発しようぜ!」
タナカの魂の叫びをとくに気にした風もない。平常運転である。
こうしてタナカ一行は再び旅立ったのであった。
すいません。執筆再開したとたんに仕事が忙しくなりました。
本当ですよ。ドラクエもちょっとしかしていません。
泊まり込みで仕事して大変だったんですよ。もう土日とかストレス発散にドラクエやりまくりなくらい忙しかったんです。
というわけでタナカも作者も生暖かく見守ってあげてください。




