第二十六話 決着
敗北の宣言を受けたカシウスは、顔を伏せ黙り込んでいた。
司令部には数十人の兵士たちがいたが、皆が戦いを諦めた表情をしている。
「……クッ、ククククッ。ブルータスから話は聞いていたが、まさかこれほどの化け物とはね……」
静かに語り出すカシウス。その顔には狂気がにじみ出ていた。誰もなにも言わず、ただ彼の様子を見つめる。
「……だが面白くない。面白くないねえ。こうまでコケにされると……」
カシウスはフラリとブルータスのもとに歩み寄った。そして彼女の首に手をかける。
ブルータスは何の反応もしめさない。
「なにをするつもりだ! 姉さんから離れろ!」
「姉さんも離れて!」
ショウサが慌ててカシウスを怒鳴りつける。
タイサは隷属状態にあるとわかっていながらも、姉に離れるよう懇願する。
そしてタナカはというと「彼女が王女か!」と心の中で叫んでいた。そして美女名鑑に加えるべく、真剣な表情でブルータスの外見をチェックし始めている。
そんなまわりの様子にしてやったりと思ったのか、カシウスが笑みを浮かべる。
「弟妹を殺した後に楽しもうと思っていたのだがね。仕方ない……、いまここで楽しませてもらうとしよう。親だけでなく、多くの者を殺してきたことを嘆き苦しむ様をな!」
カシウスがブルータスの首から隷属の魔道具をはずす。
失われていた感情が蘇っていく。そして隷属することで抑えられていた自責の念が噴出する。
「わ……たしは……、あ、あああ!」
膝から崩れ落ちるアイサ王女。両手で顔を覆い嗚咽の声を上げる。
「ハハハハ! 悲しいか? 苦しいか? そうか、そうだろうなあ。両親だけでなく、守るべき多くの民をもその手にかけてきたのだからなあ。王家の力を自らがふるって!」
カシウスがアイサ王女を責め立て、罪の意識を煽る。
「貴様! いい加減にしろ! クッ!……」
「姉さんは悪くないわ! アンタがそうさせたんでしょう!」
ショウサとタイサが怒りに我を忘れ、カシウスに迫ろうとするが防御結界に阻まれる。
そんな様子を楽しそうに眺めながら、カシウスがナイフを取り出す。
「自分で言うのもなんだが、私はとても優しい男でね。その苦しみから逃れる手助けをしてやろうじゃないか」
カシウスはそう言いながら、アイサ王女の目の前に一本のナイフを放り投げる。
自責の念に押し潰されそうになっていたアイサ王女の目にナイフが映る。
「さあ、そのナイフで苦しみから解放されろ。そして今度は弟妹の嘆き悲しむ様で私を楽しませてくれ。ハハハハハ! こいつはいい。これはこれでなかなかに楽しめそうだ!」
カシウスが狂気の笑い声をあげる中、アイサ王女がゆっくりとナイフを手にする。そしてそのナイフを逆手に握り締める。
「やめろ姉さん」
「やめてえ!」
二人叫びがこだまする。その声に反応し、アイサ王女がそちらに顔を向ける。
「……ごめんなさい」
悲しげな表情で小さくそう呟いた後、自分の胸にナイフを突き立てたのだった。
弟妹の絶叫とカシウスの笑い声がこだまする。
アイサ王女の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
しかし彼女が倒れることはなかった。タナカが彼女の身体を支えたのだ。
「は?」
カシウスが変な声をあげる。
ここに集った人間全員が思考停止に陥った。なぜタナカがそこにいるのかと。
当のタナカは回復魔法の光が輝く手をアイサ王女にかざす。いつの間にかナイフは抜かれ、傷口は塞がっていった。
アイサ王女の目が力なく僅かに開く。
「何も考えるな……。いまはただ静かに休むがいい」
短くそう言い聞かせるタナカ。タナカの言葉が聞こえたのかアイサ王女は瞳を閉じる。
「なぜだ……。なぜ貴様がここにいる? どうやって……」
カシウスがやっとのことでそう声をあげた。
思考停止していたショウサとタイサも我に返る。慌てて姉に駆け寄ろうとするが、また防御結界に阻まれてしまう。
「うそ……、どうして……」
てっきり防御結界の効果が切れたと思っていた二人は唖然とする。
どうしてタナカが防御結界を超えられたのか。いや、そもそもなぜアイサ王女の傍にタナカがいるのか。そこまでの過程がそっくり抜け落ちていた。
実際タナカはただアイサ王女を助けようとしただけである。
目の前で美女が死のうとしているのに慌てて駆け寄った。タナカは防御結界があることなど知らず、ただ通り抜けただけだ。
タナカの異常すぎる力にとって、防御結界はなんの抵抗にもならない。実際にタナカは防御結界を通り抜けた後も、その存在に気がついてはいなかった。
そして慌てて駆け寄ったタナカの動きは、常人の認識できる域を超えていた。この場にいる全員が、なぜ現状に至ったのか理解できていない。
「なんなんだ……、なんなんだ貴様は一体!」
カシウスが声を荒げる。狂気はすでに消え、自分の理解できない存在に、恐怖が芽生え始めていた。
タナカはアイサ王女をそっと寝かせるとカシウスに向き直る。
「『何』か……。何者というほどでもない。我はただ自分の往く道を突き進む者。我が前に立ちふさがる者があれば切捨て、我が認めぬ因果があればそれを破壊する」
タナカの厨二病が暴走を始める。カシウスはそれを聞いてかすれた笑い声をあげる。
「ハ、ハハハハ……。なんだそれは。貴様! 最高神にでもなるつもりか!!」
カシウスが怒鳴り声をあげる。しかしタナカの厨二心はブレない。
「そうしなければ我が意思を貫けぬのならば、その座を貰い受けるのみ。……力ずくでもな」
タナカは調子に乗り、いるのかも知らない最高神に宣戦布告をする。
「馬鹿なことを! 化け物風情が! あの方に刃向かおうというのか! 多少力があるからと自惚れるな!!」
カシウスがタナカの不遜な態度に激怒する。そして嘲り笑い始める。
「フフフフ……、いいさ。精々その我が道とやらをいくがいい。そうすれば、いずれ貴様はあの方に滅ぼされるだろうからな」
そこまで言って、カシウスは周りの同盟軍に目を向ける。
「そして貴様ら……。せいぜい勝利の余韻に浸っているがいいさ。どうせ貴様らの国は滅びる運命なのだからな」
カシウスの物言いに同盟軍の兵士たちがいきり立つ。そこかしこで負け惜しみを言うなと怒号があがる。
しかしカシウスはそんな怒号を受けても、どこ吹く風といった感じだ。ゆっくりと懐に手を入れ転移の魔道具を起動する。
カシウスの足元に小さな魔方陣が現れ、光に包まれる。
「すぐにわかるさ。私のいったことの意味が。……クククククッ」
カシウスがまんまと逃げおおせる。
タナカは厳しい表情でカシウスの消えた場所を見つめていた。「やべえ、ちょっと調子に乗りすぎたかな?」と内心焦りながら……。
同盟軍の面々はタナカがそんなことを考えているとは露ほども思わない。ただタナカの厳しい表情に、近い将来なにかが起こるのではと考えるのだった。
その後、同盟軍は再び進軍を開始する。なんら抵抗を受けることもないまま都市ゴクリに到着する。
都市ゴクリには共和国の政治をおこなうための大きな館があった。そこに終戦処理を行うため、司令部が滞在することになる。
そしてその中には保護されたアイサ王女と、丁重にもてなされるタナカの姿があった。
タナカはなんとなく空気に流され、ここまでやってきてしまったのだった。スケさんとカクさんを探し出す手立ても思いつかない。
「それでもカクさんなら……カクさんならきっと何とかしてくれる」
とりあえず精霊のナゾチカラによって助けてくれるだろうと期待する。それは何もしないダメ人間、いつものタナカであった。




