第二十三話 蹂躙Ⅳ
ブルータスの作戦は失敗に終わった。
ドラゴンを一撃で葬り去ることができる力。化け物たちがそれを持っているのは明らかだった。
しかし化け物たちは迫りくるドラゴンに強力な攻撃をしなかった。その結果ドラゴンは四体とも接近することに成功する。だが手加減をされたにも拘らず、すでにドラゴンは満身創痍の状態。
そしてそこからは一方的な蹂躙が始まる。逃げられないように四肢は吹き飛ばされ、次々に切り殺されていく。
まるでこちらの策を見ぬいたかのように、敵は見せつけてきた。手加減しても所詮貴様らはこの程度だと――。接近戦をしてもこのように弄られるだけだと――。
実際にはただの偶然である。タナカたちは策が講じられていたなど露とも知らず、ただ思いつきで行動していただけだ。しかし深読みするブルータスは勝手に思考の泥沼にはまっていく。
ブルータスにとって力の差など最初から分かっていたことだった。ドラゴンがあっけなく殺されたこと自体、大して気にしてはいない。
しかし自分の考えを見抜かれていたことに戦慄を覚える。あの化け物たちは力だけではない。その英知も計り知れないほどの脅威なのだと思い知る。
今ある戦力をすべて使い賭けに出るべきかと考える。しかし今はその時ではないと結論をだし、隣で茫然としている将軍に話しかける。
「将軍。いまの戦闘から、現在の戦力であの化け物どもを抑えることは不可能と考えます。一時撤退し、上層部にあの化け物どもの報告をすべきです。その上で対策を――」
「わかっておる! わかっておるのだ……。だが、ここで退いてどうする。あの化け物に我が国が蹂躙されていくのを、だまって見過ごせというのか……」
ブルータスの進言を怒鳴って遮る。将軍は予想外の出来事に感情を抑えられなかった。しかし将軍を責めることはできないだろう。いま目の前に対峙している化け物が異常すぎるのだ。
「このままでは全滅させられます」
「……」
さらに冷たく進言するブルータス。しかし将軍は判断が下せないでいた。やがてブルータスのほうが折れる。
「わかりました。可能性は薄いですがドラゴンだけでも相手にぶつけてみましょう。それで少しは時間が稼げるはず。幸いにもあの化け物たちはドラゴンの相手を楽しんでいるようですから。その隙に兵は退いてください。反乱軍を抑えるために必要な戦力です」
「……いいだろう。残念だが軍ではあの化け物をどうにもできまい」
右翼と左翼の軍は最初の巨大竜巻から逃れていた。しかし規格外の敵の出現にどうしていいかわからず、ただ化け物に蹂躙されるドラゴンを見ている状況だ。そんな右翼と左翼の軍に司令部から撤退命令が伝えられる。ようやく共和国軍は動き出し兵を退きはじめた。
その間も化け物の蹂躙劇は続いている。一匹また一匹と、化け物に突撃させられ嬲り殺しにされるドラゴンたち。空を旋回中のドラゴンの数も残りわずかとなっていた。
「反乱軍を取り囲んでいるドラゴンたちも引き揚げ、化け物にぶつけます」
「うむ。すでに報告は走らせた。あとは上層部次第だ。我々は少しでも時間かせぎを続けねばな」
「わかりました」
司令部のみが残り、化け物の蹂躙劇を見守っている。
多くのドラゴンを犠牲にして得た時間。それを使い軍の撤退は無事完了する。司令部もすみやかに撤退し、テノヒラ平原の戦いはここに終結した。
大量のドラゴンの死体が横たわっている。そんな中タナカは一体のドラゴンの上で、変な踊りを踊っていた。
「フーン、フフフーン」
今回の戦いでタナカとスケさんは大量のドラゴンを倒している。そのおかげで大量の経験値と竜殺しの力を手にいれていた。タナカは喜びのあまり踊り続けている。そこにカクさんが声をかけた。
「おーい。ところでこのドラゴンの死体どうすんだ」
「こんな場所で大量のドラゴンの死体とは……。迷惑この上ないでござるな」
ドラゴンの死体から飛び降り、カッコよく着地するタナカ。
「うむ。ドラゴンの死体とか素材として高くうれそうだな。とりあえず格納しておくか。クックック……、これはたんまり儲かりそうだな」
タナカは手当たり次第にドラゴンの死体に触れる。ドラゴンの死体は次々とアイテムボックスに格納されていく。ようやくすべてのドラゴンを収納し終えたとき、のんびり休憩していたスケさんが注意をうながす。
「だれかこちらに向かってくるでござる」
馬かなにかにのった人物がひとり、タナカたちのほうに向かってきていた。三人は警戒しつつ、やってくる人物を待つ。
「ほう」
その人物が到着したときタナカから感嘆の声があがる。やってきた人物はかなりの美少女だった。タナカは一時的にダンディーさをアップさせる。
タナカたちの前までやってきて、少女が馬から降りた。
「なにかようかな? お嬢さん」
紳士らしく応対するタナカ。当然下心満載である。
「私は西部国家同盟軍のタイサ。まずはお礼を言わせて頂戴。あなたたちがドラゴンを倒してくれたおかげで、多くの仲間たちが死なずにすんだわ。ありがとう」
どうやらタナカたちがドラゴンと戦っていたこと把握しているようだ。
「礼などいらんよ。こちらも襲われたから倒しただけのことだからな。俺は軍曹。こっちのキリッとしてるのが兵長で、そっちのムキッとしてるのが伍長だ」
タナカは適当にノリで答える。タナカから紹介された二人も、適当なポージングで答える。
「……よ、よろしく」
個性的な二人に圧倒されながらも、なんとか挨拶をするタイサ。
「それにしてもその若さで大佐とは大したもんだな」
まずは褒めるを実践する漢タナカ。
「は?」
「ん?」
失敗。微妙な空気が漂う。そんな状況でさらに人がやってきた。
「兄さん」
タイサの兄らしき人物が、数人の護衛をつれてやってきた。
「兄さん。私に任せてって言ったのに」
「そういうわけにもいかんさ」
タイサに兄と呼ばれる男がタナカたちに向き直る。かなりのイケメンでタナカの敵対心が1あがった。
「私はタイサの兄でショウサ。西部国家同盟軍で指揮官をしている。隊がドラゴンに襲われたところを、君たちに助けられたようだ。感謝する」
「大佐殿にもいったが、自分の身を守っただけだから気にするな。それにしても兄が少佐で妹が大佐か……。少佐殿もいろいろと苦労してるんだろうな」
ちょっとだけショウサに対して優しくなるタナカ。ショウサはよくわからないタナカの優しさに戸惑う。しかし所詮は男。タナカは手短に自己紹介を終える。
「あ、あのだな。いくつか質問があるのだけれどいいだろうか?」
ショウサが戸惑いながらもタナカに質問してくる。
「ああ、かまわんよ。俺に答えられることならばな」
キリッとした顔で懐の深さをアピールするタナカ。タイサに流し目を送ることも忘れない。タイサはナンダコイツ視線を放つがタナカには通じない。ショウサは顔を引き締め直し、タナカたちに質問を始める。
「現在、我々西部国家同盟軍はゴクリ共和国軍と戦っている。君たちと争うつもりなどないが、そちらの考えはどうなのか教えてほしい」
「俺たちもアンタ達と争うつもりはない。向かってこなければな」
ショウサはタナカの答えに頷き安心する。
「それを聞いて安心したよ。ドラゴンを狩る連中と戦いたくはないからな。それから君たちがなぜ戦場にいるのか聞かせてもらえないだろうか」
タナカは道に迷って通りかかっただけだと適当に説明する。ついでに今いる場所をさりげなく尋ねる。心の中で自分の機転を自画自賛しつつ、現在自分たちがいる場所を知り落胆する。プリン王国をかるく飛び越え、ゴクリ首都のある地方の西側まで転移したことが解かった。とりあえず転移魔法は本当に最後の手段だと心に固く誓うタナカ。
会話はさらに脱線し、ゴクリ共和国のことをいろいろ知ることができた。ゴクリは内乱中程度の知識しかなかったので、タナカたちにとってはありがたかった。
そして今、目の前にいる大佐と少佐が、ゴクリ共和国に併合されたトローチ王国の元王族であることを教えられ驚く。内乱に乗じて二人は脱出したらしいが、彼らの両親と姉はいまだゴクリ共和国の手の内にあるらしい。
そのあたりまで聞いてタナカの直感が働く。今出会ったばかりの自分たちに、普通ここまで話すものだろうかと……。とりあえず彼らの姉が美人であることを確認したところで話を切り上げる。
「まあその辺でいいだろう。結局のところ俺たちの力を同盟に貸してほしいといった話なんだろう?」
「ま、まあそんなところだ。どうだろうか?」
タナカの頭の中ではハムスターが疾走し車輪をまわしていた。高速回転で答えが導き出される。彼らに手を貸し美人の王女を救う。しかも妹の大佐ちゃんつきである。実にテンプレ的なイベントだ。
「アンタたちが大義をもっていることはわかった。独立したいというのは最もな話だと思う。なにより美女を救うのは絶対正義であると俺は信じている」
「おお、手を貸してくれるか!」
「だが断る!」
少し前のタナカであれば喜んで飛びついたであろう。しかしタナカは進化する漢。彼の直感は警鐘を鳴らしていた。これは世界の罠だと……。
呆然とする兄妹を残し意気揚々と旅立つタナカたち。
「ムフフフ、軍に入って王女を救っても、その他大勢に埋もれてしまうだけだからな。放っておいても同盟が楽勝っぽいし、ここは単独で先行するべきだ。負け戦で混乱しているなか、かっこよく王女を助け出してみせるぜ」
タナカは今日の俺は冴えてると自画自賛していた。そして火事場泥棒作戦を考えながら歩いていたが、頭の中で王女の「好きよ! 抱いて!」的なシーンが想像再生され、すぐにそのことで頭がいっぱいになる。スケさんもカクさんも、怪しい独り言を発するタナカは平常運転なので気にしない。タナカはハイテンションな状態で、王女奪還のためゴクリ首都に向かうのだった。
しかし彼は知らない。兄妹の頼みが単独先行しての王族救出であったこと。そしてタナカの判断が妹の好感度アップイベントを逃しただけであったことも……。




