第二十一話 蹂躙Ⅱ
転移の輝きがおさまっていく。徐々に辺りの景色が露になる。
「……なんじゃこりゃあ?」
タナカの口からそんな言葉がこぼれ出る。
周りには人がぎっしり、ひしめき合っていた。その恰好は皆同じで、お揃いの鎧を身にまとっている。軍隊であろうことはすぐにタナカにも解かった。その途端に身を縮こまらせるタナカ。目の前に軍隊が現れたのも理由だが、なにより兵士たち全員がタナカたちに注目していたのだ。
「全員ガン見じゃねえか。こんなたくさんの人間に見つめられたら……、見つめられたら……。やべえ! 緊張してきて腹の調子が……」
タナカがさらに身を縮こまらせて不調を訴える。下半身はプルプルと震えていた。
「なにやってんだよ。しっかりしろよ」
カクさんがそんなタナカを見てあきれている。スケさんは大鎌を構えて周りを眺めている。初めて見る軍隊に興味津々のようだ。
「やべえよ……。この緊張感に耐えきれない……。頼む! カクさん。なんとかして場を和ませてくれ」
大勢の武装した兵に囲まれ、タナカは早くも心が折れかけていた。必死に仲間を頼るタナカ、平常運転である。
「まったく、しょうがねえなあ。よし! ここはひとつ得意のサイドチェストで場を――」
カクさんが場を和ませようとポーズをとりかけた時、先に周りの兵たちが動き始めた。全員が剣を抜き、少しずつ間合いを縮めてきている。それを見て焦り始めるタナカ。
「まずい……まずいぞ。非常時に怪しいやつらが現れたら、『とりあえず殺っとく?』みたいな流れになっちゃうんじゃね? やっぱ……」
迫りくる兵たちを見てタナカが愚痴をこぼす。そんなタナカの前にスケさんが立つ。そして周りの兵たちを見据えながら、背中越しにタナカに語りかけてくる。
「……タナカ殿。拙者たちの最優先事項は何だったでござるかな? 今、拙者たちの前に立ちふさがる者たちがいる……。ならば、やることは一つでござろう」
タナカを守るように。そしてタナカの言葉を待っているかのように。スケさんは構えたまま動かないでいる。カクさんも腕を組んだまま何も言わず、ただその場で周りを見据えている。
「……フッ、そうだな」
タナカのスイッチが入る。それは身を守るための防衛本能か。将又ただの照れ隠しか。厨二病モードで弱気な心を屈服させる。
「すまない、醜態を晒してしまったな。あやうく神々の放った幻魔傀儡滅在波にやられるところであった。だがもう大丈夫だ」
堂々とした姿勢になり、腰の剣を抜く。そこには自称魔を統べし者。至高の座を目指す漢がいた。
「たとえ軍隊であろうが、我らの前に立ち塞がるのならば、切って捨てるのみ! 全力でいくぞスケさん! アクセル!」
スケさんの身体が光に包まれる。
「推して参る!」
そのまま駆け出すスケさん。光はすぐに消え去るが、加速魔法の効果は発動する。爆発的に加速されたスケさんが兵たちに迫る。
「カクさん! 上から包囲の薄い方向を確認してくれ!」
「おうよ!」
光に戻ったカクさんが、ふよふよと上空に上がっていく。
それは突然だった。共和国の秘密兵器であるドラゴンが、同盟軍を蹴散らしていく。その様を見て、皆が歓喜をあげていた。
その最中にそれは起こる。突然、地面が輝きだしたのだ。よく見れば魔法的な文様が現れ輝いている。
兵士たちは同盟軍の攻撃かと瞬時に気を引き締めた。そこには兵士たちが退いたため、魔法陣を中心に空白地帯が生まれていた。
何が起こるかわからず戸惑う兵士たち。やがて輝きはおさまり、闇が生まれたかのような存在が空白地帯に現れた。
異形――そう呼ぶにふさわしい存在だった。しかし彼らとて正規の共和国軍兵士。異形の化け物が相手だといって退くわけにはいかない。剣を抜き息を合わせて包囲陣を狭めていく。
そんななか異形のものは動き出す。それはまるで不吉をまき散らす闇。突然目の前に闇が訪れた後、兵士たちは次々と倒れていく。
彼らはなんの反応もできず、闇のふるう刃に倒れていたのだ。頼りにしていた強靭な剣は砕かれ、立派な鎧も切り裂かれていた。
異形のものを倒すため、まだ息のある者を引き下げる。かわりに次々と前に出ていく兵士たち。しかし彼らの動きでは闇を捉えることはできなかった。そうしてただ犠牲者を増やしていくのだった。
カクさんがタナカの頭にポトリと着地する。プルプル震えてタナカに情報を伝える。
「よし、方向は確認できた。後はそちらに切り込みたいところだが……、こう迫られては前進できないな」
スケさんは獅子奮迅の活躍で兵士たちを蹴散らしていた。しかし相手の数が多すぎた。次々と前に出てくる兵士たち。そのせいで包囲陣を押し返すことができない。空白地帯を維持するので手一杯だ。
このままでは移動する余裕はない。タナカも参戦して無理に前進すべきかとも考える。しかしそうすると兵士たちが背後から雪崩込んでくるかもしれない。それはまずいと考える。敵に密着されては戦いようがなくなってしまうからだ。
「カクさん。敵を吹き飛ばして、包囲を下げさせることはできないか?」
タナカはカクさんの魔法を頼ることにする。タナカの頭の上でプルプル震えるカクさん。
「よし、スケさん! こっちに退いてくれ! カクさんに魔法で包囲を押し返してもらう!」
スケさんはタナカの指示に素早く反応する。タナカに背中を預ける形に退いて、敵の攻撃を警戒するスケさん。
スケさんが退いたのを確認すると、タナカの頭の上でカクさんが輝く。第七位魔法の暴風魔法を使ったのだ。その瞬間、大気が震える。やがて風が生まれ、徐々に勢いが強くなっていく。兵士たちがざわめいている。兵たちは立っているのも辛くなり、やがて上空に吹き飛ばされていく。
「やったな、カクさん! よし、隙を見て逃げ……」
タナカの頭の上でカクさんが慌てたように飛び跳ねていた。なにか嫌な予感がしてタナカも動きを止める。三人は黙って、まわりの様子を注意して見守るのだった。
やがて強風は竜巻へと変化していく。それは布陣していた共和国軍中央を呑み込む巨大竜巻に成長していく。タナカたちがいるのはさながら台風の目のような安全地帯だ。そこですぐ目の前で起こっている惨劇を見学する羽目になる。いつのまにかタナカの下半身はプルプルと震えていた。
竜巻の中では風が刃と化し荒れ狂っている。それはさながらかまいたちの巨大ミキサーといったところだ。吹き飛ばされた兵士たちが次々に切り刻まれていく。巨大竜巻は鎧や剣さえも細切れにしていった。
しばらくの間、惨劇が続く。竜巻がおさまったころには、赤く濁った大地だけが残されていた。
「な、何なんだよ今のは……。まじでビビった! 目の前ですんごいもん強制的に見せられたよ!! 兵士に囲まれてガン見されてたときより怖かったよ! 思わず貧血で倒れそうになったよ!! もし前に倒れてたら首もっていかれてたよね?! 首チョンパだったよね? どうなってんだよカクさん!」
タナカの必死の抗議を受けるカクさん。カクさんが話をするためボヨンと人化する。タナカはそのまま話を続ける。
「俺、包囲を退かせるために敵を吹き飛ばせっていったよ! 確かに言ったよね。でも、あれなに? 吹き飛ばすどころか細切れにしちゃったよ! 間合いを広げるどころか血塗られた大地つくっちまったよ!! ……ウプッ」
タナカがそこまで言って吐き気をもよおす。
「俺はただ暴風魔法を使っただけだっての! お前が大量の魔力流し込むからあんなめちゃくちゃになっちまったんだろうが!」
大変なことになっているタナカの背中に向かって、カクさんが逆に抗議する。見る影すらないほど切り刻んで吹き飛ばしたのが幸いしたのか。血塗られた大地はそれほど陰惨ではなかった。おかげでなんとか復活したタナカがカクさんに応える。
「なんだよさっきから大量の魔力流すとかなんとか。おれは今起こった大事件をサラリと洗い流したいよ!」
ゲッソリした状態でタナカが愚痴を叫ぶ。そんなタナカに自分たちの状況を説明するカクさん。
「俺はお前に使役される使徒になっただろうが! 使徒は使役されるかわりに主から魔力の供給を受けて、強い魔法が使えるようになるんだよんだよ! それでお前がめちゃくちゃな量の魔力をおくるもんだから、あんなめちゃくちゃな状況になるんだよ!」
「そう……なのか?」
魔力の供給などしたつもりもないため、タナカにはなんとも判断がつかなかった。
「ああ、しかしこのままじゃ危なっかしくて魔法が使えないぜ。……まったく使徒になったら、強力すぎて魔法が使えなくなったとか。聞いたことねえぜ」
「……」
カクさんが溜息をつきながらぼやく。そんな説明を受けて何もいえなくなるタナカ。ようやく二人の言い争いが落ち着いたところで、スケさんが話しかけてくる。
「なにはともあれ脱出する機会ではござらぬかな。とりあえずこの場を移動したほうがよいと思うでござるよ」
「……そうだな。とりあえずこの場を切り抜けねばな」
タナカたちは周りの状況を確認する。なにやら騒がしい戦場があったり、静かに待機している集団がいたりする。とりあえず最も兵の少ない方向へ歩き出した。そちらが共和国軍司令部のいる方向だと知らずに……。




