第二十話 蹂躙
ゴクリ共和国――大陸西部に位置する大国。その始まりは小さな都市国家ゴクリ。
当時、大陸西部に点在していた都市国家群は、東隣の大国プリン王国の脅威に晒されていた。時折、突きつけられる無理な要望。対応如何によって行われる報復的な経済処置。
そんな状況でゴクリが周辺都市に呼びかけ、都市国家連盟が組織される。プリン王国の外圧に対抗するための、経済的な互助同盟。最初はゴクリと同じ文化圏の九都市による連盟であったが、やがて参加都市は膨れ上がり大陸西部のほどんどが参加する大連盟となった。そしてその同盟内容も軍事的協力を含むものとなっていた。
数年後に都市国家連盟は解散、新たにゴクリ共和国が建国される。大陸西部に現れたこの新興国が、まだ独立していた他の国々にとって、新たな脅威となったのは皮肉なことであろう。ゴクリ共和国は西部に残っていた国を次々と併合していき、最後に残っていた中堅国家トローチ王国を武力統一。ここに大陸西部は大国ゴクリ共和国のものとなる。
ゴクリ共和国と隣国プリン王国の仲は当初から最悪だった。かつてプリン王国の外圧に苦しんだということもあるのだろう。
プリン王国との間に頻繁に問題が起き、小さな武力衝突を何度も引き起こす。やがてプリン王国と雌雄を決しようという風潮が流れ始める。ゴクリ共和国の上層部は初期参加の九都市がほとんどを占めており、国の方針もプリン王国との戦争に積極的な姿勢だった。
しかしプリン王国の外圧とは無縁であった都市や、九都市による上層部の独占に不満な都市などが、プリン王国との戦争に乗り気な上層部に非協力的な姿勢を見せ始める。上層部はプリン王国の外圧に対して、挙国一致体制で臨むという宣言のもと、反体制派を弾圧。これを機に、文化思想までをも統一しようと弾圧を強めていく。それに比例するように、反体制派はより強く反発し、ついに各地で反乱の狼煙があがる。内乱期へと突入し、ゴクリ共和国は連盟以後、蓄え続けた力を徐々に失っていった。
創世暦5963年、ゴクリ共和国はあいかわらず内乱がおさまる気配はなかった。そして初夏、状況を一変させる事件が起こる。
魔力消失事件――世界中の魔力が消失し、約一か月間、魔道具の大半が使用できなくなる。この事件により内乱は一転、反体制派が国軍を押し始める。
もともと国側は九都市が中心で数では劣勢であった。それを拮抗させていたのは、軍の質の高さが主な要因である。そしてその質に大いに関わるのが魔道具だった。兵器としての魔道具はもとより、回復、輸送などその影響は多岐にわたる。その恩恵が無くなると、国軍の優劣さはほとんど無くなった。兵自体の質はまだ残っていたが、数の差がそれを覆す。
反体制派は各地の国軍を次々に敗走させる。その後、各都市は同盟を結ぶ。元の緩やかな国家同盟に戻そうという体制だ。中立の立場だった都市もこれに賛同する。魔道具が使用可能となった時、すでに流れは西部国家同盟のものとなっていた。この時点でゴクリ共和国は影響力を同文化圏の九都市にまで後退させつつあった。
そして創世暦5964年春、ゴクリ共和国軍二万と西部国家同盟軍五万は、九都市西部テノヒラ平原で対峙した。
ゴクリ共和国軍を率いる小太りの将軍が、忌々しそうな顔で対峙する同盟軍を眺めている。
「ふん、反乱軍どもめ。調子に乗りおって……。だがそれもここまでだ。のう、ブルータス殿」
将軍に話しかけられた者が静かに頷く。その者ブルータスはローブに身を包み、僅かに顔だけが表に晒されている小柄な女性だ。
彼女は共和国において魔道具研究を行ってきた技術集団の一人。今回の戦に同行したのは新兵器の実戦投入のためだった。
「まずは新たに編成しなおされた、わが軍の力を試させてもらおう。進軍開始!」
共和国軍が将軍の指揮のもと、進軍を開始する。それに呼応するかのように同盟軍も進軍を開始。ここにテノヒラ平原の戦いが始まる。
戦いは一進一退の攻防が続く。数では同盟軍が圧倒していたが、その数の勢いを共和国軍が見事にいなしていた。それを可能としたのは新編成された軍の動きのよさ、個々の能力の高さ、そして供給された魔道具の力。
やがて戦いはこう着状態になっていく。倍以上の敵を相手に、互角にわたりあう共和国軍の力は将軍を満足させるものだったようだ。
「ふむ。まずまずの出来だな。今後都市国家どもを併呑していくには十分な練度だろう。……よし、一時後退! 敵が攻勢にでないよう遠距離攻撃に力をいれろ!」
共和国軍が後退していく。同時に共和国軍による魔法攻撃や弓矢、投石の数が増す。同盟軍は攻勢に転ずることはできなかったが、共和国軍を敗走させたことで歓声があがっている。そんな同盟軍を忌々しげに眺めながらブルータスに話しかける。
「それではブルータス殿、まもなく我が軍の一時退避が完了する。そろそろ準備をお願いしようか。軍の再編以上に費用をかけたという魔道兵器の力。存分に見せてもらおう」
若干毒を含んだ口調でブルータスに攻撃を指示する将軍。ブルータスは気にもとめない様子で、手に持った魔道具を掲げる。それは大きな黒い結晶が組み込まれた杖であった。先端に組み込まれた結晶が淡く輝き始める。それは支配の力、今、支配された兵器が動き出そうとしていた。
歓声をあげる同盟軍の兵たち。その中で、ある一人が空の彼方に見える影に気が付き、動きを止める。そんな彼の様子に、一人また一人と同じように空の彼方に顔を向け固まる。
それは共和国軍が敗走した方向。共和国軍はいつの間にか敗走をやめ、遠くでこちら側に向け体勢を整えている。その上を漆黒のドラゴンの群れが通過し、こちら側にやってくる。徐々に高度を下げてくるドラゴンたち。ここにきて同盟軍の兵たちは気づき始める。自分たちがあのドラゴンたちの標的になっていることに……。
同盟軍が騒ぎ始めるのと、ドラゴンたちがブレス攻撃を始めたのはほぼ同時だった。地上のあちこちで起こる爆発。同盟軍の怒号と悲鳴が響き渡る。そこからは一方的な蹂躙だった。
ドラゴンたちは一定以上の高度には下がらずブレス攻撃を続ける。同盟軍の一部の兵たちが攻撃を試みるが、弓矢は届かず、魔法攻撃もその距離では威力が半減し、まともなダメージを与えられなかった。
同盟軍の中にはギルドの人間もいた。ドラゴン討伐のセオリーを知っているものもいたが、逃げることに専念している。ギルドで教えられるドラゴン討伐の基本は、まずドラゴンの翼を殺すことである。ドラゴンに自由に飛翔されては勝負にならないからだ。
いま襲いかかってきているドラゴンたちはその翼を使う戦いに専念している。もはやどうしようもないのだ。そもそもドラゴン討伐は何人もの熟練のメンバーを集めて初めて成り立つ。いまこの状況でドラゴンを倒すことは、そもそも最初から不可能なのだ。
同盟軍の兵士たちは各々この蹂躙の場から逃げ出そうと奔走する。しかしそんな彼らを絶望させたのもドラゴンたちであった。上空を飛び駆っていたドラゴンたちが一部を残し、囲むように敗走方向に降り立ったのだ。ドラゴンの腕の一振り、尻尾の一振りで何人もの兵たちが蹂躙されていく。
東側には共和国軍が立ちふさがり、西南北ではドラゴンたちが蹂躙している。上空からは一部のドラゴンたちによるブレス攻撃が続いている。次々に倒れていく同盟軍の兵士たち。そんな状況を共和国軍の兵たちは、嬉々として眺めていた。
「ハハハハ! これが我が国の新兵器か。さすがに国費を費やしただけのことはある。たいしたものですなブルータス殿」
共和国軍を率いる将軍も、この蹂躙劇を見て喝采をあげていた。対して将軍に褒められたブルータスはなんの感情も示さず、ただ冷静に冷酷にドラゴンたちを操り、同盟軍を殲滅しようとしていた。
そんな将軍とブルータスであったが、あるものが二人の目にとまる。自軍の中央でなにか光輝いたのだ。そのあたりの兵たちは距離をとり、円形に空白地帯ができていた。そしてそこに異物が出現していた。
ひとりは死を連想させる者――漆黒のローブに大鎌という姿。そしてローブから覗かせる顔はガイコツ。
ひとりは筋肉――大柄で筋肉隆々の男。身にまとうのは漆黒のブーメランパンツのみ。
ひとりは平凡――他の二人とはあまりにも釣り合わない平凡なオッサン。唯一共通点があるとすれば羽織っている漆黒のマント。
テノヒラ平原の戦いは異物の出現により、新たな局面を迎えようとしていた。




