第十八話 精霊
「スケさん。あれ、なんだと思う?」
「わからぬでござる。しかし、街が危機なのは間違いないでござろうな」
街の上空を飛び交っている影から、なにか攻撃のようなものが街に放たれている。その度にあちこちで火の手があがる。そんな街の状況を遠目に見ていたタナカが、突然直立不動になり、片手をあげて宣言する。
「第一警戒体制! 上空のやつらの動向を警戒しつつ、こっそりすみやかに街に向かうぞ」
スケさんもタナカにならい、直立不動となってそれに応える。
「了解でござる」
二人はなにやらただ事ではない街の状況に、とりあえずは駆けつけることにした。
「ゴキブリより静かに、ゴキブリより速く!」
カサカサと街に近づいていく二人。街に近づくにつれ怒号や悲鳴が聞こえてくる。そして上空の影の正体も明らかとなる。
「あれは前にスケさんに襲いかかってきた美女ではないか!」
「そのようでござるな。しかしあんなにたくさんいたとは……」
立ち止まり影の正体に驚く二人。街はあいかわらず攻撃を受けている。こんな状況でも正直な漢タナカは、口から煩悩が垂れ流しになる。
「うーむ、あんなにたくさんの美女、どうやったら捕獲できるだろうか」
スケさんが難しい顔(?)をして答える。
「捕獲するのでござるか? 飛び駆っているやつらを? 落とすのでさえ難しそうでござるが……」
煩悩が垂れ流しになっていることに気が付き、慌ててシリアス顔になる。
「やつらの正体がなんなのか確かめねばな。決して美女を手にいれたいとかではないぞ。キャッキャウフフな展開などこれっぽっちも考えたことなどないぞ」
キリリとした顔で前進を再開するタナカ。スケさんもだまって後に続く。しかしすぐに前進がとまる。なぜなら前方に美女が二人、睨みあっているのが見えたからだ。
一方は翼の生えた美女。赤いボディスーツっぽい恰好で、同じく赤くて巨大な槍を手にしている。
「まったく、けしからん恰好だな! 3倍はけしからん!」
タナカは思わずそのけしからん身体つきに釘付けになる。その女性は以前スケさんを襲った無表情な美女とは違い、不快な感情を隠そうともせず、向かいにいる相手を睨んでいる。
向かいにいるもう一方の美女は翼がない。清潔そうな白いローブを身にまとっている。こちらは手に何も持っていない。
「うむ、なかなか清純そうでよい! しかしオジサンはもう少し冒険してもいいと思うぞ」
タナカは腕を組んでなにやら頷いている。そんなタナカをスケさんが現実に呼び戻す。
「どうするでござるか? なにやらあの二人争っているように見えるでござるが」
槍を持ったほうの美女は、いまにも襲いかかろうとしている。
「うむ、とりあえずいくぞ。ムフフ、今回はスケさんの時とは違い、どっちに転んでも美女とお近づきになれるぞ」
そんな独り言をこぼしながら、争う美女たちに接近していくのだった。
「街を襲えばなんらかの反応を示すとは思っていたが、まさかその身を犠牲に異端の人間や魔物どもを救おうとはな」
翼のある美女が若干あきれたような口調で、目の前のローブの女性に話しかける。話しながらも油断なく、その手にもつ槍が女性を捉えている。槍の穂先が自分に向けられてるにも関わらず、当の女性は動じない。無言のまま相手を見据えている。
「我が主に従わぬ愚かなる精霊よ。その報いを受けるがいい」
タナカたちが駆けつける間もなく、翼のある美女の槍がローブの女性を貫く。槍が振り回すようにして引き抜かれ、貫かれた女性はその勢いで倒れ込む。
「せめてもの情けだ。その身を犠牲に助かった街を眺めながら逝くがいい」
そう言い捨てると、翼のある美女は飛び去る。他の飛び駆っていた女性たちも彼女に率いられるように去っていく。そこにドタバタとタナカがやってくる。
「ぬおおお! なんということだ! 貴重な美女が!」
タナカは槍に貫かれた女性に駆け寄る。その女性を抱え上げたところで固まる。彼女の胸には大きな穴があいている。しかし血がまったくでていない。しかもその傷口と思われる穴の淵が光の粒子のように広がっていく。
「なっ! なんだこりゃ? ……ええい! とりあえず治療だ。ヒール!」
女性の身体が光に包まれる。光はすぐにおさまったが傷口はそのままだ。そしてあいかわらず少しずつ広がっていく。
「……無駄です。私は精霊なのです。精霊は魔力が具現化したような存在。そして精霊が在り続けられるのは、その身に魔力を生み出す核が存在するからです。しかし先ほどの槍の一撃で核を破壊されてしまいました。今ある魔力を使いきれば私は消滅するでしょう」
女性はあきらめたような笑みを浮かべ、タナカに自分の状況を説明する。
「精霊だと……。いや今はそんなことはどうでもいい。魔力が足りないというのならばこれでどうだ。マナトランスファー!」
タナカの魔力が女性に流れ込む。すると女性の胸にあった穴が徐々に塞がっていく。
「おお、ふさがっていくでござる!」
いつの間に追いついてきていたのか、スケさんが傷が治るのを見て驚いている。しかし塞がりきったと思ったところで、また徐々に穴が広がり始める。
「ぐっ! ダメか!」
タナカは自分の力がおよばないことを悔しがる。しかし女性のほうは驚いたようにタナカを見る。
「この魔力は……。あなたはいったい……」
「フッ、ただの通りすがりの未熟な魔術師さ」
カッコイイ雰囲気で答えるが、いつものような元気さがない。そんなタナカを女性が真剣な表情で見つめる。
「あなたにお願いがあります。私が使役する精霊をあなたに預かってほしいのです。あなたであれば、きっと使いこなせるでしょう」
彼女は自分の願いを、早口で簡潔に述べる。彼女自身、もう時間がないことを察しているのだろう。
「精霊を使役する……だと」
突然湧いて出たその魅力的な言葉が、タナカにこの状況を忘れさせる。そしてタナカの中でいろんなものが膨れ上がる。
「長い時を生きてきた精霊の知識はきっと役に立つでしょう。その代りにあなたの力でこの子を守ってください」
真剣な表情で見つめあう二人。やがてタナカは意を決する。
「いいだろう。わが身の次くらいに大事にしよう」
タナカのその言葉を聞くと、女性は冗談だと思ったのか笑顔になる。そしてタナカの手をとり握りしめる。
「後のことをよろしくお願いします」
握られた手が光に包まれる。やがて光がひとりでに浮き上がる。女性はその光に優しく話しかける。
「この方についていきなさい」
光は頷くように震える。それを見届けると安心した表情を浮かべて、女性の身体は消えていった。しばらく沈黙が続く。そばで光がふわふわと浮いている。スケさんもどうしていいのかわからず、ただその場に立ち尽くしている。
「……名前を聞きそびれたな」
沈黙に耐えられなかったのか、タナカが言葉を吐き出す。
「それにしても突然のことでびっくりしたぜ」
話をすることで、少しずつ空気が軽くなる。
「そうでござるな。それにしてもこの浮いてる光はどうするでござるか」
光があいかわらずタナカのまわりをふわふわしている。
「むう、このままでは目立つな。どうにかできないものか」
タナカが考え込んでいると、光がタナカの目の前にやってきてなにやら震える。
「なに! 擬人化……だと」
どうやら光とタナカは意志の疎通ができるようだ。
「……きた! ……ついにテンプレキター!!」
タナカははしゃぎまくっている。スケさんは訳が分からずぼうっとしている。そのスケさんのまわりをうれしそうに踊りながら1周した後、光に向かって気合のはいった言葉をかける。
「よしこい! バッチこい! ドーンとこーい!」
タナカの興奮は最高潮に達していた。先ほど消え去った美女の精霊。その彼女からたくされた子。もはやキャッキャウフフの未来しか見えない。
そしてふわふわ浮かんでいた光が、動きを止め一瞬輝きを増す。するとドヨヨンと爆発のようなものが起こる。
「ビシッときたぜ!」
そこには、はちきれんばかりの筋肉の塊がサイドチェストのポージングをきめていた。
しばらくの沈黙の後、膝から崩れ落ちるタナカ。地面に両手をつき、叫び声をあげる。
「フッ、フォオオオオオオ!!」
魂の叫び。その瞳から汁が流れ落ちる。
「なぜ……、世界はこうも俺に苦難を与えるのだ……。あんな美女の使役する精霊がなぜにオッサンなんだ。なぜにヒゲなんだ! なんで角刈りなんだ!! なんで筋肉なんだよぉおおおお!!!!」
天に向かって吠えまくるタナカ。その前で様々なポージングを披露する精霊。そしてそのポージングを興味深そうに眺めるスケさん。
「おのれ……。許さん……。許さんぞ! あいつらだ……、あの美女軍団がすべての元凶だ!! いくぞスケさん! カクさん! あの女ども! 目にもの見せてくれるわ!」
タナカが膨れ上がったリビドーを抑えきれず、先ほどの美女に八つ当たりをしようとする。
「ん? カクさんって俺のことか?」
ポージングに夢中だった筋肉の精霊が我に返る。
「そうでござらぬかな。それよりタナカ殿。街に向かわねばならぬのではござらんか?」
スケさんがひとり冷静に状況を判断する。その言葉にタナカは踏みとどまる。
「ぐっ! 覚えてろよ! 今度あったらひん剥いてくれる!!」
どうにもおさまらないタナカは、美女軍団が消え去った空に向かって再び吠え続ける。その叫びに興奮したかのようにポージングをとり始めるカクさん。スケさんはとりあえずタナカが落ち着くのをのんびり待つことにした。