第十四話 北へ
「……解ってたんだよ。世界が俺に優しくないってさ。……でもね、少しくらい俺だって夢を見ていいじゃない! 強くなれるって夢見ていいじゃん!」
酒場でタナカは愚痴をこぼしていた。もうすぐ夕方になり客もやってくるだろう。しかし今は客はひとり、タナカだけだ。酒場の親父はつまみの下ごしらえをしながらタナカの愚痴を聞いてあげていた。
「オヤっさん! 聞いてる? ねえ? 赤子レベルなんて言われても俺がんばってきたんだよ? 少しぐらいおいしい思いしたっていいじゃん」
タナカは1週間ほど野宿をしながら火トカゲを狩り続けた。繰り返し火トカゲをおびき出し時には囲まれ何度も自爆した。そうやって苦労して火トカゲを討伐しまくった結果、まったく竜殺しのスキルは成長しなかった。肩を落として狩りから戻って一晩休んだ後、昼間からずっと酒場でいじけていた。
「オヤっさん、おかわり……」
「もうその辺でやめとけよ。明日辛くなるぞ」
意外に優しい酒場の親父はタナカの身体を心配してくれる。しかしタナカは意に介さない。
「おかわり! お金ならたっぷりあるんだよ。火トカゲ大量に狩ってきたから。……そうさ、別に損した訳じゃないさ。お金はたっぷり手に入ったんだ! 好きなだけ浴びるほど飲んでやるぜい!」
親父は仕方なくタナカのコップにおかわりのミルクをついであげる。タナカはだんだんと調子にのっていく。
「ハッハッハッハ! 弱くって何が悪い! 俺は決めたぞ。すんごい金持ちになってやる! 強くなくったっていいじゃない。強い人雇えばいいじゃない。ダッハッハッハ!」
こうしてタナカは夜まで飲み続け次の日、お腹を壊して寝込んだ。
ギルドの一室。エチゴヤはある書類に目を通していた。それは今回のドラゴン討伐に参加したギルドメンバーによる報告書だ。全員の報告の内容はだいたい一致している。これが真実とみてまちがいないだろうと考える。
エチゴヤは書類をおくと考えにふける。今回の討伐で大きな問題は二つ。一つはドラゴンの変化。戦っている最中に漆黒に変化して強化されてしまった件。このような話は聞いたことがなかった。このようなことが今後も起こるようであればギルドメンバーにとって危険なことである。今回は実際に3人の有能なギルドメンバーが亡くなっている。
「はたして今回限りのことなのか、今後も起こり得ることなのか。仮に起こり得ることだったとしても自然に起こるならばまだ救いはあるでしょうね。周知して対処法を考えれば被害は抑えられるでしょう。ですがこれが人為的なものであった場合……」
あくまで仮定の話であるが今回の事件が何者かの意図により引き起こされたとしたら、そして今後も引き起こすとしたら大変な脅威である。とりあえずエチゴヤはこの報告にその危険性も付け加え各所に通知することに決める。
そしてもう一つの問題。この漆黒のドラゴンがなぜ爆散したのか。考えられるのが今回の変化がドラゴンに力をもたらすと同時に破滅をも与えるものだった場合。少し都合のいい考えかもしれないがもしそれが真実であったならばかなり救いがある。今後このような変化があった場合には時間稼ぎを優先し相手の破滅を待つ対処がとれるからだ。
エチゴヤはもしそうであったらどれだけ心労が減ることかと思う。しかし勘ではあるがこれはハズレであると感じている。なによりひとつ気になる点があるからだ。ドラゴンが爆散する間際に聞こえたという轟音。ドラゴンが爆散したのは自身によるものではなくなにかしら外部からの攻撃をうけて爆散したのではないかという疑問。もしそうであれば強化されたドラゴンを簡単に屠る力が存在するということ。これはさらなる脅威である。
これについてタナカの可能性も考慮したがその可能性は低いと考える。いくら底が見えない強さを誇るタナカでも強化されたドラゴンを瞬殺するのは無理だと考えたからだ。それと今回のドラゴン討伐についてすでにそれとなくタナカと話をしていた。それまでの付き合いからタナカが結構わかりやすいタイプの人間であるとエチゴヤはみている。そのタナカがドラゴンの話をしても大した反応を示さなかったことを考えると関連性は薄いと思えたのだ。なによりタナカは最近火トカゲ狩りに夢中だったようでそれ意外のことは我関せずといった風だった。
「まあこれに関しては答えはでそうにありませんね。とにかく今回の事件の周知を早く行うことが先決でしょう」
エチゴヤは悩むのをやめとりあえずできることに手を付け始めるのだった。
数日後、タナカは仕事前の景気づけに酒場でミルクを飲みながらまったりしていた。そこに一度言葉を交わしたことのあるホムラが現れた。恰好から察するにどうやら街を出ていくようだ。
「親父さん。世話になったね」
「おう、まあ元気でやれや」
ホムラと酒場の親父は短く別れのあいさつを交わす。すでにシリアスモードに切り替わっていたタナカとホムラの目が合う。
「いくのか……」
タナカは渋い雰囲気でミルクのはいったコップに目を向け話を切り出す。
「ええ、今回はつくづく自分の力のなさを思い知ったわ。初心にかえって自分を鍛えなおすつもりよ」
ホムラの顔は力のなさを思い知ったという割にはなにか吹っ切れたようにさっぱりとした表情だった。短い間の付き合いだったであろうが仲間を失っている。彼女なりに力の無さに悩んだのであろう。しかしホムラは自分なりに心の整理をつけ今新たに旅立とうとしていた。タナカはそれを感じとり素直に彼女を応援する。
「そうか。アンタならまだまだ強くなれるさ」
「ありがとう。いつかアナタと肩を並べて仕事ができる日を楽しみにしてるわね」
「ああ、ともに戦える日を楽しみにしている」
ホムラは力強い足取りで酒場からでていく。その後ろ姿を見送った後、タナカはミルクのそそがれたコップを傾ける。喉を潤した後ふとつぶやく。
「フッ、アイツ俺に惚れたな」
「いや、どこにそんな結論になる要素があったよ? というかアイツお前がEランクって絶対知らねえよな」
酒場にはあいかわらずカッコいい自分に酔いしれるタナカと呆れ顔の酒場の親父だけが残りまったりとした時間が過ぎていった。
とはいかずタナカはミルクを飲み終えるとギルドに出かける。最近は街の仕事も落ち着いているが念のために顔を出す。とくに急な仕事がなければいつもどおり気ままに魔物を狩り続けるだけである。
ギルドの依頼を確認したが今日もとくに急ぎの仕事はない。ハザマの街へ帰ってもいい頃合いかもしれない。そんなことを考えながらいつも通りタナカは魔物狩りに出かけようとする。しかしそこでエチゴヤに捕まってしまう。そして案内されたのはいつもの部屋で対談を始める。
「いやあ、ようやく仕事が落ち着いてきましたね。私も臨時のギルド職員という仕事から解放です。タナカさんも本当にご苦労様でした」
エチゴヤは笑顔で自分の状況を説明し、自分の要請に応えてくれたタナカに感謝する。
「もともと西域を交易しながら北上して国境付近までいく予定だったのですが大分予定が遅れてしまいました。準備ができ次第出発するつもりですがタナカさんも一緒にどうですか? 国境付近はなかなか面白いところですよ」
正直タナカにとってハザマの街に戻る理由はない。この世界に来てとりあえず定住した場所ということで愛着が多少あるといった程度である。とはいえべつにエチゴヤと旅をする理由もない。多少はその面白いというわれる点に興味がないわけではないが。
「うーん、俺はそろそろジョディさんの疲れた顔が恋しいかなあ」
などと冗談をいってみる。
「なるほど。ではそう手紙にしたためておきますね」
エチゴヤはどこから取り出したのか手紙を書き始める。
「やめろよ! 冗談だから! そんな恐ろしいことやめてくださいお願いします」
タナカはジョディに冷たい目で見られる自分を思い描く。若干快感を覚えつつエチゴヤには報告を断念してもらう。
「ハハハ、冗談ですよ。それより一緒にいく件はどうです? 護衛として依頼料も出しますよ」
どうやらジョディへの報告は取りやめてくれたらしい。しかし一緒に北部へ行く誘いは本気のようだ。
「うーむ、まあいいか。別に予定があるわけでもないし」
タナカとしてはかなりどうでもよかった。まあエチゴヤとは結構仲良くなっているし、治療実験をごまかした件もある。そういうわけで同行の件は了承してしまう。
「そうこなくては。それでは準備を急いでください。いやあ楽しくなりそうだ」
エチゴヤは楽しそうにそう言うと立ち上がり準備のために部屋を出ていく。タナカもそれに続いて部屋を出る。
創世暦5964年初春、魔物の世界と接する西域北部国境地帯へとタナカは気軽に向かうのだった。
名前:タナカ レベル:21 経験値:11/2100 ギルドランク:E
体力:3.5e13/3.5e13 魔力:4.5e13/4.5e13
力:3.5e12 器用さ:3.4e12 素早さ:3.4e12 賢さ:4.5e12 精神:4.5e12
スキル:剣(2.33) 魔法(1.40) 信仰されし者(1.44) 竜殺し(0.51)
装備:剣 厚手の服
お金:4161000G