第百十四話 それぞれの明日へ
ナナシの街は相変わらず活況で、オモイ氏の指導のもと生活圏を拡大させつつあった。魔族の二大勢力であったガナッシュ派とトルテ派が、この街を拠点にしたこともこの街の拡大につながっている。創生神が力を取り戻したため、大陸北部の荒野も時機に自然を回復していくだろう。そのときはナナシの街もますます繁盛し、いずれは魔族国家の首都となる日が来るのかもしれない。
ハル皇国では相変わらずカリン皇女が人気をはくしていたが、その影では皇族に復帰したとある皇子が内政に手腕を発揮していたという。当分の間は大陸一の大国の座は揺らぐことはなさそうである。
プリン王国は元首であったララ王女が蒸発したため、遠縁の人物が王座についた。それまでの覇権主義の反動からか。管理君主制となり官房が力を持つこととなった。国は弱体化しており弱い国王となってしまったが、ムチスキーとナワスキーという二人の傑物が王をささえているため、いずれは強い国家として生まれ変わるかもしれない。
大陸西部ではかつての内乱の傷跡も急速に回復しつつあり、中小国が経済的結びつきを強めた経済圏が生まれようとしていた。この経済圏が軌道にのれば、裕福だったころの大陸西部に劣らないほどの繁栄をみせることになるだろう。中小国の中心となっている人物は、内乱期に一度は滅んだトローチ王国の王族だという噂である。
世界は着実に新しい時代へ移り変わろうとしていた。
そして今日、ナナシの街近くの荒野で、新たに旅立とうとする者たちがいた。
「お前ら異世界人には本当に迷惑かけちまったな」
創生神が勇者たちに謝罪をした。
「いや、もしここで破界神を止められなかったら、いずれ我々の世界もヤツに滅ぼされる時が来たはず。この戦いは決してこの世界だけの問題ではなかった」
創世神にそう応えるヤシチ。その気持ちは同じなのだろう。ミコトとカムイも頷いていた。
「そう言ってもらえると少しは気持ちが楽になるぜ。ありがとうよ」
「むしろ本当に役に立てたのか。そちらのほうが気がかりです。僕の歩いてきた道は、ほとんどが誰かの思惑に乗せられたものだったから……」
カムイがそう告白する。
「そんなことねえさ。間違いなくお前は世界を救うカギになったよ。アイツは俺にお前らを元の世界に帰してやれという言葉を最後に残したんだ。それはお前らがアイツと強い絆を結んでいたっていう証さ。その強い絆があったからこそアイツは戦ったんだ。その命を燃やし尽くすまで……」
「っ……」
カムイの瞳に涙が溢れる。
「それでも悔いは残る……。俺は友と呼びながら彼に借りをつくってばかりだった。一つでもいいから借りを返させてほしかった……。それだけは恨ませてもらうぞ、友よ」
「ヤシチさん……」
ヤシチが空を見上げながらそう呟いた。友人の姿を見ているのか、もしかしたら涙が流れるのを我慢しているのかもしれない。トビーには言葉をかけることができなかった。
「ミコト殿、これはタナカ殿の部屋に残されていたものでござる」
スケさんはミコトのそばまで歩み寄るとひとつのペンダントを差し出した。タナカが勇者ちゃんとキャッキャウフフするためにこしらえていたあのプレゼントである。
「タナカ殿は戦いにおもむく寸前まで、ミコト殿のためにこの『魔術王の護符』を創っていたでござるよ。結局、化身との戦いでは使えなかったでござるが、受け取ってほしいでござる」
「……相変わらず酷いセンスね」
そう口にしながらも、ミコトはペンダントを受け取ると大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう……」
それは贈り物に対してなのか。それとも命をかけて世界を救ってくれたことに対してなのか。それは分からないが、ミコトは涙を溢れさせながら笑顔を返していた。
「それじゃあ始めさせてもらうぜ。これは俺にとっても果たさなければならない約束だからな」
創生神は神の力を発動させる。
この世界の理を越えた奇跡の光が現れる。
そこに形を成したのは光り輝く門。勇者たちの故郷へと通じる転移門であった。
「元気でな! 異世界の勇者たち!」
創生神をはじめとして、最後の戦いを共にした仲間たちに見送られて勇者たちが光の中へと消えていった。
どこか温かく、心地よい光に包まれながら、勇者たちは足を進める。
しだいに懐かしい香りが彼らを導いていった。
ある者は愛する家族との再会を果たし喜び。
ある者は号泣する友人たちに戸惑い。
ある者は変わりない故郷に笑みを浮かべた。
そして――
夕暮れ時――。
どこかの街で――。
カラスの馬鹿にしたような鳴き声で目を覚ました男がいた。
「……ん。……アレ? なにやってるんだオレは?」
周りを見渡すとゴミの山。すぐ隣には粗大ゴミのシールが貼られた机。そして自分が腰かけていたのも、粗大ゴミの椅子であることを知る。
「んを! なにこんなところで寝てるんだよオレは! ああ、やっぱアレかな。過酷なサラリーマン生活の疲れってやつが相当たまってるのかねえ」
そう呟きながら立ち上がるとズボンの埃をはたいた。
「フッ、一日十時間睡眠でここまで耐えられたのはオレだからこそか。しかしさすがのオレもこのままでは廃人になってしまうかもしれんな。一日十二時間睡眠くらいに見直しておくか。健康は大事にしないとだからな」
男は背広を脱ぐとバタバタと埃を落とす。そのまま背広を肩にかけると歩き出した。
「それにしても、すごい時間が経った気がするな。うーん……、長い夢を見てた気がするんだよな。どんなんだったかなあ……」
どこか懐かしい気分を味わいながら男は帰路を進んでいた。
「ああ、なんかだんだん思い出してきた。確かトラックに轢かれて、気が付いたら目の前に神様がいたんだっけ。そんですんごいパゥワァーを貰って異世界にいったら、モテモテになって大活躍だったんだよな、さすがオレ……。ってなんだよそれ!」
気持ち悪い独り言を垂れ流しながら道を進む男。
「ママー、なにアレー?」
「シッ! 変なもの見ちゃいけません!」
すれ違った親子がそそくさと離れていく。そんなこととはつゆ知らず男の独り言は続いていた。
「斬新すぎるだろ、このシナリオ! 天才かよオレ! やばいなあ、これ脚本にしてパリウッドなんかに持ち込んだら大ヒットしちゃうんだろうなあ。ああ、ついにモテモテ人生が始まっちまうのか。まいったなあ、オレあんまり目立ちたくないんだけどなあ」
母親に手を引かれながら歩いていた少年は、好奇心にあふれる目をしながら振り向いた。
少年の目に映ったのは、相変わらず独り言を垂れ流す男の後ろ姿――。
その肩にかけた背広は、風もないのに大きくはためいていた。
ご愛読いただき誠にありがとうございます。
これをもちまして「タナカの異世界成り上がり」を完結とさせていただきます。
遅筆の作者がここまで続けられたのも、読者様の応援あればこそと感謝に堪えません。
長く執筆を続けてまいりましたが、この物語をつくるのは作者にとってのヒーロー像をどう伝えるのか。それを考える作業でもありました。
作者はヒーローとは身近な存在であってほしいと思ってます。
例え小物臭くても、楽するのが大好きであっても、押し入れにエロDVDが積み重なっていてもかまわないのです。
そんな煩悩まみれであっても、決めるときにカッコよく決めてくれればそれでいいと。
不幸に見舞われた人の前に忽然と現れ、
見返りなしにそれを救い、
不要となれば颯爽と立ち去る。
それができればヒーローだと思うのです。
そんな自分勝手なヒーロー像を世に広めるための作品だったわけですが、もしこのタナカさんの物語を通じて、皆さんが笑いや明日を生きる活力を得ることができたのなら幸いです。
この場での連載は終了となりますが、まだ違った形での活動は残っております。そちらのほうも応援いただけたらうれしく思います。
以上、長々とした後書き失礼しました。
これまでの応援本当にありがとうございました。