第百十三話 破界と再生
『どうした? 多少見た目が変わっただけで、特に強くなったわけでもなし。それが貴様の言う人間の可能性だとでもいうのか。くだらぬ! もはや問答無用。貴様の守る世界もろとも砕け散るがいい!』
破界神がたまりにたまった力を解放する。その攻撃は言葉通り世界を破壊するに足るエネルギーの放射だった。
破界の力がタナカをまさに呑み込まんとした瞬間、まるですべてがなかったかのように場面が切り替わり静寂が訪れた。
タナカは変わりなく健在。世界を守る結界も攻撃の余波で壊れるようなこともなかった。ただ破界神の攻撃が不自然にかき消されていたのである。
『なんだ……。なにがどうなった? なぜ我の攻撃が消えている……』
破界神には目の前で起きた現象を理解できず動きが止まっていた。
『どうした破界神。攻撃は今ので終わりか?』
『その物言いはなんだ? まるで貴様がやったような物言いではないか。その矮小な力で、我の攻撃を防げることなどできるわけがなかろう!』
再び破界神が攻撃をする。先の攻撃と変わらぬ規模の攻撃だった。違う点といえば攻撃を放ったあとの破界神だろう。先の現象の秘密を解き明かそうと注視していた。
タナカは再び高エネルギーに晒されようとしていた。しかし、タナカに破界の力が触れようとする目前で、やはり不自然に消滅してしまった。
そして破界神はその秘密を解き明かすことができぬまま、さらなる理不尽に見舞われる。破界神は自身の膨大なエネルギーに変化があったことを感知したのだ。まるで強力なエネルギーをぶつけられ、対消滅してしまったかのような感触だった。
『どうなっている……、なぜ我がダメージを受けている? なんだこの強力な攻撃は……。これは我の攻撃に匹敵する……』
タナカがニヤリと笑みを浮かべる。
『まさか……。我の攻撃を跳ね返したとでもいうのか。馬鹿な! 貴様の力でそんなことができるはずが』
『確かに――、オレの力で今の攻撃を跳ね返すことなど不可能だ。力ではお前に到底及ばないのだからな。ならばどうするか。オレは力ではなく理をもってお前に挑む! もはやお前の攻撃は自身を切り崩す刃と知れ!』
『なにをふざけたことを! 貴様のくだらぬ小細工など、我が力で正面から叩き潰してくれる!』
再び破界神の攻撃が始まる。その一撃一撃は先の攻撃に劣らぬ規模の攻撃で、タナカに反撃の暇さえ与えぬほど苛烈に襲い掛かった。
しかし結果はタナカの言葉通り、まるでその攻撃が自身を目掛けて炸裂したかのように自身のエネルギーを消滅させていく。
それでも破界神は攻撃をやめない。いまだ数々の世界からエネルギーが供給され続けているからだ。それを換算すると消耗は問題にならない程度のことだった。むしろ問題は現在起こっているこの理不尽な現象である。
『なぜだ! なぜ我が力が消えうせる! なぜ我が攻撃を受けねばならぬ!』
神たる自身にも理解できないという不可解さ。
なんら打開策が思い至らない不愉快さ。
破界神は観察することを忘れ、冷静さを失いつつあった。
『なぜ人間ごときに我が立ち止まらねばならぬ! 我はすべてを破壊するもの! いずれは唯一の存在となるべきものなのだぞ! その我がこのようなゴミに! 攻撃が当たりさえすれば!』
『当ててみろよ』
タナカはどこかの根菜っぽいセリフで破界神を挑発する。そこには美少女に対して「背中から抱きしめて、その双丘を押し当ててください。お願いします」といった感情は微塵も感じられない。今回のタナカさんは一味も二味も違うぞ。
『調子に乗るな! 愚か者が!!』
破界神の感情にまかせた攻撃がタナカを襲う。今回の攻撃はかき消されることはなかった。
高エネルギーに呑み込まれるタナカ。力関係からいって、まずタナカの消滅は免れない……はずだった。しかし――。
『馬鹿な……。なぜ存在していられる……』
タナカは圧倒的な破界の力に呑み込まれながらも無傷で存在していた。
『無駄だ。お前に見えているオレの姿は高次元に存在するオレの影にすぎない』
『なんだそれは! 我に破壊できぬものなどあるはずがない! あってはならぬのだ!』
破界神の攻撃は止まらなかった。しかしタナカという存在が消えることはない。
『想像のなかで誰かに傷つけられたとして、実際にダメージを受けるなんてことあると思うか? 高次元に存在する今のオレにとって、この次元のお前はその程度の存在にすぎないんだよ』
『なんだそのご都合主義な設定は! そんな理不尽が通ってたまるか!』
破界神の怒りはおさまらない。しかし破界神の攻撃がタナカに通用しない事実を覆すことはできなかった。徐々に破界神は冷静さを取り戻し、攻撃をやめる。
『驚くべきことよ……。このような理不尽があろうとは。まさか人間ごときに後塵を拝することになるとはな』
破界神はある意味タナカを認める。しかしそれで終わりというわけでもなかった。
『だが、少し調子に乗りすぎではないか人間。貴様にできたことが我にできぬとでも思ったか? 我も次元を超越すればそれですむことであろう。すぐに次元とやらを超えて貴様を滅してくれよう』
『それこそオレを侮りすぎだ破界神。オレはお前が次元を超えることができないと知っているからこそ話したのさ』
『なんだと……』
破界神の冷静さが再び揺らぐ。
『お前はこの次元で強大な力を持つという存在にしかすぎない。それが一つにして全て、唯一の存在とは傲慢がすぎるってもんだ。もしそんなものが存在するとしたら、それはもっと遥か高みにあるものだろうさ。高次元に立ったオレでさえ考えがつかないほどの遥か高みにな。自分が全てなどという傲慢さがある限り、他者はおろか別の自分という可能性さえ認められないお前に、高次の視点に立つことはできない。次元を超えることなどできやしないんだよ!』
『我に今更考えを改めろとでもいうつもりか? 笑止! この世にくだらぬ存在が広がることなど断じて認められぬわ! 貴様を攻撃できぬのならば無視するまでのこと。このままあらゆる世界を滅し続けるのみ!』
破界神の戦意が再び高まり、エネルギーの様子が激しさを増す。
『させると思うか? オレには未来が見えている。お前が例えどれほど卑劣な策を思いつこうとも、オレは因果を書き換えて全てを回避してみせる! もはやお前に何物をも滅ぼさせはしない!』
『ふざけるな! そんな馬鹿げたことがあってたまるか!』
破界神は手当たり次第に異世界を見つけ出すと、無差別攻撃を企む。しかし――。
『なぜだ……。我が力が……』
破界神の膨大なエネルギーは健在だったが、破界神の意思に反してただそこにあり続けるだけだった。
『もう、お前には自身の力を操ることさえできない。観念しろ』
『なぜだ……。なぜ我の邪魔をする……。ようやくここまで来たのだ……』
『この期に及んで破界の妄執を離さないか。それほどの力を持ちながらどうして。いや、力を持ってしまったからこそか』
破界神の意思が霞がかかるように微弱になっていく。
『お前が何故それほどの怨念を持ったのか。何に絶望したのか知りたくないし、知るつもりもない』
『どうする……つもりだ』
『さてな、オレはただ破界の意思を滅するだけだ。後のことは知らん。もし、お前にも生まれ変わることがあるのだとしたら……』
破界神は沈黙していた。その破界の意思が完全に消滅したのだ。
『もっと気軽に考えることさ。世の中適当でいいんだよ適当で。周りを見渡せば面白いものなんて、たくさん転がっているんだから世の中楽しめばいいのさ。次はアニメ談義ができる程度は精進しておくんだな』
後に残った意思なき膨大なエネルギーを前に、タナカはそう呟いたのだった。
『――にしても、このままってわけにはいかんよなあ。……あまり気乗りはしないんだが仕方ないか』
タナカはアニメやゲームで学んだことがある。蘇生ややり直しというものが、命や人生といったものの価値を損なわせるものだということを。
『こんなどでかいエネルギーを放っておくととんでもないことになりそうだし、破界神に滅ぼされる寸前を復元するくらいでいいか』
タナカはその場に有り余ったエネルギーを使い、破界神に滅ぼされた世界を、その世界を管理する神さえをも再生させていった。
当事者たちは何があったのかも知らず、それぞれの明日を生きていくことになるのだろう。
『あとは最後に……。ちょうどいいもんがあったな』
タナカの目の前に結晶が出現した。それは創世神から預かっていた封印の結晶である。
タナカは迷うことなく結晶に封印されていたモリナーガを解放した。破壊された核の復元も同時に行っているので命の危険はない。
「……どういうつもりだ」
モリナーガはどこか緊張の面持ちでタナカに尋ねた。彼女は封印された結晶体から外の様子をずっと見ていたのだ。
創世神が敗れたことを。破界神の恐ろしさを。そしてタナカが破界神を倒したことも。
『聞いた話によると神様になりたかったんだろう? ちょうどいい物件が空いてるんだがやってみないか? 神様ってやつを』
「……なにを企んでいる」
『なにも企んでないさ。まあ、あの破界神が創った世界だからムカつくかもしれんが。でも破界神が投げ出した世界だぜ。それをうまく治めることができたら、ある意味意趣返しじゃないか? ドヤ顔できるぜ』
そう言いながらタナカが見せたドヤ顔にモリナーガはちょっとイラッとした。
「……フン、いいだろう。このまま創世神様のところに戻っても、他の管理者たちがいい顔をしないだろうしな。お前の口車に乗ってやる」
タナカはモリナーガの返事を聞くと、その場に残っていた力を使いモリナーガを神の域にまで昇華させた。
それまで張りつめた様子だったモリナーガは驚きの表情に変わる。しかしそれも僅かの間のことで、すぐに元の様子に戻ると何も言わないまま破界神の世界へと向かう。
そこで最後に立ち止まる。
「貴方には感謝している。創世神様を――世界を救ってくれたことを。破界神をとめてくれたことを。そして進むべき道を示してくれたことも」
モリナーガが新たな世界に羽ばたいていく。
「貴方が見せてくれた可能性は、人間のみならず、神の進むべき道さえも照らしだす光だった。例えそれが僅かな時間の奇跡であろうと、私はこの偉業を決して忘れることはないだろう。さらばだ、偉大なる人間よ」
モリナーガはそう言い残すと姿を消した。唯一人、暗黒の世界に残ったタナカがため息をつく。
「ハァ、これだから素人は。デレるんなら『素敵、抱いて』で〆るのが常識だろう」
いつも通りのタナカ節だった。しかし本来であれば得意のヤレヤレを披露しそうなものだがそれはしなかった。いや、できなかった。
すでにタナカは四肢が失われ、その身体も光の粒子となって消え始めていたのだ。
タナカは知っていた。これが必然であることを。
破界神との戦いの前に、タナカは自身の一部を高次元へと昇華させた。このとき未来を観測する力を手にしたのだが、その力で破界神の攻撃のみならず、その先の未来まで見えてしまったのだ。破界神に勝利できる唯一の道を。その先に待つ未来も。
「モテモテチート主人公の属性で回避できるかもと期待してたんだがなあ。やっぱり髪を金髪に染めたりしてスーパーな感じを出すべきだったか」
高次元への昇華に魂は疲弊し、度重なるこの次元への干渉ですべての力を失いつつあった。意識が薄れ始めたタナカは、いよいよ奇跡の代償を払うときがきたことを察する。
「結局、キャッキャウフフなハーレムは達成されないままか……」
最後にそんな愚痴がこぼれる。しかしその内容とは裏腹にどこかすっきりした顔をしていた。
「まあ異世界にきて以来、とんでもない目にあってきたけど……」
突然見知らぬ街角で立ち竦んでいたときのことから、様々な出来事が思い出されていた。
「楽しかった……」
その言葉を最後にタナカは暗黒の世界から姿を消したのだった。
「どうなっているの!?」
突如動きをみせなくなった破界の化身が、その身体を崩壊させながら崩れ落ちたのを見てミコトが叫んでいた。
「そんなの決まっておろう! 創生神様が勝ったのだ。我々の勝利だ!」
ミコトの肩でゾンマーが勝ちどきを上げる。
それを受けて喜ぶもの、安心するもの、力が抜けるものと様々だった。
破界の化身との戦いは熾烈を極めたものだったが、幸運にも誰もが命を失なわずにすんだ。
仲間たちが無事を喜び合うなか、スケさんが少し離れた場所にいたカクさんへと歩み寄る。
「カク殿、タナカ殿からの力が……」
「……世界から放り出されたときでさえ切れなかったアイツとの繋がりが消えた。アイツはもう……」
カクさんはそれ以上言葉にしなかった。それでも十分スケさんに伝わっているとわかっていたからだ。
「やはり……、そうでござったか」
破界神との勝利に沸き返る仲間たちを見守るスケさんとカクさん。その背中はどこか小さく寂しそうだった。