第百十一話 奇策
『――なん……だと……』
この戦いが始まって以来、初めて創世神が動揺をみせていた。先の攻撃はこの戦いに決着をつけるべく、トドメのつもりで放った渾身の一撃だったのである。創世神は間違いなく破界神を消滅させたという手ごたえも感じていた。
しかし、今もってあの禍々しい破界神の気配が消えていないのだ。
この場は二柱の争いによって生じたエネルギーが、まるで霧のように虚無の空間を漂い続けている。そのどこからか感じられるプレッシャーは紛れもなく破界神のものだった。
『認めよう……。貴様の力は間違いなく我を越えていた。以前の戦いがそのまま続けられていたならば、たしかに我の敗北だっただろうな』
破界神は戦いが始まる前と変わらず、圧倒的エネルギーを保有したままに存在していた。いや、それどころか破界神の保有するエネルギーは増大の一途にあった。
『なればこそ笑いが止まらん。貴様はそのくだらぬ信念によって我に勝つ唯一のチャンスを不意にしたのだからな』
ここで創世神はようやく気付く。二柱の争いの残照であるエネルギーの霧。それらに隠れて破界神に向かう力の流れがあることに。
そしてその力の出所を悟り創世神は驚愕する。
『まさか……、他の世界を……』
『我がただ大人しく、貴様との決着を待ちわびているとでも思ったか? 愚かな』
ここは虚無の空間。ただ世界の狭間であるという意味しかこの場所にはない。エネルギーの出所があるとすれば、いずれかの世界へ通じる門を開きその先からということになる。
『貴様には感謝しているぞ。神という存在が一筋縄ではいかぬことを、身をもって教えてくれたのだからな。あの後は慎重にことを運ばせてもらった』
どこかの世界へと通じる門がひとつ、またひとつと開いていき破界神の力が増大し続けていく。
『我が化身を静かに潜り込ませ、創造主に気づかれぬよう世界を裏から侵食していった……。もはや手遅れの事態に気づいたときのやつらの醜態は、なかなかに楽しいものだったぞ』
『なんてことを!』
創世神は先の一撃にも劣らない攻撃を破界神に放つ。しかし、今回は一方的に破界神の力を削ぐことは叶わず、対消滅によって双方の力が消滅した。
今の攻撃にたいし、何の関心をもたなかったように破界神は静かに続ける。
『たしかに貴様の力の質はたいしたものだ。しかし我が数多の世界を喰らって得た力を前にして耐えきれるかな』
破界神が攻勢に転じる。その無尽蔵ともいえる膨大なエネルギーにまかせて力をふるった。
創世神が対抗して力を放てば、破界神はその倍の力で。足りなければ三倍、四倍と。
徐々に創世神は追い詰められていき、破界神の攻撃を相殺できなくなっていく。そして創世神はその存在を一方的に削り取られていった。
『くそっ! このままでは……』
『ハッハッハッ! 無様よな創世神。ようやくだ……ようやく決着がつく……。先に滅ぼした神々と同様消え去るがいい!』
創世神と比しても桁違いで巨大な力が創世神を呑み込む。創世神の存在が滅していく際に放たれる輝きが暗黒の世界を照らしていた。
光がおさまった後、そこにもはや創世神は存在していなかった。しかし、破界神が喜びの声をあげることはなかった。
『なんのつもりだ? 人間』
二柱の争いがあった場所から離れたところ――とはいっても距離の曖昧なこの虚無の空間で、それはあまり意味のあることではないだろう。あえていえば破界神という力の存在が満ちていない場所といったところだろうか。
そこに酒場の親父と化した創世神に肩をかしたタナカが浮かんでいた。
「お前……一体何しに来やがった……」
「おいおい、助けてやったってのに冷たすぎやしないか?」
「バカヤロー、お前がこっちに来ちまったら、誰が世界を守るってんだよ」
「そりゃあ、おやっさんしかいないだろうさ。どうせその有様じゃろくに戦えもしねえんだろ? だったらここは選手交代って感じのノリでいこうぜ」
この絶望的な状況でタナカは場違いな雰囲気でサムズアップする。
「なに言ってやがんだ。前にも言っただろうが。お前が戦える相手じゃねえんだよ。……いや、今の破界神はすでに俺ですら相手にならねえ。もはや守りをかためるしか――」
『ハッハッハッ! 笑わせてくれる。守りをかためるだと? あの程度の結界ではもはや我を止めることはできぬわ! すでに力の大半を失った貴様には、再び結界を生み出すことさえかなうまい』
破界神の言葉に創世神は苦悶の表情を返すことしかできなかった。それに対してタナカは平然と会話を続けた。
「しばらくの間、おやっさんはあの結界をもたせることだけ専念してればいい。後はオレがなんとかしてやる」
「本当にやるつもりなのか」
「まあ、信じられんのもわからんではない。……だがな、オレが全速後退をもっとも得意とする漢だというのを忘れてもらっちゃ困るぜ。負け戦ならなおさらな。そのオレが戦うってことは勝機があるってことだ」
己の情けなさをカッコよく語ることに定評のある漢は未だ健在だった。
「……わかった。死ぬんじゃねえぞ」
「大丈夫だっての。そんなに心配したいんなら、ヤツを倒した後のことをちゃんと考えておくんだな」
「どういう意味だ?」
「これですべてが解決するんだろ。だったらアニキたち……異世界の勇者たちをちゃんと元の世界に帰してやれってことさ」
「お前……。わかったよ、すべてはお前に託すぜ。そこまで言ってのけたんだ。絶対に勝てよな」
創世神は強がりを言ってのけるタナカを信じることにして姿を消した。結界を守るため亜空間へと飛んだのだ。
それにしてもこの状況で揺るぎもしない精神力、戦いのあとにまで気を遣える優しさ。まさに主人公として立派に成長したと言っても過言ではないのではなかろうか。
そのタナカさんの様子はというと――。
「クックックッ、アニキには悪いがイケメンの出番はここまでだ。オレの異世界イチャコラ生活のため元の世界へ帰ってもらうぜ。プレゼント作戦が実行されれば、好感度アップで勇者ちゃんの残留は間違いないからな。これでオレのモテモテチート主人公街道は、幸先のいいスタートをきることが確定だ。クックックッ、我ながら会心の一手だぜ」
なんとタナカは世界の危機だというのに、己の欲望を優先するという暴挙にでていたのだ。なんという悪魔。
しかし恐るべきはイケメンだけを排除し、さらに美少女をゲットしようとする策だ。まさに可能を不可能とする漢ならばこそ実行できる奇策。その無謀なるチャレンジ精神には驚嘆せざるを得ない。読者の皆様もこの先のオチが想像できたのではなかろうか。
「それにしても律義に待っていてくれるとは、なかなかお約束をわかっているじゃないか破界神」
『この期に及んでどんな茶番を演じるのか。興味を持っただけにすぎぬ。それにしても我を倒すなどと妄言を吐いて、なんの意味があるというのだ。もはや破滅の運命を回避することなど不可能』
「そうかもしれんな」
破界神の強さは未だ成長を続けている。その圧倒的なまでの力の波動を前にしてもタナカは落ち着いたままだった。
「だが、案外まだどうにかできるのかもしれないぜ?」
『戯言はもはやいらぬ。今すぐ逃れられぬ運命をその身に教えてくれる。貴様の消滅をもってしてな』
破界神からの波動が攻撃的なものに変わる。
「嘘かどうかはお前自身が確かめてみればいいさ。さあ、最終決戦第二ラウンドといこうか」
はたしてタナカはこの先生キノコ以下略。
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