第百十話 終末の光
スケカクコンビはリーダーの言いつけをまもり、タナカの愉快な仲間たちをいつもの修行場である荒野に集めていた。
「――で、肝心のダンナはどうしたんだい?」
「さあな。慌ててどこかにすっ飛んでいっちまったよ。なに考えてんだか」
カレーマンの疑問にカクさんが肩をすくめていた。
「……冷静沈着な友らしからぬ行動と、俺たちを集めさせたことから考えるに答えはひとつだろうな」
「まさか……、創世神様の話ではもう少し時間があるようでしたが」
「予想外のことが起きたということなのかもしれん。当たってほしくはないがな」
勇者ヤシチと勇者カムイは緊迫した表情に変わっていた。
「やばいっす。結局、なんの準備もできてないっすよ」
「トビー様。私たちには賢者様から頂いた闘士があるので大丈夫ですよ。どんなことがあってもこの『月影カスタム初号機』が私たちを守ってくれます!」
闘士を手に決めポーズをとったエクレアはテンションが高い。いっぽうのトビーは沈みまくりである。
「……いや、魔剣は直してもらったっすけど、闘士はもらってないっすから」
「なんですと!」
トビーとエクレアの様子を見てガナッシュが鼻を鳴らす。
「フン、何を狼狽えることがあるのか。破界の化身と戦うことはとうにわかっていたことであろうが。例えそれが早まろうとやることは変わらぬ。今度こそ我が刃をヤツに突き立ててくれよう!」
「吠えることなら誰にでもできる。漢ならだまって牙を研いで待っておれ」
「そういう貴様は吠える気力も失い、萎えてしまっているのではなかろうな」
ガナッシュとトルテは相変わらず相性が悪いらしく、いつもの口喧嘩を始める。
「ほれ、また始まったぞい。なんとかしたらどうじゃ勇者殿」
「貴方ねえ……。ハァ、なんでいつもこうなるのよ……」
マーリンに仲裁を催促されてミコトはため息をつく。人の良さは相変わらずで、間を取り持とうと二人のもとへ足を踏み出そうとした。
しかし、その刹那。強大な重圧が世界を覆いつくす。それに耐えきれなかった数人が膝をついていた。
「こ、これは……」
「いかん! 本当に始まりやがったのかよ。みんなちょっと待ってろ!」
カクさんが防御系の補助魔法をかける。神の力が宿ったその魔法は破界神の悪意から全員を守り始めた。
「――これが神々の戦いの余波だというのか。我々はなんとかなったが街の人間は……。いや、それどころか世界は……」
「意識を失い倒れ伏しているだろうな。我々のほかに動ける者といえば、勇者の血を色濃く受け継いだ、ほんのわずかの者たちだろう」
クーゲルの危惧に上位精霊のゾンマーがその絶望的な状況を静かに答えた。神々の戦いのスケールの大きさにクーゲルは絶句する。
「創世神様が破界神と戦い、友が結界を守っているこの状況は、破界の化身にとってはまさに絶好の機会だな」
「しかし、破界の化身が一体どこで何をしでかすのかわかりません」
「それは我がなんとかしよう」
勇者たちの懸念を聞いて、ゾンマーが大魔法を使い破界の化身の感知を試みようとする。しかし――。
「いや、それには及ばないようだ。皆気を引き締めろ」
勇者ヤシチが剣を手に警戒態勢をとった。それにならい全員が辺りを警戒する。
そのまま時間は経過し何も起こらないかに見えた。しかし、いつのまにか地面にわずかながらの振動が生まれていた。
時間がたつにつれ徐々に振動は大きくなり、立っているのも困難な状況になる。
「くるぞ!」
突然地面が崩れ去り、まるで噴火が起きたかのように土砂が吹き上がる。
現れたのは漆黒の身体を持つ破界の化身。その大きさは以前タナカが倒した巨大化身には及ばないものの、今まで対峙した化身よりも大型のものだった。
『見つけたぞ――、創世神に縁をもつ者たち。寄り集まっているとは好都合だ。この世界を滅ぼす前に、まとめてかたづけてくれよう』
相変わらず無機質でなんの飾りもない表面が不気味さを漂わせていた。
「言ってくれる。そう簡単に殺れると思うなよ!」
獰猛な表情な表情に変わったガナッシュは、破界の化身への闘争心をむき出しにする。
『この戦いは勝敗を決するものではない。決着は創世神様たちの戦いにかかっておるのだからな。我々の役目は神々の戦いの間に、破界の化身が世界を滅ぼすのを阻止することにある。ヤツをこの場に釘付けにするためにも、なんとしてでも生き延びよ!』
「おう!」
ゾンマーの念話に全員が応えた。
こうして世界を懸けたもう一つの戦いが始まる。
虚無の空間――。
創世神と破界神という二つの強大な存在が、長年の因縁に決着をつけるため真正面から激突していた。
距離や時間といった尺度が曖昧なこの空間で、創世神と破界神は自らを意思ある強大なエネルギーの塊と化し、互いの存在を消滅させんとエネルギーをぶつけあう殲滅戦を繰り広げていた。それは単純な戦いがゆえに決着は絶対である。
互いのエネルギーが対消滅していき、自身の存在が徐々に消えていく。最後に残った一方が勝者となるのだ。
『ようやく決着をつけるときがきたな破界神!』
『長きに渡り隠れていたものが言うセリフか!』
暗黒の世界のあちこちで、爆発のような光が輝いては消えていく。
『破界神の我を前にして、悠然と存在してきた世界――その原因たる貴様への怨念! 積もりに積もったこの破界の力をその身に浴び、滅び去るがいい』
さらに激しさを増すエネルギーの衝突。その輝きはより大きくなり、数も増していくばかりであった。
『なるほど……、その執念が力の源となったか。おぞましいまでのエネルギーの純度だ。俺の結界が思ったより早く攻略されたわけだぜ』
『わかったのならば潔く散るがいい。貴様の延命行為は我が力をより強大にしただけにすぎぬのだ。我が滅びの運命から逃れるものなど絶対に許さぬ! それが例え神を称するものであろうとも!』
破界神の怒りとともに振るわれる怨念のエネルギー。それによって発生する対消滅で、創世神側のエネルギー消滅ペースが加速したかのように見えた。
しかし創世神に動じた様子はなかった。
『お前こそ俺を甘くみるなよ。あの戦いで失われた多くの命……、創造主たる俺の怒りがどれほどのものか教えてやる!』
破界神が優勢だったのは僅かな間であり、再び両者の消滅ペースが拮抗する。それどころか両者の力関係はそのまま逆転する。
『俺が長いあいだ力を練り続けていたのは、今この瞬間のため。次の戦いで必ずお前を消滅させると、あのとき死んでいったものたちに誓い力を蓄え続けてきた!』
『馬鹿な……。我が怨念がそんなくだらぬ思いなどに……』
創世神のエネルギーの質が変わっていた。その純度は破界神のそれとは比べ物にならないほどに激しく高純度のものだった。同量のエネルギーがぶつかった場合、一方的に破界神のほうが消滅してしまうほどに圧倒し始めていた。
『そもそもお前は勘違いしている。以前の戦い――、あのまま戦っていれば間違いなく俺の勝ちだった。長年延命してきたのはお前のほうなんだよ!』
みるみるうちに破界神の存在が小さくなっていく。
『あのときお前にたいする怒りを鎮めたのは、生き残った者たちを失わないため、世界を守ることを優先したからだ。今回、世界の守り手がいる以上は容赦しねえ。このまま完全に消滅させてやるぜ!』
もはや戦いは一方的なものになっていた。エネルギーの衝突で一方的に力を失っていく破界神。
『馬鹿な……。貴様ごとき若造に我が……破界神たる我が敗れるというのか……』
『フン、お前がどれほど古き神なのか知らねえがそんなこと関係ねえよ! すべてを消滅させようなんて狂った神を、このまま放置するわけにはいかねえ! これで全て終わらせる!』
より一層激しい輝きが虚無の空間に輝いた。その光はこれまでのエネルギー衝突とは比べ物にならないほど大きく、神々の戦いの決着を予感させるものだった。




