第十一話 温泉街
タナカは適当に魔物を狩りながらのんびりとハザマの街に帰ってきた。
早速ギルドへと向かい旅路でたまりにたまった魔物を渡していつもどおり依頼の清算をしてもらう。
受付のジョディが仕事の手を休めずタナカに話しかけてくる。
「そういえばアンタに名指しの依頼がきてるわよ」
「ほう、名指しの依頼とは俺も有名になったもんだぜ」
ヤレヤレとため息をつきながらジョディがこちらに見向きもせずに差し出してくる依頼書を手に取る。
「そうね。ここじゃ一時期アンタのこと『ウサギ殺し』なんて呼んでたしね」
「いつの間にそんな名で呼んでたんだよ! そんな二つ名つけるんじゃねえよ!」
今やウサギを眷属としたタナカにとって許しがたき二つ名である。タナカは怒りに打ち震える。
「俺はウサギとは和解したんだ。もうウサギには手をださないって決めたのさ」
タナカは遠くを見つめ自分に酔いしれる。しばらく余韻に浸っていたが思い出したように依頼書に目を移す。
「そんな理由で怒りを露わにするとは思わなかったわ」
呆れながらもジョディは仕事を続ける。
「ふむ、エチゴヤさん臨時でギルド職員をやってるのか。人手が足りないのでニシの街まできてほしいとな? 西の街……プリン王国か?」
タナカはアイテムボックスから地図を取り出しプリン王国の地理を調べ始める。
「ああ、ここからだと北にある街よ。フグの街よりさらに北へいったところにあるわ」
「まぎらわしいんだよ! なんでニシの街なんだよ!」
あいかわらず期待を裏切る世界にキレるタナカ。
「さあ、皇都から見れば西だからじゃないの?」
「むぅ……確かに。まあそういう名前の付け方は有といえば有だが。しかし安直すぎないか? もう少しこうひねりをだなあ……」
日本のことを思い出し方角を名前に付けるのもまんざらおかしくないことに気が付く。
しかしなんとなく納得がいかないタナカなのであった。
「まあ西域は新しく開拓した街が多いから。開拓したとき適当に呼んでいたのがそのまま正式名になったんじゃないかしら。特産品の名前だったり、地理から名前をとったり」
「なるほど……。それにしても結構遠出になるな。これは……断るとしよう」
タナカは地図で場所を確認するとあっさりキャンセルすることに決定する。
「なんでよ。せっかくの名指しなんだからいってあげなさいよ」
「やっと新しい魔道書が手に入ったのだ。ここはしばらく仕事を休んで魔道の真理を追究せねばな」
ニヤリと笑うと厨二な妄想を始めるタナカ。
「エチゴヤさんやり手の商人だし、ギルドにも相当顔が効く人よ。付き合っておいて損はないと思うけど」
ジョディの俗な発言に妄想をやめて言い放つ。
「笑止! 俺は金や権力に媚びは売らぬのだ。我が道をひたすら突き進むのみ!」
そんな風にタナカが再び自分に酔いしれているところにジョディの言葉が投げかけられる。
「……ニシの街のとなりに美容で有名な温泉街があってね。若い女性のたまり場のようなところよ。エチゴヤさん顔がひろいから助けてあげればいろいろと労ってくれるかもね」
「フン! だから言っておろうが。我はそのような俗なものに屈したりはせぬと」
ジョディの誘惑の言葉を断固として切り捨てる我らがタナカ。
そして振り向くとクワッ! と気合のこもった顔で断言する。
「だが俺は助けを乞う者を放っておけない漢なんだよ! エチゴヤさん待っていろ。すぐに行ってやるからな」
清算が終わるといそいそとギルドを出ていくタナカ。おそらく今日中には出発する気なのあろう。
「ああ、それと最近温泉街がドラゴンに襲われたらしいからしばらく近づかない方がいいわよ」
ジョディはタナカがギルドを出て行ったのを確認してからそう付け加えた。
タナカは鼻歌まじりにスキップを踏みながら普通1週間はかかる行程を二日間で終えてニシの街に到着してしまう。
よほど妄想に夢中だったのであろう。自分の異常性にまったく気が付いていない。
そんなタナカは急ぎギルドのエチゴヤのところへ向かう。ギルドに話は通っていたらしくすぐにエチゴヤのいる個室へと案内される。
「まさかこんなに早く来てくれるとは驚きました」
エチゴヤは笑顔でタナカを向かいいれる。
「すんごくヤル気いっぱいです! どんな仕事でもジャンジャンまわしてください!」
タナカはもはや仕事の後のことにしか目が行っていない。
そんなタナカの心を知ってか知らずかエチゴヤは笑顔で頷きながら仕事の話を始める。
「そうですか、それは助かります。それでは最近この辺りで暴れていたドラゴンを退治してもらいましょう」
「……」
タナカが固まる。
「半月ほど前なのですが突如飛来したドラゴンに温泉街が襲われまして大変だったんですよ。いまはこちらから復興作業のため人を送っているんですが、こちらの街の仕事が滞ってしまって。それでタナカさんを呼んだのですがそれほどやる気に満ち溢れているならドラゴンをチャチャっと殺っちゃってください」
軽い感じですごい内容のことを話してくるエチゴヤ。
「できるわけねえだろ! アンタEランカーになにを期待してんだよ!」
再起動したタナカは遠慮なしにエチゴヤにツッコミをいれる。
「フフ、冗談ですよ。タナカさんには復興作業で温泉街に行ってる人たちの穴埋めをしてもらいます。この街周辺の魔物狩りが主な仕事になるでしょう」
「……はい」
若干疲れた顔のタナカと笑顔のエチゴヤはその後簡単に街や仕事のことを話し面会は終了となる。
タナカは宿屋を紹介してもらいその日はすぐに休むこととなる。
そして次の日からニシの街での新しい生活がはじまる。やってることは相変わらず魔物狩りだがハザマの街周辺とは出現する魔物が違うため慎重に行動する。
初日なので無理をせず早めに狩りをきりあげるとギルドで清算して宿にもどって引きこもる。とりあえず初日の手ごたえから無事やっていけそうなので心に余裕もできてきた。
今は宿でのんびりと第九位魔法の魔道書を読みふけっている。
「初歩的な攻撃魔法がいろいろあるな……どれを覚えようか……」
まず目についたのは火の玉の魔法。その名の通り火の玉をぶつけて火傷によるダメージを与える。固い甲羅に覆われるような敵や火に抵抗力のある魔物には効果が薄い。逆に火に弱い敵には有効な攻撃となる。すでに点火魔法を攻撃に利用できるタナカにとってはあまり魅力のない魔法といえよう。
次に氷の玉の魔法。火の玉と違い氷の物理的な衝撃が主なダメージとなる。しかし所詮氷なので固い敵には大したダメージは与えられない。水に弱い敵には有効だがタナカであれば生水の魔法で罰ゲーム的に水をぶっかけて逃げればいいのであまり魅力的ではない。
そしてかなり魅力的なのが風刃の魔法。風刃といいつつもつまるところカマイタチである。射程が短めという欠点があるが攻撃力はなかなかに高そうだ。固い敵とは相性が悪いようだが目に見えない攻撃というのが隠し技的な感じがしてタナカの厨二心をくすぐる。しかし逆にこれが今のタナカにとっては致命的だ。目に見えないため制御の確認ができず修行の点から見てきびしい魔法だ。
最後に投石の魔法。石を投げつける魔法だが魔法といいつつもほぼ物理攻撃だ。固い相手にも衝撃は伝わりある程度ダメージは与えられる。非実体や液体状の魔物にはほとんど効果がない。地味ではあるが現状のタナカの手札を考えるとこれがいいように思えた。
しばらく考えた結果、投石の魔法を契約することにした。
「フフフ、そして回復系の魔法だな。保身第一の俺には非常に重要な魔法だ」
多少の傷を治してしまう回復魔法と病気や毒など異常を治す治療魔法を契約する。
回復魔法はまだ基本的なもので効果は小さいようだ。治療魔法も基本的なもので魔法による麻痺や石化などには効果がないらしい。
とはいえ回復や治療魔法はもっているだけで安心感が違う。魔法でだめな場合はアイテムボックスにある回復薬や治療薬などの魔法薬を大量に投入すればなんとかなるだろうと考える。
しかしここである問題が浮上する。
「そういえば俺この世界に来てから病気も怪我もしてないな……。クッ、なんという罠。安全第一な行動指針が裏目に出るとは。魔法の修行のためには病気や怪我をする必要がある。しかし! 俺は痛いのも苦しいのも御免だ。第一自分から危険な目に会う行動をとるなんて石橋を叩いて満足して帰る俺の信条に反する。ぐぬぬぬぬ……おっ? ふふふ、さすが俺。いいことを思いついた。ククク……魔道の真理に到達するには犠牲が必要なのだ……エチゴヤ、俺は人間をやめるぞ……ククク」
次の日、タナカは防寒用のローブを深々と被り温泉街へと出向く。
そこはドラゴンの襲撃により破壊され見るも無残な街並みとなっていた。
多くの人々が怪我をしたままであり、まともな生活も難しく身体を壊す人もでているようだった。
タナカは崩れかけた建物の前で怪我をしてうずくまっている老人に近づく。
老人は無気力な感じであまり反応をしない。タナカは回復魔法を使うとアイテムボックスから僅かばかりの食料を取り出しそこに置いて立ち去る。
「フフフ、実験協力のお礼だ。とっておくがよい。それにしてもこれが回復魔法の力か。いいぞ魔法薬を使うより手間が少なくていいだろう。よーし、このままスキルを磨くぜ」
そんなことを繰り返してまわっているといつの間にか噂になっているようだった。
魔法の実験をしてまわっていたなどエチゴヤにばれたら大変なことになりそうなので素性がばれないよう注意を払いながら続ける。
そんな風に治療を続けていたとき、ある実験対象から話しかけられる。
「ありがとうおじさん! おじさんはいったい誰? どこからきたの?」
それまで話しかける隙を与える間もなく去っていたのだが、相手が子供だったので少々油断したのかもしれない。
声を出すのは危険な気がしてどうにも困ってしまったタナカは思わず顔をそらしてしまう。
純粋な子供はタナカがいろいろめんどうなことを考えているなどわかるはずもない。タナカが顔を向けたほうにつられて顔を向ける。そこにはハル皇国とプリン王国を分かつ雄大な山岳地帯が横たわっていた。
ハル皇国の西域北部にあるニシの街。すこし山間の離れた場所に温泉が湧き温泉街が年中にぎわっている。とくに温泉街に名前はなく行政上ニシの街の一部ということになっている。
そんなにぎやかな温泉街で創世暦5963年末ドラゴン襲撃という大事件が起こる。ドラゴンは多くの建物を破壊し炎上させ多くの死傷者を出す大惨事となる。
惨事の後ニシの街のギルドが中心となり復興に全力をあげるが人手不足のためなかなか厳しい状況であった。
ローブを深く被り顔を隠す怪しげな人物が現れたのはそんなときであった。その人物は事件で負傷した人々の前に現れては無償で治療をし食料を残していったのだ。
その治療は神の御業としかいいようがなく死を待つばかりであった重症者をも瞬時に治療していった。
人々はこの人物が何者なのか知りたかったが神出鬼没なため素性は不明のままだった。
そんななかある子供がこの人物に話しかけた出来事がひろまる。この人物はどうやら山岳地帯からやってきたという。
最近奇跡が起きたという山岳地帯から来た神の御業をあやつる人物。人々は山岳地帯にすむ神が竜の被害に苦しむ自分たちの姿を憐み人の姿で顕現して街を救ったのだと噂した。
人手不足で多くの負傷者が治療待ちの状態であったのを短期間の内に解消した神は人々が感謝する間もなく去って行ってしまう。
街の人々はこの神に深く感謝しギルドの協力のもと街の復興を進めていく。
創世暦5964年初頭、復興も進みニシの街のギルドの忙しさも落ち着き始めたころ竜殺しの称号をもとめる猛者たちがこの地に集まろうとしていた。
名前:タナカ レベル:20 経験値:658/2000 ギルドランク:E
体力:3.4e13/3.4e13 魔力:4.4e13/4.4e13
力:3.4e12 器用さ:3.2e12 素早さ:3.2e12 賢さ:4.4e12 精神:4.4e12
スキル:剣(2.03) 魔法(1.39) 信仰されし者(1.38)
装備:剣 厚手の服
お金:3625000G




