第百九話 地下迷宮からの帰還
スケカクコンビはギルドの片隅に存在するとある一室を訪ねていた。彼らが訪れた場所とはもちろんタナカさん専用引きこもり部屋である。
久しぶりの再会だがタナカは床に座り込んだまま、何やら作業に没頭している様子だった。
「おめえは引きこもったまま一体何やってんだ?」
カクさんがあきれた様子で尋ねた。
「クックックッ、オレは今ほど自分の才能に恐怖したことはない。この秘密兵器さえ完成すれば全てが解決するだろう……」
「なんと! 秘密兵器でござるか?」
世界の危機を前にしてタナカがみせる自信。そして子供心をくすぐる秘密兵器というパワーワードに、スケさんは期待をふくらませる。
「ああ、オレはおやっさんの修行から解放されてずっと考えていたんだ。オレが今後取るべき戦略ってやつをな。今、この街には勇者ちゃん、お嬢、同志エクレアがいるだろ? クックックッ、オレは決めたぜ。この三人全員を手に入れてみせるってな!」
なんだかあやしい雲行きである。
「チームタナカをもっとでかくしようってのか?」
「バッカ! ちげえよ。三人をオレのハーレムメンバーに加えてキャッキャウフフを始めるってことだよ。言わせんな恥ずかしい」
本当に恥ずかしい漢である。
「――でだ! まずは勇者ちゃんを堕とそうと考えていたんだが、この間トビーたちが来た時にピンときたね。プレゼントをあげてから、気持ちがグンっと盛り上げたところで攻めるんだ。これは間違いなく堕ちる!」
作業を続けながら話をしていたタナカがいったんその手をとめる。そして座り込んだままこちらを向きなおると、その手に持つものを二人にみせつけた。
「これが精魂込めて創り上げた秘密兵器『魔術王の護符』。オレがここ数日の大冒険の末、世界の果てにある魔術王の地下迷宮から持ち帰ったお宝って設定で渡す予定のプレゼントだ」
「おお!」
それを見たスケさんが歓喜の声をあげる。短剣、杯、逆五芒星に蛇。それらを合わせた毒々しいまでのデザインはタナカの趣味全開の一品だった。それにしても古参RPGファンから批難されそうな設定である。
「本当は指輪がよかったんだけどペンダントにしといたぜ。そういうのはまだ早すぎるかなとか思ったりなんかして……」
頬を赤らめながらそう呟いたタナカさんはたいそう薄気味悪かったそうな。
「ふん、相当入れ込んでるみたいだな。このあいだの剣や鎧もすごかったが、コイツからはあれとは比べもんにならないほど強い力を感じるぜ」
カクさんは少し不機嫌そうにそう言った。物理干渉のできないカクさんは、相変わらずこの手の物に嫉妬を隠せない。ツンデレキャラの本領発揮である。
「拙者も何か新しい装備がほしいでござるよ」
とスケさんも対抗意識を燃やす。
「ああ、待て待て。まだコイツは完成してないから後でな。もう少しデザインとか改良してだな――」
有能な上司っぽさを醸し出しながら仕事が増えそうになるのを華麗にかわす。そして作業に戻ろうとしたところでタナカの動きが止まった。
「どうかしたのか?」
タナカの不自然な様子にカクさんが尋ねたがタナカは反応しない。スケさんとカクさんが顔を見合わせ肩をすくめていると突然タナカが立ちあがる。
まるで天井を睨みつけるように見上げているが、そこに何かがあるわけではない。しかしタナカの超感覚はこの世界に迫るナニカを確かに捉えていた。
「お前ら! すぐに愉快な仲間たちを集めて待機していろ!」
そう言い残すとタナカが瞬時に消え去る。
「どうしたってんだよ……」
「何やらただ事ではない様子。言われた通り皆を集めたほうがよさそうでござるよ」
スケカクコンビは突然のことに戸惑いながら、タナカに言われた通り動き出すのだった。
「――おやっさん!」
タナカがやってきたのは例の亜空間。そこにはひとり空を見上げて厳しい表情の創世神がいた。
空には以前までの宇宙の姿ではなく、真っ暗な闇が映し出されている。
タナカはその闇を知っていた。
それは虚無の海。以前、モリナーガによって放り出された世界の狭間である。
タナカはハム星でそうしたように意識を拡大させた。
そしてタナカの超感覚が捉える。強大な負のエネルギーが迫ってきているのを。以前は遠巻きにして眺めるだけだったが、今回は押し潰されそうな圧迫感を覚える。
そこには破界神が確かに存在し、タナカの作った結界に取りつこうとしていた。
「どうなってんだよおやっさん! おやっさんの結界が消えるまでには、まだ時間があるって言ってただろ!」
慌てた様子のタナカとは対照的に創世神は静かに答えた。
「どうやら俺の計算は甘かったらしい。ヤツの執念は……、破界神の力は俺が思っていた以上に大きく成長しているようだ。まさかあの結界が消える前に、こじ開けられるとはな……」
「どぇええええ! まぢで!? どうする? やばい? やばいの!? なんか早速オレの結界が圧迫されはじめてんだけど!」
「落ち着け!」
慌てふためくことには定評のあるタナカさんを一括して落ち着かせる。
「確かに俺の予想以上に破界神は強くなっているが、この程度なら問題ねえ」
「まぢかよ……。だったらオレも加勢しようかな。正直言うと優勢なんだったらオレもブイブイ言わせたい」
まったくもって正直すぎるダメ人間である。
「バカヤロー、お前には結界を見張る大切な仕事があんだろ。もしものときは取り返しがつかないことになるんだぞ。だいたいお前じゃ戦力になんねえよ」
この言葉にはカチンとくるタナカさん。
「おいおい、おやっさん。そりゃないぜ。これでもオレはモテモテチート主人公のはしくれなんだぜ。結構……、いやかなり強いと思うよ」
得意のシャドーボクシングを披露するタナカ。今日の「シュッ! シュッ!」はいつもより三割増しでお送りしております。
そんな感じのタナカさんであるが、モテモテかどうかはハムスターさんたちの審議を待つとして、チート主人公なのは間違いないだろう。タナカは勇者召喚の儀式の暴走が生んだイレギュラーであり、反則的なくらいの力を手に入れた存在なのだから。
「言ってる意味がよくわからんが、確かにお前は強い。世界の基準からしたら魔力量は数千兆……、いや京は超えているか」
創世神はタナカを観察しながらその魔力量を測った。
「え? なんなの、その良くわからないバカでかい量は。そういえばなんなんだよオレのステータスの表示は! めちゃくちゃ文字化けしてんじゃねえか! おやっさんちゃんと神様の仕事やってたの? これのせいでオレがどんだけ苦労したと思ってんのよ。こいつさえ正常な表示だったら、最初っからキャッキャウフフなイチャコラライフをエンジョイできたのに!」
「なに言ってんだ? 確かに省略してるがかなり正確な表示になってるだろうが」
創世神はタナカの数値が指数表記になっていることを説明する。
「なんでそんな小難しい表記にしてんだよ! わかるわけねえだろ!」
「うるせえ! そんな力を持つヤツなんて本来あり得なかったんだから、適当でもいいだろうが! 世界の法則を創りかえるの大変なんだぞ!」
そんな言い合いをしているうちに、創世神はそんな場合ではなかったことを思い出す。
「――って時間を無駄にしてる場合じゃねえんだよ。そんなに言うんならまずは俺の力を見てみるんだな。守りに徹して力を練っていたのは伊達じゃねえってことを教えてやるよ」
そう言うと創世神は自らに課した封印を解く。世界に同化していた力が創世神のもとに集まってくる。
「どうだ? たいしたもんだろう? 確かにお前の強さは神の域に達してはいるが、俺たちの戦いに割って入るにはまだまだ圧倒的に力が足りない。残念だが今のお前では勝負にすらならん」
タナカはそれを間近で眺めていて驚愕していた。その集まってくる力はタナカにとっても桁違いなほどに膨大なものだった。
「まあ、お前は大人しくここで結界のほうを見張ってな。ヤツとの決着は俺がつけてやるさ」
そう言い残すと創世神は消え去った。破界神との戦いにおもむいたのである。
タナカは強大な力の圧迫が消えたことで、膝から崩れ落ちた。
「ハァハァ……」
地面に手をついて息を整えるタナカ。圧倒的な力の差を知って絶望しているのか。それとも悔しさに表情をゆがませているのか。
そのどちらでもなかった。
「それは違うだろおやっさん……」
タナカは空を見上げた。そこには暗黒の海が映し出されているだけだった。しかしタナカには強大な力同士が激突する寸前であることがみえていた。
「もしおやっさんが真正面からぶつかるってんなら……、そんな戦い方が神々の戦いだっていうんなら……、アレには絶対勝てないぜ」
タナカが見守るなか、世界の命運をかけた戦いが始まろうとしていた。
祝「タナカの異世界成り上がり」第四巻発売!