第百三話 切り札
空を見上げる三人の勇者たち。
大空のあちこちで発生している衝撃波がその戦いの激しさを物語っていた。しかし彼らに認識できるのは、双方が激突するとき僅かに見える影と大気を轟かせる轟音のみである。
その戦いを正しく認識できていたのはカクさんと創世神くらいのものだった。
「戦いはどうなっているの?」
「とりあえずは互角の勝負ってところかな」
ミコトの質問に端的に答えるカクさん。しかし彼の表情はどこか陰りが見えていた。
「このままではまずいな。破界神のやつ、さっきから世界に干渉してやがるぜ。戦いが長引けばいずれヤツに追いつけなくなる。そうなったら――」
創世神にはこの戦いの先が見えていた。それほどの時をかけずスケさんが敗北するという未来が。
「あなたがそういうのならそうなのだろうな。それを見ているだけしかできない自分がなさけない」
ヤシチが空を見上げながらそんな言葉を口にする。その物言いは静かだったが握り締めた拳が彼の悔しさを物語っていた。
「そう自分を責めるな。アレは相手が悪すぎる。それよりカクさん、もう時間がねえ。この辺りで勝負を決めなきゃマズいがアレはやれそうなのか?」
「ああ、でもやれるのはおそらく一回きりだぜ。残念だがまだ完全にモノにできたわけじゃないからな。しばらくの間は動けなくなっちまうだろう」
「そうか……、だがヤツを倒すにはやるしかない」
次の一手が世界の命運を決めるのだ。さすがの創世神も緊張の面持ちだった。
「まったく、タナカも難しい課題を残していってくれたもんだぜ。俺もスケさんもコイツをモノにするのにどんだけ苦労したと思ってんだ」
「そう愚痴るな。アイツはもしものことを考えて布石を打ってたんだろう。実際そのおかげで最後の切り札が残ってんだからたいしたヤロウだと褒めるべきさ」
「友はそこまで読んでいたのか。なるほど……、消える刹那に見せたあの力強い瞳はこのことを意味していたわけか」
タナカは皇都に一人で向かう際にスケカクコンビに適当な注文を押し付けていた。ハーレムを実現するために不確定要素をできるだけ排除しようとしただけなのだが、ここにきてついにその策が実ったわけである。目的とは違う形で。
「いくぞスケさん! ネオマッスルレインボゥー!」
色とりどりのカクさんを形作ったナニカが空に昇る。この様々な属性をもつ高密度のエネルギー体は破界の化身を次々と取り囲んでいった。
「無駄なことを」
破界の化身が腕を振り払うとその伸びた腕が触れただけでカクさんたちを消滅させていく。本来であれば触れたそばから爆発するはずのエネルギー体も無へと変換されては攻撃にならない。
「そいつはどうかな!」
カクさんたちが一斉に動き出し破界の化身に迫った。破界の化身は先ほどと同じようにかき消そうとするがその刹那、次々と自爆を始める。連鎖的に爆発を続けたそれはまるで第二の太陽のように空を照らした。
「例え攻撃できたとしても、この程度では何の意味もありませんよ」
この世界において必殺といえる爆発を受け続けながら、破界の化身は何らダメージを受けていなかった。
やがて爆発の連鎖は終わり、大空が元の景色を取り戻していく。
そんななか破界の化身が見たのは重なり合ったスケさんとカクさんの姿。そして自分を呑み込もうとする巨大な光だった。
かつてタナカたちが自分たちの抱える巨大な力に振り回されていたとき、スケさんの安定した力はチームタナカの要だった。
しかし時は流れ、タナカとカクさんは徐々に魔法を自在に操る術を磨いていった。こうなるとスケさんとの火力差が目立ってくる。
それを気にしてスケさんがタナカにポロリと不安を漏らしたところ、タナカは思いついたのだ。「だったらカクさんと同じでいいんでない」と――。
そしてタナカはノリと勢いでやらかす。
それはタナカがエチゴヤから皇都逝き(誤字でなくもない)を相談される少し前のことだった。
その後――。
「チームタナカが再び集結するとき――、その力はひとつとなって邪悪なるものを討ち果たすだろう」
と適当にカッコいいセリフを残して、タナカはひとり皇都へ逃げるように立ち去ったのである。
そんなこんなで残された二人は押し付けられた課題に取り組んだ。それは新たに使徒となってしまったスケさんの特訓である。
なぜ本章になってから後書きにステータス表記がなくなったのかと、不思議に思われた読者も多いのではないだろうか。すべてはこのネタバレを防ぐための伏線だったのである。
決して作者が「ステータス計算するの面倒くさい」と考えて思いついたネタではないので誤解しないでいただきたい。掛け算を九の段まで暗記している作者にとって計算は最も得意とする分野である。
とにかく、そんなこんなな感じの経緯でカクさんが指導するもと、スケさんは力の制御を学び始めたのである。しかし力の制御をモノにするのは難しく、以前のタナカやカクさんのように強大な力を垂れ流すてんやわんやな毎日を送った。
そんななかタナカが残した言葉に触発されてつい試してしまう。邪悪なるものを討ち果たすという技を。
タナカから供給される力の最大放出。
制御が不十分なスケさんは、膨大なエネルギーをただ放出する。
力の制御が可能なカクさんは、そのエネルギーを両手で包み込むように自分の放出するエネルギーを加える。
そうして蓄えられた高密度のエネルギーに指向性をもたせて解き放つのだ。
「秘儀! 『破邪拳昇』!!」
巨大な光の拳が天に昇る。その光に包まれ崩壊していく破界の化身。
「馬鹿な……、私の身体が……」
タナカがいない今、この一撃こそが破界の化身を倒しうる世界最強の一撃だった。
大気はそのエネルギーが生み出す高熱に耐え切れずプラズマ化し、空一面が光に満たされた。
その変わり果てた空からスケさんがゆっくりと舞い降りてくる。
最強の一撃を放った影響からか。すでに人化を解いたカクさんがスケさんの頭上に力なく鎮座していた。そのスケさんも地上にたどり着くや膝をつく。
「やはりこの技を使いこなすには、まだまだ修行が足りぬでござるな」
「それは仕方ねえ。むしろこの短期間でよくぞここまで完成させたと感心するぜ」
疲れ果てたスケさんに創世神はねぎらいの言葉をかけた。
「それにしても凄まじい威力ですね」
「ああ、さしもの化け物といえどいまの一撃には耐え切れまい」
カムイとヤシチは先の攻撃の影響で生み出されたオーロラを眺めていた。
「ひとまずこれで終わったのよね?」
「ああ、これで破界神のヤツも――」
創世神の言葉がそこで止まったため、ミコトはけげんな面持ちである。
「馬鹿な……、あの一撃で確かにヤツを倒したはず。それなのにヤツの気配はまだ残っている……」
ここでヤシチが気づく。
「友はあの化け物を倒したが再び現れることを予見していた。そしてその予想通りヤツは現れ、今再びヤツを倒したがアレが最後の化身であるとは限らないのでは!」
「まだ他にも破界の化身がいるっていうの!?」
勇者たちが傷ついた身体をおして警戒態勢に入る。しかしすべてが遅かった。
破界の化身が狙ったのは彼らではなかったのだ。
瓦礫の床から飛び出した触手のような黒い腕がモリナーガを貫いていた。
「お、おのれ……」
「ほう、致命傷を避けたか。貴様が持つ神の力を利用して悪あがきができたといったところかな」
瓦礫のなかからその姿をあらわす。姿かたちは微妙にことなるがその無機質で漆黒の身体は間違いなく破界の化身だった。
「しかしそれも無駄なこと。貴様が受肉したこの血と肉が教えてくれるぞ。創世神のもつ力の理を。やつの結界の秘密をな」
破界の化身の腕をつたい流れ落ちるモリナーガの血が吸収されていく。
「おおおおおお!!!!」
モリナーガは無理やり破界の化身の腕から逃れ距離をとった。しかしダメージは深く再び膝をついた。
「無様な姿よなモリナーガ。そんな貴様に絶望を見せてやろう」
そう言うと破界の化身が片腕を天にかざした。
そのわずか上方に空間の歪が発生する。徐々に黒ずんでいくその歪から黒い物体が絞りだされるように現れた。その物体はゆっくりと蠢き人型に似たカタチに変化していく。それはまぎれもなく新たな破界の化身の出現だった。
「馬鹿な……。こんな簡単に我が力を……」
「クックックッ、便利なものよな。貴様の持つ力は」
破界の化身はモリナーガが創世神より与えられた結界に干渉する力をあっさりと使って見せた。結界に開いた穴から一体、また一体とこの世界に破界の化身が侵入してくる。
「だがこんな小さな穴ではまどろっこしい。もっとよこせ! 結界の秘密を! この世界の理を! 貴様をまるごと取り込めれば、すぐにでもあの忌々しき結界を破壊できよう!」
身動きのとれないモリナーガに破界の化身がせまる。
しかしスケカクコンビは消耗のためしばらくは動けない。三人の勇者たちも先のダメージが抜けきっておらず、とてもではないが破界の化身の相手などできるはずもない。
まさに絶体絶命のピンチ。
ここで誰もが想定していなかった伏兵が動いた。
「うぉおおおおお!」
それはタナカさんの小物の意思を受け継ぎし漢トビー・サール。遠くからこっそりと様子を伺っていたトビーがこのタイミングで飛び出してきたのだ。
本来動くことすらかなわないはずのトビーは、魔剣スクリームヴァスタの力を借りて破界の化身に向かっていった。
もっとも彼自身に神の力やその理屈についての知識などはなく、この切羽詰まった状況をみて、自分が持つ最大の切り札を使っただけにすぎない。
「よせ! トビー!!」
ヤシチの必死の叫びも空しくトビーはそのまま破界の化身に襲い掛かる。魔剣の力で底上げされたトビーの動きは全快時の勇者たちに引けを取らないほどのものだった。しかし――。
「なんの障害にもならぬわ」
破界の化身はトビーのことを敵と認識すらしなかった。トビーのことを無視してモリナーガを取り込もうと進み続ける。
実際、トビーのふるった渾身の一太刀は甲高い音をたててあっさりと弾かれてしまった。魔剣の力をもってしても届きえないほどに圧倒的な力の開きがあったのだ。
しかし力の差を見せつけただけのその結果が破界の化身の足と止めさせた。
「貴様……、何者だ?」
触れるものに等しく滅びを与えるはずのその身を攻撃しながら無事だったトビーに、破界の化身の意識が移った。
先ほどは取るに足らないゴミだと無視したが、今こうして観察してみると破界の化身にとって嫌悪すべき力を感知することができた。
「感じるぞ……、忌々しき創世神の力を」
破界の化身は腕を伸ばすと魔剣スクリームヴァスタの刃を掴んだ。
「うぁああああ! 離せ! 離せよ!」
トビーは破界の化身の掴んだ手を振り払おうとするが剣は微動だにしなかった。
「まさかこれほどの武器が存在しているとは……。これは危険すぎるな」
破界の化身は、その手に掴む魔剣スクリームヴァスタの刃が僅かながら破界の化身の手に食い込んでいるのを見て危険視する。先ほど通用しなかったかに見えたトビーの一太刀も、破界の化身の身体に傷をつけることに成功していた。
「このような物が存在することなどゆるさぬ。あってはならぬのだ!」
破界の化身は怒りとともに魔剣を掴む手に力を加えた。次の瞬間、魔剣スクリームヴァスタの刃が砕け散った。
「ああっ! そんな……」
破界の化身の束縛から解放される形となったトビーがフラフラと後ずさる。
「逃げろトビー! そいつから離れるんだ!!」
ヤシチが必死に叫んだが絶望のさなかにあったトビーにその言葉は届かなかった。破界の化身の悪意を間近に受けて膝をつくトビー。
もはや彼の命は風前の灯火だった。この状況でなお破界の化身の追及は止まらなかった。
「なんだ? まだ感じるぞ……。ヤツの力を!」
破界の化身の腕がまるでトビーの身体を貫かんとするように伸びる。
「トビー!!!!」
最悪の未来を予見するヤシチ。しかし破界の化身が伸ばした手が何かに遮られる。
「ここか!」
破界の化身はそのままトビー懐をつかむと服ごと引きちぎった。その手にあったのは――。
「闘士……」
トビーの命を救ったのは小さな武士だった。意識が朦朧とするなかトビーは恩人を取り戻そうと手を伸ばす。しかし――。
「このような奇妙な道具まで存在するのか……。煩わしい……砕け散れ!」
破界の化身がその手を握り締めると、あっけなく小さな武士はその命を散らした。
「ああ……」
破界の化身の手から零れ落ちる破片を見つめながら、トビーはその悲しみに打ちのめされていた。
託された魔剣を失い、譲り受けた闘士さえも失った。
その絶望がトビーの意識を薄れさせていく。そんな彼の頭に浮かんだのは魔剣と闘士の持ち主であった漢の顔である。そのドヤ顔は思わず殴ってしまいたくなるほどに憎らしいものだった。
そして気づく。胸の奥に引っ掛かる何かがあることに。それに自分が今感じている絶望にも違和感を感じていた。
トビーは自問する。
いったい自分が何に絶望しているのか。目の前の化け物にか。否、そうではなかった。
自分の心を満たしているその感情は本当に絶望なのか。否、それも違った。
トビーの心にあるのは絶望のようではあるが微妙に違う焦りにも似たナニカ。
トビーは必死に何かを思い出そうとしていた。
そして不意に漢の言葉が頭をよぎる。
『ちょっと呪いをかけてるんだよ。これで闘士を粗雑に扱ったらオレにわかるようになるから覚悟しろよ。オレすっとんでくからな。マジで腹にパーンいくからね』
目の前の空間が歪んだのはその言葉を思い出したのとほとんど同時だった。
その空間から現れた拳が破界の化身の腹にめり込んだ。
「母ちゃん物は大事にしなさいって言ったでしょぉおおおおおお!!!!」
さらに右・下・右斜め下ぷらすパンチボタンっぽい突き上げを受けた破界の化身は吹き飛ばされ、そこにいた別の化身たちをも巻き込んで天を舞った。
「母ちゃん!」
トビーは喜びの声を上げたがすぐに素に戻る。
「――じゃねえよ!!」
タナカはそのツッコミに満足したのか笑顔でサムズアップを返した。その姿は母ちゃんっぽい雰囲気を醸し出しながらも自信に満ち溢れていた。
最強の切り札、ついに復活!




