第百二話 三人の助っ人
「忌々しき創世神の子らよ。己が無力さをたっぷりと味わいなさい!」
破界の化身が動き出す。
まず狙われたのはモリナーガだった。しかしモリナーガは相変わらず膝をついたまま、神気にあてられまともに動くことさえできないでいる。
「おのれ……」
「創世神の結界を破るために頂きますよ。その力!」
破界の化身がモリナーガに迫る。しかし、その前に勇者たちが立ちはだかった。
「神盾よ!」
カムイが「神盾ビスケット」に秘められた力を解放すると、破界の化身の行く手を遮るように光の壁が出現した。
「無駄なことですよ。神を前にその程度の力など何の障害にもなりません」
未だ半分ほど残っている使徒の顔があきれたような表情に変化していた。そのまま光の壁を気にすることなく破界の化身がそのまま突っ込む。有を無に帰する神の力をもってそのまま素通りするつもりなのだ。
「そうはさせんよ!」
ヤシチが創世神の力を発動し光の壁を変質させた。神の力を纏ったことにより、光の壁がより一層輝きを増す。
光の壁に触れていた破界の化身の身体がその相反する力によって弾かれる。
「創世神の加護を持ちし者ですか。ならば力をもって押しつぶすまで!」
破界の化身が強引に光の壁を押し切ろうと力を込める。
「グッ!」
その強大な圧力に押し負けぬようにとカムイが全力で踏ん張る。なんとか耐えてはいるが、神器の解放はカムイの体力と魔力を急速に消耗させていく。
「ミコト! 彼のサポートを!」
カムイの消耗を逸早く察したヤシチが指示を飛ばす。
「はい! 踏みとどまりなさいよカムイ!」
ミコトはカムイの体力の回復と魔力の譲渡を行う。
「ヤシチさんは!」
「こちらはもうしばらくもつ! 彼の回復を優先してくれ!」
三人の勇者は協力して破界の化身の行く手を遮る。
「わかりませんね。あなたたちの力ではこの壁もほんのわずかしかもたないでしょう。その程度の時間、滅びを先延ばししていったい何の意味があるというのですか」
「諦めが悪いものでね! 最後まで抵抗させてもらおう!」
ヤシチは信じているのだ。タナカが戻ってくることを――誰かがきっと助けてくれるとただいまビーチチェアで御寛ぎ中のタナカが戻ってくることを。
「神にとって無きに等しい時間です。このままあなたたちが力尽きるのをまってもいいのですが――」
破界の化身に残っていた使徒の表情が変化する。
「いいかげん創世神の結界を前にしているのはうんざりなのですよ。だから今すぐここで果てなさい!」
破界の化身の力が一気に膨れ上がり、光の壁にかかる圧力も急上昇する。まるで押しつぶされるようにカムイの膝がガクリとおちた。
「こ、これ以上は!」
「この間まではやたらと強気だったくせに! 根性みせなさいよ!」
ミコトがカムイの背中を支えるが破界の化身からの圧力はまだまだ上昇していた。二人掛かりで光の壁をささえるも徐々に押されていく。
「吹き飛びなさい!」
圧力の急上昇が爆発のような効果を生み出し辺り一面が吹き飛ぶ。舗装されていた儀式上の床は破壊され、粉塵が舞い上がり視界を覆いつくした。
なにも見えないなか小さな瓦礫が降り注ぐ。
徐々に視界が晴れてくるとボロボロになった床とそこに横たわる者たちがあらわとなる。
もともと破界の化身を前にして動けなくなっていたところに痛恨の一撃を喰らったかたちで、みな瀕死といってもいい状況だった。
勇者たちも防御に徹していたとはいえ至近距離での一撃に立ち上がれない。
この場で唯一立っていたのは破界の化身と首を持ち上げられたモリナーガだけだった。
「無様ですね。このまま鑑賞しているのも楽しそうですがやはり我慢なりません。さっそく頂くとしましょう」
破界の化身がそのままモリナーガを取り込もうとしたところ光が駆け抜ける。
次の瞬間、解放されたモリナーガが床に転がり、切断された破界の化身の腕も転がり落ち消滅した。
「それ以上はやらせねえよ」
そこにいたのは漆黒のローブに身を包むチームタナカの骨スケさん。
さらに漆黒の逆三角形が眩しいチームタナカの筋肉カクさん。
「あ、あなたたちは!」
横たわったミコトがこの場にいないはずの漢たちをみて驚きの声をあげる。
そして二人の間にいたのは腕を組み、人差し指を立て「チッチッチッ!」とジェスチャーをするニクメンの姿が!
「え? どうして?」
意外な人物の登場に思わず疑問の声をあげるミコト。
その疑問に応えるようにニクメンが漫画肉の面に手をかけた。
そしてあらわになったのは肉汁まみれの酒場の親父の顔だった。
「え? なんで酒場の親父さんが? え? え? えぇええええええ!?」
なんの答えにもなってない展開に混乱するミコト。
いっぽう違う意味で混乱していたのはカムイだった。
「な? なんであの化け物たちがここに! 酒場の親父さんが危ない!」
かつて自分にトラウマを植え付けた化け物の出現にカムイは驚愕のさなかにあった。
そんな状況にあって破界の化身はというと酒場の親父たちに向き直っていた。
「かりそめの姿とはいえずいぶんと情けない有様ですね創世神」
「ふん、お互い様だ。あいかわらず趣味が悪いようだな破界神」
「結界に力を注ぎすぎて弱体化でもしましたか? いいかげん諦めて私の糧になりなさいな」
「けっ、余裕こく暇があるなら俺の結界くらい破ってみやがれ」
破界の化身の腕がぎゅんと伸びて酒場の親父の首を狙う。しかし死神の鎌がその攻撃を弾き返す。
「まずは拙者がお相手つかまつる」
そのままスケさんがゆっくりと前に出る。
「頼んだぜ」
「承知!」
スケさんは酒場の親父の言葉に力強く応えるとその姿が瞬時に消える。同時に破界の化身の姿も消え轟音が響き渡った。
一度だけではない。二度、三度と空のあちこちで発生するそれに大気が震える。
「スケさん張り切ってんなあ」
カクさんがその様子を呑気に眺めていた。しかしこのときカクさんは何もしていないわけではない。
カクさんはタナカから供給される神の力を利用して破界の化身の影響を中和するオーラを作り出していたのである。スケさんが破界の化身と戦えているのもこのオーラを纏っているおかげであった。
酒場の親父とカクさんが戦いを見守っているところに負傷した身体を引きずるようにして勇者たちが集まってきた。
「君たちはいったい何者なんだ?」
「すまねえがこっちはいろいろと手いっぱいなんだ。とりあえずそっちの勇者ちゃんに聞いてくれ」
意外と忙しかったのか、カクさんはヤシチの疑問をミコトに投げる。
「え、えっと……。今戦っているのがスケさんで、そっちの大きい人がカクさんよ。二人ともタナカさんの仲間」
「そうか。友の……。どおりで強いわけだ」
「そ……、そうなんだ」
納得顔のヤシチとちょっぴり焦り気味のカムイ。
「それから……。そっちが……酒場の親父さん?」
「おう。お前ら、よくがんばったな」
ミコトの疑問にサムズアップで答える酒場の親父。あいかわらず肉汁が輝いていた。
「な、なんで酒場の親父さんがいるのよ。というかニクメンって親父さんだったの?」
「ああ、なんだか嫌な予感がしてな。闘技祭に紛れ込んでいたんだが、ここまで大事になるとは思わなかったぜ」
「いやいやいや、なんで親父さんがそんなことを――」
「落ち着けミコト。さっき破界の化身との会話で言っていただろう」
「でも! なんというか……、信じられないというか……」
言葉が尻すぼみになるミコト。彼女にかわってカムイが続けた。
「本当にあなたが……」
「ああ、俺がこの世界の神。創世神だよ」
「それなら破界の化身をあなたが――」
酒場の親父が力なく頭を横に振った。
「わけあって今は力が使えない状態なんだ。この姿もかりそめのものだしな。だからこの二人を呼んだ。アイツがいない今、ヤツに対抗できるのはこいつらだけだ」
「友は無事なのか?」
このヤシチの質問に答えたのはカクさんだった。
「安心しろ。タナカのやつなら無事だよ。俺とスケさんが動けるのはタナカから送られてくる力のおかげだからな」
「そうか……、無事だったか」
安心するヤシチ。これは他の二人も同様である。
「世界から放り出されたのにはさすがにやばいと思ったがたいしたヤツだよ。今回の件で一皮むけやがったな」
ただいまハムスターたちとバナナっぽいナニカの皮をむいてモグモグしているタナカさんはやはりさすがである。




