第十話 研究者
ハル皇国の西域には国境の険しい山岳地帯の麓から広がる大森林地帯がある。
ここには森林を開拓してできた多くの街が存在し林業、農業が主な産業となっていた。
そんな西域の中心となっているのが西の都とも言われる大都市ヒノキである。
西域で奢侈品を手に入れるためには交易商に依頼する。もしくはこのヒノキに足を運ぶ必要があった。
ハザマの街を中心に起こった盗賊騒ぎも治まったこの冬。タナカは新たなる力を求めてヒノキへやってきた。
「キノコが特産品と聞いていたがどうやら髭の配管工みたいな人はいないようだな」
タナカは賑やかな繁華街を眺めながら怪しい土管が存在しないか注意する。実にどうでもいいことに神経をとがらせるタナカ。平常運転である。
なにはともあれこの街のギルドへと向かった。今回この街にやってきたのは魔道具屋が目当てである。しかしその辺の人に店を尋ねた結果、ボッタクリの店を紹介されていたとなってはたまらない。ギルドによい店を紹介してもらうのが安全といえよう。タナカにしてはまともな判断である。
そんなタナカが田舎者まるだしでキョロキョロと街を眺めながらギルドへとやってきた。
さすがにこの街のギルドはハザマの街よりも大きく受付もいくつかあり何人か並んでいる。
タナカが人の少ない列に並んで待っているとすぐに前の人の番になった。タナカにはとくに聞くつもりはなかったが、前の人のやり取りが自然と聞こえてしまう。
「……なんとかならないかい」
「そうは言いましてもねえ。どこそこにあるのを取ってこいっていうんでしたら頼みようがあるんですが、場所が特定できないというのでは……」
なにやら依頼を受け付けてもらえず話し込んでいるようだ。依頼者の男はしばらく粘っていたがやがて肩を落として立ち去る。
「なんかトラブルですか?」
「大きめの魔力結晶を探してらっしゃるようで」
「魔力結晶?」
タナカは厨二心をくすぐる響きを感じ思わず聞き返してしまう。
「魔力結晶は魔道具に利用されることがあります。なんでも大気中の魔力を使うより高い効果が得られるそうです。もっとも結晶の魔力が尽きれば動かなくなるので用途は限られますが」
「へー、そんなのがあるんだ」
「その名の通り魔力が結晶化したものですが鉱脈みたいなものがあるわけでもなく見つけようと思って見つかる類のものではありません。仮に見つかったとしてもすごく小さなものがほとんどでしょう」
「それじゃあでかい魔力結晶を手に入れるのって絶望的なんじゃ」
「ええ。しばらく前から一応買い取りの依頼は出してますが売ってくれる方は現れていません。今日は痺れを切らしたのか探索の依頼にきたのですが達成の見込みがない依頼ですので……」
魔力結晶には興味を惹かれたが今は特に必要のない物なので話を切り上げる。
その後この街の依頼に興味がでたので見せてもらったがそれほど面白そうなものはなかった。
魔道具屋の情報を聞いてからギルドを後にする。
すぐに目的の魔道具屋にたどり着き中に入る。厨二心をくすぐるものを期待していたがハザマの街で見慣れた生活用の魔道具がほとんどだった。
適当によそ見をしつつ物色していると他の客とぶつかりそうになる。
「おっとあぶない。……ん? 魔力結晶男」
「魔力結晶男?」
「あ、いや……さっきたまたまギルドでアンタの後ろにいたもんで……」
「ああ聞いていたのかい。それにしても魔力結晶男か、ハハハ」
タナカよりも少し年上だろうか。やせ気味で見るからに研究者風の男が力のない笑い声をあげる。
「つい思わず、すいません」
なんとなく親近感がわきつつタナカは素直にあやまる。
「ハハハ、別にかまわないよ。君はギルドで仕事を請け負ってるのかい?」
「はい、Eランクです。ちなみに魔力結晶を探すのは苦手です」
思わず悪ノリしてキリッとした顔で毒つきの自己アピールをするタナカ。
「痛いところをつくなあ、ハハハ」
なんだかこれ以上やると死にそうなほど弱々しい人なので自重する。タナカが自重を考えるのは相当のことである。それほど今この男には覇気がないということであろう。
「ひょっとして魔道具に使ってる魔力結晶目当てですか?」
「ああ、駄目もとで来てみたんだけどやっぱりないねえ」
店の中の魔道具に目を向けつつ力なく答える。
「君はここになにをしに?」
「魔道書を買いに来ました。十位しか使えないもので……」
しかも制御に問題が大ありだがそれは心にしまっておくタナカ。
「ああこの街のひとじゃないんだね。西域に住む人が九位以上の魔道書を手に入れるにはここに来るしかないからねえ」
「ええ、なもんで上位の魔道書を買えるだけまとめ買いしとこうかなと思って」
ここでタナカにとって実に魅力的な提案がなされる。
「なるほど、よかったら僕のをゆずろうか? 僕にはもう無用のものだしね。ここだと第六位までしかないけど僕は第五位まで持っているよ。これでも皇都で学んでいたからね。もちろん使い古しでよければだけどね」
「ぜひ先生と呼ばせてください」
すばやく遜るタナカ。元の世界にいた頃からこの手の変化のキレには定評がある。
「ハハハ、君は面白いねえ。僕の名前はオモイ。よろしく」
「痩せているのにオモイとはこれいかに?」
「ハハハ、よく言われるよ」
思わず言ってしまったが誤魔化すように自分も名を名乗る。
「俺の名前はタナカです。人気の名前のタナカです」
「たしかに皇国では一番多い名前だね」
雑談しながら魔道具屋を出てオモイの家に向かう二人。
雑談の中オモイが農業の専門家であることがわかる。
話をしていくうちに農業と魔力結晶に関わる話となっていく。
「初夏に起きた魔力消失事件だけどね、まだ終わってないんだよ。大気中の魔力は元に戻ったし魔道具も使えるようになったけど、土の中に含まれていた魔力はまだほとんど戻ってないんだ」
「土の中ですか。でも土の中に魔力がなくても問題ないんじゃないんですか?」
わざわざ土に中の魔力を使う魔道具があるとも思えない。タナカは思ったことを素直に聞いてみる。
「農作物の中には土の中の魔力を必要としているものが結構あるんだ。実際に今年の収穫量は激減していてね。来年の収穫量を考えると恐ろしいよ」
もともと覇気のなかったオモイがかなり暗い表情になる。
「土の中の魔力って回復しないんですか?」
「徐々に回復はしていると思うけどこの分じゃ2,3年はかかるんじゃないかな……その間も収穫量はさらに激減だろうね」
本当に2,3年かかるのであればたしかに大気中の魔力とくらべると回復がかなり遅い。
「土の中の魔力を回復させる魔道具を用意しているんだけど大きな魔力結晶が必要なんだ。見ていくかい?」
話している間にオモイの家に着いたらしい。裏手に回ると削岩機のようなものが3台おいてあった。
「ひとつは大気中の魔力を使うもの。ひとつは使用者の魔力を使うもの。最後のひとつは魔力結晶を使うものだけど未完成だ」
未完成品を悔しそうに見つめている。
「完成してる2つではダメなんですか?」
「残念ながら大気中の魔力では弱すぎるんだ。そもそも大気中の魔力で十分なら土の中の魔力の回復はもっと早いペースになったと思うよ」
オモイはこれまでの実験結果から自分なりの推論を聞かせてくれる。
「こちらの使用者の魔力を使ったものは多少効果があったんだけどすぐに魔力がなくなってね。これでも僕は一人前の魔術師なんだけどね……」
オモイが結構なレベルの魔術師であることに驚くタナカ。魔道書を持ってた時点で考えられたわけだが見た目とのギャップで知った後でもすごい魔術師には見えないがとりあえずそれは黙っておく。
「それで残るは魔力結晶を使用するものになったわけだけど肝心の魔力結晶が見つからない……」
顔を伏せオモイは力なく話を続ける。
「もともとこれは父が研究していたものなんだ。今後に起こりうる混乱がプレッシャーになったのかもしれない。無理をして弱ったところに流行り病で倒れて……。でもせっかく父がここまでやったんだから息子のぼくの手でなんとか研究の成果を実現したくってね」
さすがにお気楽なタナカもオモイの告白にはぐっとくるものがあった。
「ちなみに父は無事回復して今2階で昼寝してるけどね」
「生きてんのかよ! まぎらわしい言い方やめろよ!」
さっきまでのシリアスな話はなんだったのかとタナカは激しくツッコミをいれる。
「いやあ、なんだか暗い話ばかりだったから場をなごませようかと……」
意外とお茶目な性格のオモイだった。
「そんな気の使い方いらねえよ! 疲れるだけだよ!」
「ハハハ、でもなんとなく君との付き合い方がわかった気がするよ」
「わからなくていいから! 普通に接してくれていいから!」
そんなことを話しながらオモイは部屋へと案内する。タナカは無駄に疲れ気味だ。
オモイは部屋へ入ると本棚のほうへ足を運ぶ。タナカはその場で部屋を見渡す。そこはあやしげな機材が立ち並びちょっとした研究室のようだ。
「はいこれ魔道書。ちょっと汚れてるけど問題はないよね」
タナカはついに第五位までの魔道書を手に入れた。うれしくなってタナカのテンションが一気に上がる。
「ありがとうございます先生! これで立派な魔術師になって先生たちを追い出し皇都でわが世の春を謳歌する権力者たちに目にものみせてやりますよ!」
「ハハハ、そんな経験ないんだけどね。まあせっかく魔道書をあげたんだから立派な魔術師にはなってもらいたいね」
「はい!」
貴重品なので受け取った魔道書をすぐにアイテムボックスに収納するタナカ。そこでふと興味を惹かれるものを目にする。タナカの目線に気づいたのかオモイが説明してくれる。
「これはね使用者の魔力を結晶化する魔道具なんだ。僕なりに少しあがいて作ってみたわけさ。でも残念ながら期待する結晶はできなかったよ」
それは腕に取り付ける小手のようなものでグローブと一体化したような物だった。
「ちょっと着けてみていいですか?」
「かまわないよ」
タナカがちょっと興奮気味に魔道具を装着する。タナカにはそれが機械でできた悪魔の腕のように見えた。
「さすが先生だ! 厨二心をわかってらっしゃる! これなら次元の狭間の結界を破壊することができるぞ!!」
「なにをいってるのかわからないよ、ハハハ」
厨二病が発症し暴走しはじめるタナカ。オモイはとりあえず楽しそうに眺めている。
「これで結界に封じられし我が眷属を呼び戻し今度こそ天へと昇ってみせようぞ、ハハハハ!」
タナカの興奮がピークに達したところで異変が起こる。腕の魔道具が光り輝き爆発してしまう。
「どわぁあああ!!!!」
魔道具は破裂して辺りに散らばる。
「……すみませんでした先生!! つい興奮してしまって……」
「ハハハ、いいんだよ。どうせ失敗作だったんだから」
オモイは大して気にした風もなくタナカのほうこそ怪我をしなかったかと心配してくれる。その時突然二階から怒鳴り声が聞こえてくる。
「こりゃ! オモイ! うるせえぞ! 昼寝の邪魔すんじゃねー!」
「すいません。ちょっとお客様がきてまして!」
「す! すいません! うるさくしてしまって! すぐに帰りますんで!!」
タナカは慌ててあやまる。
オモイは気にするなと言ってくるがさすがにタナカのほうが気まずい。結局タナカは帰ることにする。
オモイが玄関まで送ってくれる。
「立派な魔術師になることを願っているよ」
「はい! 本当にお世話になりました」
タナカは元気よく帰っていく。ちょっと変わり者の魔術師をオモイはまぶしそうに見送る。
タナカを見送った後オモイは部屋へと戻ってくる。
「話をして少しすっきりしたかな、それにしても面白かったねえ」
オモイはタナカの変な行動を思い出し少し微笑みながら散らばった魔道具の後片付けを始める。そこでふと見慣れないものが目に映る。それは床の上で不気味な光を放つ大きな結晶だった。
「……これは魔力結晶? しかしこんな大きなもの見たことも聞いたこともない。それになんだ? この輝きは……」
オモイは目の前の謎の物体に唖然とするのだった。
創世暦5963年以降に農作物の不作によって発生した世界的食糧難。
それを支えたのはハル皇国であった。ハル皇国は可能な限り他国にも食料を流通させ混乱を最小限に食い止めることができた。
そのハル皇国が急速に農地を回復させた影には若き研究者の活躍があった。ハル皇国は研究者の活躍を大いに称え廷臣として引き立てようとしたが研究者はそれを固辞し魔道具を皇国に残して人探しの旅に出る。
そんな研究者とタナカが再び出会うのはさらに先の話である。
すいません。ここで懺悔させてください。
作者はバカなのでネイピア数というものを知りませんでした。
感想でいろんな人にご指摘いただき初めて知りました。ありがとうございました。
バカなのでまだよくわかりませんが世の中ではeといえばネイピア数だということを今後忘れないようにします。
でもタナカの能力の表記はコンピュータ界で使われる仮数と指数の間にeを入れた指数の表記法なんです。
マイナーかもしれませんがそういう表記をする人がいるんです。
パソコンの電卓にこの数値をコピってペーストするとでっかい数字に変換されてしまうんです。
ネイピア数を知らなくても計算機でこういう表記になることを知っている人もいるんです。
バカだと思って許してあげてください。
教えてくれた方本当にありがとうございました。
でも否定までした方は少し考えてみてはくれませんか。
パンツははくものですがタナカはかぶって遊んだりするんです。
パンツははく以外の使い道は許されないのでしょうか?
パンツかぶるひとは許されないでしょうか?
許せませんよね。すいません。