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タナカの異世界成り上がり  作者: ぐり
旅立ち編
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第一話 顕現

「ねえねえ、神威(かむい)くん。今度の日曜日に二人で遊びに行こうよ」


「ちょっと、希星(きらら)ちゃんずーるーいー。希空のあもいっしょにいーくー」


 薄暗くなり始めた時刻。部活が終わった頃であろうか。とある街角で美少女がふたり黄色い声をあげている。平凡な街並みに不釣り合いなくらいの美少女だ。

 そんな二人に腕を組まれている美少年がいる。彼は窮屈そうに美少女に挟まれるようなかたちで歩いていた。彼の名前は剣崎神威(けんざきかむい)。成績優秀、運動神経抜群、美形でありながらちょっと鈍感な高校生である。


「二人とも歩きづらいよ、腕をはずして。というかここでさよならでしょ」


 学校の帰り道、ちょうど彼女たちとの別れ道にきていた。神威はすこし大人ぶった感じで二人に言い聞かせる。


「ブー……、それじゃあまた明日ねー」


「じゃあねー、それと日曜日のこと考えておいてよね」


「……はいはい」


 元気いっぱいに帰っていく美少女たち。そんな彼女たちとは対照的に若干つかれた感のある神威は、美少女たちをだまって見送る。彼女たちが曲がり角で見えなくなるまで後姿を眺めた後、ようやく帰路に就く神威。

 そんな神威の少し後ろを、サラリーマン風の冴えないオッサンが歩いていた。


(クッ! リア充どもめ。爆発すればいいと思うよ? というか爆発しろ!)


 何気ない表情で歩きつつ、心の中で悪態をついていた。その内容は若干厨二病的である。

 このいい歳して厨二病を患っている男。彼の名前は田中太郎(仮)。厨二病を隠しながら社会に溶け込み、平凡な人生を歩んでいる三十路過ぎのサラリーマンである。

 このまま自宅アパートへ帰り、適当に時間をつぶして就寝。そして目覚ましの音とともに起床し出勤する。そんな平凡な日々が続いていくはずだった。しかしこの日この時、その平凡な毎日が終わりをつげる。

 突然目の前の少年の足元が輝き、幾何学的な文様が現れた。文様は次第に輝きを増し、その光が少年を覆い隠してしまう。しばらくすると徐々に光は失われ消えてしまった。少年とともに……。後にはなにもなかったかのように、ただ誰もいない普通の地面だけが残っていた。


「ハッ……、ハハハッ……」


 当然ながら田中はそれを目撃していた。そして田中は目の前で起こった出来事に、ただ乾いた笑い声を漏らすことしかできない。


「……な、なんだったんだ今のは? まさか俺が爆発しろなんて思ったから隠されていた力が覚醒したとか!?」


 興奮しているのか考えていることが口から垂れ流され始めた。厨二病的な面を隠して日常をおくっていたが、目の前で不可思議な現象が起こった今は厨二病全開である。


「ちょっ! ひょっとして俺の時代キター! とか? やばい、ついに魔法使いへの扉がひらかれたか?」


 暴走気味な考えを言葉に出し続けながら自宅へと歩みはじめる。そしてちょうど少年が消えたあたりの場所を通過しようとしたとき、田中は不意に身体の支えをなくしたような感覚に陥った。


「ひょ……」


 まるで地面がないかのように突然湧いた闇。変な声をあげたのを最後に彼の身体はその闇に消え落ちる。

 こうして二人の人間がこの世界から姿を消したのであった。






 プリン王国――。王城の地下深くには一部の者にしか知らされていない秘密の部屋があった。

 部屋といってもそこはかなり広く、床には巨大な魔法陣が描かれ、多くの魔術師が陣を取り囲んでいた。いまここでは勇者召喚の儀が執り行われているのだ。

 勇者召喚の儀はもともと隣国ゴクリ共和国の秘蔵の技であった。しかしプリン王国は国難に際して非合法な手段を用いてその情報を手にする。そして手にした情報を分析し、独自の召喚儀式を作り上げることに成功した。

 そのような事情のためプリン王国の儀式は未だに不安定なものである。元の儀式を完全に分析できたわけではなく若干不明な点が残っていたからだ。しかし現在、不安定な性能をそのままに儀式を強行していた。しかも強力な勇者を召喚するために、国中から多くの優秀な魔術師が集められている。その結果、膨大な魔力が集約され儀式が実行されていた。それはもはやゴクリ共和国の勇者召喚とは別の儀式といってもいいほど原型をとどめていない。

 そして今ついに、勇者が召喚されようとしていた。魔法陣が輝きはじめる。そしてその光は輝きを増していく。やがて眼を開けていることが困難なほどの眩さとなる。光が満たされた後、しばらくして徐々にその光はおさまっていく。そしてそこにはまだ少年といってもいいほどの年頃の男が茫然と立ちすくんでいた。


「おお、召喚されし勇者よ。まずはあなたのお名前をお教えください」


 魔法陣を囲んでいた魔術師のうちの一人、巫女装束の女性が少年に話しかける。


「……勇者……ですか?」


 戸惑いがちに少年神威は言葉を紡ぎだす。しかしそれは先ほどの女性の質問の答えになっていない言葉だった。しかし女性は気にした風もなく優しく語りかける。


「混乱するのは無理もありません。わたしの名前はララ。事情を説明しますのでまずはお名前を教えていただけませんか?」


 巫女装束の女性ララは神威に再び丁寧に質問する。神威は若干とまどいつつも質問に答えた。


「僕の名前は神威、剣崎神威です。……なにがなんだかわからないので説明をお願いします」


 今度は質問に応え名前を名乗る。そして自分の要望をなんとか伝えたのだった。そんな神威にやさしく笑みを返すとララはゆっくりと話し始める。


「カムイ様ですか……とても心地よい響きですね。先ほど申し上げましたがわたしはララ。ここプリン王国の王女です。現在プリン王国は様々な面で問題を抱えています。特にモンスターによる被害は危機的状況なのです。王国の兵も出してきましたが、強力な魔物には我が国の兵の力では太刀打ちできませんでした。そこで勇者様のお力をお借りしようと、太古より伝わる勇者召喚の儀を執り行うことにしたのです。そして……」


 王女ララはそこで言葉を止め神威を見つめる。


「召喚されたのが僕……ですか」


 信じられないといった風に言葉をこぼす神威。


「はい、カムイ様は勇者としての資質がとても高かったため勇者に選ばれたのです。もちろんただ選ばれたわけではありません。儀式で魔術師たちから集められた膨大な魔力によって、常人とは隔絶した強力な肉体と膨大な魔力容量をもつ勇者となったのです。そして今この地に降り立った……」


 王女ララは神威が勇者となった経緯を端的に説明した。神威はその内容に驚く。


「ぼくにそんな力が……」


 神威は先ほどまでと様子が変わっていた。瞳には若干喜びの色を浮かばせ、自分の両手をみつめている。自身にやどった膨大な力、そして勇者としての使命。男の子ならば大小違いはあれど心をくすぐる状況であろう。そしてやはり男の子である神威はこのシチュエーションにかなり心が高揚していた。


「本当に僕にそんな力があるのか……よくわからないけど。もしそんな力があって、僕の力が役立つのだったら力になります!」


「おお……、ありがとうございますカムイ様。それでは場所をかえて今後のことを取り決めましょう」


 王女ララは若干大げさに喜びをあらわにする。そして神威とともに儀式の間をでていこうとした。

 しかしちょうどその時慌てた様子で文官らしき初老の男性が駆けこんでくる。


「王女様! 大変です! 王都一帯から魔力が消失しました!」


「なんですって!」






 勇者召喚の術式は適性のある人間、剣崎神威を地球から呼び寄せた。

 そして儀式によって集められた膨大な魔力を使い勇者カムイを創りあげる。

 ここは世界から隔絶された空間。勇者カムイを異世界へと送り出した後、役割を終えた術式が機能を停止しようとしていた。

 しかしここで予想外の事が起きる。冴えないオッサンがついでに呼び寄せられてこの場に現れたのだ。その姿は闇に落ちたときのままの変なポーズ。幸か不幸か偶然にもこのオッサンには適性があった。そして壊れかけの術式はこの異物に対して強化を始める。

 しかし強化のための魔力はすべて先の勇者に使ってしまっていた。そこで術式は魔力を求める。そしてすぐに膨大な魔力を感知した。それは先の勇者を送り出した際に使った異世界との魔術的な繋がり。その先には異世界の魔力が溢れていたのだから……。

 こうして術式はその魔力を使いオッサンを強化し始めたのだった。

 術式はオッサンを強化し続ける。異世界にはまだ魔力が溢れていた。

 さらに術式はオッサンを強化し続ける。異世界にはまだまだ魔力が溢れていた。

 さらに術式はオッサンを強化し続ける。異世界にはまだまだ魔力が溢れていた。

 さらに術式はオッサンを強化――






 突然の凶報に先ほどまでの雰囲気が一転する。


「大気中の魔力を使用する魔道具が使用不能となり現在王都は大混乱です!」


「……」


 誰にも見えないほうに身体を向ける王女ララ。そして指を噛みしめながら考えにふける。そこには先ほどまでのやさしい顔はなかった。その顔は損益だけを考える俗にまみれた女の顔――。考えに没頭していた。

 一方、神威はどうしていいかわからずその場に立ちすくんでいる。するとそこに考えにふける王女を邪魔するかのような声が響き渡った。


「だから危険だと言ったんじゃい。いまだ解明できておらん儀式を無理やり、しかもアレンジまで加えてやったんじゃからのう。無事に終わると思うほうがどうかしておるわい」


 さきほど駆け込んできた文官の後から、初老の軍人が大声で王女のもとへ歩んでくる。初老とはいえここにいる者たちとは違う、がっしりした体格の軍人だ。


「だまりなさいホワイト将軍。軍人のあなたが口を挟むことではありません。そもそも軍がだらしないから儀式をおこなわねばならない事態になっているのでしょう」


 王女ララはやってきたホワイト将軍に冷たく言い放つ。そこには神威に見せた優しい雰囲気など微塵も感じさせない王女の姿があった。


「それをいうならば強硬な外交姿勢をまず正すべきじゃろう。そうすれば軍も対魔物の作戦に専念できる」


 王女の姿に動じることなく将軍が憮然として意見を述べる。しかし王女も負けてはいない。間髪いれずに言い返す。


「それこそ軍人が口を出すことじゃありません。外交は政府の管轄です。……それより混乱をおさめるのが先。皆の者、急ぎ協議を行いますので準備を。カムイ様は別室にてお待ちください」


 まわりの変化についていけず茫然と立ち竦む神威。そんな彼を残しまわりは動き始める。そしてホワイト将軍は異世界から呼び出された勇者をなんともいえない表情で見つめていた。






 魔力消失事件に対してプリン王国の対応は早かった。原因はわかっているのだから当然である。プリン王国は魔道具の使用不能によっておこる問題だけに集中して対応していった。

 これに対し世界各国の混乱は著しかった。魔力消失はプリン王都一帯にとどまらず世界規模で起こっていたのだ。この日より大気中の魔力が元の状態にもどるまでの約一か月。原因がわからないプリン王国以外の国々は、上は国王クラスから下は奴隷まで大混乱に陥ったのであった。

 これは外交で劣勢に立たされていたプリン王国にとって、棚からぼたもちといってもよかっただろう。他国が混乱のなか問題を起こし勝手に国力を下げてくれたのだから。こういった情勢のためプリン王国は他国と比較して以後着々と力を伸ばし続けることとなる。

 そんな混乱が起こっているとはつゆしらず。ホワイト将軍は面白くもない城での雑務をすばやく終わらせていた。そして自宅へ帰宅する途中で妙な男を発見する。その男は変わった身なりで茫然と立ちすくんでいた。まわりを歩く人々はそんな彼を避けるようにして通り過ぎていく。

 しかし将軍はこの奇妙な男に興味をしめす。なぜならつい先ほど出会った異世界の少年。彼の恰好にどこか通じるものを感じたからだ。

 平凡なオッサン田中太郎(仮)ここに顕現。


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