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第四試合  連れ出されました。 (前編)

 2013/05/12 倍近く加筆しました。



「ハッ……、ハッ……、ハッ、……ッ!」

「待ちやがれゴルァ!!」


 今日も今日とて不良なお兄さんたちと強制校内鬼ごっこ大会を開催中。

 こんにちは、只今校内駆けずり回っております。桐谷蒼依です。


 チラリと後方を見ると多分いつもと同じ人たちが……まだ彼らの顔を覚えられていないのは性質だけでなく私に覚える気が全くないのも原因かもしれない。私が彼らの顔を覚えるのが先か、それともこのゲームが終わるのが先か____どちらなのだろうかと考えつつ腕時計をチラリと見遣る。……マズイ、お昼休み開始から10分が経過してしまった。このままではお昼を食べ損ねてしまう……!

 朝から休憩時間になるたびにこの強制鬼ごっこは開催されるのだ。何故か授業中に襲撃されることはない。不良なのに変なところで真面目な彼らである。

 今日は寝坊して朝食を食べ損ねた上、1限目から体育で持久走をさせられた事もあり流石に限界が来ている。こっそり購買に行ってパンを買いたいが彼らが追いかけてくる限り叶うことはない。……冗談抜きで倒れそう。

 ぐぅぐぅと食べ物を強請(ねだ)る腹を(さす)って(なだ)め、捕まってはお終いだ、と自分に喝を入れつつ兎に角足を前へ前へと急かした。グンッとスピードが上がり、私と彼らの距離が更に離れる。遥か後方で「ウソだろ!?」と声が上がった。何を驚いているのだろうか。購買のパンが食べたいという強い思いが火事場のなんたらとなって脚へ注がれているだけなのに。……さっさと撒いて購買へ行きたい!! お腹すいたぁー!! 喉も乾いたー!!

 因みに安全地帯__かなちゃんは家の用事で本日はお休み。私は半泣きで走り続けてます。


「――――ぎゃふっ!?」


 あれこれ考えていたのが悪かったのだろう。

 廊下の角を曲がったところで私は転がっていた空き缶を踏ん付けてすっ転んでしまった。うぅ、咄嗟に庇った腕が痛い……。

 近づいてくる足音に早く逃げなければと足に力を入れるがいう事をきかない。流石にスタミナ切れだ。ヤバい、ヤバい、と視線を巡らせる。

 見上げた先には社会科資料室の扉。普段ここは鍵が閉められているのだが……。

 一縷(いちる)の望みをかけて手を伸ばす。


「――――っ!!」


 なんと、開いた。すんなり開いた。

 どうやら先生が閉め忘れたようだ。神様ありがとう!!


 倒れたままの身体をズルズル引きずって扉を潜り、内側から鍵を掛けた。酸素を取り込もうと荒くなってしまう息を必死に歯を噛み締めて抑え、廊下の様子を伺う。


「――何だよあの速さ……ってもういねぇし!!」

「ハァ!?何もんだよあの女!?」


 いや、只の女子高生ですけど。


 心の中で突っ込みつつ遠ざかる足音に安堵した。今すぐ購買へ行きたいところだが身体を少し休めなければ一歩も動ける気がしない。喉もカラカラだ。

 5分ほど此処で休もう____目を閉じたその時、カタン、と後ろから物音がした。


「……ッ!!」


 へばり付く目を抉じ開けて音がした方へ振り返る。

 丁度前に窓があり、逆光でよく見えないが誰かいる。目を凝らしてみるが……あれ?このシルエットはもしや……。


「大変ね」


 言葉と共にその影が近づいてきた。

 この素っ気ない声、そして左耳後ろのお団子頭、メガネに膝下丈スカート……まさしく彼女だ。

 私は安堵の溜息を吐き、起こしかけた身体を再び弛緩させた。


「なんだ、ちーちゃんか……」

「何よ。私じゃ不満?」

「いやいやいやいや、ちょー満足!大歓迎でっす!」


 優雅な立ち姿を披露しているこの方こそ我が校最後の女子生徒、ちーちゃんこと瀬野(せの)千鶴(ちづる)さんである。

 彼女は普段から私に悪戯を仕掛けてくる。貸した歴史の教科書の将軍様にクマ耳が付いていたり、膝カックンされたり。悪戯といってもそんな小さな悪戯だ。愛ある悪戯………………だよね?


 ちーちゃんは「あっそ」とこれまたつれない返事を返し、徐に右手に持っていた缶をこちらへ向けて来た。


「いる?」


 意地悪なちーちゃんがこの時ばかりは女神に見える!!

 カクカクと激しく首を縦に振り、(うやうや)しく両手を差し出した私へその命の水が渡される。ありがとう!! 女神様!!

 「いざ、水分補給!」と私は何だかよくわからないハイテンションでブルタブに指を掛け____そして違和感を覚え、停止した。


 …………なんか、生暖かい……?


 一抹の不安がよぎり、あまりの嬉しさによく見ていなかったパッケージを改めて確認すると、予想外な小豆色が視界に飛び込んでいた。

 ………………これは。


「お……おしるこ……」

「えぇ、好きなの」


 そ、そうですね……確かにたまに飲むそれは甘くて美味しいし心をホッコリさせてくれますよね。____でも、でもね? 校内中全力疾走した後では憎い存在に早変わりしちゃうよ……!!


 目の前に焦がれていた水分があるのに全く心が弾まない。酷い口渇(こうかつ)を我慢するか、潤うことには潤うが飲み辛い事この上ないおしるこを流し込むか……究極の選択に鬼気迫った顔で凝視してしまう。どっちがマシなのかわからない。いや、ホントに。


 凝視していた小豆色の缶からちーちゃんに視線を移すとやたら良い笑顔だった。

 くそう、この小悪魔め……!!


「飲まないなら私が飲むけど?」


 折角の水分が……!!

 覚悟を決めた私はブルタブを開けて一気にそれを流し込……めませんでした。


「ごふっ、ごふっ、……っ!!」

「あら、大丈夫?」


 咽る私にまた何かを差し出してくるちーちゃん。見てみると爽やかな色のパッケージをした清涼飲料水……何で先にこれを渡してくれないのかな!?

 私はそれをふんだくり、今度こそ一気に喉へ流し込んだ。


「生き返った?」

「……うん、ありがと」


 おしるこが余計だったけどね!


 ちーちゃんはぐったりする私を見て満足そうに一つ頷き、何か作業をしていたのか持ち込んだらしいパソコンの前へと戻り、何か作業をし始めた。


 カチャカチャとパソコンのキーを叩く音。静かに部屋へ響くそれを聞きながら私は再び目を閉じた。何故こんな所にちーちゃんがいるのか疑問に思ったが、そういや彼女は騒がしいところが嫌いだったなと思い出し、納得する。教室があまりにも煩いから此処へ移動してきたのだろう。

 ここが開いていて私は助かったが、ちーちゃんからすれば只の煩い乱入者……何だか居た堪れなくなってきた。


「ごめんね、お邪魔して」


 集中しているところへ言っても聞こえないかなと思ったのだが、ちゃんと聞こえていたらしい。キーを叩く音が止み、暫くすると溜息と共にまたカチャカチャと音がし出した。

 うぅ、やっぱり迷惑だったのかな。


「このまま静かにしてくれるなら別に――――あら、やっぱ駄目みたい。迅速に出てってもらうわ」


 最後にターン、と小気味良い音を立ててキーを弾きながらちーちゃんはそう呟いた。

 同時に廊下がガヤガヤと騒がしくなる。荒々しいドアの開閉音も響いてきた。どうやら消えた私が何処かへ隠れたと踏んで部屋一つ一つをしらみ潰しに探すというローラー作戦に変更したようだ。これは、マズイ。


「出口はこっち」


 焦る私を他所に落ち着いた様子で窓をガラー、と開け放ったちーちゃん。え、ここ二階なんですけれど。

 私が躊躇っているとちーちゃんは少し苛立ったようすで「早く」と腕を引くが私はスーパーマンな兄ではない。2階から飛び降りるなんて御免だ、と足を踏ん張りもげんばかりに首を横に振る。無理、どう考えても無理!! 着地したと同時に足の骨を持って行かれちゃう!!

 頑なな私の態度に彼女は少し思案し始めた。良かった、流石に無理だと分かってくれ____


「んぐっ!?」


 口がいきなり一杯になった。

 口に素早く押し込まれたのは彼女が携帯していたらしきハンドタオル。口に納まり切らず、だらりとタオルがはみ出ている状態だ。

 フワリと控え目な良い匂いが鼻に抜ける。成る程、柔軟剤はせっけんの香りをご使用なんですね。私もこのベーシックな匂いが一番好き____じゃなくて何でそれを口に突っ込まれてんですかね!?


「右へ行きなさい」


 その言葉と共に躊躇いなく窓の外へ放り出された。いかにも文化系です、な見た目とは裏腹に物凄く強いちーちゃんの力により私の身体は勢いよく窓から躍り出る。


 んぎゃー!!


「ここかゴルァアァアア!!」


 何故に不良という生き物は語尾に「ゴルァ」を付けたがるのか。理解に苦しむ。

 私が窓から消えたと共に量産された鬼が社会科資料室へかち込んできたようだ。ぎ、ギリギリセーフ。


 突き落とされた私はというと地面でペチャンコ、ということにはなっていない。

 落ちた先には体育館へと続く渡り廊下の屋根があったのだ。背中から落ちた私は咄嗟に猫のごとく身体を捻り、華麗にとはいかなかったが何とか無事に両手足で着地した。こういった時に私はあの兄と同じ血が流れているのだな、と改めて思う。まぁあの化け物じみた運動神経には敵わないけれども。


「おい、テメェだけか?」

「……」

「何とか言えゴルァア!!」


 部屋の中から聞こえてきたその声でハッと気がついた。

 これってちーちゃんが危なくはなかろうか。

 突き落とされたのは私を助けるため。口に突っ込まれたこのハンドタオルも悲鳴をあげさせないためのものだろう。……いや、それなら説明してくれれば良かったのでは?言ってくれれば自分で飛び降りたのに……いや、躊躇ったのだった。説明するのが面倒になったのだろうか。よくわからない。


「無視してんじゃねぇよ!! シバくぞゴルァ!!」


 何だか不良さん方がヒートアップしている。やっぱりこのままじゃマズイ……取り敢えず部屋に戻らなきゃ!!

 私は口の中のハンドタオルを引っこ抜きながら後ろの窓を勢いよく振り返り____ポカンと間抜け面を晒して固まった。


 何故かって、窓枠に背中を預け、肩越しに私をジーッと見下ろしていたちーちゃんとバッチリ目が合ったからだ。未だ何か怒鳴っている不良には目もくれず、怯えた様子など全く見当たらない。

 思わず目をぱちくりさせていると彼女が不意に笑い、私の背中にたらりと冷たい汗が伝った。………… あー、何だか嫌な予感がする。笑い方黒かったよ、今……ッ!


「悪く思わないでね」


 更にふふ、と笑うちーちゃん。何て黒い。見事に黒い。

 私は窓から一歩足を下げて遠ざかった。


「自分の身が可愛いの――――不良さん、窓の外よ」


 売られたーーーー!!


 私はいくらか回復した足に力を入れて屋根から飛び降りる。右に行けって言ってたよね、よし、右っ!!

 走り出してから何を根拠に右って言ったんだろう、と疑問が浮かんだ。しかし走り出してしまった現在ではコース変更は不可能なわけで。


「おい!! あそこだ!!」

「逃げんじゃねぇよゴルァ!!」

「ちーちゃんの小悪魔ぁあーーーー!!」


 鬼ごっこが再開さて泣きそうな私は捕まらないようにひたすら走り続けるしかない。

 しかし走れども走れども追いかけてくる不良さん方。


「逃げんじゃねぇ!! シバくぞゴルァア!!」


 しかも怖い!


 逃げるなと言われて逃げない人はいないだろう。何せ後ろを見れば恐ろしい形相をした不良達が追いかけてきているのだ。止まって欲しいならこんな全力で脅しをかけるのではなく、にっこり笑っておいでおいでと柔らかーく迎えて欲しい。……いや、それはそれで怖いけど! 逃げるけど!


「――――ぎゃふっ!?」


 あれ、何だか既視感が。


 本日二回目、またもや曲がったところですっ転んでしまった。

 勢い余って茂みに身体ごと突っ込む。柔らかな土と草がクッションになり今度はそれほど痛くない。

 ここで立ち上がって走って逃げても(らち)が明かないだろう。茂みに身体がスッポリ隠れて丁度良いからこのままやり過ごそうと荒れる息を必死に抑える。


「待ちやが…………あ!? また消えた!!」

「んなわけ……ちょ、あいつマジ何もんだよ!?」


 ……いや、だから普通の女子高生ですってば。


 普通ならどこかに隠れたと考えるだろうけど毎度の事ながらこの方達は少々頭が足らないらしい。といっても原因は私にもあるのだけども。先日の2階からぶら下がってかなちゃんの教室へ逃げた件は私がワープして消えたと未だに思ってるらしいし…………ある意味純粋な方達である。

 なんだか悪徳な商法にほいほい引っかかりそうな気がする。彼らは将来大丈夫なのだろうか、思わずそんな心配をしながら遠い目をしているうちに足音が消えていた。どこかへ行ったようだ。……まぁその純粋さが今私を逃してくれていることには変わりない。うん、そっとしておこう。

 私は慎重に茂みから頭を出し、キョロキョロと辺りを見回した。見覚えのない光景に初めて来た場所だと知る。何処だろう。闇雲に走ったせいで今一現在位置が分からな____




「――みぃつけた」




 ひぃいぃいいぃいぃいいいっ!!


 思わず出掛かった悲鳴を飲み込む。更にバクバクと忙しなく鼓動を刻み始めた心臓が痛い。

 一瞬固まったいた私はハッと気を取り戻して素早く左右へと視線を走らせた。声はすれども何故か姿が見えない。

 まさか後ろか、と振り返ってもそこにあるのは塀だけだ。誰もいない。あれ?

 空耳だったのだろうか。安堵の溜息を吐きだしつつ訳が分からず無意識に首を傾げた____が、再びククッ、と潜められた笑い声が聞こえた事で息を詰まらせる。うん、……やっぱり、いる。でも姿が見えないとか、……え、ちょっと待って、何か怖いんですけど!?


「上。蒼依、上」


 う、上……?


 顔が青褪めた私に向かって発された聞き覚えのあるその声に従い、私は後ろを振り返ったまま徐々に視線を上げた。

 逆光で見辛いが高い塀の上に誰かがいるのが見える。


 目を細めてよく見れば、それはなんと兄だった。


 にこにことやたらご機嫌な兄に見下ろされ、私は緊張の糸がブッツリ切れた。

 全身の力が抜けへたり込む。幽霊かと思った……寿命が縮むからビックリさせないで欲しい。


「……何しに来たの?」


 もうすぐお昼休みは終了だ。だというのに隣町にある高校へ通っているはずのこの人は何故ここにいるのだろうか。しかも私服で。

 胡散臭げな視線を投げかけつつ問うと兄はニカッと爽やかな笑顔をして答えた。


「お姫様を(さら)いに」


 は?


 呆然としている私を他所に塀から兄が鼻歌交じりで飛び降りてきた。

 殆ど物音を立てずに綺麗な着地をきめられた。あなたはどこの里の忍者ですか。……って、ちょっと待って。


「何で降りてきたの!?」


 驚愕する私を構うことなく兄は「んー?」と気のない返事を返しながら確かめるようにロープを引っ張っている。

 …………ん? ロープ?

 訳が分からず目で辿ると兄が掴んでいる反対側は塀の向こう側へ繋がっていた。


 まさか。


「おいで」


 にこにこにこにこ。


 非常に輝いている兄の笑顔。これは、危険だ……!

 この笑顔に遭遇して良い事があった試しがない。それを認めた瞬間私はもはや条件反射で逃げの体制を取り足に力を入れた____が、兄が私の身体を攫っていく手の方が一歩早かった。

 よっこらせ、と片腕で抱き上げられる。


「やだやだやだやだっ!!」

「大丈夫大丈夫」


 大丈夫じゃない!

 素のまま兄と一緒にいるのは非常にマズイと言って変装を勧めてきたのは誰だ。兄自身だ。だというのにこの状況は何だというのだろうか。矛盾も甚だしい。

 もし森羅の誰かに見られたら……あわわわわ!

 身体全体を使って暴れまくる。かくなる上は、と今度は膝蹴りを試みたのだが察知したらしい兄にガッチリホールドされてしまった。うぬぬぅ!

 それでも身を捩り、腕を突っ張ろうとする。しかしびくともしない。そして悔しさに唸っている私のこめかみに突如柔らかな感触が奇襲____って、ドサクサに紛れて何しとんじゃー!!


「あんま騒ぐと気付かれねぇか?」


 更に喚こうとしていた私はその言葉にハッと両手で口を押えた。

 確かにまだ不良御一行様が近場で私を探しているはずだ。でも元凶がそれを言うのは何か違う気がする……!


「そうそう、そのままにしてろよ」


 今度は何!?


 そう思った時にはフワッと身体が浮き、塀を越えていた。え、ちょ、今なにした!?着地の衝撃がなかったんですが!?


 呆然と固まる私を地面に下ろした後、近くに停めてあったバイクへ向かう兄。制服でバイクは流石に嫌なんだけど。見付かるのもまずいけど、もし転倒でもすれば大惨事だ。……あ、そうだ。それを理由に断ろう!


「ん」


 ____しかしその短い言葉と共に差し出された紙袋によってその計画はあっという間に崩れ去る。中身を覗けば予想通りいつもの変装道具一式が詰められていたのだ。


「暑いだろうけど取り敢えず制服の上から着な」

「……」


 取り出してみると見慣れたフード付の長袖パーカー、長ズボン、そして帽子……うん、しっかり一式揃ってる。文句の付けどころがない。

 ……取り敢えず着替えよう。


「――リョク……お前シスコンも程々にしろよ。嫌がったら連れ出すのやめるつったろ」

「嫌がってねぇよ。ほら、文句言わず着替えてるぞ」

「……いや、それ諦めただけでしょ。ソウちゃん、無理してない?」


 いつの間にかシンさん、タケさんが呆れ顔で傍に立っていた。恐らく暴走する兄をサポートするために隠れながら周りを見張ってくれていたのだろう。毎度ながらうちの兄がご迷惑を……本当に申し訳ないです。ここまで兄に付き合ってくれた二人の手前、もう私は断れない。

 引き続き兄を叱るタケさんの声をBGMにシンさんを見上げる。苦笑しているもののその瞳には心配の色が見えた。ありがとうございます。正直ちょっと無理してます。というかタケさん、そんな約束を取り付けてくれてたのですね。私めちゃくちゃ嫌がったのに……おかしいな。兄、今まで日本人だと思ってたけど宇宙人なのかな。

 彼らは本当に優しい。誰かさんも優しいには優しいが明らかに方向性が間違っているのだ。少しは見習ったらどうだろうか。

 心配してくれる彼らに私は言葉を返そうと口を開いた。


 ぐぅぅうぅうぅううぅぅぅー……。


「――――ッ!!!!」


 しかし発されたのは私の声でなく腹の虫。

 急激に顔に熱が溜まっていくのを自覚する。何で今鳴るかな!? は、恥ずかしい……っ!!


「何だ飯食ってなかったのか?」

「……だ、だって……それどころじゃ、なかった、し……っ」


 不思議そうに尋ねてくる兄に小さい声で返す。そうだ、私がこうして疲れ果てて空腹なのも恥ずかしい思いをしたのもあの不良さん方のせいだ。

 思わずムッと眉根を寄せていると隣から舌打ちが聞こえた。


「……飯もまとも食えんような環境とかどんなだよ…………殴り込みてぇ」


 低い声で吐き出される呪いの言葉。

 兄、怖いよ……!!


「リョク、このままうだうだやっててもソウちゃん腹減ったままで可哀相だろ。俺らも飯まだだし、取り敢えず飯食おうぜ。ソウちゃん何食いたい?」


 怯える私を見かねたのかタケさんがすかさず助け船を出してくれた。ありがとうございます……!

 お腹減りすぎて何でも美味しく頂けそうだけど……ふと浮かんだ黄色と赤のコントラスト。

 子供っぽくてこれを口に出すのは少々恥ずかしいが何だか無性に食べたくなってきた。一度それが食べたいと思ったその衝動を抑えるのはなかなか困難である。強烈な誘惑に勝てずプライドを捨てて私は口を開いた。


「……オムライス、食べたいです」

「お前マジで可愛いな!」


 好々爺のような目を向けて抱き付いてくる兄にお得意の死んだ魚の目で対応した。だから言いたくなかったのに……オムライスの魅力に負けた。美味しいから仕方ない。


 先程までの不機嫌さはどこへやら、「よっしゃ任せろ!」と無駄に気合の入った兄のバイクに跨り、私たち一行はこの場を後にした。




 すみません、続きます。

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