第一試合 ロックオンされました。
短編だとリストがえらいこっちゃになりそうなので連載化しました。
この回は『Shall we play tag ?』の改稿バージョンです。話の流れは一切変わりません。
どうぞ宜しくお願い致します。
「ハッ……ハッ……」
「待てゴルァアァアアッ!!」
「お前が来なきゃ俺らがヤバいんだよ!!」
「ハッ……ハッ……知るっ……かっ……ッ!!」
現在校内鬼ごっこ真っ最中。
……ではなく。
本気で追われております。物凄く追われております。
後ろから追って来るのは赤、黄、緑等々、色取り取りな頭をした不良な方々。私は膝丈のスカートを翻しながら校内を全速力で駆け抜け、彼らから逃げている。
此処はとある有名な不良校。去年までは男子校だったのだが少子化に伴い、今年から共学になった。しかし元々有名な不良校なだけあって入学を希望する女子なんて滅多にいる筈も無く、その数は極端に少ない。ってかぶっちゃけ私を入れて女子生徒はたった3人しかいない。要は不良男子だらけの無法地帯なのだ。
桐谷蒼依、15歳。私はこの学校に通うつもりなど更々なかった。だが本命校の入試の日にインフルエンザにかかり、受けられる高校がもう此処しかなかったのだ。何ともお約束な展開だが、なってしまったものは仕方がない。ニートか学生か……それはもう苦渋の選択だった。悩みに悩んだが、私は腹を括ってこの学校に通うことを決意したのだ。
……今となっては後悔している。悔やんでも悔やみ切れない。
「待てっつってんだろゴルァアアァアッ!!」
「ハッ……ハッ……あーもぅ……くそっ!!」
対男だろうが足には自信がある。だが体力には限界というものがあるのだ。かれこれ10分程この全力疾走を続けているのだが、流石にもう限界が目の前まで来ている。
息は上がり、心臓が破裂しそうな勢いでドクドクと引っ切り無しに脈を打っている。勿論汗はだくだく。汗を吸った髪や制服が肌に張り付いて気持ちが悪い。制服を絞ったら漫画みたいに汗が搾り出されること間違いなしだ。…………もしかしなくとも今私は最高潮に汗臭くなかろうか。嗚呼、風呂が恋し過ぎる。今なら世界の中心で風呂が好きだと叫んでも良い。
しかしよくもまぁここまで走れたなと自分自身を褒めてやりたい。頑張った。私頑張った、よくやった。
心の中では声援を浴びながらわっしょいわっしょいと私は胴上げされ、ついでにシャンパンファイトまでしている。そろそろ楽になりたい。だがそれは許されない。私は感覚を失いつつある足を叱咤して走り続けるのだ。
……奴らに捕まってはいけない。捕まれば最後、奴らの親玉に贄として差し出されるのだから。
奴らの親玉、朝倉和斗は三年生を差し置いてこの学校のトップに君臨している二年生だ。勿論不良的な意味で。喧嘩は馬鹿みたいに強いらしい。その上顔が整っているので他校の女子や憧れの対象として男子にも大人気だ。その人気は留まる事を知らず、一部恋愛対象として好きな男子もいるらしい。……半端ないモテっぷりである。
まぁそれは兎も角、そんな奴にどうして追われているかというと……うっかりやらかしてしまったからだ。
一週間前、私は放課後窓から身を乗り出し、黒板消しを力の限りばっしばっしと叩いていた。前回の奴……というよりそもそも掃除をまともにやる奴なんていないからだろう。叩けども叩けども中々チョークの粉は取れなかった。立ち上る白い粉塵が容赦なく私に襲い掛かる。なるべく吸わないようにしていたのだが全く息をしないということは不可能。予想通りそれが鼻に侵入してしまい、思いっ切りくしゃみが出た。それも親父顔負けのやつを、だ。
思いっ切り出しただけあって気分はスッキリ。だが何か違和感が。
手を見ると握っていたはずの黒板消しが一つ姿を消していた。あれ?っと思ったその直後、下からばふんという音。……何やら物凄く嫌な予感がヒシヒシと。
逃げたい気持ちを押さえ、そちらをゆっくり伺うと……チョークの粉まみれになった男子生徒が立っていた。腕を上げている様子から彼は咄嗟に腕で直撃を防いだらしい。死角からの襲撃にも対応できるとは、なんと素晴らしい反射神経だ。だが降りかかる粉塵までは避け切れず、頭から被ってしまった模様。……お察しの通り、彼の方、朝倉和斗氏である。
一瞬の静寂の後、彼の周りを囲っていた不良の怒号が響き、次いで朝倉氏が私に視線を向けた。固まる私と彼の視線がかち合い、あ、殺られる?と引き攣った笑みを浮かべる。絶対射殺さんばかりに睨まれるかと思ったのだが…………なんと彼は微笑んだ。
____それはそれはドス黒い笑顔で。
睨まれた方がよっぽどマシだった。アレほどの恐怖を私は知らない。周りの不良の怒鳴り声なんてそれに比べると可愛い子犬の鳴き声である。それ程に実に恐ろしい体験であった。
それが私の平穏なる学校生活終了のお知らせのあらましだ。私、不運過ぎる。
それから一週間、休憩時間になるとこうしてずっと下っ端に追われ続けているというわけだ。
「くそっ!アイツ何処に行きやがった……っ!!」
不良さん達の足音が近くを通り過ぎ、次第に声が小さくなっていく。……上手く撒けたのかな。
そっと茂みから顔を出して辺りを見回してみたが誰もいない。私はホッと安堵の溜息をついてガサガサと今まで身を潜めていた茂みを出ようとした。
「――――見つけた」
「え?」
腰を上げようとしたところで誰かに腕を強く引かれ、身体が後ろに傾く。突然の事で対応出来なかった私は簡単にそのまま倒れてしまった。
「わわ……っ!」
来るだろう衝撃に備えて身を縮めたのだが何処も痛くはない。
どうやら私を引っ張った奴に抱き留められたようだ。私の腕を掴んでいる手と反対の手が後ろから抱きしめる形で私の腰に回って____って、これセクハラッ!!
「ちょっ!!何すんの、この――」
変態ッ!!
そう続けようと思ったのだが、私の言葉は最後まで続かず途切れてしまった。
そりゃ途切れるってものだ。怒鳴りながら勢いよく顔を上げて見た先には____
「……『この』、何?」
____朝倉和斗氏、その人がいたのだから。
驚きに目を見開き固まる私をニヤニヤと見下ろしながら、今まで私の腕を掴んでいた大きな手で今度は私の髪を弄ってくる。癖のない真っ直ぐなそれは肩程もないのですぐに彼の手からするりと零れ落ちた。それの何かが気に入ったのか、何度も何度も繰り返す彼。
こんな至近距離で初めて見た。サラサラの金髪に色素の薄い茶色い瞳。顔立ちは物凄く整っていてアイドルも目じゃない…………らしい。実は私、顔の判別が恐ろしく苦手である。アイドルグループだろうがクラスメイトだろうが最初は皆同じ顔に見えるのだ。何とか顔を覚えるまで凄く時間がかかってしまう。それまで声や髪型など顔のパーツ以外でしか判断出来ない。
……つかそんな事、今はどうでも良い。
何で此処に……!?
私はパニックに陥った。
ボコられる!?パシリにされる!?カツアゲされる!?私、今お金ないんだけどッ!!
ワタワタと暴れて抜け出そうとするが男女の力の差は歴然である。全く以って歯が立たない。
ギャーギャー騒ぐ私と後ろでクツクツと笑う彼。うひぃ、怖い怖い!!笑い方が怖いッ!!きっと今、彼はドス黒い笑みを浮かべているだろう。
怖くて振り返ることが出来ない。後ろに紛うこと無き悪魔がいる。
暴れた事による汗だか冷汗だか分からないがとにかく汗がだらだらと出てくる。……ってか私今汗臭い疑惑が出ているんだった!!
「ちょっ!!うぁっ!!お風呂っ!!」
「風呂?一緒に入りたいって?」
違ッ!
私はちぎれんばかりにブンブンと横に頭を振る。
何でそうなるんだッ!!
「汗ッ!!汗臭いッ!!私ッ!!放してッ!!」
私はいつから外国人になったんだ。
パニックで片言になる私をまたクツクツと笑いながら見下ろしている彼は一向に私を解放してくれる様子はない。
あーもー!!放して!!いや、ホント放して!!
乙女の尊厳を護らせて頂きたい!!
内心でも大絶叫しながらまた暴れ出す私をしっかりと拘束する朝倉氏。何を思ったのか彼は更に私を引き寄せ、密着してきた。
ぎゃあッ!!だから臭いって言ってんでしょうがッ!!
「別に臭くないけど?」
そう言って彼はあろう事か私の頭に鼻を埋め――
「ぎぁああぁあッ!!」
「――ッ!」
私は近づいてきた彼の顔面に力の限り頭突きをかました。私の思わぬ攻撃に相手の腕が緩み、私はすかさずその腕を解いて逃走する。
無理ッ!!色々と無理ッ!!
「うわぁああぁあっ!!変態ぃいいぃいっ!!」
何度か転びかけながらも私はそう叫びつつ死に物狂いで走ってその場を後にした。
「……ククッ…………面白ぇ女」
そんな私の後ろ姿を獲物を狙う肉食獣の様な目で見られていたという事なんて私は知らない。
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