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いじめの首謀者は婚約者でした。

作者: 瑠璃ひより
掲載日:2026/05/12

(……ここが、私の新しい学び舎)


 レンガ造りの巨大なアーチ門が、オリヴィアの正面にそびえたっていた。

 ガジャマダ大学の門は、いかなる学生も拒まない。

 

(私はここで、運命を変える。)


◇◇◇


「身分が低い方は芋臭くてかまいませんわ」

「あら、その教科書随分汚いですわね。誰にやられましたの?」

 

 休み時間、オリヴィアの周りにはいつもの顔ぶれが集まっていた。

 嘲笑まじりの視線が突き刺さる。


「捨てて差し上げましょうか。お父様に新しいのを買ってもらいなさい」

「あ……!」


 取り巻きの一人がオリヴィアの手から教科書をひったくり、ゴミ箱へ投げ捨てた。


(まただ。どうして私ばかり。何も悪いことはしていないのに)


 震える手でゴミ箱へ歩み寄ろうとした時、背後から凛とした声が響いた。


「いい加減にしろ。見苦しいぞ」


 婚約者の公爵令息、ギルバートだった。彼は取り巻きたちを鋭く睨みつける。


「ギ、ギルバート様……」

「オリヴィアは私の婚約者だ。彼女を傷つけることは、私を侮辱することと同じだと知らないのか?」


 蜘蛛の子を散らすように去っていく生徒たち。ギルバートは優しくオリヴィアの肩を抱き寄せた。


「大丈夫かい、オリヴィア。君を守れるのは俺だけだ。俺がいなければ、君はどこにも居場所がないんだよ」

「ありがとうございます、ギルバート様。いつも守っていただいて」


 親の決めた結婚だった。だが、彼だけは味方であると信じていた。


◇◇◇


 ある日の放課後。  


(いけない、掃除をしていたらこんなに遅い時間になってしまった) 

 

 荒らされた机を元通りに磨き、教室中に散らかされた私物を集め、やっと帰ろうという時だった。

 中庭を足早に歩いていると、右手の教室からあのよく通る声が聞こえた。

 

 ギルバートの声だ。

 

 別に盗み聞きをしようと思ったわけではない。が、自然と耳は注意深くなっていた。

 

「だからさ、あいつは俺を馬鹿みたいに信じている訳よ。親鳥を見る雛鳥のようにな」

「はっはっは、そいつは傑作だぜギルバート。お前も性格が悪いな」


(今、ギルバート様はなんと?)


 教室に屯している人たちにバレないよう、静かに窓の下ににじりよる。

 礼儀に欠けるのは百も承知で、オリヴィアは聞き耳を立てた。


「俺は悪くないさ。勝手に親があんな女との結婚を決めるのが悪い。古臭い田舎者なんかより、俺はもっと熱い女がよかったんだ。せめて俺の遊び道具くらいにはしてやらないと」


 ギルバートは下卑た笑い声を響かせた。 

 思い返せば、いじめが激化するたびに、ギルバートは「君の味方は俺だけだ」と繰り返していた。


 孤立させ、自分にすがる私の反応を楽しんでいたのだ。


(信じていたのに。私を地獄に突き落としていたのは、唯一の救いだと思っていた人だったんだ)


 絶望が、ふつふつと熱い決意に変わる。

 騙された私にも責任がある。それに、この閉鎖的な学校で争ったところで結果は見えている。


(この学校を出よう。ここに、私の味方はいない)


 それからのオリヴィアは、影で血の滲むような努力を重ねた。

 蔑みの視線を浴びながらも、休日は図書館にこもり、寝る間を惜しんで隣国の言語と高度な魔法理論を叩き込んだ。


 そして数ヶ月後。彼女の手には、ガジャマダ大学への留学許可証が握られていた。


◇◇◇


「本当によく来たね、オリヴィア」


 ガジャマダ大学の広大なキャンパス。門の脇に控えていた黒髪の青年が、ちぎれんばかりに手を振っていた。

 裏表のない、人懐っこい笑顔である。

 

「アラン様……お久しゅうございます。留学にいらしていた時以来ですから、もう随分になりますね」

 

 ガジャマダ王国、王太子アラン。彼はかつて、オリヴィアの通っていた学園に留学生として通っていたのだ。

 彼の持つ異国の知識に、オリヴィアは一種の憧憬のようなものを抱いていた。


「ああ、久しぶり。まさかオリヴィアと再会できるなんて。凄く嬉しいよ」

「私も、またアラン様と意見交換するのが楽しみでございます」 


 ちょっと堅いね、とアランは苦笑いをした。


「随分貴方の国の学校では上下関係が厳格だったけど、ここでは身分なんて関係ない。僕もただのアランだ。勿論、人それぞれ事情はあるから、無理に敬語を崩さなくていい。好きなように呼んでくれよ」


(あの学校では儀礼の場のように苦しい身分社会だったのに、ここではそうでないのね。なんだか、とっても気楽)


「お気遣いありがとうございます。では......今はまだ、アラン様と」

「わかった。では僕もオリヴィア嬢と――」

「いえ!」


 不思議そうに目を細めるアラン。


「私のことはアラン様の呼びやすいように呼んでください。その――身分差を感じさせてしまうのは、私の癖ですので」


 他国の地の慣習を持ち込んでいるのは自分の方なのである。アランにまで無理強いをするわけにはいかなかった。

 アランは事情を察したように小さく頷いた。


「では、オリヴィア」


 右手を差し出す。確か、握手という挨拶の作法だ。

 オリヴィアは彼の手を取った。


「改めて、ようこそガジャマダ学園へ」



◇◇◇


 案内された学生寮は、活気に満ちていた。

 歴史を感じさせるレンガ造りながらも、古くからの学生の呼吸が、ここには息づいている。

 

「あ! あなたが噂の留学生? 私はカレン、よろしくね! 専攻は?」

「僕はエリック。わからないことがあったら何でも聞いて。この国の数学はちょっと特殊だからさ」


(みんな、私の家柄なんて一度も聞いてこない。私が「何ができるか」だけを見てくれている)


 授業は想像以上に厳しかった。

 最先端の理論、飛び交う議論。オリヴィアは必死についていった。


「……ここの式変形、こうすればもっと効率的かもしれない」

「お、オリヴィア! 天才かよ、それ! 教授に報告しに行こうぜ!」


 寮の仲間たちと夜遅くまで図面を広げ、コーヒーを片手に議論を交わす。

 初めて知る、自らの足で立つ喜び。


 しかし、そんな充実した日々を切り裂くように、一通の手紙が届いた。

 真っ赤な封蝋。それは、母国の学園からの「対抗戦」の招待状だった。


『親愛なるオリヴィアへ。君が異国の地で男たちに誑かされていると聞いて、胸が痛むよ。俺の方が君にふさわしいことを証明しよう。対抗戦で俺たちが勝てば、君は大人しく帰国して俺の妻になるんだ』


 手紙を握りしめるオリヴィアの手が震える。


(どこまで傲慢なの、あの人は。私を自分の所有物だとしか思っていない)


「オリヴィア、行かなくていい」


 アランが横から手紙を覗き込み、表情を硬くした。


「僕たちの代表メンバーは最強だ。貴方を出さなくても、あんな奴らには負けない。貴方はここで守られているだけでいいんだ」

「……守られているだけでいい?」


 オリヴィアは、アランの顔をじっと見つめた。


「アラン様、今の言葉、かつてのギルバート様と同じです」

「えっ……。申し訳ない、そんなつもりじゃ」

「わかっています。あなたは私を心配してくれている。でも、私は気づいたんです。守られて逃げているうちは、何も変わらないのだと」


 オリヴィアはカバンを手に取り、出口へと歩き出した。


(もう、あの頃の私じゃない。学んだ知識も、出会った仲間も、全部私の力だもの)


「行ってきます。私のケリは、私自身でつけてきます」


 振り返った彼女の瞳には、かつての怯えは微塵もなかった。


 母国の土を踏んだオリヴィアを待っていたのは、以前と変わらぬ、淀んだ空気の学園だった。


「お帰り、オリヴィア。やはりあんな野蛮な国では、君のような弱い令嬢は生きていけなかっただろう?」


 校門の前で待ち構えていたギルバートが、勝ち誇った笑みを浮かべる。周囲にはかつての取り巻きたちも集まり、冷ややかな視線を送ってきた。


「さあ、俺の足元に跪いて許しを請え。そうすれば、また『保護』してやってもいい」


(相変わらずね。この人は、相手を支配することでしか自分を保てないんだわ)


 オリヴィアは怯まなかった。むしろ、哀れみすら含んだ瞳で彼を見つめる。


「ギルバート様、勘違いしないでください。私は逃げてきたのではありません。本気でこの学園を変えにきたのです」

「……何だと?」


 オリヴィアは懐から、国王の印章が押された一通の書状を取り出した。


「私はガジャマダ大学での成績を認められ、国王陛下より学園改革の全権を委任されました。今日からこの学園の統治システムを根底から作り直します」

「は、ハッタリを言うな! たかが女の留学生に、そんな権限があるはずが――」

「陛下は、貴方たちが私の留学中にどれほど不当な圧力をかけ、国益を損なおうとしたかをご存知ですよ。……では、改革を始めましょう」


◇◇◇


 オリヴィアの動きは電光石火だった。

 彼女はガジャマダ大学で学んだガバナンスを、この閉鎖的な学園に持ち込んだ。


「まずはこちら。全生徒、全職員対象の『匿名アンケート』です。誰が、いつ、どこで、誰を傷つけたか。すべてを集約します」

「そんなもの、書く奴などいない!」

「いいえ。投書内容は、私が提携した『外部の監視委員会』に直接届きます。間違っても漏れる心配はありませんので、ご安心を」


 オリヴィアはさらに、専門のカウンセラーを配置し、被害者が即座に声を上げられる報告システムを構築した。さらに、当事者でなくとも相談可能である、というガイドラインを周知した。

 匿名の報告件数は右肩上がりに増加し、当人ではない傍観者の立場からも多く寄せられた。


(守られるのを待つんじゃない。誰もが自分を、大切な人を守れる仕組みを作るの。それが、本当の自由への第一歩よ)


 数週間のうちに、ギルバートたちが隠蔽してきた悪事の証拠が山のように積み上がった。

 不正な成績操作、談合、そして卑劣な集団いじめ。


「バカな……俺は公爵家の跡取りだぞ! こんな紙切れ一枚で……!」

「ご自分がなさったことの報いです。冤罪だとおっしゃるなら、専用の窓口を設置しております。そちらからご自分でお問い合わせくださいませ」


 オリヴィアが突きつけたのは、国王による「放校処分」の命令下達だった。

 ギルバート、そして彼に加担した生徒たちは、その日のうちに学園を追われた。


 特に首謀者であると密告されたギルバートは、廃嫡のうえ辺境に追放という罰が下った。

 後ろ盾を失った彼らの実家も、次々と没落の道を辿ることになった。


◇◇◇


 嵐が去った後の学園は、見違えるような活気に満ちていた。

 オリヴィアは自室から、隣国の友人アランへ連絡を取る。


「アラン様、準備が整いました。今度は本当の意味での『平和的な交流戦』をしませんか?」

『ああ、楽しみだ……しかし驚いたよ、オリヴィア。実は貴方が帰国した後、僕たちも奪還計画を練っていたんだ。エリックなんか、重武装兵を率いて攻め上るなんて言ってね』


 エリックがそんなに血の気が多いなんて知らなかった。友人の意外な一面に、オリヴィアは思わず噴き出した。


『流石にそれじゃあ国際問題になるから、オリヴィアに迷惑だろう? 貴方なら自分の力で成し遂げる。そんな確信があったから、水を差すんじゃなく、信じて待とう、そうまとまったよ』


 こんなに早いのは流石にびっくりしたけどね、と通信の向こうで感服したように笑うのがわかった。


『オリヴィアは本当に凄いよ。ガジャマダ大学の誇りだ』

「ふふ、お褒めに預かれて光栄です」


 手放しの賞賛が心地よい。裏表のない彼だからこそ、オリヴィアは安心してそれを享受することができた。

 対抗戦は半年後。

 諸々の調整も併せてもうひと踏ん張り。オリヴィアは決意を新たにした。


◇◇◇


 半年後。

 学園のメインスタジアムには、色とりどりの旗が翻っていた。

 母国の生徒たちと、ガジャマダ大学の学生たちが、笑顔で握手を交わしている。


「いい試合になりそうですね」


 運営委員専用のボックス席。オリヴィアの隣には、アランが座っている。


「ああ。君が作ったこの制度のおかげで、みんな純粋に競技を楽しめている。……さて、次はどちらが勝つかな?」

「どちらが勝っても、私は満足です。だってここはもう、誰もが自分らしくいられる場所なんですから」


 青空の下、歓声が響き渡る。


「だから、純粋に楽しみましょう......アラン」

 

 そう言ってぷいと顔を背けるオリヴィア。

 耳まで真っ赤に染まったアランの顔は、運よく見られずに済んだ。

 



お読みくださりありがとうございました。

ブックマーク、リアクション、感想、☆☆☆☆☆評価、とても励みになります。


がんばれアラン。


※追記 誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
家の力で理事長とかでなく実力で経営陣側ヒロイン。 一緒に退学したのは婚約者の話を聞いて笑ってた友人もかな。 気に入らなくても政略結婚は意味があるのに我欲の為に無意味に苛める婚約者はいずれ破綻してた…
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