表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最後の夏祭り

作者: 瑞祥さがと
掲載日:2025/10/14


よく晴れた、夏休み初日の昼下がりのことです。


「本っ当にごめんね、瑞穂(みずほ)。どうしても、


 お母さん、仕事休めなくって」



お母さんの謝罪も耳に入らないくらい、


瑞穂くんはすっかりすねてしまっていました。


なぜなら、これからおじいちゃんのお家に、


瑞穂くんは置いていかれるからです。


本当なら、夏休みの途中の一週間程度、


お母さんと一緒にいられたはずでした。


けれど、お母さんは仕事で夏休みが終わるまで


来られない、と言っています。


瑞穂くんはそっぽを向いたまま、それを


聞いていました。


お母さんがおじいちゃんの家を出るとき、


ぎゅっと瑞穂くんを抱きしめて


「いい子にしててね、大好きよ、瑞穂」



と言った時も、ずうっとむっとしたまま


でした。


そのあと、おじいちゃんがおやつ


食べるか? と、おせんべいを持って


きてくれた時も、いとこの優一(ゆういち)


兄ちゃんと妹の里希(りき)ちゃんが遊ぼうと


呼びに来ても、瑞穂くんは動きませんでした。


玄関で、お母さんを見送った体勢のまま、


ずうっとです。




夕方になったら、さすがにお腹が空いて、


おじいちゃんにご飯をねだりに行きましたが。


今日はカレーだぞ! とおじいちゃんは


張り切っています。


ですが、おじいちゃんのカレーには瑞穂くんの


苦手なグリンピースが入っているのです。


瑞穂くんは小さな時からそれをずっと


言い出せずにいます。


カレー自体はとってもおいしいのです。


ただ、瑞穂くんはグリンピースを見た瞬間、


げんなりしてしまうのでした。


ちなみにいとこの優一兄ちゃんと里希ちゃんは


そのことを知っています。


お母さんも知っていますが、瑞穂くんが 


自分で言い出す日を待っているのか、代わり


におじいちゃんに言ってはくれません。




だから、今日も、優一兄ちゃんの器に


グリンピースを移させてもらい、こっそり


食べてもらう予定です。


ところが、今回はこっそりがうまくいき


ませんでした。


おじいちゃんが水を取りに行った時を


狙ってグリンピースを移させてもらって


いたのですが。


おじいちゃんが戻ってくるのが、瑞穂くん


が思っているより、ちょっとだけ早かったのです。




あっ、とおじいちゃんが声を上げます。


瑞穂くんはこっそりがばれてしまって


顔を青くさせました。


怒られる、と瑞穂くんが身構えた途端、


「すまんなあ、瑞穂。じいちゃん気づか


 なんで。グリンピース、嫌いだったか」


おじいちゃんは、へらりと笑って、謝って


きました。


瑞穂くんは、今度は真っ赤になってしまいます。


自分のしたことがすごくすごく恥ずかしく


なってきたのです。


おじいちゃんは瑞穂くんを責めませんでした。


それどころか、謝ってきました。


本当は、瑞穂くんが謝らなきゃいけなかったのに、


です。


 瑞穂くんは、この場に居たくなくて思わず、


部屋を飛び出しました。


「「瑞穂!」」



 おじいちゃんと優一兄ちゃんが叫び


「みぃくん!」



 里希ちゃんが呼んでいる声も聞こえましたが、


瑞穂くんは構わず、逃げ出しました。


 そのまま、お家と街灯の明かり以外


何にもない、暗くて広い、夜の外へ出て


行ってしまったのです。




 おじいちゃんのお家を出てしばらく


走った後、瑞穂くんはハッと、我に返り


ました。


 思わず飛び出してきてしまったけれど、


ここは瑞穂くんが知っている自分のお家の


周りではありません。


 前に遊びに来た時の昼間、優一兄ちゃん


と里希ちゃんと一緒に歩いたりしたけれど、


詳しくは知りません。




「これからどうしよう?」



瑞穂くんは悩みました。


だって、おじいちゃんのお家には帰れません。


どんな顔をして戻ったらいいのか、瑞穂くんには


わからないのです。


でも、夜、外に一人でいても、心配されて


しまいます。


それに、虫の声や、何かわからない生き物


の声が時々聞こえてきて、ちょっとだけ怖い


のです。


ちょっとだけ、ですが。




そのときでした。


ゆらゆら揺れる、提灯の明かりが目に入りました。


その明かりは、家を順番に訪ねているようです。


瑞穂くんが見ているだけでも、おじいちゃんの


お家の近くの三件を訪ねてまた、出て来ています。


そのうちに、提灯の明かりが瑞穂くんに近づいて


きました。


提灯の明かりということはおそらく人のはずです。


瑞穂くんもお祭りで見回りをしている、


係のおじさんたちを見たことがありました。




ところが、です。


どうにも、提灯の明かりの位置が低いの


ようなのです。


 小学四年生の瑞穂くんの腰より下あたりの


ようでした。


とっても小さいおじさんかもしれません。


でもそれって……と、瑞穂くんは身を震わせました。


スマホで見たことがあります。


それは確か、人ではない、何か、だったはずです。


逃げようと思っても足が動きませんでした。




どうにも出来なくて、瑞穂くんがぎゅっと


目をつぶっていると、


「こんばんは」



かわいい声であいさつをされました。


えっ、と瑞穂くんがびっくりして目を


開けると、そこにはなんと、二本足で


立っているキツネが いました。


キツネは器用に前足の一本で提灯を


持って、瑞穂くんに明かりを向けています。


人間、びっくりが過ぎると声も出ないんだ


ということを、瑞穂くんは今日初めて知り


ました。


「こんばんは!」



キツネはもう一度、瑞穂くんにあいさつを


してきました。


どうやら、瑞穂くんに聞こえなかったかも


しれないと思ったようです。


「……こ、こんばんは」



瑞穂くんも小さな声であいさつをしました。


あいさつをされたら同じように返すよう、


お母さんから常々言われています。


あんまり、出来ていないのですけれど、


今日はなんとか出来ました。


が、瑞穂くんは、改めてまた、びっくり


してしまいました。


キツネが喋っています。


物語ではそういうこともありますが現実


ではそんなことはないと瑞穂くんはもう


知っています。


それなのに、まるで、物語の中のように、


キツネは喋っています。


すると、あいさつを返されたキツネも


びっくりしているようでした。


「あのぅ、ひょっとして、僕が見えてます?」



 その言葉は、物語の中でよく幽霊が言って


くるセリフです。


 このキツネ、もしかして幽霊? と瑞穂くんは


更にびっくりしました。二本足で立って歩いて


喋るキツネの幽霊です。


びっくりしないわけにはいきません。


「君、幽霊なの?」



 瑞穂くんは気になってズバッと聞いて


しまいました。


 お母さんにはすぐに思ったことを言わ


ないの、と時々怒られているのですが。


そのお母さんは、夏休みの間、瑞穂くんには


会いに来られません。ちょっとくらい言うことを


聞かなくても良いでしょう。


「僕が、幽霊?」


キツネは、おんなじように聞き返してきて、


あははっと笑い出しました。


しばらく笑った後、キツネは、目の端に


溜まった涙を拭いながら、


「違いますよ」



と、言ってきました。


「僕は、狐塚の桜の神様にお仕えする


 神使です」


「しんし?」


「簡単に言うと神様のお使いです」


「神様のお使い……?」


「えーと、神様が出来ないことを代わりに


 して差し上げる係です」


ふうん、と瑞穂くんはあいまいに返事をしました。


 その神様の代わりの係のキツネが人間の


村で何をしているのでしょう?


再び、ここで何をしてるの? とズバッと


瑞穂くんが聞くと、キツネは人を探しています、と


答えました。


「どんな人?」


「それはですねえ、僕のことが見えて話が


 出来る、あなたのような人間をです!」



 と、キツネは瑞穂くんを見て笑いました。


「おれ?」



瑞穂くんが自分を指さして聞くと、キツネ


はこくこくと頷いています。


一呼吸おいて、瑞穂くんは大きな声で叫びました。


「ええーーーっ?」




ちょっと経って瑞穂くんは落ち着いてきました。


落ち着いたところで、キツネは二本足で


立って歩いているし、相変わらず瑞穂くん


に話しかけてきていますが。


 瑞穂くんは最初、電池で動いているのか


と思って、キツネの全身をチェックして


しまいました。


 もちろん、電池なんか入っていません


でした。正真正銘、生きたキツネです。


キツネの名前はウコンといって、瑞穂くん


のような人間を、ずっと探していたそうです。


そして、ウコンは狐塚の桜の神様のために


お祭りをやって欲しいと言ってきました。


「お祭り? ミソギ神社のお祭りじゃなくて?」


 

ミソギ神社というのはおじいちゃんの家の近くに


ある氏神様で、もうすぐそこで夏祭りが行われるの


です。


 すると、ウコンは悲しそうに言ってきます。


「神社のお祭りではダメなのです。狐塚の


 お祭りでなくては」


 狐塚? 瑞穂くんはまた、知らない


 単語を聞いて、首を傾げました。


「狐塚というのは、神様のいらっしゃる場所の

 

 ことです。神社より歴史が古いんですよ」


「神社に神様いないの?」


「神社は神様が降り立つ場所で、普段は狐塚に


 おわすのです」


えーと、と瑞穂くんはウコンの言葉を理解

しようと頑張りました。


おわす、っているってことかな? だから、 


もしかしたら、神様は神社まで来れない何か


事情があるのかもしれない。だから、きつね


づか? で、お祭りが必要なのかな?


一生懸命考えてそう言うと、ウコンは嬉し


そうに頷きました。


「そうです。瑞穂さんはとっても賢いお子ですね」



 賢いと褒められて、瑞穂くんも悪い気は


しません。相手はキツネですが。


「じゃあ、おれは何をしたらいい?」


「そうですねえ、出来るだけ人をたくさん


 集めてくれますか?」


「出来るだけ、人を、たくさん……」


「それから、みんなで宴会をやるんです」


「みんなで宴会?」


「そうです。狐塚の桜の木の神様は人が


 大好きなのです。ですから、大勢集まれば


 それだけ喜ばれます」



ウコンはもう、その様子を想像したようで、


なんだかうっとりしています。


その様子を見ながら瑞穂くんは、すごく


悪いなと思いながら、思い切って謝りました。


「ごめんなさい!」


「どうしました?」


「おれ、ここに住んでないからあんまり


 知り合いいないし、大人の人にも集まって


 って頼めないよ」



ウコンはびっくりした顔をしたあと明らかに


がっかりして、そう、ですかと、小さな声で


つぶやきました。


「無理を言ってすみませんでした、瑞穂さん」



では、としょんぼりした様子でウコンは


去っていきました。



すると、入れ替わりのように懐中電灯の


明かりが見えて、おじいちゃんと優一


兄ちゃん、里希ちゃんの三人が歩いてき


ました。


瑞穂くんはさっきのことを思い出して


おじいちゃんごめん、と言おうとしました。


が、その前におじいちゃんにぎゅうと


抱きしめられてしまって、それを言うこと


が出来ませんでした。


もう一度、


「おじいちゃん、ごめんなさい」



と言うと、


「いいんだよ。瑞穂、無事でよかった」



おじいちゃんはますます瑞穂くんを


ぎゅうと抱きしめました。


そこに、瑞穂! みぃくん! と、


優一兄ちゃんに里希ちゃんまで加わって、


四人で抱きしめ合いました。




次の日のことです。


瑞穂くんはしょんぼりしながら山へ


帰って行ったウコンのことが気になって


仕方ありません。


ご飯を食べていても、宿題をしていても、


テレビを見ていても上の空でした。


「みぃくん、どうしたの?」


里希ちゃんが心配して顔を覗き込んで


きました。


何でもないよ、と答えようとして瑞穂くん


はちょっと考えました。


里希ちゃんなら、信じてくれるかも


しれません。


優一兄ちゃんはもう、六年生だから


キツネが喋ったと言ってもそんなこと


ないと言ってくるかもしれません。


けれど、まだ一年生の里希ちゃんなら、

 

きっと瑞穂くんの話を疑ったりはしない


はずです。


そこで、瑞穂くんは里希ちゃんを部屋


のすみに誘って、こそこそと夕べあった


ことを話しました。


すると、里希ちゃんは、瑞穂くんの想像


通り、話したことを微塵も疑いませんでした。


それどころか、わたしもその喋るキツネさん


に会いたい! と言い出すほどでした。


「みぃくん、そのキツネさんにはどこに行った


 ら会えるの?」


里希ちゃんはキラキラした目で聞いてきます。


瑞穂くんは困ってしまいました。ウコンが


どこに住んでいるか、聞いていなかったから


です。


「おれも知らないから、あとで一緒に探しに


 行こう?」



 里希ちゃんは、うん! と力強く頷いて


くれたのです。




ところが、お昼ご飯を食べあと、里希ちゃん


の姿が見えなくなりました。


おじいちゃんが探しています。優一兄ちゃん


は今日、他の友達と町へ遊びに行っていて


いません。


僕のせいだ! 瑞穂くんは焦りました。


自分がウコンの話をしたから、きっと里希ちゃんは


喋るキツネを探しに行ってしまったのでしょう。


里希ちゃんは一年生。そう遠くへはいけない


はずですし、瑞穂くんより山には慣れています。


それでも、心配でした。


喋るキツネを探しに、いつもより深く山の中


へ入ってしまったかもしれません。


そのまま、迷って一人で泣いているかもしれません。


そこで、瑞穂くんは思い出しました。ウコン


が狐塚の桜の神様、と言っていたことに。


「おじいちゃん、狐塚ってどこ?」


「狐塚?」


おじいちゃんは瑞穂くんの言葉に心当たり


があるようでした。


「瑞穂、ウコン殿に会ったのか?」


そう、聞き返されて、瑞穂くんはびっくりしました。


まさか、おじいちゃんがウコンを知っている


とは思わなかったからです。


「おじいちゃん、どうしてウコンのこと


 知ってるの?」


 思わず、聞き返してしまう瑞穂くんです。


「懐かしいな。わしも、狐塚の桜の神様の


 お祭りのために仲間と走り回ったもんだ」


瑞穂くんはさらにびっくりして口を開けて


しまいました。


「きっと里希はそこにいる」


狐塚に行こう、とおじいちゃんの力強い


言葉を受けて、瑞穂くんはしっかりと頷きました。




狐塚に着くとまず、大きな泣き声が


聞こえてきました。


「おじいちゃーん、お兄ちゃーん、


 みぃくんのばかー!」


順番に呼んでいます。


明らかに里希ちゃんの声でした。


勝手に行っちゃったのは里希ちゃん


なのに、と納得がいかない瑞穂くんです。


でも、里希ちゃんは一年生。そういうことも


言ってくるお年頃です。


おじいちゃんがやれやれ、といった様子


でそこにあった大きな桜の木に近づいて


いきます。


すぐそばには、しめ縄が掛けられた


大きな穴も見えます。


足元には昔のおもちゃがたくさん転がって


いました。


泣いている里希ちゃんと困った顔のウコンは


その前にいます。


おじいちゃんが先に着いて、抱き上げると、


ますます大きな声を上げて里希ちゃんは泣き


ました。


ウコンは優しい顔で二人を見ています。


瑞穂くんも二人に近づいて、里希ちゃんの


頭を撫でてあげました。


里希ちゃんが泣いて泣いて、ようやく泣き


止んだ頃、おじいちゃんはウコンを向き直って


いました。


「ご無沙汰しております、ウコン殿。鳴嶋重一


(なるしましげいち)でございます」



すると、ウコンはおじいちゃんをじっと


見つめて、重坊、と呼びました。


「ありがとうございます。孫たちがお世話に


 なりました」


「人の世の流れは速いものですね」


 ウコンは何だか懐かしそうでした。


「重坊たちのおかげで、桜の木の神様は元気で


 おられました」


おじいちゃんも、瑞穂くんもその言葉に不穏


なものを感じました。


「もしや?」


「きっと、次で最後の祭りになるでしょう。


 神様も、覚悟は決まっています」



おじいちゃんは、大きな桜の木を見上げました。


瑞穂くんと里希ちゃんもつられて見上げました。


「木の中はもう、空洞なのです。先日大きな雷が


 落ちました。その時に、中だけ焼けてしまった


 のですから」



おじいちゃんが今度は地面を見ました。


よく見てみれば、地面に、枯れた葉っぱが


何枚も落ちています。今は夏で本当なら青葉が


いっぱい茂っているはずです。


「重坊、瑞穂さん、里希さん、お祭りの


 手伝いを、頼めますか?」


改めてのウコンのお願いに、瑞穂くんと


おじいちゃんと里希ちゃんは、三人で顔を


見合わせて頷きました。




家へ帰って来てからは、それはもう、


大変な日々が始まりました。


おじいちゃんは毎晩、どこかへ出かけて


行って、ちょっとだけ疲れた顔をして


帰ってきました。


でも、その度に、今日は村長さんと、


次の日は酒屋さんと、その次は村の商店の人と、


色んな人に話をつけてきたと満足げでした。


瑞穂くんと里希ちゃんというと、まず、


優一兄ちゃんにウコンと桜の木の神様の


ことを信じてもらうことにしました。


優一兄ちゃんの都合のいい日を聞いて、


一緒にウコンに会うことにしました。


当日のことです。

「じいちゃんのおとぎ話かと思ってた」

 優一兄ちゃんは、ウコンのことを

知って、とっても びっくりして

いましたが、すぐに受け入れてくれた

ようです。

 それに、僕らも何かできることを

しようとお祭りの飾りを作ることが

決まりました。

 すると、里希ちゃんがみぃくんは

折り紙上手だから色々作って、と言い

出しました。

 瑞穂くんはちょっと照れながら、

里希ちゃんの言葉に従いました。

 インターネットの無料の動画や、

学校の図書館で借りた本を見ながら

一生懸命、折りました。

 優一兄ちゃんと里希ちゃんはお祭り

への案内状を書く係をやりました。


 着々と準備が進む中、ある夜、

おじいちゃんが怒りながら帰って

きました。

「いまさら、ミソギ神社のお祭りと

 近いとか文句を言ってからに」

 ぼそりとそう呟いて、部屋に入って

しまいました。

 優一兄ちゃんも不安そうです。

 瑞穂くんが顔を見上げると、

「明日、ちゃんと聞いてみような」

と、頭にポンと手を置かれました。


 次の日、優一兄ちゃんと瑞穂くん

がおじいちゃんに聞いてみると、

「ちょっと言い合いになっただけだ。

 大丈夫だからお前たちは心配するな」

 穏やかな口調で言われました。

 おじいちゃんを信用していないわけ

でありません。

 でも、大人たちにとっては村のお祭り

の方が重要なのかもしれません。

 優一兄ちゃんに呼ばれて、瑞穂くんと

里希ちゃんは三人で集まりました。

「どうする?」

 優一兄ちゃんの言葉に、

「おれたちだけでも、狐塚の桜の神様のお祭り、

 やってあげたい!」

 瑞穂くんははっきり答えました。

 里希ちゃんもしっかりと頷いています。


「わかった」

と、優一兄ちゃんはスマホを取り出し

ました。

 そして、無料のアプリを何やら

操作すると、三十分後には、家の前に、

六年生のお兄さんやお姉さんが何人も

集まっていました。妹や弟を連れて

きた人もいます。

 集まった子供たちは、優一兄ちゃん

の話を聞いて面白そうとか面倒くさいとか、

好きなことを言っています。

 けれど、帰る人は誰もいませんでした。

 その後、優一兄ちゃんの部屋に移って、

早速、相談が始まりました。

 やはり、ミソギ神社のお祭りの一週間後に

やるのが、大変そうです。

 人が集まるのだから、やっぱり、食べ物と

飲み物は必要です。

 それぞれ、何人かで分担して、飲み物を

用意することになりました。

 食べ物は、みんなの親やおじいちゃん

おばあちゃんにも協力してもらうことに 

なりました。

 優一兄ちゃんと里希ちゃんだけで作って

いたお祭りの案内状も、みんなの手を借りて

たくさん出来ました。

 今日集まってきてくれた子供たちに親や

親せきや近所の人に配ってもらう予定です。


 そうして、光の速さで日々は過ぎていき、

ミソギ神社のお祭りも無事終わった、一週間

後のことです。

 夏休みも残り少なくなった日の昼間に、

おじいちゃんの家の前は、大変にぎわって

いました。

 瑞穂くんと里希ちゃん、優一兄ちゃんに、

その友達の、かっちゃんと、よっちゃんと、

ひろくんと、としくんともみちゃんと、

かずちゃんと、とにかく大勢、子供たちが

集まってくれました。


 まずは、会場の飾りつけです。

 みんなで瑞穂くんが一生懸命折った折り紙

の提灯と風鈴を飾りました。

 それを見たウコンは、それだけもう涙を

浮かべて喜んでいました。

 それから、地面に色んな模様のレジャー

シートが敷かれていきます。

 そこへ、飲み物と食べ物を持った、子供

たちの親や、おじいちゃんおばあちゃんが

現れて、もっとにぎやかになりました。


 レジャーシートの上にはいくつかの

重箱が広げられ、からあげにハンバーグ、

ウインナーに卵焼き、おにぎり、サンド

イッチにフルーツと子供たちが大好きな

メニューが並んでいます。

 ジュースも、オレンジ、アップル、

グレープ、グレープフルーツ、コーラ、

ソーダにラムネ、などなど、やっぱり、

子供たちが喜ぶ種類です。

 その後、全員に食べ物と飲み物が

行き渡ると、じゃあ、乾杯はウコンで、

と優一兄ちゃんが小さなキツネを、

みんなの前に押し出しました。


「私でいいんですか?」

 小さな声で確認してきたウコンに、

瑞穂くんと、里希ちゃんがうなずきます。

 すると、ウコンは小さく咳払いした

たあと、

「今日は桜の木の神様のためにお集まり

 いただき、誠にありがとうございます。

 皆様のますますのご健勝とご活躍を願い

 まして……乾杯!」

 と、見事にあいさつをこなしました。

 ウコンが姿を現した時は、少しだけ

みんなざわめいていましたが。


 宴会が始まってしばらくしてからの

ことです。

 瑞穂くんは自分の紙皿のサンドイッチが

なくなっていることに気がつきました。

 よく見るとからあげもなくなっています。

 瑞穂くんが首を傾げていると横から手が

伸びてきて、今度はウインナーを持って

いかれました。

「ちょっと!」

 瑞穂くんが叫ぶと、その手の主はびくっと

なって、動きを止めました。

「人のものを勝手に持っていったらだめだよ。

 そんなに、お腹が空いてたの?」

 瑞穂くんが目をやると、髪と目が茶色の

見慣れない子でした。年の頃は、一年生の

里希ちゃんと同じくらいです。

 たぶん、みんなで集まった時にはいな

かったはずの子です。

 誰かの家族についてきたのかも

しれません。

「ほら、おれがとってあげる。どれが

 いいの?」

 瑞穂くんは取り分け用の割りばしを

借りて、その子が指さす、サンドイッチ、

からあげ、ウインナーをいくつか取って

あげました。

 すると、その子はにっこり笑って、

ありがとうと言ってきました。

 光の加減で髪と目が一瞬だけ、金色に

光って見えます。

「おれは、加藤瑞穂(かとうみずほ)

 君、名前は?」

 その子はもぐもぐしながら、

「……おうか」

と答えました。

「おうかちゃん、か。楽しんでいってね」

 瑞穂くんが言った時です。

 おーい! おーい! 大人の男の人の声が

聞こえてきました。

 よく聞くと、おじいちゃんの声でした。

「瑞穂、優一、里希、遅くなってすまなんだな。

 みんなを連れてきた」

 おじいちゃんの後ろにも大勢、大人の姿があり

ます。


「重坊!」

 一番にとんで行ったのはウコンでした。

 すると、おお、ホントにウコンだ、懐かしい

なあ、などという声も上がりました。

 重箱が追加され、宴会といえばこれだ! 

酒屋さんが持ってきた一升瓶に大人たちが

目を輝かせました。

 それから、小学生のみんなでダンスを

披露しました。

 春の運動会で踊ったそうで、残念ながら、

学校が違う瑞穂くんは参加できません

でしたが、おうかちゃんと一緒に見て

楽しみました。

 その後、電気屋さんが賞品を持って

きたとビンゴ大会が始まり、おうか

ちゃんが困っていたので、一緒に

ビンゴカードへ穴を開けてあげました。

 瑞穂くんが当たったのは最後の方で、

豪華なゲーム機とかはもう出払って

いましたが、お菓子をもらいました。

 おうかちゃんは何も当たらなかった

ので、二人で 分け合って食べました。

 そうやって、時間が過ぎていき、

やがて、日が暮れ始めました。

 そろそろお開きだな、とおじいちゃんが

言って、みんなが片づけを始めました。

 おうかちゃんはいつの間にかどこかに

行ってしまっていました。

 せっかく仲良くなったのだから、連絡先

くらいは聞いておきたかったのですが。

 そのことをおじいちゃんに話すと、傍で

聞いていたウコンが驚いていました。

 おうかちゃんは黄花(おうか)様―何と

桜の木の神様だというのです。

「おれ、失礼なことしちゃってないかな?」

「まさか。神様はそれほど、心が狭くは

 ありませんよ」

 瑞穂くんがほっと、息をついていると、

ウコンが聞いてきました。

「神様は、楽しそうでしたか?」

「うん。すっごく」

 瑞穂くんの返事に、ウコンはとても

満足そうでした。


 その数日後、おじいちゃんの家のある

地域に、台風がやってきました。

 おじいちゃんの家も雨戸を閉めて、数日間、

外には全然出られないくらい、すごい雨と風

でした。

 そして、台風が行ってしまった日の夜、

ウコンがおじいちゃんの家を訪ねてきました。

「こんばんは。夜分遅くに失礼します」

「何、ウコン殿なら何時でも大歓迎だ」

 おじいちゃんの言葉にウコンは力なく

笑います。

 話は、もう寝てしまった里希ちゃんは

いいとして、瑞穂くんと優一兄ちゃんにも

聞いて欲しいとのことでした。


「狐塚の桜の木が倒れました」

 瑞穂くんはびっくりして、悲しくなり

ました。わかっていたことです。

 でも、あの日はあんなに楽しくて、

おうかちゃんも喜んでいて、みんなが

笑っていて……あの宴会が本当に最後の

夏祭りになってしまったのです。

 おじいちゃんも、優一兄ちゃんも

黙ってしまいました。

 すると、ウコンが口を開きます。

「明日、狐塚に来ていただけますか?」

 おじいちゃんがわかりましたと返事を

すると、ウコンはそのまま帰って行きました。


 翌日。

 狐塚にやってきた瑞穂くん、おじいちゃん、

優一兄ちゃん、里希ちゃんは笑っていました。

 倒れた桜の木の根元から、新しい木の芽が

生えてきていたからです。

「見てもらいたかったのはこれなんです」

と、ウコンは少し寂しそうにしながら言って

きました。

「私はこれからも、この神様の桜の木を

 見守っていきます。ですから、どうか」

 おじいちゃんも答えます。

「では、わしはこのことを子々孫々まで、

 伝えられる限り伝えます」

 お前たちもいいな? と聞かれて、

瑞穂くん、優一兄ちゃん、里希ちゃんも

強く頷いたのでした。


 夏休みが終わりました。

 お母さんは瑞穂くんを約束通り迎えに

来ました。

「瑞穂、夏休みどうだった?」

「すっごく楽しかった!」

「もうっ、ちょっとは寂しかったって、

 言ってよー」

 そう言いながら瑞穂くんをぎゅっと

抱きしめる、お母さんも嬉しそうです。

 それと、と、小さな声で、夏休みの

最初、すねててごめんね、と瑞穂くんは 

伝えました。

「いや困るぅ! ちょっと見ないうちに

 素直になっちゃって」

 瑞穂くんはお母さんにますますぎゅうと

抱きしめられました。


 瑞穂くんはこれから、この夏休みにあった

ことをお母さんに話すつもりです。

 あのおじいちゃんの子供のお母さんです。

 きっと、喋るキツネのことも、神様と

一緒に宴会を楽しんだことも信じてくれる

ことでしょう。

 瑞穂くんは、お母さんと話をするのが

楽しみで仕方ありませんでした。

                                おしまい。

二作目です。評価いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ