親友の言葉
劇的に何かが変わったわけではなかった。
ただ、婚約者がいなくなっただけ。それだけのはずだ。
元々学校内で会って話をすることも一緒に昼食を取ることもなかった。
日常生活は何も変わることなくいつも通りに進んでいく。
それでも心に穴が空いたような寂しさがあるのはどうしてだろうか。
「エリーナ、大丈夫?」
不意に瞳を覗かれて、心配そうにこちらを見るルーナと目があった。
「うん、大丈夫。ごめんね、ぼーっとしてた。」
あははと乾いた笑みをこぼしながらそう答えると、ルーナの眉間に皺がよる。
「最近元気ないよね。やっぱり婚約破棄が堪えたの?」
「違う違う。寝不足なだけだよ。」
図星を突かれた私はほとんど無意識のうちに否定していた。
だって、浮気されたのに元婚約のことが気になってるなんて、おかしいに決まっている。
こんな気持ち、ルーナには知られたくなかった。
知って幻滅なんてされたくなかった。
「ほら、次魔道具の授業だよね? オーバン先生の。」
目的地の場所を指差しながらルーナの腕を引っ張ると、止まっていた足を動かしてくれる。
その目は疑わしげに私を見ていたけど、気づかないふりをして先導した。
いつもより大袈裟に笑顔を作って。
「楽しみだよね。今日は何の魔道具のお話を聞かせてくれるのかな。」
独り言のように呟くと、ルーナは私の横まで追いついてきてほっぺをつんと突いた。
「こーら。私の前まで無理しないの。」
「えぇ? 無理なんてしてないよ。」
「嘘。親友に隠し事なんてできると思わないでよね。放課後に事情聴取を受けてもらいます!」
「事情聴取って。私は犯罪者?」
気取った言葉にぷっと吹き出しながら笑うとルーナの先ほどまで膨れていた頬はなくなって、ニヤッとそれは良い笑顔を向けられた。
「親友に嘘をつくのはれっきとした犯罪です。だから、放課後はカフェに付き合ってもらうよ?」
空想の髭を撫でながらオーバーに話すルーナに私はたまらず笑顔をこぼした。
「ふふっ、はーい。被告人は大人しくお縄につきます。」
「うむ、素直でよろしい。」
ぷっと見つめあった瞬間二人で同時に吹き出した。
さっきまでの沈んでいた気持ちがルーナといるとふわっと持ち上げられたように楽しくなる。
私は良い友達に恵まれたなと思いながら、ルーナの笑顔を見ると少しだけ元婚約者のことを忘れられた気がした。
* * *
「それで。最近の暗い表情の原因は何なの?」
私の目の前にはカツ丼……ではなくパフェが置かれている。
学校に併設されたカフェテリアは今日も人で賑わっている。
ガラス張りのサンルームはいつも明るいが今日はあいにくの天気なので少し薄暗く感じる。
それでも人が多いのは雨の日だからだろう。
みんな考えることは同じだなだなんて思いながらパフェを一口頬張った私にルーナは神妙な顔で問いかけた。
じめじめとした空気が重くのし掛かり、私は口を開くのを躊躇った。
ここまでセッティングしてもらったのに、やっぱり怖さが勝ってしまう。
黙り込む私にルーナはむむむっと頬をむくらませた。
「私にも言えないことなの?」
『私』に『親友』という裏の意味が込められたような言い回しにうっと喉を詰まらせる。
「……言っても、幻滅しない?」
私は臆病だ。
こんなの建前だとわかっているのにワンクッションを置かないと、嫌われないという保証が持てないと話せないなんて。
つくづく弱いなと自虐的になる。
「幻滅するわけないでしょ!」
ルーナの怒ったような声に驚いて顔を上げると、不機嫌そうな表情を浮かべたルーナが私を見ていた。
「あのね、付き合いは短いかもしれないけど、信用くらいしなさいよ!」
「ルーナ……」
その言葉に涙がこぼれそうになる。
信用……そっか、私が話さないことはルーナのことを信じてないって言っているようなものなんだ。
そのことに気づいて、目の前で私のために怒ってくれた親友を見つめた。
「私、婚約破棄してからおかしいんだ。」
張り詰めていた糸がほぐれたようにポロッと口から溢れた一言。
「ずっとモヤモヤして、苦しいの。」
ぎゅっとスカートを握りしめると、制服に皺がよる。
手紙を書き上げた時にも感じたこの感覚は、一体何なのだろう。
「私はこんなに辛いのに、私の婚約者だった人は笑ってて、それを見ると胸が締め付けられるみたいに痛くなるの。……これって、おかしいよね?」
震える声で綴った言葉は上手くルーナに届いたのかはわからない。
肯定されるのが怖くて、私は顔を上げることができなかった。
「おかしくなんてないよ!」
ルーナははっきりとだけどどこか優しい口調で断言してくれた。
その真っ直ぐな言葉に私は顔を上げる。
目が合うと、大丈夫だよというように優しく微笑んでくれた。
「おかしくなんてない。だって、エリーナは婚約者に裏切られたんだよ? 怒るのも苦しいのも当然だって。」
『裏切られた』その言葉が妙にしっくりとくる。
「でも、浮気されたのに元婚約者のことを気にしてるって、普通じゃないと思うの。好きでもなかったのに、いなくなった途端に気になるなんて……」
彼の存在が気になって、まるで鎖みたいに私の心を縛りつけた。
浮気を知らなかった時は気にすら留めていなかったのに。
「気になって当たり前だよ。エリーナの『気になる』は好きの『気になる』ではないんでしょ。親同士が決めた政略結婚と言っても、お互い同意の上での関係。それを一方的に切られたら誰だってムカつくし、モヤモヤする。そんな印象的なことされたら、嫌でも記憶に残っちゃうって。」
ルーナは私の顔を両手で掬って上を向かせた。
「今まで害のない存在が害のある存在に昇格したから気になってるだけ。今は忘れられないかもしれないけど、そのうち思い出さなくもなるよ。だから、最初にも言ったけどあんな婚約者と別れて大正解! そうだ、お祝いでもしちゃう?」
ルーナの瞳は名案だというように輝いていた。
「ふふっ、そうだね。パァッと気分転換でもしたいかも。」
浮気を目撃してから一週間。ルーナの言葉にようやく心から笑えた気がした。
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