世間様は放っておいてくれません
週明けの月曜日。
私は重い足取りのまま学校へと向かった。
婚約は無事にあちらの過失のもとで解消されることになって、慰謝料も貰えることになった。
お父様が迅速に対処してくれたおかげで傷は浅いまま身分的には上の元婚約者と無事に別れることに成功。
上々の結果と言えるだろう。
それでも、周りの目は冷たかった。
「ねぇ、聞いた? あの子婚約破棄したんですって。」
「えぇ? せっかく侯爵家と婚約してたのに? お気の毒ね。」
「本当本当。これからどうするのかしら。」
廊下を歩くとヒソヒソと話す声が嫌でも聞こえてくる。
女子同士の噂話は恐ろしいほど伝達が早い。
婚約破棄したのだって昨日なのに、もう話が回っているのだから。
これは教室で囲まれる羽目になるかもしれないななんて想像するだけで歩くスピードが遅くなった。
「エリーナ、おはよう!」
そんな空気をぶち壊すように明るく響く声が後ろから聞こえてくる。と同時に背中に衝撃が走った。
「お、おはよう。」
じんじんと痛む背中を押さえながら振り向くと、そこには親友のルーナの笑顔があった。
「聞いたよ〜。婚約破棄したんだって? やっとだね、おめでとう!」
「いやいや、婚約破棄はおめでたくないからね。……でも、ありがとう。」
ニコニコと悪びれる様子もなく話すルーナはきっと本心から言っているのだろう。
ルーナは吊り目に高めのツインテールをしたまるで猫のような女の子だ。
身長も女子にしては高い方で、それがかっこよくて私から話しかけたのが最初の出会い。
それから趣味が一緒で仲良くなったんだよね。
「あんな婚約者とは別れて正解だよ。婚約中もエリーナに酷い態度だったんでしょう?」
コテンと首を傾げるとツインテールが揺れる。
私は苦笑しながら頷いた。
「まあね。でも、親が決めた相手だったから仕方ないかなって。」
「もー、そんなこと思ってたの? それって結婚した後最悪だって、予想つくでしょ。そうゆうエリーナの優しさに付け込まれたんじゃないの?」
つんとおでこを押されて言い返せず曖昧な笑みを浮かべた。
ルーナの言う通り、良くない将来が待ち受けていることなんて安易に想像ができた。
「相手は爵位が上だったからね。それに、私が何かしちゃったのかも。」
婚約者の方が身分が高いから。そんなのただの言い訳だ。
私は多分、怖かっただけ。
捨てられるのも、決められた以外の未来に変わってしまうのも。
人は変化を恐れるらしい。
状況を変えて失敗することを恐れるから現状維持をしてしまうそうだ。
私だって、怖かった。
私のわがままで婚約を解消なんてしたら両親に迷惑がかかってしまう。
それがわかっていたから、婚約者と上手くいっていないことを言えなかった。
だから、今回のことをどこかほっとしている自分がいる。
婚約を解消する理由ができたって。
「エリーナが何かしてるわけないでしょ。こんなに人のこと考えてるのに。まあ、でもこれから風当たりは強くなるかもね。」
「……それは、覚悟してる。」
ルーナの言葉に無意識のうちに顔を顰めてしまっていたが、すぐに笑顔を作ってそう言った。
そんな私をルーナは困ったような顔で見ていた。
「私の元婚約者様はたいそうもおモテになるもんね。」
「うーん、それだけじゃないと思うけど。エリーナは自覚ないわけ?」
「自覚って?」
キョトンと首を傾げると、はぁと頭を抑えられてしまった。
かと思えば、バッと肩を掴まれる。
「良い? エリーナの領地は裕福で、おまけに伯爵家。まずこれだけである程度の人は寄ってくるでしょう?」
「うーん、どうだろう。そもそも、私と同じくらいの爵位を持っている人はほとんど婚約してるよ?」
だから次の婚約者探しは大変なのだ。
私は一人っ子だから私と結婚する人は必然的に伯爵家を継ぐことになる。
つまり下手な相手は選べないと言うのが難点なのだ。
「それは……、そうかもしれないけど! エリーナは可愛いんだよ!?」
「可愛い? どうだろう。家族にしか言われたことないよ。」
恥ずかしながら元婚約者も含めて異性から褒められたことなんてない。
だから可愛いなんて言われてもピンとこなくて、首を傾げた。
「あの婚約者はどこまで……。はっきり言わせてもらうとね、まず目がクリクリして大きくて、鼻が小さい。髪はサラサラで水色の瞳はまるでサファイアみたいだし、肌なんて白くて綺麗だよ。それから、スタイル抜群! ここまで言ったらわかるでしょう!?」
「ありがとう、慰めてくれて。でも、そこまで褒められるとなんか照れるね。」
恥ずかしくて頬に手を当てるとルーナに微笑ましそうに目を細められる。
「まあ、自覚がないならそれでもいいや。……でも、世間様は放っておいてはくれないよ?」
「うん、そうだね。」
婚約者に浮気された人としてしばらくは噂されてしまうだろう。
人のことなんて放っておけば良いのに、失敗したことやスキャンダルに限って誰しも興味が尽きないんだから。
廊下の窓から見上げた空には灰色の雲が広がっていた。
今日は雨が降りそうだな。
これからのことに少し不安を抱きつつも私は教室へと足を向けたのだった。
今日は2話更新させていただきました!
噂は恐ろしいほど回るのが早いですよね。
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