大好物
今日ここにきた目的が図書館ならどんなに良かっただろうか。
お城の前で立ち尽くした私はため息混じりに息を吐いた。
もしくはお父様の忘れ物を届けにきた、とか。
そんなことを考えても、現実が変わることはないとわかっていた。
それでも、豪華な建物を前にして尻込みしてしまう。
貴族のご令嬢としてではなく防犯対策として呼び出された私が派手な格好をできるわけもなく、今日の服装は質素なものだ。
目の前の綺麗は装飾が施された建物と比べるとどうしても見劣りしてしまい、場違い感があった。
……と、そんなのはただの言い訳で本当は荷が重い役割に怖気付いているだけなのだけど。
ここまで来たんだから良い加減覚悟を決めよう。
パチンと軽く頬を叩き、気合いを入れる。
自分で引き受けたことだ。後悔ばっかりもしてられない。
ここ最近に色々なことがあったお陰が、私の心は強くなっていた。
「やあ、スミス嬢。」
一歩を進めると、和かに手を振る殿下に声をかけられた。
いつの間にか表れた殿下。一体いつから見られていたんだろうと少しの焦りを感じながらお辞儀をする。
「おはようございます、殿下。」
「おはよう。今日は良い天気だね。」
ニコリといつも通りの笑顔を浮かべる殿下の心の内を読める気がしないなと思いながらそうですねと無難な返事を返す。
「ところで、先程の動作は儀式か何かかな?」
「いえ、少々気合いを入れようかと……」
やっぱり見られていたんだと恥ずかしさから目を逸らしながら答えと、視界の端で殿下が楽しそうに笑っているのが見えた。
「そうだったんだね。でも、もう少し肩の力を抜いても良いと思うよ。」
クスクスと笑う殿下は年相応に見える。
「出番はないかもしれませんが、王宮に入るってだけで緊張するものなんです!」
「あはは、君はいつだってそうだよね。」
慣れても良いものなのにと独り言のように呟く言葉をスルーして、私は殿下の後ろに控えていたクラーク様に視線を向ける。
「クラーク様もおはようございます。」
「ええ、またお会いしましたね。」
私の言葉に笑顔を作ったクラーク様の言葉はとても自然で、かと言って変に誤解を与えないチョイスだ。流石殿下の側にいる人は違うなと感心する。
殿下の側近ともなればご令嬢方から熱烈なアプローチを受けてもおかしくない。
だから、それに上手く対処できそうな人を選んだのだろうかと考えたところで、ふと思考が別の方向に飛んだ。
「そう言えば、鑑定士の方はいらっしゃらないのですか?」
ここにいるのは殿下とクラーク様だけ。
殿下の言葉から優秀な人材を呼ぶと思っていたのだけどと首を傾げると苦笑された。
「君を紹介したかったから一緒に出迎えに行こうと言ったのだけどね。断られたよ。」
「な、なるほど。そうだったんですね。」
殿下の誘いを断るなんて勇気がある。
小心者の私にはできそうもないと苦笑いを浮かべると、殿下は体を半回転させた。
「ここで立ち話もなんだし、入ろうか。」
「そうですね。」
いよいよだと緊張が走る。
無意識のうちに手に力を入れてしまった私に気づいた殿下は足を止めてこちらに振り返った。
「そうだ。今日は商人が来る前に少し作戦会議でもしようと思っていてね、」
そこで区切って私の瞳と視線を合わせた。
「君が好きなフィナンシェも用意しているよ。」
その言葉に不安が一気に吹き飛んだ。
「本当ですか!?」
食い気味に聞いた私に殿下は愉快そうに笑った。
「うん、たくさんあるから好きなだけ食べたら良いよ。」
「ありがとうございます!今日はなんでもできそうです。」
勢いのままそう言うと、殿下の笑顔が一瞬違うものに変わる。
だけど私がそれに気づくことはなかったのだった。
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