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皇帝の右腕の素顔

 宮殿の南に位置する城門の若い二人の門番たちが、和やかに談話をしている。

 槍を手に携え、あたりを警戒したまま会話をするのは流石と言うべきであろう。

 

「へぇ、高位の方がお通りになる東の門が開くのか」

「そうみたいです!いいな~、いつか俺も東門の門番やってみたいです。御令嬢とお近づきになれるかもしれないじゃないですか!」

「そう言っているうちは当分無理だろうなぁ」


 

 東の門が重々しい音を立てて開く。

 私の背よりはるかに高いその門は鳥籠への入り口であり、皇族の居住の敷居を跨ぐことになる。皇族への謁見は基本許されず、皇族へ軽々しく話しかけることも許されない。皇族に気に入られたら別だが、私は気に入られに来たのではない。むしろ嫌われに来たのだ。

 

 止まった馬車から降りると、いつものラーレンスが出迎えてくれた。


「やぁ、来てくれるなんて嬉しいな」

「しばらくお世話になります。ラーレンス殿下」


 ドレスを持ち上げラーレンスに挨拶をする。ラーレンスの方へ眼をやれば、優しさに満ちた目をしていた。

 ラーレンスの後ろに控える側近や近衛兵は見慣れない私を警戒しているようだ。チアード卿だけは唯一私を知る人物なので、いつも通り凛々しい面持ちで控えている。


 馬車をから荷物を下ろし、帰らせると私が連れてきた従者や騎士たちの滞在できる館と、私が過ごす館へと案内された。

 その間も近衛兵たちはラーレンスが動けば死角を補うように動き、歩幅を合わせ、常に皇子のことだけを考えているのが伺える。

 

「アルメリアが過ごすのは皇子宮の隣にあるこの館だ」


 皇子宮の隣にある同じくらいの大きさの館。白壁に金の装飾が施された壁、屋根は空のような青さ。鳥籠には似つかわしい建物で、日が多く取り入れられるような構造になっている。

 自由には程遠いはずの館に息を呑む。そんな館を目の前にして頭が真っ白になり、勝手に口が動く。

 

「隣でいいの?」


 これは皇子宮の一部では、なんて思ってしまうほど建物の距離が近い。

 

「一緒が良かった?それなら父上に相談してみるけど」

「いや、逆にこんなに近くていいのかなって」


 ラーレンスは面食らったような顔をしてから、全てを包み込むような笑みで微笑んだ。


「君のお父上から言われたんだ。皇宮にアルメリアが来るなら皇子の目の届くところに、とね」

「そんなことをお父様が?」

「侍女や騎士がついているとはいえ、政務官や貴族が多くいるんだ。公爵として、父親として守らなければいけない使命感があるんだろうな」


 強いお父様にもいろいろあるのね、なんて考えているとラーレンスは私の手を取り、館と反対方向へと進んでいく。

 

「さて、どこか行きたいところはある?」

「入るんじゃないの?」

「それはアルメリアが決めて」


 ラーレンスにはきっと、私がまだ皇宮の建物に入る勇気がないことを見透かされている。


「じゃあ、庭園で」


 さわさわと宮殿内の木の葉が揺れ、柔らかな想いがぶつかり合うくすぐったい心を表しているようで不思議と心地よかった。


 庭園に入る時、ラーレンスは側近と近衛兵を待機させた。

 チアードは剣の鍔に手を置き、じっとラーレンスの背中を見つめる。その隣にはブロンドの艶やかな髪を揺らすアルメリアの姿。

 チアードは、アルメリアが大人の女性のようなまだ育ち盛りとはいえ、十分に豊満な身体を持っていることでまた心配事が増えるな、と考えた。

 

「チアード様。あの方はどなたですか。名を伏せていらっしゃったので、どう対応すればよいか」


 少し顔を赤らめた男の近衛兵の一人がそう言う。

 チアードは藍色の目をゆっくりと閉じて、長考する。

 レティシアの顔と、オルベキアの良いところだけを詰め込んだような美しい造形美を誇る顔。先天の儚さと、後天の備えられた気品と強かさ。

 そんな人を小者が目の前にすれば、どうにかして彼女の視界に入りたくなるものだ。近衛兵団でオルベキアに鍛え抜かれたとはいえ、オルベキアとは似ても似つかない彼女の身分なんて誰も想像できないだろう。

 

「あの方は、バルセミオン公爵家の一人娘のアルメリア公爵令嬢だ」


 だからこそ彼女の身分を明らかにしておく必要がある。不用意に誰かがアルメリアに手を触れれば、怒り狂うのは殿下だけではない。

 

「あの鬼隊長の娘さん!?」


 男はさっきとは真逆で青ざめていく。

 近衛兵団に所属している限り、オルベキア・バルセミオンの目から逃れることはできない。彼の厳しい訓練を生き抜いてから、彼の恐ろしいほど人間離れした剣撃を一度受け凌ぐことができたら近衛兵団に所属できる。

 そんな我々にとってオルベキアの名は悪魔の名を聞くようなものだった。

 

「滅多に社交の場に現れることはないから知らないのも無理はない。あと、ここでそう呼ばない方がいい。誰が聞いているかわかりませんよ」


 チアードは剣の鍔から手を離し、両手を後ろに回した。

 男はきょとんと顔を傾げ不思議そうにするが、次第に悪魔の存在に気づき甲冑がカタカタとぶつかる音が聞こえてきた。

 

「……私がなんだって?」


 大きな手が男の肩にドシリとのしかかる。

 男の後ろにいるはずなのに、男より大きく見えるほど広い肩幅。ドスの効いた声に、誰かを守るというより戦場を生き抜いたような厳しい表情の顔。

 男は瞬時に敬礼し、隠しきれない恐怖心が表情に滲み出ていた。

 

「は!オルベキア団長!何もありません!」

「娘についてはあまり皇宮ないで話さないでくれよ」

「もちろんです!」


 男はどこまでも届くような声でそう答えた。チアードもその後ろで敬礼し、小さく頷いた。

 多分自分に向けられた言葉だろう、とチアードは悟ったのだ。


「ふむ……娘の様子を見に来たが、まだ大丈夫なようだな」


 悪魔にもこんな人間じみた表情ができるのかと、チアードが思うほど朗らかな表情を見せるオルベキア。今は皆の上司ではなく、子供の様子を見にきた父親の顔だ。

 

「はい」


 上司の知らない一面を見てしまうのは、なんだか優越感を感じるが、それで今までの訓練の恐怖は帳消しにはできない。

 チアードもオルベキアの厳しい訓練を生き抜いた一人であるが、二度と経験したくない苦い思い出となっていた。鬼のような教官で、悪魔のような上司の私生活は知らない方がいいなとチアードは思った。

 

「庭園に来ているという事実は不安要素ではあるが、あの子が変わろうとしているんだ。何かあったら知らせてくれ、頼むぞ」

「はい」


 そう言うとオルベキアは去っていった。

 娘に会いにきたのでは無かったのか?とチアードは思いながらも、ラーレンスの背中から目を逸らすことはなかった。


 入れ違いで、皇帝の側近が走ってきた。

 チアードは止めようか迷ったが、近衛騎士にも位がある。自分よりも屈曲な男を目で追うだけに留めた。


「皇子、皇子!」

「なんだ」

「皇帝がお呼びです!アルメリア様もご一緒にと!」


 ラーレンスはアルメリアの方を一瞥する。いつもの彼ではありえないような、触れると崩れそうなほどに心配そうな顔で。

 アルメリアは頷き、深呼吸をする。

 

「わかった!準備したら行くと伝えておいてくれ」


 


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