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初めてのパーティー


 眩しい……。

 天井からぶら下がるシャンデリアが淡いオレンジの光を放ち、喧騒の大広間を儚い空間へと誘っている。

 

 今日は私の誕生日パーティー。参加者たちの長い挨拶に対応し、彼らの好機だと言わんばかりに自身の権威を私に示してくる姿が些か眩しく見え、今は人の目を見ることができないでいる。

 せめてもの救いが、椅子に座っていても怒られないことだ。


「アルメリア様、お誕生日おめでとうございます。こちら、私の息子でして、息子がアルメリア様への些細なプレゼントをご用意しておりまして……」

「アルメリア様の最初のダンス、私の息子と踊っていただけないでしょうか」

「アルメリア様の婚約者にと、思っておりまして。仲良くしていただけたら幸いです」


 次々とくる親の必死の売り込み。

 跡取りである息子と、四大公爵家との繋がり欲しさに私に媚びを売る連中ばかり。その息子たちは頬を赤らめて、自分がさも選んでいるかのような顔を見せている。

 隣にはお母様が座っているが、お母様は私の出方を窺っているだけで何もしない。どれだけ相手が無礼なことを言っても怒りもしないのは、今日の主役はお前だから自分で何とかしろと言われているようだった。

 バルセミオン公爵家の一人娘が強くならねば、この家が敵対勢力に飲み込まれてしまう。お母様に助けを求めても無駄、お母様が手助けをしてしまえば一気に食べられてしまう。

 婿になれば一気に四大公爵家の当主になれるんですもの、当たり前よね。

 

 私は元平民、うまく交わす方法はアルメリアになってから身につけたものばかりでうまくいかない。彼らの獲物を狙う視線はまだ怖い。じりじりと刺すような、少し体制を崩せば奈落の底に突き落とされそうな視線。

 

 主役に用意された煌びやかな椅子に座り、平然を装いながら掌に爪が食い込むほど強く手を握る。


 視界が狭まってきて、声が遠くに感じる。ここは家なのに家じゃないみたいで帰りたい。


「アルメリアは俺と踊るよね」


 信じて疑わない、生粋の馬鹿の一言が頭に落ちてきた。

 パッと顔を上げると、そこには朝とは違う着飾ったラーレンスがいた。

 私を取り囲んでいた貴族たちは笑顔を張り付けながら散っていった。それを見てお母様は小さく鼻で笑った。その笑いにラーレンスの肩が跳ねたけれど、私には優しさと呆れが混じったように聞こえて心強かった。


「私……、最初はお父様と踊るって約束したの」


 やっと張りつめていた空気が絆された気がして、大きく息を吸った。

 正直ラーレンスが来てくれて、ほっとした。

 

「ごめんなさいね、殿下。久しぶりの親子の再開、見守っていただけませんか?」


 お母様が割って入った。今強引に誘われたら流れで踊ってしまいそうだし、助かった。

 帝国一と名高い多忙なお父様が帰ってこられるそうなのだ。


「そうでしたか。では、二番目は俺とでいいですよね?」


 ラーレンスは食い下がることなく、そう言った。

 お母様は笑顔のままこちらを見た。

 

「二番なら、いいわよね?」

「……はい。いつになるか分かりませんが構いません」

「いつまでも待たせていただきます」


 ラーレンスはお辞儀をして、この場を去った。


「殿下はアルメリアのことが気に入っているのね」

「困りますね」

「困るの?どうして?」


 お母様が不思議そうにこちらを見る。

 そうか、普通なら王子に気に入られるなんてことありえないものね。


「いえ、誇らしいです」

「そう……。あなたもお友達に挨拶しなくてもいいの?」

「そうですね、行ってまいります」


 私が動けば自然と私に視線が集まる。胸が蜘蛛の巣に絡まったかのように苦しくなる。


「――?!」


 急に手を触られ、声も出せず反射で振り返った。

 

 大人たちは酒にダンス、腹の内の探り合いをする中、子どもたちはパーティーの中のヒエラルキーの頂点に群がっていた。そしてその頂点が私の隣を陣取っていれば、自然と私も取り囲まれてしまう。窮屈でしかたない。


「ラーレンス様!私、ラーレンス様にお近づきになりたくて……」

「ラーレンス殿下!今度の剣闘祭の模擬戦で是非僕と手合わせを!」

「ラーレンス様、私ラーレンス様への想いが……」

「ラーレンス様――」

「ラーレンス様――」


 椅子に座ってばかりもいけないと思って立ち上がったのは良いものの、すぐにラーレンスに捕まってしまった。逃げたいのに逃げられないのは、ラーレンスが私の手を掴んで離さないから。耳打ちで「離して」と言っても無視して彼らにばかりかまける。

 チクチクと令嬢たちの視線が私に注がれているのを露知らず、ラーレンスはニコニコと笑顔で彼女たちを捌いていく。

 でも彼らは可愛いほう。先ほどまでいた大人たちは、ラーレンスに対して政治的価値があるか判断するために嫌味や社会問題を投げかけた。私は火に油を注いだりしないかヒヤヒヤしたが、ものの見事にあっけらかんと返事を返していた。彼の政治的センスは目を見張るものだった。そうしてつまらなくなった大人たちが散ったとたん、次は令嬢たちが群がってきたのだ。

 ラーレンスのおかげで子息たちが来ないのは嬉しいが、これもこれで窮屈だ。


「アルメリア様とはどのようなご関係なのですか?」


 一人の令嬢がラーレンスに聞いた。暗黙の了解で聞いてはならないことになっていたようで、周りの令嬢たちは揃えてギョッとした顔を見せた。


「アルメリア嬢とはまだ友人です」


 ラーレンスは何を言っているのだろう。

 

「まだ、ということはいずれその関係が変わることもあるという認識でよろしいのですか?」

「そうですね。友人じゃなくなってしまう可能性もあります。いつまでも笑って過ごせる日が続くとは限りませんから」


 ラーレンスの何かを見透かしたような笑みに、令嬢は小動物のように縮こまってしまった。ラーレンスの後ろに竜がいるみたい……。

 令嬢の顔がみるみるうちに青くなり、床に座り込んでしまった。腰を抜かしたようなので、衛兵に休憩室まで連れていってもらった。

 

 退屈で窮屈なパーティーから少しでも離れたくて、バルコニーについて来たラーレンスと二人でいる。少し風が冷たく、ずっと外にいると鼻水が出てきそうだ。


「それにしても、オルベキア殿遅いね」

「もうパーティーが終わっちゃう」

「うん」


 終わっちゃう、というよりちらほら人が帰り始めている。

 ラーレンスは暇そうに鳩と遊んでいる。


「あ、飛んでった」


 鳩が羽をはばたかせ、空へと浮上した。月に向かって飛んでいく様子は綺麗で、思わず目で追ってしまった。

 

「構わないよ。鳥は飛ぶものだからね」

「ふーん」

「ここにいらしたんですね、殿下。アルメリア、殿下を連れまわしてはだめよ」

 

 お母様が靴を鳴らしながらこちらへ来た。その靴の音が終わりの鐘のようで、私は柵に駆け寄り馬車で帰っていく人たちの後頭部だけを眺める。こちらを向く顔がないか探すために。


「お父様は来ないのかな」

「アルメリア。冷えるから中に入りなさい」


 お母様が子を諭すような母親の声でそう言った。

 そう言われても、バルコニーから門の方をじっと見るのをやめられなかった。

 あれは世辞だったんだ、お父様なりの祝い文句。

 お母様は私の横にしゃがみ、眉を下げながら私の頭を撫でる。


「アルメリア、お父様はアルメリアのために働いているのよ。今日は私と一緒に寝ましょう?それじゃだめ?」


 確かに肌寒いし、仕事は仕方ない。

 バルコニーに背を向けようとした時、眉を顰めたラーレンスと目があった。

 部屋から漏れる暖かな橙色の光が、ラーレンスの恐ろしく整った目鼻立ちを際立たせる。子どもらしい丸みは有りながら、王たる風格も兼ね備えた鋭い顔立ち。

 その表情は私の気持ちを見透かしているようで、堪らずお母様の方へ視線を移した。その瞬間、後ろから暖かい物がかけられた。

 

「これなら寒くないよね?レティシア殿、俺も一緒に待ちますのでどうかあと少しだけ」


 ラーレンスの外套だった。

 そしてラーレンスの真っ直ぐな瞳がレティシアお母様を捉える。お母様は少し怪訝な顔をしたけれど、すぐに笑って言った。

 

「……わかりました。殿下がそこまで仰るのなら、アルメリアをよろしくお願いします。ただし、次の時計の鐘が鳴るまでと約束してください。アルメリアの母として、過ごす時間もくださいな」

 

 お母様は二の腕を摩りながら戻っていった。

 お母様もお父様が帰ってこなくて寂しいのかな。悪いことをしてしまったかな、怒ってるかな。そんなことを考えながら柵にしがみついて外を眺め続けた。パートナーと帰路に就く参加者たちを眺め、こちらに向かってくる者がいればお父様かと胸を躍らせたが、使用人たちばかりだった。

 

 誰もいなくなった門の方を見ていると、静寂を切り裂く鐘の音が空に響いた。


「アルメリア、レティシア殿との約束の時間だ。戻ろう」

「来るって言ったのに……。うそつき」 


 自然と眉に力が入る。

 

「思ってもないこと言わないで、アルメリア。嘘ついて自分に傷をつけないで」

「じゃあこの気持ちはどうすればいいの?」


 所詮は二度死んだだけの大人ぶった子ども。気持ちの整理の仕方が一番よくわからない。

 

「会いに行けばいいじゃないか。別にアルメリアはここに囚われているわけじゃないでしょ?」


 囚われてはいないけど、人間はいつ死ぬかわからない。私が事故で死んだり、毒殺されたりするかもしれない。まぁ、誰も日常でそんなことは考えたりしないのだろうけど。

 

「…………我慢する。何でもない日に踊ればいいの、家族なんだから」


 そう、お父様は強いから殺されたりしない。絶対に帰ってきてくれる。

 

「そっか。じゃあ、アルメリアが戻ったら俺は帰ることにするね。お誕生日おめでとう」


 ラーレンスは自然に私の手を握り、部屋の中へと促す。 

 ラーレンスの手が冷たい。ハッとしてラーレンスの後頭部を見る。耳が少し赤くなっている。

 私が彼の外套を着ていたから、寒さを我慢していたの?


「……ラーレンス、あ、たたかかった」


 外套をラーレンスに返そうと襟を掴むと、冷えた手が私の手を覆った。

 冷たいのに暖かく感じるラーレンスの手。


 なんだか嫌だ、乱さないで。

 

「うん、それならよかった。部屋まで送るね」


 ラーレンスは私の肩を抱きよせたが、私は拒絶するように突き放した。

 

「いい。一人で戻れるし、私が送る」

「そしたら帰りに冷えてしまうよ」

「……」

「それに今日の主役はアルメリアなんだ。俺にできることをさせて」

「…………」


 目から雫がポロッと零れ落ちた。

 

「アルメリア?」

 

 涙が自然と出てきて止まらない。なんでだろう、彼を思い出すから?

 

 記憶の中の彼は言う。


『フェイ、俺にできることは何でもしてやるよ。愛するお前のためならな』


 

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