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生まれ変わったレディ


 朝日が望む公爵邸の一角。


「アルメリア様、本日の洋服はどうなさいますか?」

「これ」


 私は宝飾で飾られたドレスに紛れた、一着の質素なドレスを指差す。その指先は幼さを表すかのように丸々としている。


「本当にこれで良いのですか?」

「なにか言いたいことでもあるの?リリー」


 専属の侍女———リリーが納得のいかない顔をしてこちらを覗き込む。


 大方、年齢にそぐわない、落ち着いたものばかり選ぶ私を面白くないと感じているのだろう。


 見た目は七、八歳の幼女。しかし中身は死を二度経験した人間なのだ。まぁ、両方の年齢を足しても二十歳には足りないが、三度目の人生というのもあって落ち着いたものを好む様になっていた。


「もっとこう、可愛らしいものをお選びいただきたいなぁ、なんて……」


 主人の選択に口を出すなんていい度胸、なんて思ったけれど、普通なら可愛らしいフリフリ素材のレースや装飾が華美なやつを選ぶのよね。


「そうね、たまにはこういうのも悪くないかも」


 淡い桃色のドレス。白のレースを基調としたふわふわな愛らしいイメージのドレスを鏡の前で自分に当てる。子どもが好きそうなリボンやお花の装飾が肩や腕、腰回りに沢山装飾されている。


 後ろにいるリリーの顔をふと見ると、今にも泣きそうな顔で喜びに溢れていた。声を荒げそうなのを我慢する為に両手を口に当て、必死に息を呑んでいる姿は彼女の陽気さの表れだろう。


 鏡に目線を戻せば、自身の美しいブロンドの髪にエメラルドのように輝かしく丸っとした目。


 汚い路地なんて知らない、アルメリア・バルセミオン公爵令嬢。


 この姿が自分だなんてまるで想像ができない。


「お嬢様にはそのようなドレスが一番似合いますよ!」


 リリーが私の肩に両手を置き、前かがみになって顔を見ながらそう言った。

 

 以前の人生では考えられないほどの高級な生地。

 侍女の一生の給金で買えるかどうか怪しいほど高貴なドレスに慄きながら、自分が今はそれに相応しい地位にいることを自覚させられるから嫌い。だから基本的にこのような物は着ないし、着たくないけれど、年相応を演じる為には最適なのかもしれない。


「ありがとう。リリーは正直で助かる」

「あったりまえです!本日はお嬢様の誕生日ですから、主人公が着飾らなくてどうするんですか!」

「誕生日、ね」


 本当の誕生日はいつなの?なんて野暮なことは覚えていない。


 死んだ日なら、覚えているけど。


 一度目は母親に「産まなければよかった」と言われて路地に捨てられた妾の子。雨の降る日、空腹と寂しさに塗れて死んだ。

 二度目は平民のフェイとして暖かい貧困家庭に生まれた。妹の学費のために城に出稼ぎをしている間に家族が殺され、自分は城から出ることを許さなかった王子の目の前で自決。今度も一人置いていかれ、寂しさのどん底にいた時に死んだ。


 二度の人生を経験して、もう寂しさを感じることのない、乱されることのない人生を送ろうと決心した。だから、三度目の人生では記憶を隠して、人生の流れに乗って生きることを決めたのだ。


「アルメリア様は四大公爵家の一つ、バルセミオン公爵家の姫様なのですからどんなに着飾っても文句は言われませんよ!」


 そしてフェイとして死んでから、次に目が覚めたら公爵家の令嬢に生まれ変わっていた。


 バルセミオン公爵。

 このフィードルド帝国を支える四柱の一柱であるバルセミオン公爵家は、軍事面でこの王国を支えている。


「そういえば、お父様は帰ってこられるの……?」

「それは……わからないんです。お仕事が片付いたら向かうと報せが先日届いていましたけど、確認いたしますね」

「大丈夫。お父様は、それでいいの」

「あはは、旦那様は少し働きすぎだとは思いますけどね」

「仕方ないよ。国王の右腕なんだから」


 父はオルベキア・バルセミオン公爵。帝国一の騎士で近衛兵団団長。実質は軍部の長である。

 今は皇帝の側近として王城に住んでいるのでこの公爵邸にはたまにしか帰ってきていない。あまり会ったことがないから、顔がぼんやりとしか浮かんでこないのよね。声もなんとなく思い出せるような、思い出せないような感じ。

 

 その代わり母、レティシアお母様の顔、声から匂いまですぐに思い出せる。お母様は私を乳母に任せっきりにはせずに、しっかりと母子としての愛情を注いでくれた。少しくすぐったい気分になりながらも、やり直している感じがして心地が良かった。


「アルメリア様。いつもですが、今日は一段と美しいですよ」

「ありがとう」

「はわぁ」


 リリーの顔のパーツが今にも落ちてしまいそうなのを、必死に私は持ち上げた。今にも手から零れてしまいそうな顔のパーツを上に引っ張り、リリーの綺麗な顔を戻した。

 そうやってリリーの顔を引っ張っていると、部屋の扉がノックされた。


「失礼します。ラーレンス王子がお見えです。あ、王子!困りますよ!」


 侍従と同時にその足元から素早く、同い年のラーレンス皇子が部屋に入ってきた。

 透き通るような銀髪に、空のように青い瞳を備えた秀麗な皇子。私より精錬された服装を身に纏い、周りを明るくしてしまう柔らかな顔立ち。

 私的には、うるさくて鬱陶しくて、妙に過保護な皇子に少しうんざりしている。


「大好きなアルメリア!お誕生日おめでとう」


 何も持たずして乙女の部屋で両手を大きく広げるラーレンス。リリーはクスクスと子どもの行動を微笑ましく眺めているだけだ。

 頬を紅潮させながらそう叫べば、勘違いしてしまう人がいるからやめてほしいと以前も言ったのだけれど。幸いにも邸宅では、ラーレンスのこのような行動は何度も目撃されているので勘違いする者は少ない。

 

 暫くすると、煌びやかな扉の奥から金属音が聞こえてくる。その数秒後、側近が大荷物を抱えながら部屋に入ってきた。


「チアード!遅いぞ!」

「訪問者は本来は呼ばれるまで控室で待っているのが鉄則です。謝り倒す私の身にもなってくださいませ……」


 ラーレンスの側近であるチアード卿は大荷物をゆっくり床に下ろし、ラーレンスを軽く叱った。

 ラーレンスの幼い頃からの側近であり今年で十九歳のチアード卿は、もうこのような状況には慣れている。屈強な彼が頭を下げるのを何度も見てきた。同情してしまうくらい、彼は頭を下げるのが早いのだ。

 きっとここに来るまでにお母様に頭を下げて、亡き公爵家当主の肖像画にすらも頭を下げてきたのでしょうね。

 そんなチアード卿の行動を気にも留めずに、ラーレンスは床に置かれた多くの荷物を漁りだす。

 

「これ、プレゼント」


 ラーレンスは自慢げに鼻下を人差し指で擦りながら、プレゼントを差し出す。

 

「まぁ!アルメリア様にピッタリなネックレスですね!あとこれは指輪に、髪留め!」


 私より先にリリーが喜んだ。

 主人より先に喜ぶのは違う気もするが、私の代わりに喜んでくれているのでこの皇子の機嫌を損ねずにいられているのだろう。

 このラーレンス皇子はどうやら私に気があるらしい。皇子に気に入れらているというのは今後の人生において最悪の障壁になりかねない。他の女からのやっかみだってあるし、皇子が一つの家に肩入れしているとなればお父様の仕事に差し支えるかもしれない。

 それに、私は皇宮に入ることができない。


「こんな高価なものはいただけません。それに、もったいないです」

「今はそうかもしれないけれど、大人になればアルメリアに似合うと思うんだ」

「まあ!殿下はアルメリア様との将来をすでに見据えているのですね!!」

「うん。俺、アルメリアと結婚したいんだ」


 ラーレンスは太陽のような温かい表情でにっこりと無邪気に笑う。

 そこらへんの女なら泣いて喜ぶだろう。けれど私は喜ばない。私の平穏のために、皇子には私から離れてもらわなければならないのだ。


「なりません。これからも」

「アルメリア様……」


 リリーが残念そうに呟く。リリーとしては、公爵家にずっといられない私を好きでいてくれるラーレンスの元に出したいのだろう。けれど私は、平穏のために貴族としてあたりまえの人生を送ると決めたのだ。

 皇后なんて平穏から一番遠くかけ離れた存在。政治の争いに関わりたくないし、仕事なんてしたくない。どこかの辺境の地でゆっくり過ごしたい。

 

「ラーレンス皇子、まだ支度が整っていませんので出て行って下さい」

「ほら殿下、行きますよ。まずはレティシア様へのご挨拶です」


 チアードに諭されながら部屋の外へと連れだされるラーレンス。

 名残惜しそうにこちらを見つめて、柔らかく笑いながら手を振るラーレンスが視界から消えた。

 

「よく飽きないよね、あの皇子」

「アルメリア様を毎日見ても飽きるなんてことありませんから、私はラーレンス皇子のお気持ちがよくわかります」


 リリーは誇らしげに鼻を鳴らす。

 

「普通は主人の味方をするところでしょ」

「アルメリア様は私に嘘をつけと仰るのですか?主人に嘘をつくほうが忠誠心がありませんよ!」

「ふふっ、そうね」 

「はわぁ」


 リリーの顔が今度は顔から離れていきそうになっていた。必死に顔のパーツを繋ぎ留め、本来あるべき場所へと戻した。

 

「ちょっと、だらしない」

「ふふふ、すみません」


 リリーが目を細めて静かに笑いながら、私の髪を梳かし始めた。そのタイミングでどこかで待機していた侍女たちも化粧の準備や、髪飾りなどの準備を始めた。

 この至れり尽くせりな着替えにはまだ慣れていなかった。


 ドレスや髪型のセットを終えて疲れ切った私は椅子と一体化していた。


「ふぅ、疲れる」

「お疲れ様です、お綺麗ですよ。さすが皇帝が唸るほどの美しさ!」


 ガッツポーズを空に向かってするリリーはバルコニーでそう叫んだ。

 

「やめてよ、世辞を真に受けるなんて恥ずかしいわ」


 以前、皇帝に両親と謁見したときに言われた世辞だった。父とリリーはその言葉を真に受け、公爵邸だけでなく社交の場でも言いふらしていた。

 まったくもって恥ずかしい。皇帝ともあろうお方が一人の娘にそんな言葉をかけるのもおかしいし、父とリリーも大概なのだ。

 

「ふふっ、可愛らしいですね」 

「思っていなくても言葉は言えてしまうの。そこに真実なんてないわ」

「あら、私のアルメリア様への愛は伝わっていませんか?なら、行動で示させていただきます!!!」

「や、やめ!!」


 リリーが口をすぼめながら顔を近づけ、私の頬に愛の印を落とそうとする。荒い鼻息が頬を霞める。

 リリーがどれだけ私に忠義を尽くしているかなんて日頃の行動でわかっている。あまり会わない人に褒められても心の中は分からないということを伝えたかったのに……。

 なんとかリリーの口づけを回避し一息ついていると、盛り上がりが鎮まったリリーは真面目な声色で呟いた。

 

「真っすぐなお方ですよ、殿下は」


 真っすぐな瞳が鏡のように私を映す。

 

「なんでラーレンスが出てくるの」

「私とラーレンス殿下は気持ちは違えど同じということですよ」

「……真っすぐすぎて疲れるの。もう少し落ち着いてくれてもいいのに」


 自分にはない物を持っているラーレンスが少し憎い。


「ふふっ、落ち着いていれば拒まないのに、って聞こえますよ」

「ちがうし……」


 あの馬鹿王子みたいに真っすぐで、信じたものを疑いもしない、どこかの誰かに似ているから憎いのかしら。

 

新作です。

あまり細かく設定を決めていないので、投稿頻度は高くないと思いますが頑張って完結させます。応援よろしくお願いします。

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