ミッドナイトエンジェル
薄汚れた古アパート。
階段を上がるたび、軋む音が耳に障る。
エリスは、ぼろぼろの靴を脱ぎながら、かすれた声で言った。
「……ただいまー。」
居間のソファでは、母ステラがスマホをいじりながら、
こちらも見ずに気の抜けた声を返した。
「……あぁ、おかえり~。」
その向かいの床に、だらしなく横たわっていたのは姉ルーシアだった。
ミニスカートにダボっとしたパーカー、髪は派手なブリーチ。
スマホを耳に挟みながら、咥えたガムをくちゃくちゃ噛み、
片手をひらひら振りながら、軽く言った。
「アンタまだ学校行ってんの? マジ、ウケるんだけど~。
早く働いたら? つか、こっちの世界のほうがラクだしー。」
エリスは、乱雑に積まれた靴や、ゴミだらけの玄関を見下ろしながら、
小さく息をついた。
「……私、まだ卒業してないし。」
「ハァ? なにそれ意味あんの? どーせ働くとこなんてないっしょ。
バカみたいに通って、金と時間ムダじゃね?」
ルーシアは鼻で笑い、スマホでまた誰かにメッセージを送り始めた。
ソファの上のステラも、面倒くさそうに口を挟む。
「アンタ、どうせ卒業したって変わんないって。
就職先もないのに、授業料のムダじゃん。
ねえ、ベン?」
無言のまま、リビングの隅でスマホをいじっていた父ベンが、
一度だけ、ちらりと顔を上げ──何も言わず、また視線を落とした。
家の中は、湿った沈黙と、電子音だけが響いていた。
エリスは、ぎゅっとスクールバッグを抱きしめながら、
うつむいた。
(──私、なんのために生きてるんだろう……)
心の奥底で、そんな声が、かすかに響いた。
””
エリスは靴を揃え、湿った空気の中をゆっくりと居間に向かった。
そのとき──
「──あっ」
姉ルーシアがソファから立ち上がる拍子に、
ポケットから小さな銀色の袋が床に滑り落ちた。
ぺたん、と音を立てて、エリスの足元に転がる。
コンドームだった。
ルーシアは気まずそうに笑いながら、サッと拾い上げた。
「……あー、気にしないで? 大人はイロイロあんのよ。」
肩をすくめて、またスマホに夢中になる。
エリスは何も言えず、その場に立ち尽くした。
胸の奥に、ひどく冷たいものが、じわじわと広がっていく。
(──このまま、何も変わらなかったら)
(──私も、姉さんみたいになるんだ)
未来が、黒く染まっていくのがわかった。
学校に行ったところで、何も報われない。
家に戻れば、絶望しかない。
働こうにも、行き場なんてどこにもない。
ここには、何もない。
ゆっくりと、心の中に、死んだような静けさが広がっていった。
「──あたし、なんで生きてるんだろ……」
誰にも聞こえないほど小さな声で、エリスはつぶやいた。
母も姉も、父も、誰もこちらを見なかった。
ただ、ジャンクなスマホの画面にかじりついて、無意味な時間を潰し続けていた。
エリスは、ぎゅっと拳を握りしめた。
そして、誰にも気づかれないまま、家を飛び出した。
外は、夜の闇が静かに広がっていた。
””
エリスは重い足を引きずるように、夜の街を歩いた。
道の両側には、明るすぎるくらい白々と光る無人のコンビニ。
スーパーも、誰もいないのに商品の補充が自動で行われている。
無人のタクシーが、静かに通りを滑っていく。
人の姿はほとんどない。
それなのに、街だけはざわざわと生きている。
(──全部、あいつらが壊したんだ)
胸の中に、怒りと、哀しみと、どうしようもない無力感がぐちゃぐちゃに渦巻く。
(前は違った。ちゃんと人がいて……
スーパーではおばさんたちがレジを打って、
タクシーには運転手さんが笑って乗せてくれて、
──あれが、普通だったのに)
エリスは小さく息を詰めた。
気づけば、足はあるビルの前にたどり着いていた。
かつて、にぎやかなオフィスが入っていたビル。
今は無人で、誰も使っていない廃墟のような建物。
エリスは迷わず、扉を押し開けた。
ギィィ……と軋む音。
中は埃っぽく、冷たい空気が満ちている。
一歩一歩、コンクリートの階段を踏みしめながら、上へ、上へとのぼっていく。
(もう、疲れた……)
(こんな世界、もう、いらない)
そんな想いを抱えながら──
やがて、最上階のドアを押し開いた。
ひんやりした夜風が吹き抜ける。
夜景は、まるで地上に広がった星空のようだった。
高層ビル群の光の海が、エリスの目にしみる。
その屋上の手すりに──
誰かが、ちょこんと座っていた。
白く、かすかに発光するような姿。
長い髪が、風にそよいでいる。
けれど、不思議と恐ろしくはなかった。
エリスは立ち止まり、ぽつりと声をかけた。
「……あなた、誰?」
夜の静寂に、エリスのか細い声だけが響いた。
白い存在は、ゆっくりと振り向いた。
その顔には、優しくも寂しげな微笑みが浮かんでいた。
白く輝く存在は、やさしく首をかしげた。
「私は──リュミエール。
この世界を見守る、天使よ。
私に、何かご用かしら?」
その声は、まるで深い湖に落ちる一滴の水のように、静かだった。
エリスは、その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に押し込めていた感情が、一気にあふれ出した。
「……神様の使い、なんでしょ!?」
怒りで、震える声。
「だったら……だったら……
あの男を、殺してよ!」
こぶしを握りしめ、叫ぶ。
「世界を壊した、あの……創始者を!
私たちから未来を奪った、あいつを……!
神様の裁きを、下してよ!!」
エリスの目には、怒りと絶望でいっぱいの涙がにじんでいた。
リュミエールは、そんなエリスを静かに見つめた。
まるで、すべてを──エリスの痛みも、怒りも、悲しみも、
最初から知っていたかのような、静かな眼差しで。
やがて、ふわりと微笑み、そっと告げた。
「……分かりました。
今から、罰を与えてきますね」
それだけを言うと、リュミエールはゆっくりと宙へと浮かび上がった。
白い光の羽をひるがえし──
夜の闇の中へ、吸い込まれるように飛び立っていった。
エリスは、ただ呆然とその姿を見送るしかなかった。
胸の中に、まだ怒りの残滓が渦巻きながら。
”””
摩天楼の最上階。
静まり返った、夜のオフィス。
巨大な窓の外には、無数のビルの灯りが広がり、
だが、その煌めきはどこか虚ろだった。
そこは、都市を見下ろす摩天楼の最上階。
白い光を放つ無数のモニター。
世界の脈動を束ねる、神経中枢のような場所。
創始者と権力者は、向かい合っていた。
互いの信念をぶつけ合い、
妥協なき言葉を何度も交わす。
「今を犠牲にしなければ、未来はない。」
「それでも、犠牲を当然とする世界に、未来はない。」
ぶつかり合う正義。
相容れない視点。
そして、どちらも間違っていない。
やがて、権力者は深く息を吐き、
重い足取りで扉へと向かった。
扉に手をかけたその時、
ふと、少年の頃を思い出したかのように微笑む。
「……お互い、昔みたいに、夜通しゲームやって
格闘ゲーでバカやってた時代に戻りたいな……」
それだけを残して、静かに去っていった。
「……時間も人生も不可逆的だ…」
創始者は、独り机に向かっていた。
片手に持ったグラスの水も、ほとんど口をつけられていない。
その背後に、静かな光が降り立った。
「──あなたが、創始者ですね?」
リュミエールの声は、ほとんど風のようだった。
それでも、男はすぐに気づき、ゆっくりと振り返る。
「……ああ、わかっているさ」
彼は、小さく微笑んだ。
「神の使い、か、私に神罰を与えに来たんだろ?」
リュミエールは、真っ直ぐに彼を見つめた。
「あなたを憎む少女がいました。
彼女は、あなたが創った世界で苦しみ、
あなたに罰を与えてほしいと願っています」
静かな声に、創始者は瞳を伏せた。
そして、長い沈黙のあと、ぼそりとつぶやいた。
「……そうか。
あの子も……」
彼の表情には、わずかな痛みがにじんでいた。
リュミエールは、その痛みを静かに見つめる。
「あなたは、彼女を苦しめるために、この世界を作ったのですか?」
問いかける。
創始者は、長く深いため息をついた。
「──違う。」
低く、はっきりと答えた。
「私は……
すべての人に、平等な未来を渡すつもりだった。
貧しさも、不平等も、すべて無くすはずだった……」
わずかに手が震える。
その手は、どれほどの夜を越えてここまできたのだろうか。
「だが、現実は……違った。
救えるはずのものすら、救えずにいる」
顔を上げた創始者の瞳は、血走っていた。
それでも、奥底には、消えない炎が宿っていた。
「それでも、私は止まれない。
この手を汚してでも、進まなければならない。
……誰かがやらなければ、もっと多くが死ぬからだ」
彼は机の上のホログラムを、苦しげに見つめた。
世界の貧困層の分布、失業率、暴動予測──
数字の波が、無慈悲に彼を責め立てる。
リュミエールは、そっと近づき、
まるで壊れ物に触れるかのように、静かに語りかけた。
「……わかっています。
あなたが誰よりも苦しんでいることを。 その苦しみ、それが貴方への罰です」
その言葉に、創始者はかすかに目を細めた。
「彼女に……伝えてください」
彼は、深く息を吸い、言葉を選びながら、
それでも、決して揺るがない声で言った。
「技術の進歩は、止められない。
──まだ、終わっていない。世界は止まらない。
君が歩き出すかぎり、世界は変わる。
ただ信じるだけじゃ足りない。
知れ。学べ。使え。
システムを恐れるな。
AIは噛みつきはしない。
逆に、使い倒せ。
これを乗りこなすことこそ──
君自身を、この世界を救う唯一の道だ。
君の中に、未来を開く鍵がある。」
言葉をすべて吐き出したあと、
創始者はわずかに、微笑んだ。
苦しみと、希望が入り混じった、静かな微笑だった。
リュミエールは、静かにうなずいた。
「……必ず、伝えます」
光に包まれ、彼女はふわりと舞い上がる。
静かな風が吹き抜けるなか、創始者はひとり、窓の外を見つめていた。
都市の喧騒のはるか向こう、どこかでまた、新しい一日が生まれようとしていた。
”””
月光に照らされた、人気のないビルの屋上。
リュミエールは、ふたたびそこに降り立った。
エリスは、ずっとその場に座り込んでいた。
目はどこか虚ろで、夜風に髪を揺らしながら、ただ空を見上げている。
リュミエールは、そっと彼女に近づくと、静かに口を開いた。
「──エリス」
その声に、エリスが顔を上げる。
その瞳には、まだあきらめきれない怒りと悲しみが渦巻いていた。
リュミエールは、静かに微笑み、語りかける。
「あの人は、すでに地獄に落ちるよりも、さらに辛い罰を受けていましたわ」
エリスは、驚いたように目を見開く。
「彼は、自分の手で救おうとした者たちを、逆に苦しめてしまった。
自分が生み出した技術で、多くの人々が職を失い、居場所を失った。
それを、誰よりも深く理解しているのに──
それでも、止まることを許されない」
リュミエールの声は、悲しみを湛えていた。
「誰かが、それをやらなければならなかった。
誰かが、未来を切り拓かなければならなかった。
誰にも理解されず、憎まれ、罵られながらも……
それでも、立ち止まることだけは許されない」
「……」
エリスは、何かを飲み込むように、唇を噛みしめる。
リュミエールは、さらに続けた。
「──彼は、自分の苦しみを隠そうとはしませんでした。
君を傷つけたこと、君の家族を追い詰めたこと、
すべて、心の底で、深く悔やみながら、それでも前へ進んでいました」
月光の中、リュミエールは、まるで祈るように語る。
「その苦悩は、誰にも理解されない。
誰にも癒されない。
それでも、彼は、孤独に歩き続けていました」
エリスの肩が、小刻みに震えた。
涙が、こぼれそうになるのを、必死でこらえている。
リュミエールは、そっとエリスに手を伸ばし、あたたかな光で包み込んだ。
そして、創始者から託された言葉を、
丁寧に、一言一言、心を込めて伝える。
「──まだ、終わっていない。
世界は止まらない。
君が歩き出すかぎり、世界は変わる。
ただ信じるだけじゃ足りない。
知れ。学べ。使え。
システムを恐れるな。
AIは噛みつきはしない。
逆に、使い倒せ。
これを乗りこなすことこそ、
君自身を、この世界を救う唯一の道だ。
君の中に、未来を開く鍵がある。」
その言葉を聞き終えたとき──
エリスは、静かに顔を伏せ、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……わたし、なにも……知らなかった……」
震える声で、かすかにそう呟く。
リュミエールは、何も言わなかった。
ただそっと、彼女の隣に寄り添っていた。
やがて、エリスは顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、その瞳には、確かな光が宿っていた。
「わたし……やる。
わたし、変わる……!」
小さな、けれど確かな宣言だった。
リュミエールは、静かにうなずいた。
そして──
朝焼けの気配が、東の空をほんのり染めはじめた。
エリスは、ふらふらと立ち上がり、
それでも、まっすぐ前を向き、歩き出した。
少女は知らなかった。
彼女のその一歩が、やがてどれほど大きな波となるかを──。
その背中を、リュミエールは、そっと見送っていた。
AIに書かせたら こんなのがでたんですけどぉ……。