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どうでもいい話

ブライトンは生まれつき魔力がなかった。

この国で魔力がないものは、珍しい。

しかし、市井の者はほとんど魔力を使わず生活しているし、普段生きていく上で魔力は差程必要はない。

そう、市井の者ならば。

ブライトンが生まれたコルトレーン家は、騎士を多く輩出する爵位持ちだった。

兄三人は皆魔力量に恵まれ、騎士や魔術師の見習いを目指している。将来有望な自慢の兄たちなのだ。

訓練すれば魔術が誰でも使えると言うことは、それらが悪用されることもあると言うこと。

だから、騎士はもちろん要人の護衛、警備、城や国の要職につくにはある程度の魔力を使いこなせなければいけない。

どんなに魔術の理論を勉強し、学園で上位の成績を保ったとて、実技で失格になってしまえば騎士になるのは夢のまた夢。


それでも。


ある日突然、魔力が芽生えるかもしれない。

どこかで読んだ物語のように、眠っていたり、回路が上手く繋がっていなかったり、某かの呪いにかかっていたためにつかえなかった魔力が些細なきっかけで解放されるかもしれない。

そう信じて、ブライトンは魔術学はもちろん剣術と武道の訓練も欠かさなかった。


周りの大人も兄たちも、そんなブライトンを暖かく見守ってくれた。


きっといい師範になれる。

教員になるなら是非にと、学園長が言っていたぞ。


それは褒め言葉だったのだろうが、ブライトンには城勤めは出来ないと言われたも同然だった。

そう言われるたび、ブライトンは曖昧に笑いながら心の中で、それでも、と叫ぶ。


ほんの少しで良い。

剣に魔力を通すなどとは望まないから、せめて魔道具を一日に一回は発動出来るくらいの魔力が欲しい。


貴族の家に生まれ、衣食住に不自由なく、健康で家族仲も良い。そんな暮らしで、これは贅沢な悩みなのか。


そんな煩悶に終止符を打ったのは、一人の王子だった。


その日もブライトンは一人、学園の寮の裏でトレーニングを行っていた。

そこへやって来たのは、金色の髪が美しい中等部の生徒。

この国の第一王子だった。


「邪魔をしてすまない。そなたのことを聞いて、話をしてみたいとおもった。少し時間をくれるだろうか」


畏まるブライトンに幼さの残るかわいらしい声でカーティスは言った。


「不躾で悪いが、そなたには魔力が無いと聞いた。それは本当か?」


ブライトンは、思ってもみなかった質問に絶望した。

この王子は少し前に、魔力量が高いからと貧民街の子供を連れてきて中等部に編入させたと、話題になっていた。

本人も公言している通り、実力主義者なのだ。

王子本人の魔力量はそれほど多くないようだが、成績は優秀で実技試験も上位と聞く。

そんな人物が、魔力の無い人間が騎士を目指していると知ったらどう思うのだろう。


「仰る通り、俺…私には魔力はありません」


将来、騎士が忠誠を誓うであろう人物にブライトンは静かに告げた。


「水差しからコップに水を移すくらいの労力だと言われた魔道具すら、動かせませんでした」

「騎士を目指していると聞いた」

「騎士は憧れでした。…正直に言えば、用具係でも、警備兵でも良いから、兄たちのように城を守りたかったのです。…いつか魔力が目覚めるかもしれないと思って、鍛練をかかしませんでしたが、…どうやら無理なようです」


カーティスは真剣な顔で聞いてくれた。そこには他の大人たちのように、無理なことを願うブライトンを呆れたり、困ったり、していなかった。

だからだろうか、すんなりと言葉が出てきた。


もうここまでだ。

諦めるときが来たのだろう。


それでも、と叫ぶ心に、言い聞かせる。


本当に城を、この優しい王子を守りたいのなら、自分では力不足なのだ。血のにじむような鍛練では叶えられないのだ、と。


「…職務に貴賤は無いが、騎士のように表に立つことはなく、華やかでないが、魔力を必要としない役がある」

「…?」

「必要なのは甘言に惑わされない高潔な心。そして、高レベルの剣技と武術」

「…それについては自信があります」


しかし、魔力が必要としないとはどう言うことだろう。


「相手の魔力は枷によって封じられているから、魔力でもって対抗する必要はない」

「それは…」

「城の牢の看守が、囚人と取り引きをして逃がしてしまったのだ。もちろん、すぐに捕まえたのだが、看守の枠が一つ空いてしまった。無理にとは言わない。断ったところでそなたが不利益を被ることはないと誓おう」


カーティスは胸に手を当て言った。


「城の地下牢の看守になる気はないか?」

「…なぜ私に?」

「先程の条件をそなたが全て当てはまっているからだ」

「ですが、万が一鍵を奪われて枷を外し、魔術で攻撃されたら私では防げません」


それは、攻撃されるのを恐れたから言ったのではなかった。その時巻き込まれる誰かを守るため、自分が出来ないことをあえて報告した。


「城の偉いがたと同じことを言うな。では問うが、魔力があれば急襲は完全に防げるのか?」

「完全ではないでしょうが、可能性は高いでしょう」

「そもそも、急襲されることが問題だとは?」


教師のような目だった。


「金に目が眩んだ看守は、一人で鍵を持ち出し、誰にも見つからずに囚人を逃がした。俺は、それが可能だったことが一番問題だと思う」

「…」

「今一度鍵の管理方法を含め、看守の勤務形態の見直しを図っているところだ。…他の看守には新人に求めるのは魔力より、実戦に強いものだと言われたのだが」


そこでブライトンは、この王子が実力主義者だと言うことを思い出した。


魔力のない俺を哀れんでいるんじゃなくて、本当に適任だと思っているんだ…。


看守は確かに表舞台には立たない、地味な存在だろう。

だけど、全てを分かった上で必要としてくれた。

それが嬉しかった。


「…はい。私で良ければ、是非とも…」

「もちろん卒業してからで良いし、看守長の審査はあるぞ」


そう言って笑った主の顔をブライトンは一生忘れないだろう。




卒業後、実際に看守になってみてブライトンはカーティスの言葉が正しかったことを身をもって知った。

城の牢に収容される囚人たちは凶悪犯が多く、そのほとんどが脱獄を狙って暴れたが、魔力を封じられているのでどんな大男でもブライトンには敵わなかったのだ。




「…剣術師範でも教師でも、俺はそれなりにしあわせに暮らせたとは思う。でも、やはり心のどこかで、それでもいつか魔力が芽生えたら、と考えていただろう」


ブライトンは目の前に置かれたジョッキをあおる。


「あの方は、そんな思いを消し去ってくれた。俺の恩人なんだ」

「へー、それはよかったなー」


初めて入った酒場で隣の席に座っていた赤毛の男はどうでもよさそうに相づちを打つと、ブライトンの皿のナッツを食べた。


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