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「いい宿がとれたね!」
気分が良くなり思わず声を張り上げる。
海外から来た人用の宿で、評価が高い。サービスが充実しているのだとか。と、この国に来たことのある知り合いに聞いた。
もちろん御者さんの分も僕がお金を出して別の部屋を取ってある。
「トリ様のおかげです」
「ありがとう」
これは本当に僕のおかげだろう。
少し気に入った人には僕の加護をあげて繋がりを持っておくのが癖になっているが、こういう時に役立っていいね。
それに、今日本語を話せるのは僕だけだ。レイも習得しようと頑張っていたが、間に合わなかったらしい。相当難易度の高い言語とみえる。
つまり、会話は僕が担当している。
「マグロの解体ショーがありますよー」
従業員の女性だろうか?大きい声がロビーに響く。
「なんだって?」
マグロ?本を開く。ツナのことか。大きい魚なんだ?それの解体か、迫力ありそうだな。なんで宿でそんなことをしているのか分からないけど、僕のためにあるようなイベントだ。行かなくては。
▫
「あれが噂のカタナですか?」
「いや、包丁の一種らしい。あんなに長くて折れないのかな」
アビーが聞いてきたので、僕も本を見て答える。
マグロの解体ショーの準備を眺める。
「その本日本語ですか?全く読めません。俺も勉強したのに……」
レイがしょんぼりしながらそう言ってくる。
言われてみれば確かに日本語で書かれている。あまり他国に門を開いていない国だ、自国の本でないと載っていないことも多いだろう。
崩して書いているな、これは確かに難しいだろう。ロシア語も似たような理由で難しいんだよな。
「刀も気になるよね。あんなに脆い構造で、だからこそ切れ味がすごいなんてこう、浪漫があっていいよ」
しかも細身だし。防御力を極限まで落としている。こっちで見るような大きい両手剣は防御も兼ねているから大きいのだ。もちろん当たる面積と打撃力を上げるためでもある。筋力が高い人間が大きい武器を持てばそりゃ強い。
最近流行りのレイピアを思い出すな。あれも攻撃性に振っている武器だ。いくら鎧を着ているとはいえあれは危ないだろうと、否定意見も多いんだよな。
「使いこなせれば防御もできるみたいですよ!カタナ使いの知り合いって人に聞きました!」
え?……いや、それはさすがに有り得ないだろう。レイピアなら受け流すこともできるらしいが、刀はそれ以上に繊細そうだ。どうやっても砕ける。もし防御をするとしたらすごく繊細な作業が必要だろうし、そこまでするなら幅の広い両手剣を使った方がいいだろ。
アンジーもその人に適当なことを言われたんだな、きっと。
「そうなんだね」
解体ショーが始まる。意識をそちらに向ける。
……書いてあるより大きいな。
それを包丁で見事に切り分けていく。
「すごいな……」
「こちらは夕食で提供させていただきますー」
「!?」
▫
「本当にいい宿だね!」
マグロ、おいしいかと言われるとよく分からないけど、さっき解体したものを食べられるなんて素晴らしい。この宿を紹介してくれた彼にはしっかりお礼を言っておかなくては。
「そういえばアンジーはどこに?」
「カタナを見に行って来ると言って出かけて行きました。明日俺も見に行くって言ったのに……」
アンジーが武器に執着するなんて珍しい気がする。武器を集めるよう頼んでおいたレイについていくことはほとんどない。
芸術品も出てくるようなオークションにはよく行くみたいだけど。
「これを食べないなんてもったいないな」
「魚の生食なんて滅多に食べられませんからね。しかしすごいな、寄生虫全くいませんよ」
マグロの刺身をじっくり見ながらレイが言う。
寄生虫を上手く取り除いて切っているのだろう。確かに見当たらない。そこまでして生で魚を食べる執念に乾杯である。この辺りは肉食が禁じられているんだったか、それが理由かな。
「刀かぁ。1個くらいは欲しいけど」
正直僕に使いこなせる気はしない。僕は武器のために戦うのではなく、戦うために武器が必要なのだから。




