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「ほら、殺し合いなんてしなくて正解だったろ?」
眠くなってきた思考に活を入れつつ、適当にそんなことを言った。
「もう私は何を言ったらいいか分からない。分かるのは、ゼンの祝福もリズの祝福もセディスの祝福も、人を変えるってことだけ」
そうか、アビーなら祝福がかかっていることにも気づけるか。じゃあ冷静に観察すれば僕が神族であるということもすぐ分かるだろう。本当に僕のことを信頼してくれていたんだな。
「ゼンはより悪魔らしく、リズはより人間らしく、セディスはより神らしく?じゃあ私は……」
「欲深い精霊らしくって?」
言ってしまう。
ああ、僕は思ってもこういうことは言わなかったのに。完全に失言だ。これも怠惰のせいだろうか。
「なんだ、動揺していないじゃないか」
向けたナイフを上手くいなされて、ヒビが入る。
どうやら冷静になったらしい。
「はあ、陰湿な戦い方は変わらなくて安心する」
「……」
僕は弱いのでこういう戦い方しかできないのだ。会話をしながら隙を窺い続けるのも僕の戦法のひとつだが、アビーはそれに乗ってくれているらしい。前なら優しいなと思っていたところだが、これは……。
「そろそろ面白いことしてくれないと僕寝ちゃうよ?不戦勝なんてアビーも嫌だろ?」
「“燃やし尽くせ”」
よしよし、スパンがあるタイプの魔法を使ってくれた。広範囲高火力の魔法だ。これを狙って今までちょこまかと動いていたのだ。
アビーのところまで距離を切断し、もう一方のブレスレットを破壊する。
当然蹴りが飛んでくるが避ける。
これでアビーのアクセサリーはあと2個か。
僕のナイフはあと8個あるので有利な状況と言えるだろう。
「面白いことって言われてもセディスが何を好きなのか知らない。教えてくれなかった」
「それは……そうだね」
確かにその通りだ。
言い返せないな、これは。
「僕は生きている者が好きだよ、死んでいる者も好きだけどね」
「……謎かけ?」
「いいや、そのままだ」
「なるほど。“召喚”」
魔物が次々と、即座に転写された魔法陣から出現する。僕の理解がしっかりできているじゃないか。
人面が9つある蛇や角の生えた豹などがいる。それらの名前はすぐには分からない。
本を取り出して今すぐに調べたい衝動に駆られる。おそらくはこの辺りで見られる怪異なのだろう。ヨーロッパの方では見られない姿かたちをしている。
「いいね、いいじゃないか。最高だな」
とりあえず全て刺殺していく。ああ、メインになっている獣と同じ位置に急所はあるんだな、やりやすくて助かる。
「ありがとう」
ナイフを1本投げる。お礼のつもりだ。
「わ、……ありがとう。あれ?これでナイフは5本……待て、……。…………」
ようやく気がついたらしく、アビーは表情を複雑に変え、顔を強ばらせる。
それを横目に見ながら、僕は魔物の死体を解析し、目に焼き付けた。召喚された魔物なので、しばらくすると消えるだろう。解剖する時間は無い。
「ああ、もう!」
無詠唱で燃やしに来る。すごいな、職人技だ。感動するほど美しい魔術起動式を見つつ、後ろに下がる。アビーが見当たらない。
「うりゃ!」
上か!
アビーが上から降ってくる。
どうやらさっきのは目くらましの魔法だったらしい。それを知らせないための無詠唱か。相変わらずアビーは器用で賢くてすごいな。万能とは彼女のための言葉だと思う。要領の悪さと反射神経の悪さ、それから察しの悪さが欠点だけど、それすら力に変えている気がする。
僕が神族だとあたりをつけて、きちんと認識阻害では無い物理的な魔法で目くらましを狙っているようだ。まんまとひっかかった。
首元に引っ掛けていたナイフ2つ壊された。これで僕のナイフはあと6本だ。そろそろまずいか。
「はあ!ちょっとスッキリした!なんなのもう!」
「僕は弱いからさ、許してくれるだろ?」
「馬鹿!本当に馬鹿!!」
目を見開いて怒るアビーは正直かなり魅力的な女性に見える。もっとからかいたくなるが、咳払いをして微笑むに留めた。
そのままもう片方のイヤリングを狙……噛み付いてきた。ナイフにヒビが入る。これはさっきのイヤリングじゃないな。
「あなたの真似をしてみた」
そのままもう一本のナイフを壊される。
なるほど、イヤリングをすげ替えたのか。どのタイミングだろう。なんにしろ僕の真似をしようと思ってこれができるのがアビーのすごさだろう。相変わらず器用だなと感心する。
「これで2対4」
「さすがだね、アビー」
「そんなこと言ってる場合?」
……さっきから気がついてはいた。魔物を召喚した時にいっしょに運ばれてきた土がどんどん増えているということに。しかもその速度はどんどん上がっている。累乗して増加しているらしい。
「息壌って言うらしい。少しだけもらった。生きているらしいけど、どう?セディスならこれも殺せる?」
土の急所ってどこだろうね……。解剖もできる気がしない。どういう仕組みで動いているのか興味は湧くが、これは僕の領分では無さそうだ。
「“行け”」
土が僕に向かってくる。
召喚魔法の魔法陣って使役するためのものだもんな。当たり前か。
増え続ける土に対処する術は今の僕には無い。ナイフだけだとさすがに無理だ。大剣あたりが欲しかったなぁ。
とりあえずここにいないということにしようと僕の位置関係を切って移動する。増え続ける土のせいで座標を間違えたため、右腕に入れておいたナイフを2個破損した。
とりあえずアビーの後ろに行くか。そこまでは土も来ないだろう。彼女まで巻き込まれかねない。
「ほい」
ナイフを1本投げ、それを破壊しようとするアビーを横目に腰元に入ったイヤリングを服を破って手に入れる。破壊した。
「乙女の服を破るなんて野蛮な人だとは思わなかった」
そう言いながら、アビーが笑う。いかにも僕が言いそうな言い回しだな。本当に僕の真似をするつもりらしい。
そのままアビーは僕が手に持つ最後のナイフに手をかけようとして、
「“剣”」
僕は手に持った“剣”でアビーのネックレスを破壊した。




