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「私なんて全然強くない!」
正直興味は無いが、彼女にとっては大事なことなのだろう。声を荒らげる。
それを尊重すべきかは僕には分かりかねる。僕の妹だったら分かるのかな。初めて妹に助言を求めたくなった。
「僕に挑む理由がさっぱりなんだけど……」
「私はアレックスにもリーザにもお願いしたんだけど、すげなく断られてしまった。アレックスの反省を活かして、リーザの時は人質を取ってみたけどダメだった」
人質取ったの二回目かよ。
ゼンに頼んだのは分かる。強いしね。いや、本当にゼンの時は人質取らなくて良かったよ。大惨事になるところだった。下手したら憤怒が上限を超えてゼンの身体がマモンに乗っ取られてたまである。
リズに人質作戦が効かないのはそりゃそうだろうな。僕達と旅をしていた時は人間らしい振りをしていたけど、基本的に情とは無縁な女だしね。そこがいいところだ。
「マイクとアルはどこにいるか分からないし、ティフは女王だしって?なるほどね」
それで僕を狙ったわけか。わざわざ僕とレイの関係を調べていたのもそれが理由だろう。
しかしどこから漏れたんだ?……もしかしてお隣さんだろうか、それは嫌だなあ。いい人だと思いたい。
「悩むなぁ。別にアンジーをここで見捨てても、彼女なら自力でどうにかできるだろう。僕は旅の同行者に、僕を守れる護衛を選んでいるから当たり前だけどね?」
とりあえず、アンジーは僕の護衛であって人質足り得ませんよ、と言ってみたがどうだろうか。そもそも護衛ですらないので、実の所さらに人質としての意味は薄くなるのだが。
「じゃあなんでここまで来たの?」
そうなるよなぁ。
「アビーが僕に何を期待しているのか気になったのさ」
「……」
アビーがいつも少し眠たそうに細めていた目を見開く。……目をしっかり開くと、少し不気味でそれが良いアクセントになっていて、初めて彼女が魅力的に見えた。
「……優しいってそういうこと」
何かを呟いたが、聞き取ることはできなかった。
「別に戦ってもいいよ、僕は戦士じゃないから勝ち負けにはこだわらない。ああ、でもそうだ。僕が勝ったら君を解剖する権利をくれないか」
▫
闘技場の中は、それこそ戦いやすいように広いスペースが設けられていた。
「“剣”」
剣を取り出そうとして……取り出せない。
これは、切断する領域で何かに阻まれている?
「何度も見た、対策はしてる」
紫色の左目を輝かせている。よく観察すると、確かに何らかの魔法が使われたようだ。
これを防がれると、僕の戦士としての強みはほぼ消える。
「困ったなぁ」
近くで立っているレイに目配せをする。ナイフが入ったホルダーを投げてくれる。
ちょうど膝の上に落ちてきた、さすがレイ。
「そういえば勝利条件を決めていなかったね」
ナイフを取りだし、見せつけるようにクルクル回しながらそう言う。アビーはあんまり要領が良くないのでこういうのは苦手そうだし、煽りにちょうどいい。
練習していればできるだろうけどね、彼女はなかなか器用だから。
「……相手が死んだら勝ちっていうのはどう?」
怒ってる怒ってる。どうやら僕の予想は正しかったらしい。気分が良くなって微笑む。
「それは少し僕に有利すぎる。もう少し対等に戦える条件にしよう、例えばそうだな……君のそこの装飾、イヤリングとブレスレット、ネックレス計5つを全て破壊できたら僕の勝ち。僕が身につけているナイフを全て破壊できたらアビーの勝ち。なんてどうかな?」
と、それでもきっと僕の方が有利であろう条件を提示する。アビーの装飾は全部で5箇所だが、僕の手持ちのナイフは12本ある。そしてアビーはそれを知らない。
僕の方が明らかに弱いので許して欲しい。ハンデってことでさ。
「……いいよ」
そうアビーが言ってくれるので、僕もやる気をなんとか引っ張り出して、ナイフを構える。
そうだ、車椅子から立たないといけないな。
「レイ、車椅子を頼むよ」
そう言ってレイが近づいてきたところで、アビーが攻撃をしかけてくる。おいおい、勝つためなら本当に手段を選ばないらしい。
そのままホルダーを壊される。
「これで私の勝、ち?」
勝利を確信した顔が困惑で歪む。そりゃあそうだろう。そこにはナイフは1本もなかったのだから。
「これは見たことなかったかな?」
答えの分かりきった問いをしながら笑いかけつつ、僕は右手に持った1本のナイフと左手の指の間に挟んだ4本のナイフを見せつけた。




