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「着いたぞ」
レイはすっかり眠っていた。起こすのも忍びない。
ティフが僕の方を窺う。
「私はレイと話していたわけだがな。あの少年はなかなか普通ではないな」
そう言った。それはそうだろう。レイは特別だ。父親が人間ではないし何より僕が庇護している。
「そう、お前が大切にしていること自体が“普通では無い”」
「……どういうことだい?」
「お前は自身のことをいたって普通で貞淑で品のあるしかし気弱なやつだと思っているのかもしれないが……実際それはある側面から見れば正しいが……相当性格は悪いぞ?陰湿で腹黒、皮肉げで用意周到。しかも好き嫌いが結構態度に出る」
「……何が言いたい?」
突然苦言を呈されて僕は不機嫌になった。
当たり前だ。僕はティフに友好的に接していたつもりにもかかわらず、こうして攻撃されている。
「私はそこそこ気に入られていると見える。まあお前曰く主観に欠けているそうだが間違ってはいないだろう?自身がどう見られているのか考えるのは私が得意とするところだ」
それはそのはずだ。そこは別に僕だって否定していない。
しかし気に入っているかか。どうだろう、そうなのかもしれない。
「パーティメンバーで1番のお気に入りだったリーザ……彼女ははっきり言って異常だった。私のお気に入りでもあった。見ていると気持ち悪くて楽しかったのだ」
客観視を重視するティフのことだ。知識を活かした推測による補完を除けば主観しか存在しなかったリズはそれはそれは気持ち悪かったことだろう。
それが楽しかったというのは……細かいことは言うまい。
「お前の古い友人だと言うユウに会ったこともあるが、アイツもおかしかったな。リズに少し似ていた。社会性を獲得していたところも近い。……アシュレイは社会性を著しく欠いているが。おそらく自分でなんでもできたから1人で生きていけてしまったのだろうな」
「はあ」
「言語化は難しいが、お前に気に入られているというのは随分と恐ろしいことに思う。気に入られている人数も酷く少ないしな。それだけ長く生きているにもかかわらず言及するのは他にギルド長とお前が懇意にしていたという吟遊詩人くらいのものではないか」
言うほど長くないけどね。獣人からすると長く見えるのだろうか。
恐ろしい、か。ティフにはそう見えるようだ。そしてティフの言うことはかなり参考になる。客観視すると僕はそう見えているということだ。
「だがリーザに対してもたまに会いたいと思う程度なのだろう?お前がアシュレイに施すそれとは比べ物にならない」
「だって彼が僕のお───────」
「それは聞いたし、リーザも言っていた。」
彼女とは会いに行けなかったのではなかったのか?いや、連絡だけ取っていたのか。
「それだけではないはずだ」
「……」
僕の親戚は実はかなりたくさんいる。
微妙な心持ちである。
「僕はさ、僕のことを好きなやつが好きだ。人間は大好き。僕のことをすごくよく思ってくれている。獣人も好きだよ?少し荒っぽいところは良くないけどね。エルフはあんまり好きじゃないな。僕のことを軽視しているし、嫌悪している」
「……何を言っている?」
「僕は……いや、この方がいいか。“解剖”はそれが好きで本気で知りたいと思う人間にたくさんのことを教える。実直で真面目な者には多くの利益を。それが僕だよ。それだけだ、簡単だろ?」
「ああ、納得がいった。確かにそれならアシュレイはお気に入りだろうな」
「あのー……私は起きているんですけど?」
アンディが口を開いた。
▫
「アラビアと言っても広いからね。ゆっくり見て行こう」
「はい!」
レイが好かれやすい場所らしい。きっとそれはいいことだ。レイは友達がいない。この機会に出来るかもしれない。そうなったらその友達に出資して近くに住まわせるのもいいだろう。
そう考えながらほくそ笑んでいるとティフが何やら呆れた顔をしていた。
「レイはセディスと別行動をした方がいい気がするぞッ!」
「え……」
「錬金術に興味があるんだろう?」
「え、そうなの?」
初耳だ。
「えと……その、目が……」
僕が目を見張るとレイはバツが悪そうに目を逸らした。ああ、目か。おそらくヘルメス作成のその目は錬金術と大きく関係がある……のかもしれない。何しろ錬金術の始祖はヘルメスだと言われている。それぞれのヘルメスが同一かは少し審議したいところであるが。
「なるほどね。確かにアラビアは錬金術で有名だ。西洋の方が進んでいるけどね」
「……セディスの西洋好きは筋金入りだなッ!」
「……。否定はしないよ」
錬金術は医学の発展に多大な影響を及ぼした。だから僕は錬金術も結構好きだ。もちろん西洋の錬金術の由来となっているアラビアの錬金術も。
「私はアラビアの錬金術の方が好きですよ?ふざけてて。西洋はしっかりしすぎていて夢がありませんよお」
「おい」
馬車から顔を出していらないことを言ったアンジーをティフが小突いた。
「いやだって偽名とか他人の名前騙るとかそんなんばっかじゃないですか」
「アンジー結構ミーハーだよね」
「それが私が成功している理由ですよー」
どこから出したのか自身が1面に載っている新聞を見せながら手を振る。
「アシュリーのマネージャーに私が着いたらきっと最強だと思うんですよねー。余裕があったらプロデュースさせてくださいよお」
「なんで僕に言うんだい?」
レイに言うべきではないだろうか。レイももう一応成人と呼べるような年なのだし。
「どうだ?」
「嫌だよ」
「ほらあ」




