2-10
「で?お前らは北方の巨人を討伐してきたわけ?」
「ああ、その件で帰ってきたんだよ。倒してないよ。聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
不機嫌そうながらも聞いてくれる姿勢になった。
「君、あの巨人と何か関係あったりする?」
できるだけ落ち着いた声で、極めて紳士的な言動を心がける。
ゼンと会話する時はいつもそうしている。
「俺を疑うのか?」
相変わらずリズがよく言うように、試すような言い方をする。それが悪魔の血がなせる技なのか、僕には分からない。
「いいや、そういうつもりはないよ。心当たりがないならそれでいい。じゃあ戻ろうか」
正直ゼンのことはあまり視界に入れていたくなかった。
見れば分かる、半悪魔の象徴。それを見る度に、僕は彼を解剖したくてたまらなくなるのだ。
歪みそうになる顔をどうにか取り繕う。
どうやら予想以上に僕は怠惰に犯されているらしい。
「……本当にいいの?」
リズが困ったように言う。
小さい声だ。ゼンがいる時の彼女はかなり慎重に振る舞う。それがゼンの怒りに触れるのも少し分かってしまう。
「……お前らはいつもそうだ」
ゼンが珍しく声を荒らげた。
解析。
【憤怒の祝福】。
なるほど、そういうことだ。
「ディストリングマン!お前は誰のことも気にしちゃいない。そう、俺以外。俺と話す時だけお前はいやに気を使い、遠ざける。他の人間と話す時はそこらの蟻を踏んずけるがごとく何も気にしないくせに。まるで俺が手のつけられない爆弾とでも言わんばかりだ!」
「え、あ……?」
顔がひきつるのを自覚する。
少し痛いところを突かれたような気がする。
……しかし蟻と人間の間には知能の差があるし、対応は変えている。彼の物言いは間違っていると言わざるをえない。当たり前だ。
そんなことを考えているとだいぶ落ち着いた。
「エリザベータ。お前はリーダーシップがあり、賢く、そして他人を蹴落すことを何よりも楽しみとしている女だ。でも俺の前だけでは違う。ディストリングマンの後ろに隠れているだけだ。口を開いたと思ってもまるで整えられた石膏のような顔をする。まるで俺が目も当てられない異物だと言わんばかりに!」
「まっ、…いや…なんでもない……」
リズは少し震えながら目を逸らした。
どうやら失敗したと思っているらしい。彼女は自分の失敗に対して狼狽えすぎるところがある。
「うーん。そうだなぁ。つまり君は僕達に特別扱いをするのをやめろといいたいわけだね?」
僕はもういろいろと諦めて、開き直り顔を上にあげて彼を見ないようにしながらそう言った。
取り繕うのはやめだ。
彼の声は結構人間よりだから耐えられる……気がする。
怠惰が効いているので確信は持てない。
「そんなことは言ってない」
「……。難儀な性格してるね君。そうは言うが、君はどこからどう見ても半悪魔だ、普通の人間として見るのは無理だよ」
そう言いながら、レイを覗き見る。
このままだとまずい。そう目で伝えた。
レイは頷いた。彼は僕よりも強い。いざという時は僕を止められるはずだ。
一息おいて、顔を前に向ける。
ついでに前髪を横に流した。
「な……」
「ははは。こうして見るとやはり半悪魔だなぁ。ああ、実に珍しい」
見た目で分かるとは言うが、おそらく見てはっきりと分かるのは僕が神族だからだ。
人間には分からない。きっと彼も分かりきれていない。迷信だと思っている可能性もある。
悪魔は本来見た目では分からない。
皮膚がぼやけて見える。手の長さが不安定に動く。まるでそこにいないみたいに時々重さが消える、ように見える。
全部抽象的で、それでいてはっきりと、でもきっとここでは僕にしか分からない。そんな悪魔の血をひいているものでしか存在しない違いがはっきりと見える。
「『解剖したい』」
口を開く。
今の僕はどんな顔をしているだろうか。
存外無表情かもしれないな、と思った。
とりあえず相手は半悪魔なのだから、僕の目で死にはしないだろう。
「『解剖したい解剖したい解剖したい解剖したい解剖したい解剖したい』ああ、僕は君のことを解剖してバラして眺めて解明したいんだ。シンプルで分かりやすいだろ?これが僕の本音だよ、アレキサンダー」
そう言いながらナイフを取り出す。
ああ、今の僕は実に怠惰だ。
取り繕うことをやめて、人間のような言動をやめ、目線をあわすこともなく、まるであり方そのものになってしまったかのようで───────。
僕は解剖そのものだ。何もしなくなったらそれはもう。
「お前やっぱり俺のことをよく思っていなかったんだな」
何かを言っている気がするが、聞く余裕がない。余裕?はは、ただ面倒くさいだけだ。バカバカしい。
そうだ、面倒といえばこの車椅子もだ。なぜ僕は座っているのか。
どうでもいい、そんなことはどうでも。
今重要なのは僕がひどく興味がひかれる存在がそこにいるということ。
立つ。
「安心してほしい。君は半悪魔だから少し開いたくらいじゃ死なないよ」
話すのも面倒になってきた。
もういいか。別に。
わざわざしていた瞬きも、呼吸もやめた。最初から僕には必要のないものだ。
ナイフを腹に突き刺す。刺さっていない。
「は」




