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「それはなんというか盲点だったな……」
「でもありえそうな話ね……」
2人で嘆息した。
確かに彼女から直接言われたことはない。
アルフヘイムを守りたいという意思表明も常にエルフとして、と文言がついていた。つまり、アルフヘイム出身じゃないエルフでも通るのだ。自分のルーツになっている場所を守りたい、という言い回しにも聞こえる。
「え、じゃああのオッドアイは人と交配したエルフに偽装していたってこと?」
「そんなふうには見えなかったけど……私も魔法の専門家ってわけじゃないから分からないわね」
レイが真剣な表情で聞いている。
なんだかんだお気に召したらしい、良かった。
「……。なんで精霊は人間と交配できるのでしょうか?」
「それは───────」
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馬車から降りて昼食をとることにした。
レイが作ってくれている。
「あのー……そろそろアビゲイルさん本人の話聞かせてくれませんか?トリさんとエリザベータさんが仲良いのは分かりましたから、あと……いやこれはいいです」
アンジーが言う。
「話が長くなったね。これは他のパーティメンバーの話までできなさそうだな……」
一息つく。
何がいいのか少し気にならなくはないが、僕は配慮ができる神なのだ。
「アビーはエルフ独自のとても強力な術が使える上にエルフとしては珍しくステゴロも強かった。近接戦闘は他にいたからもっぱら遠距離担当だったが」
「さっきまでが嘘のような簡潔で分かりやすい説明!」
「……。コイツのことは無視していいので続きをお願いします」
アンジーの距離の詰め方は非常に得がたい才能に思うよ、僕は。
「印象的な話がいいかな」
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「やあアビー。僕も君だけは略称を思いつけなくてね。勇敢で個性的な君にふさわしいあだ名が何か思いついたらいいんだが……」
「ディストリングマン……リーザが言ってたセディスでいいか。セディス。自分は勇敢ではないしそもそもそんなの気にしてないから」
そんなたわいもない話をしながら、僕達は見張りをしていた。この場所に強大な魔族がいるという話を聞き、ジーンとティフ、あともう1人、マイクをメインとして探索を行っていたのだ。
「……。淫魔が近くにいる」
アビーがキョロキョロしていると思ったらそんなことを言った。
「この近づいて来るやつがそうなんだ。サキュバスってやつかな?初めて見るから楽しみだ……待てよ、ジーンを隔離させないといけない。淫魔に腰振ってたら目も当てられないぞ」
「……悪い知らせよ。ユージーンが見当たらないわ」
いつの間にかこちらに近づいていたリズが首を振る。ああ、もしかしてそのことを伝えにきたのか。
「ええ!?まさかこんな遠くからでも淫魔の魔力は効くっていうのか。……ジーンだししょうがないか……」
ゼンにはより強く効果を示すのかもしれない。
それともやりにいったか。何とは言わないが。
さっさと逃げた方がいいんじゃないかな僕達。
「諦めてやるな。一人で倒しに行ってるかもしれない……ジャン?」
マイクがそう言う。
マイクは途中で魔王討伐から離脱した男だ。事情は割愛する。
どうやら探索に向かっていたマイク達もジーンがいないことに気づき、ここに帰ってきていたらしい。
「途中で言っててないなって思っただろ」
何かあった時のための交代要員として近くで座っていたゼンがため息をついた。
「い、いやいや。さっさと救出しに行かないとまずくないですか?前セディスさんが言っていたように淫魔がこんな森中にいるなんて普通ありませんし魔王から派遣された刺客なのでは……」
今まで目をさまよわせていたアルが堰を切ったように口を開いた。
「セディス貴方アルフレッドに何言ったのよ?」
「淫魔の対処法だよ。アルはそういうの弱そうだから」
「分からないでもないわね」
「2人そろってひどい!!?」
アルはそうでなくてもその手の趣味の人間から好かれそうで危ない。
「……なんかそうこう言っているうちに変な気分になってきたぞッ」
ティフが言う。
「ああ、獣人って人間よりそういうの効きやすいんだったっけ」
洗脳とか精神干渉系に弱いと聞く。人間と比べると相対的に聴力や視力が良いので、それもあって弱いのかもしれない。
「ユージーンは獣人超えか。さすがね」
「聖女様は皮肉言う時いつも悪い顔してんなァ」
マイクが言う。
リズが私は聖女様じゃないから!!とキレているのを横目で見ながらアルの方に向き直る。
「安心してくれていい、アル。僕はそういうの効かないから。いざとなれば僕が倒す。誰かが変な気分になったのは関与しないけどね」
▫
「私はテントで横になってるわ……」
鋼の精神力で耐えていたリズが離脱宣言をした。
相手は相当強力な魔族らしい。
「残ってるのは僕とアビーだけか……」
エルフは精神異常に強いと聞く。順当な2人が残ったと言えるだろう。……やっぱりリズはすごいな。
「!来た」
前を見ると美しい女性がいた。
「おお……」
高位の淫魔だけあって高貴さすら感じさせる美しさだ。思わず目が惹きつけられる。
「セディスは魅了が効いてなくても美形に弱いからいけない。よく見て。ジーンが干からびている」
「うっ。美形に弱いのは種族特性みたいなものだから……僕はまだマシな方だし……ん?」
ボロボロになったジーンが引きづられていた。
死体になっていたら解剖させてもらおう。クオーターだが、解剖してみたい素材だ。
「セディスまた変なこと考えてる……」
「そういえばアビーは魅了全く効いてないんだね」
エルフにしたって少しくらいは効いても良さそうだが。
「それは今聞くことではない。が、気合い。ここくらいしか自分が活躍できるところないから」
「なるほどなぁ。意思も強いなんてさすがアビィ」
「……ジーンがなにか言ってる」
死んでなかったか。
「……ハーフ淫魔だからセディスを近寄せるな?え?それ言っちゃダメ?どういうこと?」
「……。ハーフ淫魔だって!!?存在したのか……」
淫魔は生来生殖ができない種族だ。
生殖ができないにもかかわらず淫蕩に耽けるから悪魔なのだ。
もちろん例外はある、目の前の存在がそれを証明している。とはいえ文献が少なすぎて、どういう仕組みで人間と生殖行為を取るのかまだ分かっていない。
なんにしろハーフがとても珍しい存在なのは間違いない。
解析で確認すると確かに人間と淫魔のハーフだ。
「お嬢さん。良かったら僕に解剖させてくれないだろうか」
「この男は何を言っているんだ?」
よく分からない霧のようなもので攻撃をされた。
避ける。
避けきれない。効かないけど、これもう僕は使い物にならないな。
「頼む」
「この無能!いつも役に立たない!嘘つくの下手くそ!!」
「はは、できれば内臓を傷つけない感じで頼む」
「私に期待してるって分かるから断れない。ふざけるな」
▫
「そういうことでアビーは拳でハーフ淫魔をぶっ殺し僕に解剖させてくれたんだよ」




