リアン
私は周囲の見回りを終えたため、宿に帰った。宿に置いてあり、私の所有物である馬車と馬の様子を見に来ていた。
「……」
「アンジー。えーと、その…見なかったことにして欲しいな」
……。一瞬思考停止した。
「無理ですよ!というか私の馬に何食べさせてるんですか!?」
そこには馬に男性器を模したパンを食べさせている雇い主の男がいた。
▫
私の雇い主は、目の前にいる青年だ。
気が弱そうで人好きの良さそうな笑みを浮かべているが、全く気が弱くなんてないし、人間のことはどちらかというと嫌っていそうだしそもそも人間ですらないだろうことはよく分かってきた。
何故かいつも通りのように車椅子に座っておらず、普通に立っている。
じっと睨んでいると、彼の顔がよく整っていることに気づく。洗練されていないし、体躯も薄いから総合的に見れば凡庸なのであろうが。
「古代から伝わる由緒正しきパンらしいよ?材料も僕が見たところいいものを使っているようだし…」
さすがに罪悪感があるのか顔を下に向けながら弁明してくる。じゃあ最初からやるなと私は言いたい。そもそもなんの動機があってこんなことを。私じゃなければ気持ち悪いとぶん殴っていてもおかしくないぞ。
「あー…そうでしょうねえ…って違いますよ!勝手に私の馬にご飯与えないでくださいって話です!太らないように気をつけてるんですから」
「うっ…ごめん」
本当に申し訳なさそうに謝られて毒気が抜ける。
あんなことをしていたとは思えないな……。
「いえ…今回は許します。私も雇われている立場ですしー。…しかしこんなもんどこで買ったんですか?」
「近くにいろいろな国の物が買える市場があるだろう?そこで面白いなと思って買ったんだ」
これを見て面白いとは、子どもみたいな感性だ。見た目と随分ギャップがあるのだな、と思った。
「そりゃこんなもん売ってたら私も買っちゃいそうですがー…、なんで私の馬に?…あ、いえ。これは純粋な疑問です」
「面白い写真が撮れそうじゃないか。最初は僕がちぎって撮ろうとしたんだけど、固くて諦めたんだ…落ち込んでいた僕にこの子が協力すると言ってくれて…あ、さっき撮った写真見る?」
言いながら、気分が戻ってきたのか嬉しそうに私に聞いてくる。早くないか?許したからいいけど。
というか、シンプルに気になる。
「ぜひ」
確かに面白い写真だった。
…もしかして仏語だけでなく、馬とも話せるのか?
この青年はたまに常人では理解できないことを言う。それこそ私の母親みたいに。
「ああ、君の考えていることはおそらく当たっていないから安心してくれていい」
不気味なまでに黒い髪が私の視界に入る。
顔を下から覗かれていることに気づく。
彼のいつも前髪に隠れている目が見える。
色素が足りていないのか、鮮やかに赤い目だ。しかし人間のような虹彩が見られずまるで内臓がそのまま露出しているような感じがする。内臓にしては反射が強く私の顔がよく写っている。こうやって見てみると、私は随分母親に似てきた目の中の母親が口をひらいているような気がしてくる不気味なくらいしろい肌だこちらをじっと見ているのか私に伝えたいことなんてなにもなさそうなかおをしているくせになにかりゆうがあってわたしをおいていったのかそうらしいずっ「息を吸って」とか───────
「はっ!?げほっごほ」
息を止めていたらしい。
彼を見ると、少し距離をとって心配そうな顔で私を見ている。
「……。一応いつも気をつけるようにしていたんだけど、リズがあまりにも平然としているから人間に見せても大丈夫なのかと思ってしまった。油断していたんだ…ごめん」
あのままあの目を見ていれば、もしかして私は私の知りたいことを全て手に入れられたのかもしれない、そんな気がした。
「君はちょっと強いけど、不死ではない人間だからね、命はよく考えて使うといい」
私が元気を取り戻したと考えたのか、微笑みながらそう言ってきた。
やはり、人外は油断ならないな、と再確認をした私だった。




