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「トリ様、異端審問官ってなんですか?」
レイが聞いてくる。
見ると、異端審問官と書かれたカードを持っている集団が向こうの通りにいる。
「異端審問官?え…今さらかい?ああ、いやレイのことじゃなくて…ええと、異端審問官っていうのは異教徒を排斥する司法職や捜査員のことだよ。…ウィッチハントとか聞いたことない?」
「それなら俺も聞いたことがあります」
ウィッチハントと言えば雑な審問と、数々の拷問が有名で、それ用の資料が存在する。
『Malleus Maleficarum』は僕も読んだ。読んだが…少し今の流行りからは外れている気がする。
何年前の本だったか。
「ウィッチハントが1番ろくでもないのは女性の方が多く殺される傾向にあるってことね。女性の方が信心深くないからなんて全く笑ってしまうわ!」
「ああ…宗教を毛嫌いしているところは女性の方が信心深いって言ったりするようだね。理由は…なんだろうね」
とりあえず、怒ったふりをするリズにはそう答えるが、君そんなに信心深くないだろうに。
当然それが女性全体だとは思わないけど。
「お金を手に入れる目的もあったみたいね。どっちみちろくなものでもないわ。この人たちはそういうものでもなさそうだけど」
「ふむ。異端…異端か。僕は彼らにとってみれば異端もいいところだけど処刑されてしまうのかな?」
少し笑いながらそう言った。
異端でなかった敬遠な信徒も処刑されていたという話だ。僕なんて異端も異端。……結果的に害をなす異端が滅ぼせれば多少の犠牲は許容する方針だったみたいだけど。
「……そうでもないみたいよ。ほら」
リズがポスターを指さす。
「異端審問官を名乗る不届き者を発見次第衛兵へ…なるほどね……」
「そもそも国全体で異端審問なんてやっていたら私…はともかく貴方達入れないわよ」
「確かに」
その通りだった。
リズは…追いやられていようが枢機卿だからね。異端認定したら国ごと潰されかねない。
「もしもし…なぜ異端審問官なんて時代遅れな物がここに?」
ほとんどのウィッチは遠い理想郷に消え、こんなところにはもう残っていない。
あとに残るのは隠れる必要のないくらい強力なものだけ。
そもそも彼らの言う‘ウィッチ’とウィッチはまずもって別物だった。
悪魔の試練に負けた人間をウィッチと呼ぶのは違和感がある。
そうこうするうちに時代は移り、彼らは異教徒に対しても随分心が広くなった。
「ああ…最近どうもきな臭くてね。アレクサンドル将軍がいるだろ?アイツは悪魔の子だ。魔王討伐だかなんだか知らないが頭お花畑な国王をそそのかしてこの国はもう酷い有様さ…正体を現したんだよ。その馬車を見るにお偉いさんなんだろう?どうにかしてくれないか」
街を歩く人に、馬車を止めて話を聞いてみたら、そのような答えが返ってきた。
「なるほど…参考になったよ。ありがとう。…申し訳ないけど僕はこの国の人間ではないんだ。ご期待に添えそうになくて申し訳ない」
「いや、いいよ。はあ…こんな親身な人が国のトップだったらねえ」
さて、他の立場の人間にも話を聞いてみるか。
こういうのは多角的に意見を採り入れ判断するものだ。
これだけ聞いて、差別にも負けず世界のために努力した英雄になんたる言い草だと怒っても仕方がない。
そんなことをするわけがないと否定できるほど、僕はゼンのことをよく知らない。…知らないようにしていた。
「なんだって?」
リズが言う。何を聞いたのか、という話だろう。
リズは気軽に身バレができない立場なのでなるべく顔を隠すようにしていた。
「このあたりでは最近怪異による被害が多いみたいだ」
「…そんなこと言ってましたっけ…」
前の方から困惑した声が上がる。
さっきの話を聞いていたようだ。
「そういうことだろう?」
「そうかもしれませんがー…いやうーん…」
アンジーが御者席に座りながら唸っている。
「そういえばアンジー、君はいつ寝てるんだい?」
僕が見逃しているだけかもしれないが、アンジーが寝ているところを見たことがない。
「あー私生まれてから1度も寝たことないんですよー」
……ふーん。
黙っているレイはというと、僕が買ってきた天秤を見ながらなにか考え込んでいる。
「怪異か…私の出番のようね」
リズがどうでも良さそうに言う。
「うん。しかしそれとは別にいろいろ情報を仕入れたいところだ。…先にゼンに会いに行きたい」
「そうね」
▫
「大分僻地だねぇ」
「まあセディスのいたところは王城の近くも栄えていたんだろうけどね。人間は臆病だから国の近くに人を集めたりしないのよ」
「可愛いね」
「……そうね」




