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「ナルシストは人気者だね」
「ここまでとはぼく自身も思っていなかったよ」
前の体育の時間に授業でサッカーの試合を行っていたのだが全校生徒男女先生もかかわらず授業中だというのに応援団みたいなのが自然に出来てしまっていたのだ。
さすがのユウもあきれてぽかんとしてしまったほど。
「誰にでも人気のあるナルシスそのものとしか思えない」
「ギリシャ神話だっけ」
「そう。ナルシスは誰からも愛される美少年」
「でも自分しか愛せないんだったよね」
「ナルシスは他人を愛すことが出来ない」
悲しいことにね、そんな風にさゆさんはポツリと寂しげにこぼして窓の外の空を見上げる。
何か思うことがあるのだろうか。
ユウはその横顔から目を離せない。
「さゆさんってその話好きなの?」
「なんで」
「いや、前にも話してたしよく知ってるから好きなのかなーって」
「嫌い」
「え?そうなの?」
「嫌いだよ。大嫌い」
「なんで?きれいな話だと思ったけどなぁ」
「あなたにはそうかもね」
「うん?」
そこでさゆさんは黙ってしまう。
「何か怒らせちゃった?」
「別に」
さゆさんに表情はない。
ユウにはさゆさんが何を思っているのか全くわからなかった。
怒っているような違うような。
今まで感じてきた空気とは違う気がして。
「わたしはエコーなんだよ」
「え?」
「あなたはナルシス」
「それってどういう・・・・・・?」
「エコーの声はナルシスには届かない」
「ちょっと待ってよさゆさん、何を言ってるの?」
「ナルシスは自分しか愛せないんだよ」
「だから、ぼくはナルシストじゃないんだってば」
「わかってるよ」
「だから、ぼくは自分しか愛せないわけじゃないよ」
「そう。だからなんなの」
「さゆさん、一体どうしたの?何かあった?」
がたん、とさゆさんはわざと音を立てるようにイスから立ち上がる。
「エコーの声はナルシスには届かないんだよ」
それだけ言い残してさゆさんは教室から出て行ってしまう。
ユウは慌ててそのあとを追うけれど、教室を出たときにはもうすでにさゆさんの姿はなくなっていた。
「何なのあの子。ユウさんに対してあんな態度取るなんて」
「あぁ、委員長。別にいいんだよ」
「よくありません。ユウさんは誰に対してもやさしくしすぎです」
「自覚はあるけどねー」
そんな風にさゆさんを悪く言うあなたと会話してるとかね。
言葉には出さないけれどユウは今の発言に少し苛立っている。
「あんな子に対してまでやさしくしなくてもいいと思います」
「失礼だなぁ。ぼくの友達をあんまり悪く言うなら怒るよ」
「失礼ですが。お友達はきちんと選ばれた方がいいですよ」
「本当に失礼だ。キミにどうこう言われる筋合いはない」
それまでのにこやかな態度が一変して表情はそのままなのに苛立ちが伝わるほどに空気が冷える。
「そこまでおっしゃるなら何も言いません」
「そうしてもらえるとありがたいね」
「ですが」
「何」
「友達は選ばれた方がいいというわたしの言葉の証明をそのうちお見せして差し上げます」
「どういう意味だい?」
「あの子の正体をそのうちあなたにお見せして差し上げるとそう言っているだけですよ」
「さゆさんの正体って何の話なんだ」
「あなたはあの子にたぶらかされているんですよ」
「へぇ」
「それを証明して差し上げると言うだけです」
「そう」
「動じないのですね。予感はしていたということですか?」
「何を言ってるんだい?そんなわけないだろう?」
「では一体何故そんなに余裕なんですか」
「いや、こっちが何故動じるのかぼくには全く理解できないよ」
「あなたはたぶらかされているんですよ。それを証明すると言っているんです。驚かないんですか?」
「驚くわけないじゃないか。なんでキミみたいなのが言うことを信じる理由がある?ぼくはキミよりさゆさんを信じているからね。だから動じる理由がない」
「言ってくれますね。まぁいいです。すぐにわかることですから」
「そう。いや、さゆさん風に言うなら」
「?」
「あっそ」
「っ!」
眉をひくつかせて顔を思いっきりしかめる委員長。
ユウはクスクスと笑っていた。
「あなたの目を覚まさせて差し上げます」
ふん、と鼻を鳴らして彼女は去っていく。
「目なら普通に覚めてるけどね」
「また電波でも受信したの」
「あ、さゆさんおかえり」
「ただいま」
「どこいってたの?」
「トイレ」
「さゆさん」
「何」
「さゆさんはエコーじゃない」
「あっそ」
「ぼくがさせない」
「そう」
さゆさんはそれを聞いて何故かそのまま外を見てしまう。
その横顔はなんだか少しだけ、照れているように見えたのだった。