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19 これで本当にいいの?

『森にはたくさんの妖精、ニンフたちが住んでいた。人懐っこくかわいらしいニンフたちは神々にも気に入られている。そんなニンフたちの一人にエコーという少女がいた。彼女は誰にでもやさしく、皆に好かれるニンフである』


そんなアナウンスと共に幕が上がる。

そして証明と共に現れた輝かんばかりに美しい姿の少女。

あどけない少女のようなかわいらしさも持ち合わせていた。

身にまとった碧と金のワンピースはその美しさをさらに引き立てる。

舞台上を見ていた観客からほぅ、と見とれるようなため息が上がった。

ユウを知っている人でも知らない人でもその姿には目を奪われ、ため息をもつかざるをえないほどの美しさで。

その微笑みは誰もを包み込むやさしさで満ちていた。


周りでクスクスと笑いながら踊るニンフたち。

エコーもその中に混ざりながら踊る。

それだけでもう舞台上は幻想的な空気を演出し、異世界のように見えた。

ニンフたちは他愛もない話をしながら踊る。

木々はそれに呼応するようにざわめいてやさしい空気を作り出していた。


そしてしばらく続いたその踊りはふと止まり、誰かがやってくる。

「おぉ、美しいニンフたちよ。今宵もわたしと踊ってはくれぬだろうか」

白髪に精悍な顔の男、ゼウスだ。

ニンフたちは歓迎するようにゼウスを取り囲んで踊る。


『彼はオリンポスの神々の王、ゼウス。ゼウスはかわいらしいニンフたちがお気に入りで度々やってきては戯れていく。妻のヘラに見つかってしまうことを嫌い、あまり頻繁には訪れないけれど誰であろうと森に訪れる神々や人々が大好きなニンフたちはゼウスのことも大好きだった』


ゼウスを交えて再び始まる踊り。

しかしそれも長くは続かなかった。


『夫の浮気を察知したヘラがやってきてしまいました』


エコーがふと宙を見上げ、ニンフたちに合図を送る。

「このままではゼウス様が見つかってしまう。わたしがヘラ様とお話して引きとめている間にお逃げになってください」

「ありがとう」

そうして立ち去っていくニンフたちとゼウス。

初めてのユウのセリフにその声のかわいらしさが響いたのか

再び客席から小さな声が上がる。


まもなくやってきたヘラは苛立っている様子で。

「夫がここに来なかったかしら?」

「こんにちは、ヘラ様」

「えぇ、こんにちは。夫は、ゼウスはここに来なかったかしら?」

「ゼウス様ですか?ゼウス様がどうかなさったんですか?」

「あの人はわたしの目を盗んですぐに不貞を働くのです。ここには来ていないのですか、エコー」

「わたしは存じ上げておりません。ですがお力になれるかもしれません」

「あなたの力を借りなくともわたしが探し出しますわ」

「ヘラ様、一度落ち着いてからにした方がよろしいのではないでしょうか」

「これが!落ち着いてなど!いられましょうか!?」

「普段の落ち着いたヘラ様ならすぐにでもお気付きになると思います」

「?何を言っているのです、エコー?」

ヘラの後ろにはこそこそと立ち去ろうとするゼウスの姿。

しかし苛立ったヘラはそれに気付かない。


カラン


ゼウスが石を蹴った音が響く。

「ゼウス!!そんなところに!!」

「しまった!?」


『結局見つかってしまったゼウスはそのまま連れ帰られることに』


「エコー、あなたはわたしに嘘をつきましたね」

「はい」

「ゼウスが逃げるための時間を稼ぐつもりだったのですか」

「はい、そうでございます」

「わたしはあなたを許さない。今後一切自分から話すことを禁じます!

相手から話しかけられたときのみ応えなさい!」


『そうしてエコーは自分から話すことが出来なくなってしまった。ニンフたちはエコーの歌声や話す声が大好きだったので皆話したり声を出すことが出来なくなってしまったことを悲しんでしまう。やさしいエコーはそのことでふさぎこんでしまうようになった』

悲しげな踊りと共に皆が輪から離れたエコーを呼ぶ。

エコーはそれに対して返事をするだけでうつむいてしまった。




『そしてそんなある日、森に一人の少年がやってくる。美しく誰からも愛される少年、ナルシス』


優雅に美しく、ゆっくりと歩いてくるナルシス。

その姿は光り輝き、まさに誰から見ても美しく愛されそうな少年。

さゆさんのことは他の学年の生徒はあまり知らないためか、ユウのときよりさらに驚きが走ったようで小さな声がぽつぽつと上がる。

誰なの、あのきれいな子、そんな、驚きの声。

やわらかい表現の布で作られた真っ白な服はその姿をスポットライトでさらに輝かせ、浮かび上がらせていた。


『ニンフたちも目を奪われ、彼にまとわりついていく』


ナルシスに近付いていくニンフたち。

しかしナルシスは笑顔のままするりと避けていってしまう。


「キミがこの中では最も美しい」

エコーの前で立ち止まったナルシスはエコーのあごに指を添えて自分の方を向かせた。

エコーは何も言い出せないまま見つめる。

「名前は?」

「エコー」

「ふむ。ぼくはナルシスだ」

ナルシスを見つめ続けるエコー。

角度を変えながらエコーを見続けるナルシス。


「何か話してみてくれ。キミのおしゃべりは素晴らしいと聞く」

『しかしエコーは応えない。何か、というあいまいな表現には応えることが出来なかった。ナルシスと話してみたいエコーだけれどそれすら許されない』

しばらくの間ナルシスはエコーを見つめながら待っていた。


しかしエコーが応えないのを見て肩をすくめる。

「なんだ。つまらない。ぼくとは話したくないって言うのかキミは。ならもういい。もう二度と来ない」

エコーは必死に首を振ってナルシスを引きとめようとする。

しかしその手は届かないままナルシスは立ち去ってしまった。


『声が出れば、もっとあの方とお話できたのに・・・・・・。お話したかった、一緒に踊ってみたかった。もっと一緒にいてみたかったのに、どうして、声が出ないの?』

エコーは声を震わせてひざをついた。

ニンフたちはそれを遠巻きに見つめている。

『エコーは涙を流しながら声を上げる。しかしその声は誰にも届かない。どれだけ想っても誰にも届かない声は自分の中にだけむなしく響いていた』


どうして、どうして、と繰り返し続けるエコーの声が響きながら暗転。


『森の奥で悲しみに暮れて声もなく泣き続けていたエコーは悲しみのあまり肉体が消えてしまう。そして声だけの存在になってしまったエコー。それを見た侮辱を罰する神、ネメシスがナルシスに『自分しか愛せない』と言う呪いをかけた』


ナルシスが再び優雅に歩いている。

その前方には湖。

『ある日ナルシスは湖に映る美しい少年を見つける。もちろんそれは水面に映ったナルシス自身だった』


「あぁ、なんて美しいんだ」

湖のほとりで座り込むナルシス。

そうして恍惚とした様子で水面に映る自分に愛をささやく。


「あぁ、本当に美しい。キミを愛している」

『あぁ、本当に美しい。キミを愛している』


『そんなナルシスの傍らに一人のニンフが寄り添う。そのニンフは姿をなくし、声だけになってしまってもナルシスに好意を寄せ続けていたエコーだった』


「麗しいその姿、もっと近くで見てみたい。なのにどうしてこの手はキミに届かない?」

『麗しいその姿、もっと近くで見てみたい。なのにどうしてこの手はキミに届かない?』


『湖に語りかけるナルシスのそばに寄り添うエコー。ナルシスが語りかければそれをエコーが返す。二人は幸せそうに見えた」


「触れることは叶わなくとも、キミを愛し続けよう」

『触れることは叶わなくとも、キミを愛し続けよう』


『しかし、ナルシスの恋の相手は水面に映った自身の姿。触れることも想いを通じ合うことも出来ない。離れるといなくなってしまうその姿から離れられなくなったナルシスはだんだんと衰弱していく』


「どうしてキミにはぼくの手が届かないのだろう?キミの声は届くのに」

『どうしてキミにはぼくの手が届かないのだろう?キミの声は届くのに』

エコーの声が震え始める。

ナルシスはすでに声が弱弱しい。

もう終わりは近いはずだった。


「あぁ、たとえこの身体が朽ち果てようともぼくはキミとともに在る」

『あぁ、たとえこの身体が朽ち果てようともぼくはキミとともに在る』


けれど。

それで終わっていいとは、どうしても思えないんだ。

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