11 踏み出す力。
折り返しです。
廊下に出るとすでにさゆさんの姿は見えなかった。
トイレは少し歩かないといけない。
他の場所に行ったりしていないだろうか。
心配になって廊下で話しをしている見知った顔の生徒に声をかける。
「あ、キミ、ぼくらと同じクラスだよね?」
「え?あぁ、ユウくん。どうしたの?」
「ユウ様だー。どうなさったんです?」
「えっと、さゆさって子わかるかな?」
「ユウくんと仲のいい子だよね。それがどうかした?」
「あぁ、さっきトイレの方に向かっていったよねー」
「そうだねー」
「ありがとう」
確証は取れた。
杞憂で終わればいいけどもし何かあったらまずい。
「あー、っとキミ、アサヒさん、ちょっとついてきてもらっていい?」
「構わないけど」
「わたしもいっていいですー?」
「うん、人数は多い方がいい」
「どういうことなの?」
「いや、杞憂で終わればそれに越したことはないんだけど」
「うん?」
「さゆさんがもしかしたらいじめとか受けているかもしれない」
「え?変わった様子はないように見えたけど」
「たまに妙な怪我をしていることがあったんだよ」
「妙な怪我?」
「そう。先生に呼び出された帰りに階段で捻ったなんて言って足をずっていたことがあったんだけどその先生に聞いてみると呼び出しなんてしてない、と。それ以外にもなんか最近トイレによく行ってる気がするんだ。そして、決まってそのあとどこか痛めてるみたいで。普段動きがきれいなだけにあれはわかりやすい」
「あ、それってあのうわさじゃないですかー?」
苦々しげに語ったユウにもう一人の少女が被せる。
「うわさ?」
「チェンメなんですけどー。ほら、これ」
彼女は携帯を出して操作し、画面をユウたちに見せる。
そこにはユウの表情を一変させるほどのことが書かれていた。
『この女は男をたぶらかす悪女。今まで何人もの男を騙してきて次の標的はユウ様であることは間違いない。同志たちは九月二十四日放課後一年棟一階トイレに集まれ』
「今日じゃないか・・・・・・!」
「ユウくん落ち着いて」
「落ち着いてられるか!止めないと!」
「これチェンメってことは結構広まってると思う」
「だから何」
「人数集まってるかもしれないから人を集めないと止められないかも」
「誰が手伝ってくれるって言うんだよ。そのメール見たらぼくは騙されてこんな行動をしているようにしか見えないだろう。そんなぼくを誰が手伝ってくれる?」
「わたしたちがいますよ」
「そうですよー。ってかこんなチェンメとかフツー信じませんって」
「ごめん、ありがとう」
「ファンクラブ会員に送られてるみたいですけど見たところわたしの知り合いは参加していませんしー」
「わたしの知り合いはちょっといない人がいるかも。クラスを見る限りでは数人ですし学年あわせてもせいぜい十数人ってとこかな」
「急がなくて大丈夫だろうか」
「そう思うならユウくん、あなたが声をかければいいんだよ」
「え?」
「あなたはどれだけあなたのことを想ってくれてる人がいるのかわかっていないのかもしれないけど、最近のあなたの方がいいって思ってる人、結構多いんだよ」
「そう、なのか」
「特に男子ね」
「助けてくれるだろうか」
「声をかけてみればわかるよ」
「ありがとう。やってみるよ」
焦って苛立っていたユウの表情から影が少し消える。
それを見てアサヒは安心した。
そう、こういう風に誰かを想える人のために動ける人なら、力を貸すって言う人だっていないわけがないのだから。
「みんな、少し聞いてほしい」
自分のクラスのみんなに声をかける。
元々目立つユウの大きな声で本当に全員がユウの方に注目した。
「実はぼくの大切な人がおかしな理由で襲われそうになっているかもしれないんだ。確証は、ない。けれど、怪しい点がいろいろとあってすごく心配でたまらない。もし本当にそれが起きていたら一人では止められそうにない事態なんだ。信じられないかもしれない。絶対にそうなっているとは言えない。杞憂かもしれない。でも、もし起きているなら、助けたい。力を、貸してくれないだろうか」
ユウはそこで思いっきり頭を下げた。
場が静まり返る。
誰も声を上げない。
やはり、誰も信じてはくれなかったということか。
ユウは落ち込む気持ちを抑えながら顔を上げる。
そこには立ち上がった全員の姿があった。
「みんな・・・・・・、信じてくれるのか・・・・・・?」
「そんなに必死に頼まれて断るやつはいないってことだよ」
「どういうことなのかはわからないけど力になれるなら力を貸すよ」
「オレさまがすべて解決に導いてやろう、っででで、何をする!?」
「素直に力になりたいと言えばいいのですわ」
口々にいろんな人からの言葉を受け、ユウは涙がこぼれそうになる。
あぁ、人ってのはこんなにもあったかいものなのか。
ひどい人もいるけれど、ぼくはこんなにも良い仲間がそばにいたのに今までぜんぜん気付かなかったのか。
ひどいのはどっちだよ、まったく。
「じゃあ、みんな、お願いします!」
『おー!!』
結局そこで行われていたのはひどいいじめだったらしい。
もう少し遅れていたらさゆさんは大変なことになっていたかもしれないほど相手は本気で。
だが一クラス分、いやその後通り過ぎる間にどんどん増え、結局一年生のほとんどの人が集まって止めに入った結果、さゆさんは彼らに追い詰められていたところで助けることが出来た。
さゆさんを襲っていたのは委員長含め八人。
結局全員がひどいいじめと暴行で警察沙汰に。
そして学年全体を動かして止めに入ったぼくらは何故か伝説とかになってしまったという。
あとからさゆさん本人から聞いた話では九月二十一日、つまりぼくが委員長と話した当日からいじめが始まったのだという。
今までは足をかけられたりなどかわいいものだったらしいのだがだんだんエスカレートしていっていたらしい。
そして今日、放課後にトイレに呼び出された。
来なければユウの前で犯してやると脅されたという。
ユウにだけは知られたくなかった。
ユウに知られなければ何をされても構わないと思ったのだ、と。
結局その後ユウはカンカンに怒って延々とさゆさんに説教した。
ぼくにとっては知らないところでぼくの大切なさゆさんが傷付く方がずっと嫌だから、と。
自分を頼ってほしかった、と。
さゆさんもさすがに泣きながら怒るユウや心配してくれたクラスメイトを見て本当に申し訳なさそうな顔を見せていた。
「本当にみんな、ごめんなさい。そして、ありがとう」
そうして見せたさゆさんの笑顔はとてもきれいで。
孤独じゃなくなった強がりの寂しがり屋さんは少しだけ、素直になったのだった――