どぶろく
泣き叫ぶ老若男女、飛び交う火矢、幼馴染が僕の前に出て……荒男の剣が首筋に。
「レーナ!」
僕は泥水から飛び起きた。
あれは悪い夢だ。
夢であってくれ……
周りを見渡すと取り除きようのない現実が襲い掛かってくる。焼け焦げた家、血に濡れる死体、崩れた王城。僕のいた国の荒廃をまざまざと見せつけられ、泥水に膝を付けた。
「そんな、そんな」
雨が降ったおかげなのか、僕は燃えずにここで生きている。天井を見上げると半分燃えた屋根が無残に体を晒し、思い出の品が残っている。
鏡、僕は立ち上がって黒ずんだ机の上から鏡を手に取った。
十三のころ、鏡を見ずにレーナは髪を梳いていた。僕はそれをみて、下水道の掃除や簡単なお使いをして稼いだお金で鏡を買った。錬金術師が作った魔法の鏡。目で見るように鮮明に、曇らず、割れず。
今になって、その機能を恨む僕がいる。
露わになった僕の顔は、ひどく腫れていて、まるで太ったオークのような、そんな顔。レーナに見られたらなんて言われるんだろう。優しく心配してくれるかな、それともみっともないと叱られるかな。
「レーナ……」
目の前で殺された幼馴染は誰よりも元気で、優しくて、何より。
「レ―……ナ……」
愛してた。
外へ向かって歩く。もしかすると、生きている人が居るかもしれない。
「あっ」
僕は躓いた。余りの非情な現実に足元が襲ろ過になっていたのかもしれない。それもそうだと思う。だって。
「あっ、あっ……ああああああぁっ!!!!!」
大好きな人の、その裸死体を見たい恋人はいないのだから。
頭は現実を拒み、目の前が真っ暗に暗転し、気絶した。
「知ってか!いいことがあったんだぜ」
「あっはっは、だろうなぁ!あの貴族の金払ったら俺たちもびっくりな――」
「ちげぇって、お前聞いてなったのか?」
「はぁ?!んだとてめぇ!」
不味い。いくら飲んでも酒は不味い。
レーナと飲んだあの日の味が忘れられない。あの後の時間が忘れようにも忘れることが出来ない。
どれほど、どれほど人殺しに精をだして金を貰って酒場で飲んでも、店主が金欲しさに薄めて作った酒まがいを飲んだくれても酔いもせず、この手の感覚が消えることは無い。
「デット、お前、飲みすぎじゃないか?」
「黙れ!てまえの酒に酔えるか!この詐欺野郎が!」
「何だと!デット、前々から思ってたから言わせてもらうがなぁ、道で倒れてたお前を傭兵団に紹介したのは俺だ!俺が居なきゃ今頃カラスの餌だったんだぞ!」
「知るか!あのまま殺せ、殺してくれたらよかったんだ!」
「はぁ?!なに……いって……」
「うぅ、うう」
こみ上げてくるものがあって、衆目の中泣いてしまった。こんな濁酒でもよってしまったのか、昔見た残酷な光景が突然蘇ってきた。
「おい、ああくそ。おいベッケン、こいつ放り出せ」
「なんだいつもの癇癪か?世話の焼ける野郎だぜ」
レーナが今の僕をみたら何が何でも殴りにくるだろう。悪酔いして、人を殺して、ずっと過去を背負ったままで。知り合いはみんな土の中、慰めてくれるレーナも今じゃ瓦礫に埋もれて骨のまま。とうに埋葬する気なんてない。あの国に戻るつもりもない。
レーナを守ってくれなかった国に、慈悲を掛ける必要なんてない。だから切った、燃やした、根絶やしにした。
「許して……」
「あぁ?だれもキレちゃいねって、マスターもいつものやつだ」
「違う、ちがうんだ……レーナ、レーナ」
「まじくそ酔ってんな、取り敢えず寝てろ」
「ベッケン……」
「なんだ」
「今……決心がついた」
「はぁ?」
きっとレーナは僕を止めるだろう。自分の命を差し出してでも止めるだろう。あの日のように、首を切られたあの日のように。
『許して……デビット、先に……………行くね』
僕は何度も、何度も泣いた。仲間の影でずっと泣いていた。
ごめんよレーナ、許してくれ。
僕は許せないんだ。
きらり剣を抜く音が、悲しく聞こえるのは偶然じゃないだろう。