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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
第一章 吸血鬼、吸血鬼ハンターになる
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【第三話 取引】3-3 私は私の仕事をしたいだけだよ

 鈍色のナイフが薄暗い街灯を反射する。ゆらめく光は一瞬にして怯える男の喉元へ。

 しかしその切っ先は産毛に触れる直前でピタリと動きを止めた。


「……何のつもりだ」


 低いキョウの声が私を責める。彼の目が向いているのは自分の腕。モロイを殺そうと伸ばした腕を私に掴まれて、彼はぴくりとも動かせないのだ。

 時々抜け出そうと力を込めているみたいだけれど、そろそろ自分の腕力ではどうにもならないと気付いただろう。それでも私に対して恐怖するどころか敵意を剥き出しにするのは流石の闘争心。その浅慮は子供だからだと思っていたけれど、それとはちょっと違うように感じた。


 ま、今はそんなことどうでもいい。


「私は私の仕事をしたいだけだよ」

「所詮アンタも吸血鬼か……! やっぱり仲間を守るんだな」

「視野が狭いよキョンキョン。彼は()()怯えてるのに」


 追い込まれたモロイの男が逃げ出さなかったのは彼自身の問題もあるだろうけれど、それ以上に私の存在によるところが大きいだろう。

 従属種は吸血鬼に逆らえない――ハンターの言葉で言えば、モロイは上位種に逆らえないのだ。私にとってモロイは人間と大差ないけれど、モロイにとっては違う。その本能が私は吸血鬼であると彼に知らせる。

 そして恐らく正しい知識を教えられていない彼は私を見てこう思うのだ――逃れようのない何かが、自分を殺しに来たのだと。それは恐怖へと変わり、その恐怖は本能を刺激して更に彼の中の恐れを増長し自由を奪う。


「……なんでこいつはアンタを怖がる? 仲間なんじゃないのか?」


 キョウも私に言われて彼の恐怖の対象が自分ではないことに気が付いたらしい。私と男を見比べて訝しげに眉を顰めた。


「多分()()()()で放置されてたから。他の吸血鬼について何も教えられてないんじゃないかな。――違う?」


 私が問うと、モロイの男は震えと見間違うほど小さく何度も首を縦に振った。


「どういうことだ?」

「モロイにとって上位種は支配者なんだよ。でも同時に得体の知れない存在でもある。そんな相手、怖くて当然でしょ? 本当なら彼をモロイにした上位種がその辺をケアしなきゃいけないんだけど、私達から逃げてる奴がそんなことしてくれるとは思えない。第一組織に忠実な人でさえモロイ――従属種のことは生き物とみなさないことが多いのに」

「……なら尚更おかしいだろ。何故アンタは俺からこいつを庇う? っていうかいい加減離せ、馬鹿力なんだよ」

「痛いなら痛いって素直に言えばいいのにー」

「痛くはねェ!」

「うん、知ってる」


 にっこり笑いながらキョウの腕を離す。彼は軽く手首を動かして問題ないことを確認すると、ゆっくりとナイフを下ろした。それでも完全にしまわないのはまだ警戒しているからだろう。顔は良いのに面倒臭い男だ。


「私は執行官、法を犯す者を処断するのも仕事の一つ。でもこの彼は見たところまだ私達の法は犯していない。なら処分の対象にはならない。今だってきっと人間を襲わないために大通りは避けたんじゃない?」


 男が泣きそうな顔で頷いたのは、彼の心はまだ人間だからだ。

 動物の生き血を啜るような彼にとって、人間の匂いは非常に魅力的だろう。追手から逃れるために人混みに紛れたいけれど、あまり人が近すぎると抑えが効かなくなるかもしれない――そんな彼の人間としての常識や良心があの中途半端な逃げ方をさせたのだ。

 命の危険を感じているのに人を襲わないよう気を付けるような人が、これまで誰かを傷つけているはずがない。実際に彼からは人間の血の匂いもしない。人間を襲わなければ私達の執行対象にはならないのだ。他の罪を犯していれば別だけど、現時点でそれは判断できないからどちらにせよ殺さず取り調べる必要がある。


 人間を襲ったことのないモロイと分かって、キョウは一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた。けれどすぐに迷いを振り払うかのように固く目を瞑って、一秒もしないうちに開いたかと思えば、その真っ黒な目はもういつもどおり。


「だとしても俺達の獲物であることには違いない。俺達は吸血鬼は全て狩る。……アンタみたいな例外はいるけどな」

「そう、だから彼もその例外に入れてほしいの」

「は?」


 今にも目の前の男を殺してしまいそうなキョウに言うと、彼は理解できないと言わんばかりに顔をうんと顰めた。


「私の仕事は言ったでしょ? つまり私の獲物は彼ではなく彼をモロイにした上位種。その手がかりなんだから簡単に殺してもらっちゃ困るってわけ」

「アンタの仕事のためにそいつを見逃せって?」

「そういうこと」


 理解が早くて助かるわ、だなんて思ったのは一瞬のこと。私の言葉にキョウはそれまで顰めていた顔を更に歪ませて、弾かれたように口を開いた。


「ふざけるなよ! 俺の邪魔をするなと言っただろ!? これは間違いなく邪魔だ、協定違反だと訴えてもいいんだぞ!?」

「好きにすれば? どうせ違反にはならない」

「……アンタらは一体どんな協定を結んだんだ」


 ハンターの上層部と私達吸血鬼の結んだ協定を、組織の末端であるキョウは知らない。私も今回の件以外はあまり知らないけれど、余計なことは知らない方がいいということも知っているのでそこまで気にしていない。

 だけどキョウは違うらしい。先程の怒りは一瞬で萎み、声と共に落とされた視線は彼の感じている無力感や不満を表しているかのようだった。


「さあね。でも考えれば分かるよ。私は急激なモロイの増加に対処するために来たの。根本的に解決するにはモロイをぽんぽん作っちゃう上位種を捕まえなきゃならない。ってことはモロイだけを相手にしたって無駄。そんなの水漏れを直さずに漏れた水を必死に拭くのと一緒だよ、馬鹿らしくない?」

「つまりアンタはハンターそのものが馬鹿らしいって言いたいんだな」


 あ、しまった。明らかにキョウのテンションがまた下がった。ご機嫌取りをするつもりはないけれど、こういうからかい方をするのはあまり好きではないのだ。

 ていうかキョウってなかなか面倒臭い性格をしてる気がするぞ。もうちょっと自分のテンションくらい自分で上げる努力をしなさいよ。


「……アンタらだけでどうにかしろよ」


 ほらもう完全に不貞腐れてるじゃん。子供か? この男は子供なのか?


「なんで?」

「俺達に上位種は狩れない」

「明確にそういうルールがあるんだっけ?」


 私までキョウの暗さに引き摺られたら嫌なので、なるべくいつもどおりの声色で返す。隙あらば冗談をぶっこみたいのだけれどいつにしようかな。


「暗黙の了解みたいなものだ。ずっと意味が分からなかったけどな。でもさっき分かった……今の俺達に、アンタらを狩る手段はない」

「武器があるじゃん、この間の銃とか」

「自分で言ったんだろ、当たらなきゃ意味がないって。アンタに当てられる気がしないんだよ」

「この短期間で私のことそんなに好きになってくれたの?」

「チィッ!!」


 今だと思ってちょっとふざけてみたら、渾身の舌打ちが返ってきて思わず口角が上がる。おちょくりが成功して私は気分がいいぞ!

 と、楽しくなったのは私だけらしい。キョウは目を吊り上げて、「いい加減にしろ!」と再び怒りを吐き出した。


「少しは真面目に話せ! こっちは嫌々認めてるんだよ、自分達の力が劣ってるって! 俺達のやってることはアンタらから見たら無駄でしかないってな! それをアンタは茶化すことしかしねェで……!」

「えへ!」

「ッ死ね! 今すぐ死ね!!」


 あ、キレた。


「そういうこと人に言っちゃいけないんだよ? 全く、キョンは本当に子供なんだから」

「よし分かった、上位種を殺す武器ができたら真っ先に俺がアンタを殺してやる」

「その頃にはよぼよぼになってキョン助からキョンじぃになってるんじゃない? 私はぴっちぴちのままだけどねっ!」

「クソが!」


 いやあ、怒りというのは凄いね。さっきまでうじうじ不貞腐れていたキョウが一瞬で元気になった。

 キョウ本人はその怒りを鎮めようとしているけれど、一度怒ったお陰もあっていい感じに落ち着いてきたらしい。変な暗さもなくなったので私としてはだいぶ満足感がある。


「まあまあ、話を戻しましょうよ。この彼は私達がもらうってことでおっけ?」

「……拒否しようがないんだろ」

「うん!」


 私がさわやかに返せば、キョウは疲れたように溜息を吐いた。


「アンタといる間は俺は何の手柄も立てられないわけだ」

「え? 大丈夫っしょ」

「なんでだよ」

「さっきの協定の話さ、こっち側からの要請でモロイなり上位種なりを引き渡すのも含まれてるんだよね。ってことでこの彼はキョンから私に引き渡されたってこと」


 だからキョウの手柄になるぞと含めて言ってみたものの、彼の表情はあまり晴れなかった。何、まだご不満なことでもあるの?


「それを先に言えよ。だけどどっちにしろ、それじゃあ俺達の昇級基準を満たせない。殺した分だけ階級が上がるからな」

「モロイを?」

「他に何があるんだよ」

「上位種は?」

「……だから無理だって言っただろ」

「できるできないは置いといて、上位種を捕まえられたらモロイより一気にぽーんっと階級上がったりしないの? 上位種相手なら殺さなくても結構評価されそうだけど」


 ハンターの上層部ならモロイと上位種の力量差は分かっているはずだ。となればモロイを何人もどうこうするよりも、上位種一人を捕まえた方が実績として認められそうな気がする。

 それはキョウも否定する気はないらしく、考えるように眉間に力を入れていた。


「……有り得るかもしれないけど、現実的に無理だろ」

「私がいるのに?」

「は?」


 お、やっとキョウの顔から力が抜けた。


「言ったでしょ? 執行官は法を犯す者を処断する。つまり執行官って上位種相手に戦う力があるってことだよ。ということでキョンキョン、私と取引しない?」

「……は?」

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