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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
最終章 転がり落ちていく先は
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【第十四話 選択】14-4 なんなら殴り合っても良いぞ!

 蝋燭の明かりがゆらゆら揺れる。中世を思わせる古い洋風の建物の内装、蝋の混じった独特の空気の匂い。先の見えない廊下に、その広さには見合わない人の少なさ。

 それらすべてが珍しいのか、あちらこちらに視線を彷徨わせるキョウの顔を私は下から覗き込んだ。


「心の準備はできた?」

「……まずここに慣れる時間をくれよ」

「そういう配慮はできないの、ノストノクスって」


 そう、ここはノクステルナ――私達吸血鬼の世界。そしてここはノストノクスの本拠地で、いるのは基本的に吸血鬼だけ。それなのに人間であるキョウが来た理由は唯一つ。


 私の言葉にキョウは苦虫を噛み潰したような顔をした。でも私にはどうしようもないからしょうがない。「さ、行こうか」と言って歩き出せば、キョウは渋々と言った様子で隣に並んだ。


「怪我はだいぶ良さそうだね」

「三週間も安静にさせられればな。体力戻すのにどれくらいかかるんだか……」

「でもキョウ、入院中も勝手に病院の周り走り回ってたんでしょ? 何度も見つかって怒られたって知ってるよ」

「なんで知ってるんだよ。仕方ないだろ、身体が(なま)ってたんだから」

「だからって病室で筋トレまでする?」

「……それは誰にも見られてないはずなんだが」

「一葉ちゃんはなんでもお見通しでーす」


 キョウは見られていないつもりだったらしいけれど、実は女性看護師さん達には結構覗き見られていたのだ。そりゃ顔の良い若者がこっそり筋トレしてるとか眼福だよね。外を走ってるのだって、看護師さんは注意する前に十分その姿を目に焼き付けてからにしていたそうだ。でもなぁ……。


「分かってるよ、イケメンはみんなのものだって。だけどキョウはちょっと無防備すぎだよね。体力落ちた上に運動で疲れ切ったイケメンなんて、餓えた女子の前では非力だよ」

「は?」

「しかもキョウは体調悪いと色気出るじゃん? もう襲ってくれって言ってるようなものだよね」

「……何の話だよ」


 君のお顔の話だよ。なんて雑談をしている間に目的地に着いたので、私はでっかいドアの前にキョウを立たせて笑いかけた。


「ここに二人がいるよ。ちなみにこの建物は防音性能が凄いから多少怒鳴っても大丈夫! なんなら殴り合っても良いぞ! あ、調度品は高いから壊さない方がいいよ」

「そんな暴れねェよ。第一まだ怪我だって治りきってねェし」

「でもキョウ、すぐキレるじゃん。ま、私はあの先にある階段にでも座って待ってるからゆっくり話しておいで。泣きたくなったら逃げてきていいんだよ?」


 おちょくるように言えば、「逃げねェよ」と機嫌悪そうな目で睨まれた。だけどすぐにキョウはその視線を和らげて、なんだか気難しそうな顔でドアに視線を移す。

 これはあれかな、不安な顔かな。初めて見る表情なのでもっと見ていたいけれど、あんまり放置しても今は可哀想なので私はニコッと笑顔を向けた。


「大丈夫だよ。多分、恐らく、知らないけど」

「ここぞとばかりに不安を煽るな」

「不安なの?」

「さっさとあっち行ってろ!」


 ほらキレた、というのは言わないことにして。私は「はーい」と返事をしながらキョウから遠ざかるように歩き出した。



 § § §



 キョウと別れてから少し、私は廊下の先にある階段に座ってぼうっとしながら時間を潰していた。彼に背を向けてすぐにドアの開く音が聞こえたから、キョウは無事その先に進んだのだろう。そしてそこで両親に会っているはずだ。


 あれだけ両親に会うことを躊躇っていたキョウが決意したのは、多分レイフに色々と言われたせいだ。当時は自分を置いてでも逃げなければならなかったと理解したから、勇気を出して向き合う気になれたのかもしれない。

 親に捨てられたとか、ハンター達に騙されているだとか、レイフがキョウに言ったことは恐らく適当だろう。後者については悪い人達もいたから否定できないけれど、キョウだって全員がそうだとは思っていないはずだ。


 レイフってば本当は性格悪かったんだなぁと少し悲しくはあるものの、彼が思いつきでもキョウの両親の話をしてくれたことには少しだけ感謝している。

 だって、こうしてキョウが一歩踏み出す力になったから。レイフの話はいくら信憑性が低くても彼にとっては嫌な内容だっただろう。でもかえってそれが背中を押したのだと思っている。優しい言葉だけじゃ会って真偽を確かめようというところまでは行けなかったかもしれない。


 そんなふうに思ってしまうのは、私もレイフのお陰で自分に都合の良いことを聞けたからだろうか――頭の中に蘇った会話に、自分の口端が持ち上がるのを感じた。


『壱政は怖くないの? いくら助けるつもりとはいえ、万が一があるのによく大事な娘を囮に使えたね』


 一人でキョウを病院に送り届けた壱政様が戻ってくると、そう間を置かずにレイフは目を覚ました。完全に拘束されているし銃弾の毒もあるから動けないみたいだったけれど、意識ははっきりしていたらしい。暇なのか自分を連行する準備していた壱政様とぽつぽつ話していた彼は、不意に思い出したようにこの質問を投げかけたのだ。


 レイフがこれを聞いたのは、少し前の壱政様の発言を受けてのものだろう。『数日中に仕掛けるよう誘った』、それは私に自分の予定を教えたことも含まれる。私がレイフに話すと思ったから、壱政様は私に予定を教えたのだ。

 つまりあの時の私は完全にレイフを釣るための餌だった――彼はそれが気になったらしい。


 でも正直な話、私はどうでもよかった。壱政様の企みに使われたことは理解していたし、いつだってそうしてくれていいと思っている。本人にだって、そう言ってある。

 だから壱政様の口から出るのは適当な皮肉かと思ったのに、レイフの方を見た彼は静かに微笑んで、言ったのだ。


『かえってやる気が出るんだよ』


 一瞬、身体の痛みが消え去ったのかと思った。私が壱政様の役に立つためには、彼に使ってもらった方がいいと思ってきたから。

 壱政様に人間として育ててもらって、でも人間になりきる前に死にかけてしまった私は彼を落胆させてしまったと思っていた。私が自分の考えで動くと壱政様の期待を裏切ってしまうことになる――そんな後ろめたさがあったからどんなに辛い訓練でも頑張って耐えて、せめて彼の考えを妨げない働きだけはできるようになろうと努力してきた。


 だけど壱政様のその言葉は、そんな後ろめたさを感じることの方が駄目なんじゃないかと思わせるもので。あんな状況じゃなきゃ、私は彼に泣きながら抱きついていたかもしれない。


「……今から突然抱きついたら怒られるかなぁ」


 子供の頃は気軽にくっついていたな、と記憶を辿る。でもいつからか壱政様を男性として意識するようになってしまって、気付いた時にはそういう行動は取れなくなっていたのだ。それは彼への恋心がなくなってからも同じで、一度抱きつくのが照れ臭いと思ってしまったせいで大人になってからは一度も必要以上に密着したことはない。

 だから壱政様に抱えられたキョウを見て、少し羨ましいと思ったのは内緒だ。私は荷物のように持たれた記憶しかないし、なんだったら鞘で洋服を引っ掛けられたばかりだったし。まあ、キョウとしては嫌なんだろうなと思うからそこまで気にせずに済んでいるけど。


「特別だったら許してくれるかな……」


 いつかのレイフの言葉を思い出す。私は壱政様にとって特別――彼の言ったことをどれだけ信じていいかは分からないけれど、あの時は私に嘘を吐く必要なんてなかったはずだ。……多分。


「レイフに直接確認しようかな……」


 彼は今、ノストノクスの牢にいる。キョウの銃による怪我もほとんど治り、抵抗することなく大人しくしているそうだ。

 だから聞きに行っても良さそうなのだけど、取り調べの事情もあるだろうから気軽に行っていいものか非常に悩ましい。そのあたりは私の担当じゃないから、公表されている以外のことはほとんど分からないのだ。これで下手に情報を与えないようにしているとかだったらまた怒られてしまう。


 一応レイフを捕まえたことで、忙しくしていた壱政様や他の執行官達の仕事も落ち着いてきたらしいから大丈夫そうな気もするんだけど。なんでも、彼からたくさん情報を搾り取ったお陰でそれまで分からなかったことや確証がなかったことが一気に片付いているそうだ。


 結果的に言うと、壱政様達が狙っていたのはレイフだったのだ。と言っても最初から彼だと分かっていたわけではなくて、元々は外界で悪さをしている吸血鬼達の協力者を探していたのだそう。

 疑わしい者の一人としてレイフの名前が挙がったのは、私が吸血鬼ハンターになる少し前。状況から考えると、悪さをしている吸血鬼には人間側にも協力者がいる可能性が高かったのだそうだ。それも単独ではなく組織的なもので、その時最も疑わしかったのが一部のハンター。


 でもそのハンター達の行動を是正するかどうかは私達にとってはあまり重要じゃない。問題となったのは、一体誰が彼らを引き込んだかということ。

 もしハンター達が操られているのではなく全てを理解した上で自ら協力しているのであれば、吸血鬼側にいるのは最近外界に行くようになった者ではなくて、以前から外界とノクステルナを行き来している者かもしれない。そんな吸血鬼はノストノクス関係者くらいしかいないから、だからノストノクスは本気を出して調べていたのだ。

 私がキョウに出会ったことが大きな問題になったのはそのせいだ。ハンター側にいるレイフの仲間に気付かれないよう事を運びたかったのに、執行官が来たという情報を与えてしまったせいで危うく逃げられてしまうところだったらしい。……そう考えると壱政様、私が処分されないようにかなり頑張ってくれたんだろうな。


 とまあ、そんなこんなでレイフは裁判待ちの状態だ。〝個人的な商売〟以外にも色々と悪さをしていたみたいで、事実確認に時間がかかっているらしい。

 キョウの両親や殉職に見せかけられたハンターの死には直接関わっていないようだけど、少なくとも〝この人は消した方がいい〟みたいな口出しはしていたみたいだからそれも罪に問われるだろう。あとは執行官である私を殺そうとしたことは罪としては結構重い。レイフは元執行官だからその分の加算されるはずだ。


 そういえば私は執行官だからいつでも面会できると思っていたのだけど、被害者でもあるからもしかしたら会えないのだろうか。じゃあ壱政様に会わせてもらうよう頼む……のもおかしな話だよな。目的を聞かれたら正直に答えるわけにはいかないし、嘘を吐こうにもバレる気しかしない。


「うーん?」


 どうしようかなぁと頭を抱えていると、廊下の先から足音が聞こえてくるのが分かった。もうそんなに時間が経ったのかと思って時計を見てみれば、私がここに座ってからまだ一時間も経っていない。

 もうちょっとゆっくりすればいいのに――そう思いながら顔を前へと向ければ、なんとも言えない表情をしたキョウと目が合った。


「話せた?」

「ああ……まァ、それなりに」

「煮え切らないなぁ。微妙だったの?」

「微妙っつーか……なんかすげェ変な気分だった……」

「キレた?」

「なんでそんな楽しそうに聞くんだよ」


 キョウは嫌そうな顔をしながらも、小さく「多少はな」と呟いた。


「じゃあもう帰る? 半日はいても大丈夫だから、疲れたなら休んでからでもいいけど」

「そうだな……いや、帰る前に少し話せるか?」

「わざわざ聞くってことは場所変えた方がいい? 人目をはばかる話?」


 なんだろう、ハンターの話かな。それだったら確かに他の吸血鬼には聞かれたくないだろうけど、そういう感じもしない。

 もしかしてご両親と会ったことで泣きたくなったのだろうか。キョウは泣くのを我慢しそうだから結構有り得そうだ。


「……あんま人前でする話ではねェな」

「なら私の部屋行こうか。おもてなしできるものもないんだけど、椅子と洗面所はあるから安心して!」

「洗面所?」

「もしキョウが泣いちゃっても顔洗えるよって意味」

「泣かねェよ」


 キョウは強めに否定してきたけれど、こういう自己申告はアテにならないので部屋に着いたらまずタオルを渡してあげようと思う。

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