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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
最終章 転がり落ちていく先は
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【第十三話 無力】13-2 どうにかして!

 ノイズのように響いていた雨音が、一つの大きな音で掻き消された。


「……あ?」


 私から見て右側、外に近い位置にいた方の男が怪訝そうな声を出す。彼が押さえたのは自分の胸元。男は当てたばかりの手を胸から離すと、その手のひらを見て驚愕の面持ちを浮かべた。


「は? 何だこれ……ッ……!?」


 驚いていた男は、今度は胸を掻き毟るようにして苦しみ出した。ああ、これ知ってる。私も初めて見た時は驚いた。どういう仕組みかは知らないけれど、これは従属種をも簡単に殺すもの――吸血鬼にとっても、きっと毒。


 胸元にあった傷は銃創。直前に聞こえたのは銃声。確かサイレンサーを付けているはずなのに、こうして聞くとあんまり意味がないんだなとどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 男の傷は大したことはない。多分あの銃は人体を貫通させられるほどの威力は出せない。出すつもりも、きっとない。


 心臓あたりで止まった銃弾はそこから仕事を始める。毒なのか何なのか、銃弾に仕込まれた何かがそこから全身に広がって、男の身体を蝕んでいく。

 男の苦しげな声が雨音を遮る。洋服から露出している首元が、顔が、赤黒く変色していく。真っ黒になった血管が、まるで肉体を絡め取る蔓のように広がっていく。


「何だ!?」


 もう一人の男は恐れるように隣から距離を取った。私の首にかかる力さえ弱まりかけている。


「銃だ! 撃ってきた奴を追え!」

「そんなんどこからか分かるわけ……!」


 レイフが男に指示を出すも、彼は混乱した様子で狼狽えるだけだった。レイフが動けば早いんだろうけど、今彼は私を押さえるのに忙しい。しかも私達のいる場所は外から狙えない――つまりこっちからも相手の位置が分からないから、言葉で明確な指示を出すこともできないのだろう。

 そうこうしている間に撃たれた男の全身が変色しきって、やがて力尽きたようにその場で崩れ落ちた。でも身体はまだ残っている。だから死んでいないことは確かだけど、意識は失っているようだ。このまま死ぬのか助かるのかは正直分からない。だけど今はそれで十分。


 あの銃で吸血鬼を無力化できる。しかも残った方の男は恐らく戦い方を知らない。


「物陰に隠れろ!」

「ッ……!」


 レイフが声を上げれば、男ははっとしたように外から身を隠そうとした。彼を追うように銃声が響く。外れた銃弾は壁にめり込み、それに気付いた男は「ひッ……」と情けない悲鳴を上げて倒れ込んだ。


「全く……しっかりして欲しいな」

「ぁぐッ……!」


 レイフの呆れたような声と共に、私の首にかかる手に力がこもった。苛立っているのか、さっきよりもずっと強い力だ。

 ああ、これまずいかも。レイフの大きな手は私の首の血管をいとも簡単に圧迫して、呼吸ごと思考を奪っていく。


「一葉!」


 馬鹿。駄目だよ、折角見つかっていなかったのに声なんて出しちゃ。近付いたら不利だって分かってるから、遠くから狙っていたんでしょ?


 そう思うのに、どうしようもなく嬉しくて。目から流れた涙は苦しいせいか、嬉しいせいか。自分でもどっちなのか分からなかった。


 どっちなのか、考える間すらなかった。


「――ッ!?」


 突然首に強い力がかかった。絞められるのではなく、後ろに向かって。


「ぅあ……!」


 気付いた時にはうつ伏せに押さえられていたはずの身体が前を向いていた。背中にはレイフの気配。私は彼の盾にされているのだと、ぼんやりとした頭でもすぐに分かった。


「雨は嫌いだな。お陰で君の匂いに気付かなかった」

「アンタ一体何してんだよ……!? 一葉は仲間なんじゃないのか!?」


 開け放たれた雨戸の外から、雨に濡れたキョウがこちらを見ていた。銃を構えているけれど、狙いを定めようとしてるようには見えない。きっと状況が分からないのだ。今まで遠くにいた彼には、私達の会話は聞こえなかっただろうから。


「君には関係ないことだよ。――ねぇ、そこの。早くその人間を殺してくれる? 僕がやってもいいけど、それじゃあ君がここに来た意味がないしさ」

「だ、だって銃が……!」

「いけよ。そのくらいしか役に立たないんだから」


 その瞬間、物陰に隠れたままだった男の顔から恐怖が消えたのが分かった。

 怯えていた彼がゆらりと立ち上がる。その気配にキョウははっとしたように男に銃を向ける。

 そのまま引き金を引くかと思ったのに、キョウは何かに気付いたような顔をしてそれを躊躇った。


「優しいね」


 後ろでレイフが言う。その言葉と同時に男がキョウへと襲いかかる。


「クソッ!」


 辛うじて男を避けたキョウは既に銃をしまっていた。代わりにナイフを出していて、襲ってくる男の鉤爪をなんとかそれでいなしている。


 多分キョウは、相手が操られていると気付いているんだ。だから致命傷になりそうな攻撃を避けているんだ――以前の彼にはなかったはずの感情が、無差別に吸血鬼を殺すことを許さないのだろう。


「ふッ……うぅ!」

「彼と話したいの?」

「ッ!? ゴホッゴホッ……!!」


 首の力が弱まる。そのことを喜びたいのに、急に吸えるようになった空気の勢いに耐えられず喉が濁流のように咳を押し出した。


「ゲホッ……はあッ……はあッ……」

「ほら、早くしないと死んじゃうよ」

「誰の……せいでッ……!!」


 私が何度も咳を繰り返している間にも、キョウはどんどん押されていった。いくら戦い方を知らないと言っても相手は吸血鬼。人間のキョウとじゃそもそも身体能力が違いすぎるのだ。

 それでもキョウがどうにかなっているのは彼の積み上げてきたもののお陰だろう。だけど、それももうもたない。このままではキョウが男に殺されてしまうのは時間の問題だった。


 なんとかしなければ――レイフから逃れるように身体に力を入れる。彼は今の私の力じゃ絶対に抜けられないと分かっているからか、「無駄だよ」と幼子を諭すような声で言いながら私の腕を掴む。折れた腕を持たれているせいで動くたびに激痛が走ったけれど、弱っていた理性はもう回復したから支障はない。

 そうしてもがくふりをしながらこっそりと足を動かして、つま先が目的のものに触れた瞬間、思い切りそれをキョウの方へと蹴飛ばした。


「キョウ! これ!!」


 飛んでいったのは黒いボディバッグ。布団の近くにずっとあったものだ。

 蹴り飛ばしたせいでガチャリと金属音が鳴る。それに気付いたレイフが「その音……!」と声を上げる。


 でもその時にはもうバッグはキョウが受け取っていて、彼は男の攻撃を避けながら中身を取り出した。


「こんなんでどうしろってんだよ……!」


 バッグから出した手枷を持って悪態を吐く。それでもちゃんと持ったままなのは、どうにか私の意図を考えようとしてくれているからだろう。

 でもごめん、正直そんなに考えてない。ただこれを使えば男の動きを封じられるはずだから、なんとか男に付けてくれることを祈るしかない。


「どうにかして!」

「はァ!? どうにかって――ッ!?」

「キョウ!」


 ガキッ、という金属音と共に、男の攻撃を受けたキョウが室内の壁に叩きつけられた。ギリギリで手枷の鎖で受けたのか、鉤爪で切られた様子はない。

 男が追撃を仕掛ける。背中を打ったらしいキョウは苦しそうに噎せていたけれど、すんでのところでその攻撃を避けた。

 そのままキョウは逃げるように雨戸の方へ。それを追うように男が後ろへと振り返る。


 キョウと男の間にあった距離は、一瞬にしてなくなった。キョウはまだ室内、男の気配に気付いて振り向いた彼の背は柱に当たって、それ以上の後退を妨げられる。逃げ場を失った彼に男の左手の爪が振り下ろされる。


 けれど大振りのそれを身体を捻って躱し、キョウは男の後ろへと回り込んだ。


「ガッ……!?」


 呻き声は男のもの。その喉元には鎖があって、手枷部分を掴んだキョウが男を背負うようにして首を絞めているのだ。

 背を仰け反らせた男の両足が畳から離れる。苦しそうにもがいていた男はやがて動きを止め、だらりと身体を脱力させた。


 ドサッと音を立てて、男が乱暴に畳に落とされる。肩で呼吸をしているキョウは気だるそうに男の腕を引っ張って、柱を巻き込むような形で男の両手首に手枷をはめた。


「へえ、やるね」


 背中から聞こえてきた声に切迫感はない。むしろ少し楽しそうで、キョウに仲間がやられたことはレイフにとって何の問題にもならないのだと思わされる。……多分、実際にそうなのだろう。今の男達は見ていた限り戦いにおいては完全な素人。レイフは元々戦力として考えていなかったのかもしれない。


「やっぱり若い子は駄目だね」

「あ?」


 レイフの声に気付いたキョウが彼を睨みつける。完全に上がってしまったらしい息はまだ戻っていない。それでもキョウは苦しそうにすることはせず、「言い訳か?」と挑発するような笑みを浮かべた。


「そうだね。あんまり期待はしてなかったんだけど、まさかハンター一人にやられちゃうなんて……壱政に鍛えられてる一葉とは違って、それ以外の若い吸血鬼って大抵まともに戦えないんだよ。急に高まった身体能力に酔いしれちゃうから訓練してみようとすら考えない。操っちゃうと本当にもう駄目でさ、身体が戦い方を知らないから獣みたいな動きしかできないんだ」


 レイフの言葉が途切れた直後、トンッと背中を押された。

 ごくごく軽い手付きだと思ったのに、次の瞬間には私の身体は畳に叩きつけられていた。大きな音と衝撃が、手が使えないせいで顔と胸に一気にかかる。


「ひと――」


 キョウが私を呼ぶ。でもその声は、湿った音に遮られた。


「ああッ!?」


 お腹に激痛が走る。殴られたとか切られたとかじゃなくて、背中からお腹までを貫かれた感覚がする。


「やめろ!」


 キョウがその場から飛び出したのが畳から伝わった衝撃で分かった。目で追いたいのに、持ち上げようとした上体が動かない。動かしたらお腹が痛い。思えば衝撃の感じ方もおかしかった。畳に接した部分で受け取ったはずなのに、お腹の痛みがより増したのはどうして?


 ドンッ――大きな衝撃音で私の思考は遮られた。


 音は前方、私の頭が向いている方から。どうにか首だけを動かせば、そこには襖を破った先の廊下で激しく咳き込むキョウがいた。完全に蹲り、周囲に気を配ることすらできていない。


「こんな脚でもね、人間相手になら遅れなんて取らないんだよ」


 レイフの声と共に、私の目の前に何かが降ってきた。

 傘だ。私の和傘が、レイフに投げ捨てられたんだ。これだけ近ければ柄の仕掛けで壱政様に知らせられるかも――浮かんだ希望は、あるはずのものを見つけられなくて一瞬で霧散していった。


 柄がない。ならこの刀でキョウを切りつけた? いや、違う。キョウは血を流していない。じゃあ刀はどこに?


 感じた予感のまま自分の背中に顔を向ければ、見慣れた刀身が目に入った。ああ、そういうことか。この刀が、私ごと畳に突き刺さっているせいで動けないんだ。


 なんて分かったところで意味はない。悪くなった状況にただただ顔が引き攣るだけ。


「そう考えると本当にその子達は駄目だったな。ハンターって言っても相手は人間なのに……全く、もう少し使える子達を連れてきてくれればよかったものを」

「なんなんだよ、アンタ……一体誰の仲間なんだ……?」


 キョウがどうにか声を絞り出す。声を出し切ると同時に咳き込んで、苦しそうに顔を歪める。普段の彼ならもっと強がりそうなものなのに、それをしないことが気がかりだった。


「一葉達の仲間だよ。て言っても、今回はちょっと違うんだけど」

「意味分かんねェよ……! 一葉の仲間ならなんでその一葉を殺そうとするんだ!!」


 どうにか呼吸を落ち着けたのか、キョウが怒鳴りながら立ち上がるのが見えた。だけど足元はふらついていて、手もお腹を押さえたまま。殴られたのか、蹴られたのか。人間の身であそこまで飛ばされるほどの衝撃を受けたのだから、きっと声を上げるのだって辛いはずだ。


「僕は個人的に商売をしていてね。だけどその商売がノストノクスに目をつけられちゃったんだ。向こうは僕の関与を知らなかったんだろうけど、このままじゃバレるかもしれない。そうなったら流石に逃げ切れないから、完全にシロだって状況を作りたいんだよね。……本当に面倒だよ。いくら序列が下でも、一葉にはまだ手を出すなって言ってあったのに」

「まさか昨日の奴は……」

「商売仲間だよ。まあ、向こうはろくに僕のことを知らないけどね」


 キョウ達の会話を聞きながら、やっとレイフに狙われる理由が分かってきた気がした。外部にここを襲撃されたと見せかけたいのは、昨日の男が仲間だから。捕まった彼がどんな証言をしようと、自分に疑いが向かないようにしたいのだろう。


『君を殺して、僕もそこの奴らに殺されかける予定なんだ』


 でも、だからってそこまでする? 既に疑われているならまだしも、まだ疑われているかも分からないのに自分も死にかけようとまでする?


「なんでここまで……まだ関係が知られてないんだったら……」

「念には念を、って言っただろう? それになんとなく壱政には目を付けられていそうな気がするんだ。ただの勘なんだけどね、案外勘も馬鹿にできないからさ。気の所為だったとしても、完全に疑われる前に手を打っておいた方が後々楽なんだよ」


 私の問いにレイフが優しい声で答える。ただの勘でここまでするなんて――私が次の言葉を見つけるより先に、レイフが口を動かしていた。


「一葉と一緒に僕も襲われたなら、ひとまず疑うべきは別にいるって思ってもらえるだろ? ああ、人間の君もいるならハンターの仕業に見せかけたっていい。末端のハンターなら執行官を狙ったとしても不思議ではないからね。君が一葉を殺したように見せるか……いや、君はハンター達の狙いに気付いて一葉を助けに来たって方がいいかな? それで君の努力も虚しく二人揃ってハンターに殺されて……うん、そっちの方がドラマチックだ。しかもハンター相手になら僕が生き残るのもそう不思議ではないから、壱政だって簡単に信じてくれるかも――」


 私達に話しかけているような口振りなのに、まるで独り言のようだった。私達の答えを求めているようには思えないそれは、レイフの頭の中の考えをただ口に出しただけ。


「――だからさ、二人には揃って死んで欲しいな」


 だけどその一言だけは、紛れもなく私達に言っていると感じた。

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