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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
第三章 グッバイ、ハロー
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【第九話 距離】9-3 とりあえず飴ちゃん食べる?

 いつもの夜道をゆっくり歩く。昨日は一人で寂しかったけれど、今日はもう寂しくない。

 でもその足取りの重さは心配でしかなくて、私は口を動かしながらも隣の様子が気になってしかたがなかった。


「そろそろ休む?」

「何回聞くんだよ。まだ平気だ」

「痛み止め飲んでるくせに」


 ひょこひょことした歩き方は足を怪我しているせい。それは隠しようもないからと、本来固定すべき右腕はぷらぷらと放置。誰かに見られた時に大怪我をしていると思われたくないという言い分は理解できるけれど、やせ我慢してまですることではないと思う。


「あんまり頑張りすぎると傷の治り遅くなるよ? 前に自分で切った腕だってやっと抜糸したとこなんでしょ?」

「このくらいの怪我なら慣れてる。見廻りだけなら問題ない」

「ふうん? じゃあ少しでもふらふらしたらおぶって連れて帰るからね」

「……上等だ。何度もそんなクソダセェことされてたまるか」


 昨日屋敷に連れ帰る時のキョウはもう眠っていて覚えていないらしいけれど、それでも状況的に自分が私に背負われて帰ったことは分かりきっているから大変屈辱的らしい。力の問題じゃなくて絵面の問題なのだそうだ。本当変なところ気にするな。


「それよりどうするの? 壱政様が会えるって言ったってことは、ハンターでも向こうに行く申請通るってことだと思うけど……」

「なんでアンタは知らないんだよ」

「執行官やってる年数が違うんだもん。前例があっても私は資料を探さないと分からないけど、壱政様は普通に関わってたかもしれないじゃん?」


 私と壱政様ではそもそも生きている時間が違うのだ。その頃に彼が執行官だったかどうかは分からないから別として、普通に生活していただけでも関わっていた可能性だってなくもない。


「とにかく、壱政様が会えるって言ったら会えるのは確実だよ。後はキョウの気持ちだけ」

「あの人のことは疑ってねェよ。ただその気持ちがな……」

「知りたかったんじゃないの?」


 覗き込んだキョウの顔は、なんとも言えない表情をしていた。

 でもなんでキョウがそんなに尻込みするのかが分からない。会えるなら会ってしまおうと思うものなんじゃないのかな。私達吸血鬼なら今会えなくてもどうせいつか会えるだろうと思うけれど、百年しか生きられない人間なら尚更いつかはないかもしれないと思うものかと考えていたのに。


「事情を知るのと会うのは別なんだよ。……つーかとっくに死んでると思ってたのに」

「なんで?」

「なんでって……なんでだろうな。生きてたら会いに来るはずって思ってたから……会いに来ないのは死んだってことだと……」


 言葉にするたびにキョウの顔が曇っていく。なるほど、彼はそうであることを心のどこかで望んでいたのだ。だから生きていたのに会いに来なかったという事実に心を痛めている――と思ったのだけれど、予想に反してキョウの顔はどんどん不機嫌になっていった。


「そうだよ、なんで生きてたのに会いに来ないんだよ。たかが一回息子に拒否られただけだぞ? まだ俺は子供だったんだからもう少し頑張れただろ……!」

「……キョウ?」

「しかもハンターだったのに吸血鬼になってるって言うし、本当なんなんだよあいつら! なんで俺がこんな頭悩ませなきゃなんねェんだよ」

「えっと……とりあえず飴ちゃん食べる?」

「……なんでそんなの持ってんだよ」


 イライラした様子のキョウにポケットから取り出した飴を差し出せば、文句を言いつつもしっかり受け取ってもらえて笑みが溢れる。しかもすぐに食べているあたりが素直で大変よろしい。


「なんか悪いな……一葉には関係ないのにこんな苛ついて」

「キョンキョンがガキンチョを自覚した上に謝っている……!?」

「なァ、わざと煽ってるだろ?」


 じとりとした目で睨まれたので、サムズアップでウィンクを返す。するとキョウからは大きな溜息を返されて、「なんか馬鹿らしくなってきた……」と呟く声が聞こえてきた。


「つーか馬鹿らしいって思ってんのに踏ん切りが付かない俺もどうなんだよ……」

「凄いよキョウ。君はここ数日で一気に大人の階段を駆け上がっているよ」

「……少しは真剣に返せよ」


 キョウがさっきよりも疲れた様子なのは自分の感情のせいだよな。私の相手をしたせいという可能性もなくはないけれど、彼の怪我を心配している身としては自分が疲労の原因になっているってあまり考えたくないし。

 ああでも、既に今日も煽りまくってることはバレてるのか。となるとここは一言くらいごめんねって言うべきかしらと考えていると、キョウがこちらを見て「でも……」と口を開いた。


「アンタがいつもどおりなのは正直助かる。親のこともそうだし、殺されかけたことも壱政さんに言われたことも……なんか考えることが多すぎて感情が無になってきた……」


 そう言うキョウは心底疲れたとでも言いたげな表情だったけれど、私の胸には安堵が広がっていた。昼間は彼の考え方の変わりように驚いたものの、多分今言ったようなことが積み重なって物の見方が変わったのだろうと思えたから。

 もしかしたら徐々に変わっていたのかもしれない。だけど私達はそんなことを話す仲ではなかった。だから私はその変化に追いつけなくて別人のようだと思ってしまったけれど、話しているとやっぱりキョウはキョウのままだと感じることができる。


「ふふ」

「なんで笑うんだよ」

「だってさ、なんか良くない? それだけキョウにとっては大事なことって意味でしょ? 壱政様のはただの意地悪もあるだろうけど」

「能天気だよなアンタ……」

「前向きって言ってちょーだい」


 のんびりとしか歩けないキョウを置いて、ちょうど目の前に現れた歩道橋の階段をとんとんと駆け上がる。少し高くなったところでキョウの方に振り返れば、「今転がり落ちてきたら俺は避けるぞ」と言われなんだか楽しくなった。

 これって元気だったら受け止めてくれるってことかな? その場合は勿論お姫様だっこだよね。壱政様にしてもらったのは脇に抱えられただっこばかりだったから憧れてるんだ。……いいな、今度やろう。絶対。


「私、別に優秀じゃないんだよ」

「なんだよ突然」

「物の覚えも運動も普通。壱政様に拾われた頃は三、四歳くらいだったのに言葉も喋れなかった。だから色々なことが最初は難しくて、うまくいかないことばっかりで、子供の頃は拗ねて泣いてた記憶ばっかり」


 遠い日のことを思い返す。本来は大人との生活の中で身に付けるようなものは、当時の私には何もなかった。辛うじて二足歩行はしていたけれど、言葉は話せないし食事も犬食いか掴み食いだったし、あの頃の私は人間の形をした動物だったのだろう。着物すらなんだか温かいからと身体に布を巻きつけているだけだった。

 だから壱政様に拾われて、話す練習や食べ方の矯正、着物の着方に他人との生活の仕方と、知らないことにたくさん触れることになった。それは普通に暮らす人なら当たり前にできることばかりだけど、当時の私にはなんでそれが必要なのかすらも分からなかった。言葉も分からないから説明してもらうことだってできない。

 しかもまともに使ってこなかった手は不器用で、唸りと叫び以外に使ってこなかった口は全然思うように動かなくて。何をやってもちっとも思い通りにいかないものだから、子供の頃はいつもむしゃくしゃしていた気がする。


「だけどある時ね、壱政様が教えてくれたの。今はうまくいかなくても、続けてればいずれできるようになるって。そういうものを一つ一つ着実に増やして、自分の思う立派な大人になればいい――それで一葉って名前にしたんだって。だからね、物事もそうだし、悲しいとかムカつくとか、そういう感情も全部大事なものだって思うようにしてるの。そういうのをたくさん経験すればするほど、なんだか自分ができていく気がしてさ」


 私の話を聞きながらゆっくりと階段を上ってきたキョウは、私の二段下で止まると視線を手摺の外側に移した。そこには深夜だからあまり車の走っていない道路があって、オレンジ色の街頭がほんのりと彼の肌を同じ色に照らしている。

 そのせいで影に入ってしまった目元が見えづらかったけれど、それでもどこか考え事をしているような雰囲気は伝わってきた。


 けれどもさ。


「今いい話したつもりなんだけど無言ってどういうことだ」


 一葉ちゃん渾身のいい話だぞ。なのに無言って、もしかしてこの話キョウの年代には響かなかった? それとも聞いている振りをして全然聞いてなかったか。……あらやだ、どっちもありそうじゃん。


 だけどそれは杞憂だったようで、キョウは「いや」とこちらを見上げた。


「……大事にされてるよ、アンタ」

「ッ……」


 小さな笑みが私に向けられる。少しどきりとしたけれど、私の心臓が無事だったのはそのぎこちなさのせい。でも別に何かしらの感情を隠しているわけではなさそうで、これは多分、こういう優しい笑い方をするのに慣れていないだけな気がする。

 つまりキョウ、笑うの下手くそ。悪い笑顔は完璧、普通の笑い方はまあ及第点……で、これだよ。何それお茶目か。どれだけこじらせて生きてきたんだよ。


「俺はそういうの聞く機会なかったな」


 私が内心でキョウのこじらせ具合を案じていると、足を止めていたキョウが再び階段を上り始めた。一段上れば私と同じ目線になって、もう一段上ればいつもの身長差。キョウはそこで止まらずにまた一段上に上がって、ほんの少しだけ寂しい気分。

 だけど――


「来ないのか?」


 不思議そうな顔でキョウが私を見下ろす。その瞬間、胸がいっぱいになる。にやけそうになる顔をにんまり笑顔で上書きしながら「キョウが落ちたら支えてあげようと思って!」と返せば、「……そりゃどうも」と不服そうな声が降ってきた。


「そういえばさ、キョウってどういう字なの? 前に聞いて教えてもらえなかったんだけど」


 キョウの隣に並びながら話題を戻す。以前は完全に無視された質問だけど、今はどうだろう――彼との距離を測ろうとする下心を隠し、さも話の流れだけで気になりましたという風を装う。

 私の質問にキョウは少し考えるように眉根を寄せたけれど、少しして諦めたように小さく息を吸い込んだ。


「……〝馨〟る。画数多い方」

「冬梅馨……物凄い風流じゃん」

「女みたいだろ。それになんか字面だけな気もするし」


 キョウが言い渋ったのはあまりこの漢字が好きではないかららしい。この口振りでは自分の名前の由来も知らないだろうから、女っぽい以外の印象がないのかもしれない。


「もしご両親と会ったらさ、そういうのも聞けるといいね」

「……そうだな」


 あ、またぎこちない笑い方。でもやっぱりそこに嫌な感情は見当たらない。それがなんだか嬉しくなって私も笑みを浮かべれば、下手くそな優しい顔のキョウと目が合った。


 一秒、二秒……――三秒目ではっとして慌てて目を逸らす。視界の端で盗み見たキョウもまた、既に顔をどこかへと向けていた。

 深夜の歩道橋、下からオレンジ色の光が私達を照らす。私の顔色は、きっとオレンジにしか見えなかったはずだ。

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