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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
第三章 グッバイ、ハロー
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【第七話 変化】7-4 流石に言い過ぎじゃ……!!

『俺は……真実が、知りたい』


 端的なそれは先日聞いていたものと同じ。でも言葉の重みが違うのは、キョウの中でその望みが現実味を帯びてきたからだろう。

 叶うはずがないと思って口にするよりも、叶う可能性があると思って口にするそれは本人の感情を大きく揺さぶる。既にどんな結果でも受け止めると覚悟が固まっていればいいけれど、キョウのこの様子ではまだそこまで至っていないのかもしれない。


 私でも分かるのだから、壱政様に彼の迷いが分からないはずがない。彼は少し馬鹿にするような声で、「へえ?」と笑みを浮かべた。


「お前の親が仲間を裏切ったという証拠が出てくるかもしれないんだぞ?」


 ほら、こうやって意地悪する。私も伝えてあることだけど、壱政様みたいに冗談の通じなさそうな人に言われるとキョウも感じ方が違うはずだ。しかも彼は壱政様のことを恐れていそうだから、より深く心を抉られるだろう。


「……それならそれでいい。元々そういう奴らだと思って生きてきた」

「それで納得しているなら今更蒸し返す必要もないだろう」

「でも知りたいんだ。俺が受けてきた扱いは本当に仕方がないものだったのか、それとも違うのか。もし違うなら、俺は……」

「お前は?」


 言い淀んだキョウの言葉を壱政様が容赦なく引き出そうとする。多分、わざとやっているのだ。壱政様は時々善悪観念がおかしいけれど、基本的には日本人らしく行間をきちんと読める人だ。今だってキョウが言葉を詰まらせたのはそれだけ彼にとって言いづらいことだと分かっているはずなのに、それでも間髪入れずに続きを催促したのは何かしら考えがあるのだろう。

 キョウも刺すような冷たい声に誤魔化しは効かないと悟ったらしい。断続的に吐き出される小さな吐息は、本当なら声を運ぶはずのもの。言葉にしようとして、喉元を通り過ぎて、口から出そうとした瞬間に声が消えてしまっているのだ。静かな嗚咽にも似たその吐息が、彼の中の葛藤を表しているかのようで辛かった。


 もしこれでこの場に壱政様がいなかったら、私はもういいよと言っていたかもしれない。冗談で茶化して、どうにか彼の表情を変えようとしていたかもしれない。

 だけど今は、それができない。壱政様はキョウの本心を求めている。それを言うか言わないかはキョウ自身が決めること。これまで仲間にも気を許していなかったであろう彼がどうにか声に出そうとしているのだから、私はただただ黙って見ていることしかできない。


 静かに時が過ぎていく。とても長い時間に感じるけれど、実際はものの二、三分と言ったところ。

 隣から大きな呼吸音が聞こえてきた後、「俺は……!」と絞り出すような声が空気を揺らした。


「本当のことが分かれば……もう少し、自分を受け入れられるかもしれない……」


 尻すぼみになる声が、彼の中でそれがどんな意味を持つのかを物語っていた。


「つまり?」


 壱政様の静かな、けれど楽しそうな声が響く。なんでそんな意地悪するんだと思うのに、私はもう十分だろうと止めることができない。


「後悔してるんだ……あの時、親の手を振り払ったこと……。そうまでして残ったこちら側にも居場所なんてなくて……俺がどれだけ頑張ったって、全部無駄なんじゃないかって……」

「過去の自分の選択を正当化したいのか」

「ッそうだよ! だってそうだろ!? アンタらはこんなに話ができるじゃないか……! 今までは誰にも認められなくたって、それで化け物から誰かの命が守れるんだって言い聞かせられた。だけどアンタらは思ってたよりずっと人間みたいだから……! 俺は……俺は本当に、誰かを助けられてたのか……? 俺はただ、人を殺していただけなんじゃないかって……」


 ああ、そっか。キョウは怖いんだ。

 今まで彼にとってモロイは狂った化け物だった。だからハンターとして()()ことができた。

 だけどそうじゃないと、自分達人間とそこまで変わらないと知ってしまったのだ。私の人間らしさを認めてくれたけれど、つまりそれはモロイの人間性も認めるということ。今まで自分が命を奪ってきた相手が化け物じゃなくて人間に近しい存在だったのだと、彼は感じてしまっているのだ。


「なるほどな。恐ろしくなったわけか、自分がただの人殺しだと気付いて。しかも大義名分のない人殺しかもしれないんだからそれはさぞ怖いだろうな」


 壱政様も同じことに気付いたらしい。けれど私と違って愉しそうに笑みを浮かべ、キョウを見下すようにその視線を向けている。


「それで? そんな時に過去の後悔をなかったことにできるかもしれないと知ったから、そっちに縋りたくなったってところか?」

「ッ……!!」


 キョウの肩がびくりと跳ねる。完全な図星なのか、当たらずも遠からずという程度なのかは私には分からない。

 だけど壱政様はそんな彼の態度を肯定と取ったようで、それまでの笑顔から一変、まるで相手を刺し殺すかのような鋭い目でキョウを睨みつけた。


「甘えるなよ、小僧。お前は自分のしてきたことに自分で責任を持てないと言っているようなものだ。そんな奴が真実を知ったところでどうなる? 望む真実じゃなかったら? 自分の境遇に同情してくれる奴を探してそいつに依存するのか?」

「違ッ……」

「壱政様! 流石に言い過ぎじゃ……!!」


 思わず声を上げれば壱政様がこちらに顔を向ける。その視線はキョウに向けていたものと同じ。いや、それよりも厳しいもので、全身が一気に緊張に包まれた。


「肩入れしすぎるなと言っただろ、一葉。それともお前がこいつを甘やかすのか? そうしたいなら勝手にしろ、だが二度と戻ってくるな。一生太陽に怯えながら人間の世界で生きろ」

「なんで……」

「何かを選ぶというのはそういうことだ。選ばなかった方の恩恵まで受けられると思うなよ」

「そんな……」


 なんで急に壱政様はそんなこと言うんだろう――冷たい言葉に指先が震えるのを感じた。

 私が人間に手を貸そうとしているから? 壱政様の忠告を守れなかったから?

 頭の中でぐるぐると疑問が巡って、目元が濡れていくのが分かった。壱政様にこんなふうに突き放されたことなんて今まで一度もない。もっとどうしようもない失敗をしてしまったならともかく、なんで今ここまで強く言われなきゃいけないのかが分からない。


「なら選ぶ機会をくれよ」


 不意に隣から聞こえてきた声のお陰で、私は疑問の波から解放された。そうだ、今は自分のことで動揺している場合じゃない。

 浅くなっていた呼吸が少しずつ落ち着いていくのを感じながら、私はどうにか涙を止めてキョウへと視線を移した。


「今の俺には何も選べない……何を基準に選んでいいか分からない……! だから知りたいんだ! あの時本当は何が起こってたのか……それがたとえ到底受け入れられるものじゃなくても、知らなきゃ何も始まらない……!!」


 噛み付くような声でキョウが言う。

 キョウは凄いな。私なんてちょっと壱政様に強く言われただけで動揺しきっていたのに、もっとたくさん言われた彼はそれでも自分の意見を曲げないなんて。

 私は本当に傲慢だったのかもしれない。キョウに親のことを知って欲しいだなんて、私みたいな弱い奴が言えたものではなかったのかもしれない。


 なんて、自分を情けなく思っている間にもキョウと壱政様の会話は進んでいく。私はそこに取り残されたまま、ただただ聞いているだけ。


「思い込みだ。今ある事実だけでも選ぶことはできるだろ」

「だけど絶対後悔する! 足りないものがあるって分かってるから、それを無視して選んだところでいつか絶対同じことで行き詰まる! だから――」


 相変わらず厳しい壱政様の言葉に反論したキョウは、そこまで言うと頭を下げた。これまでずっと正座していたから、今の彼の姿勢は最敬礼にあたるものだ。


「――だから、お願いします。もしアンタがその手立てを知っているなら、俺の両親のことを調べてください。代わりに俺ができることなら何でもする」


 そこまで言ったキョウは頭を下げたまま、こちらをちらりと一瞥した。何か私に用があるのかと思ったけれど、すぐに戻された目線がそれを否定する。代わりに聞こえてきたのは「それから……」と話を続ける言葉で、続きを予想できない私は彼を見続けることしかできなかった。


「……そいつのことも、俺のせいなら許してやって欲しい。この人はただ、俺のことを心配してくれただけだと思うから」

「キョウ……」


 見たことのないキョウの姿に何も考えられなくなる。だって私の知るキョウは人間ならまだしも、吸血鬼相手にこんなことをするような人じゃない。

 プライドだって高いはずなのに、畳に額を擦りつけて、聞いたことのない丁寧な言葉で壱政様に頼み込んでいる。しかも自分のことだけじゃなくて、私に対する許しまで乞うだなんて――私が言葉を失っていると、壱政様の溜息が聞こえた。


「子供のうちからそんな頼み方なんてするな。土下座の価値が下がるぞ」

「……今後やるつもりもないんで」


 ゆっくりとキョウが顔を上げる。いつの間に腹を括ったのか、その目は壱政様をしっかりと捉え、少し前までの揺らぎを全く感じさせない。


「だといいがな。……まあ、大した手間でもないし今回は調べてやってもいい。だがなんでもすると言われたところで、お前なんかにできることはないから貸しにしといてやる。一葉は俺の忠告を聞いてないことを反省しろ、許すかどうかはそれ次第だ」


 キョウが再び頭を下げる。それを見る壱政様の目には呆れしかなくて。

 私はそんな二人の姿になんとか話がまとまってよかったと喜びたいのに、ぎこちない笑みを浮かべることしかできなかった。

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