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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
第三章 グッバイ、ハロー
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【第七話 変化】7-1 へい、平気です!

 突然だが、イケメンは正義だ。

 異論はあるだろうからあくまで私個人の意見として言わせていただくと、顔が好みの人の言うことは多少無理難題でも聞きたくなる。

 というのは私が壱政様に育てられたせいもあるだろう。無垢な子供だった私は壱政様に憧れ、彼に恋し、世の中の男性全てが壱政様になるべきだと思っていた時期もあった。

 だがしかし現実とは厳しいもの。私が人間だった時は自分も人間らしく振る舞っていた壱政様は、私が吸血鬼になった途端本性をお出しになったのだ。そう、ぶった斬りである。

 それまでは言葉での叱責や武術稽古の追加という罰はあっても体罰はなかった。まあ稽古中はほいほい投げられたけれど、罰じゃなくても投げられるのでそれは一旦置いておこう。


 吸血鬼になった私に壱政様が最初に課したのは痛みに慣れること。確かに必要なことだと分かるけれど、彼はろくな説明もせず『左腕からいくか』と言って私がその意味を聞き返す前に人の着物ごとぶった斬りやがったのだ。いやあ、あれはびっくりした。びっくり通り越して怖かったし痛かったしで盛大に吐いた。そしてうえうえ吐いている私の腕に壱政様は予告もせず切り離された腕を押し当てた。この世の終わりかと思った。

 ちなみにこれは〝腕を斬り落とされたとしても、すぐに拾って押し当てれば早く治るぞ〟という教えだったのだけれど、私がそれを知らされたのは気絶して目覚めた後。思いっきり水をぶっかけられて混乱する私の()()を壱政様がぶった斬った後だった。


 そういうようなことばかりをされたから、私の壱政様に対する恋心もまた無残に切り裂かれていった。しかし傷の治りやすい身体と違い、ぶった斬られまくった恋心が綺麗に治ることはなかった。

 それでも悲しい哉、人というものは相手に対する敬愛を忘れられない生き物である。毎日毎日ぶった斬られ、そのうち痛みにもすっかり慣れてしまった私は壱政様の善悪観念以外は素晴らしいと思ったままの自分に気が付いてしまった。


 そしてそれに気付いてしまえばもう遅い。いくら斬られようともその瞬間の壱政様のお顔を追うようになってしまったのだ。だって壱政様、人を斬る瞬間にちょっとニヤってするの。あれってそういうことだよね、ドSってことだよね。

 しかしながらその珍しいお顔もまた暗い色気があり物凄く格好良いものだから、私は何をされようと相手がイケメンならば全て良しと思うようになってしまったのだ。


 はい、前置きはここで終わり。


 じゃあ酷いことをしてきたわけじゃない相手が、素敵な表情をしたらどうなると思う?


「――ドッキドキするわ!」


 その一言だけ叫んで、私は枕に顔を埋めた。

 事の起こりは二日前、キョウが自分を餌にするため腕をぶった切った時のこと。あの時の彼はきっと弱っていたんだろう。吸血鬼に操られている人の主導権を無理矢理奪おうとすると、操られている人が大変に苦しい思いをする。主に頭痛や吐き気、全身の倦怠感――まあ私はそうなったことがないから分からないけれど、これは吸血鬼でさえしんどいのだと以前経験者が教えてくれたことがある。

 だからあの時のキョウは普段の彼とは別人だったのだ。そう何度も何度も自分に言い聞かせるのに、そのたびに頭の中で勝手に再生されてしまう。


 私の発言を聞いて、ふわりと笑った彼の顔が。


『知ってる』


 あの時のキョウのはにかみ顔ってば!


「何あれ可愛いだろあざといのかあざと可愛いのかあの男は!」


 普段無愛想な男達はこういうギャップを乙女に与えるために無愛想を貫いているのだろうか。なんだそれ腹立たしい、乙女の心を何だと思っているんだありがとうございます。


「一葉、今話しかけても平気?」


 襖の向こうから聞こえてきた声に顔がぼっと熱を持つ。この声の主はレイフだ。もしかして今の全部聞かれていたのだろうか。私が壱政様系のお顔に目がないということは既に広まってしまっているけれども、あざと可愛いのもどストライクだったという話は私も今知ったところだから流石に恥ずかしいぞ。


「へい、平気です!」


 平気を言い淀んだだけなのに、なんだか江戸っ子みたいになってしまった。いやそういうのは言わないでおこう。うっかり壱政様の前で言おうものならとても危険だ。彼は本物の江戸っ子を見たことがあるから鋭利な突っ込みで私の心を介錯してくるかもしれない。

 そしてレイフはレイフでそこには一切触れず、「ちょっと開けるね」と襖から顔を出した。スルーもちょっと心がしんどい。


「今日ってさ」

「キョウ!?」

「ん?」

「あ、いやいやなんでもありません。どうぞ話を続けてください」


 確かレイフはキョウの名前を知らないはずだ。というか私が吸血鬼ハンターと共に行動していることを知っているかどうかさえ怪しい。先日一緒に印刷した報告書には『ハンターより引き渡されたモロイ』とは書いてもその経緯はメインじゃなかったから割と省いたので、そこからレイフが事情を知れるとは思えない。


「話ってほどじゃないんだけど、一葉そろそろ出かける時間じゃない? 今日はいいの?」

「え……? ああ!!」


 しかも今日はハンターの拠点までキョウを迎えに行く日じゃないか。そしてそれは彼の意思じゃない、私が彼の怪我の具合が気になったから押し通したようなもの。強制的に昨日彼に休むように言って、その上で拠点待機するよう言いつけたのだ。だって怪我もそうだし、操られた時の後遺症とか心配だったんだもん。


 ……ん?


「ひぃッ! 心配だなんて!」

「一葉?」

「なんでもありませんなんでもありません!」


 反射的に五体投地。

 不思議そうな顔をするレイフから逃げるように、私は身支度を始めた。



 § § §



 人混みに溺れないよううまく躱しながら夜の街を一人歩いていく。いつもだったら流石に嫌だなと思うこの人手も、今の悶々とした気分を追い払うのにはちょうどいい。

 これから向かう先はハンター達の拠点だから、どうしてもキョウのことを思い出してしまう。すると芋づる式にあのはにかみ顔まで頭に浮かんでしまうものだから、にやにやしないように必死なのだ。一人で歩いてるのににやにやしてるってもう完全に不審者じゃん? 挙動不審で職務質問されるのは嫌だ。私のにやけ顔は危険物じゃないぞ。


 というわけで、全く別のことを考えようと試みる。たくさんの人、いろんな匂いが混ざった空気、それぞれが好き勝手に話す声。

 彼らはきっと自分達の生活が脅かされているだなんて微塵も思っていないだろう。先日捕まえた吸血鬼の男はまだノストノクスで尋問中だから詳しいことは分からないけれど、この間の様子を見ていた限り、彼が人間の血で一儲けしようとしていたならそれはきっと人道的な方法じゃない。


「早く全体を把握しないと……」


 あの男は単独なのか、それとも組織の一部でしかないのか。最近の従属種の増加に関係あるのかどうかも判断するにはまだ情報が足りない。

 そうして考え事をしているうちに辿り着いたビルの前で一息吐いて、私はその先へと足を進めた。


 地下を歩き、やっと慣れてきた受付を通ってエレベータに乗り込む。チンと鳴った先はいつもの喧騒――のはずだったのに、今日はそれよりも騒がしい。

 これまで私がエレベータを降りると向けられていた敵意の混ざった目はどこにも見当たらない。というかそもそも気付かれていない。

 喜びの大きい雰囲気に、これは水を差さない方がいいかしらとそっと気配を消してみる。何の騒ぎか分からないけれど、出直した方がいいかもしれないと思ってそのままエレベータで受付に戻ろうとした時だった。


「上位種を捕らえるだなんて凄いじゃないか!」


 おや、と思わず〝開〟ボタンを押し込む。人間がそうほいほいと上位種――吸血鬼を捕まえられるとは思わないから、きっとこれはキョウのことだ。なら私が出ていっても問題ないかなと思って、どのタイミングでボタンから指を離すか参考にするために耳を澄ませた。

 すると聞こえてきたのは、喜びに紛れた小さな嗤い声。


「執行官がいたから捕まえられただけだろ? あいつの実力じゃない」

「どうせ親みたいに媚び売ってるんじゃないか?」

「いくら自分は違うと主張したって、吸血鬼と手を組めるのは流石親子だな」


 ぱらぱらと聞こえてくるのは、恐らくキョウを貶すもの。彼は貶されるようなことなんて一つもしていないのに、なんでこいつらは好き勝手言っているんだ――むかむかと込み上げた怒りのままエレベータを出ようとしたけれど、ふとその脚を止めた。


 なんだか私が出て行った方がキョウの立場を悪くしてしまう気がする。彼の親のことは知らないけれど、今の声から考えればきっと吸血鬼と手を組んだように見える行為をしたのだろう。

 それが事実ならまだいい。でも全くのデマだったら? 吸血鬼である私が彼を庇えば、根拠のない言葉を裏付けてしまうことになるかもしれない。キョウに対するこの嘲りまで、彼らに事実だと思わせてしまうかもしれない。


 ああ、嫌だ――


「ッ……」


 ぎゅっと拳を握り締める。キョウがこの前頑張ってくれたのを見ていたのは私なのに、この口からそれを言うと嘘だと思われてしまいそうだなんて。


「どういう顔だよ、それ」

「ッ……キョウ!」

「珍しいな、アンタが気付かないなんて」


 知らないうちに私のすぐ近くまで来ていたキョウは、私の返事も聞かずにエレベータに乗り込んできた。

 周りからは彼を呼ぶ声が聞こえる。でもそれを無視してキョウが〝閉〟ボタンを乱暴に押せば、ゆっくりとドアは閉まっていった。

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