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スキップドロップ  作者: 丹㑚仁戻
第一章 吸血鬼、吸血鬼ハンターになる
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【第一話 落下】1-2 まさか打首……!?

 ビュンビュンと風を切る音に包まれて、私の落下速度はどんどん上がっていった。

 でもスカイダイビングじゃないんだから落下時間はそう長くない。あっという間に地面は近付いてくるものだから、私は身体の形を手放した。


 ぶわっと勢い良く私の身体は霧散して、黒い炎のような状態でその場に留まる。地面からの距離、約五メートル。これくらいなら飛び降りても全く痛くないから、私は身体を作りながら地面に下りた。


 いやあ、それにしてもあの顔は近年稀に見るどストライクだった。別に面食いってほどでもないはずなのだけど、私の好みをそのまま具現化したような顔立ちを見て興奮せずにいられるわけがない。なんだったら脳内妄想より解像度高いぞ。何あれ私のために生まれてくれたの? ありがとう彼のご両親。


「あ! 名前聞きそびれた!」


 上を見上げながら頭を抱える。顔の良い彼はまだてっぺん付近、ひょいひょいと鉄骨を一段ずつ飛び降りながらこちらへと向かっていた。


「え……こっわ。落ちたら死ぬやつじゃん」


 人間なのに命綱なしでよくやるなと思いながら、これはここに留まるべきかと思考を巡らせる。

 もし彼が途中で足を滑らせてしまえば助ける人が必要だ。私ならその役目を担えるから是非とも名乗り出たいところだけれども、彼は吸血鬼ハンターだからそれは良しとしないだろう。人間にとって吸血鬼のイメージは悪いもんだから、ハンターにまでなる人達は結構私達のことが嫌いらしい。


 というかそもそも相手は人間だから、こちらが吸血鬼だと知られてしまった以上然るべき対処をしなければならないかもしれない。でもその然るべき対処って、私達の存在を広められないためだから既に知ってる吸血鬼ハンターには意味なくない? ああ駄目だ、よく分かんない。なんかマニュアルがあった気がするけれど、吸血鬼ハンターへの対処って書いてあったかなぁ……?


「ま、いっか」


 多分そのままで大丈夫なんじゃないかな。ってなると純粋に彼を助けたいかどうかという私の気持ちが重要なわけだけれども、助けたら助けたで嫌がられる気がするからそこの判断も難しい。

 これは相手の様子を見てから決めようと思って、東京タワーの上の方にうんと目を凝らす。でもちっさすぎてよく分からないな。なんとなく険しい顔をしている気がするというか、危ないのに銃を手放していないあたり私への敵意は消えていないのかもしれない。


「うーん……逃げちゃお」


 彼のことは追々知っていけばいい。幸い私は不老長寿な吸血鬼、時間なら掃いて捨てるほどある。


「噂の満員電車ってやつに乗ってみようかなー」


 私は久々の東京に胸を躍らせながら、弾むような足取りでその場を後にした。



 § § §



 二日後、東京都下。都心から特急電車で二十分ちょっとのところに一際大きな日本家屋の屋敷がある。

 最初に建てたのはもう何百年も前らしい。まあその後なんやかんやあって建て直したり増築したりしているからそんなに築年数はいっていないのだけれど、それでも明治生まれな私より年上なんだから相当なものだ。


 ここは私達吸血鬼が人間の世界――外界(げかい)に持つ家の一つ。昼間は雨戸がしっかりと閉じられているからいつ寝起きしても安心だ。このあたりに用のある執行官はここに滞在するから事務所のようなものと言ってもいいだろう。

 とはいえあくまで〝ようなもの〟なので、事務所的な机やら何やらはあまりない。和風な机のある部屋もあるけれど、事務所につきものなコンピュータ類は管理人の私物を除くとどうにか一台ずつ置かれているだけ。テレビだってブラウン管だ。でもアンテナを地デジ対応してないからただの置物。何これ無駄の極みなんだけど。


 そんな時代に置いてかれた家の中、私は畳の上で正座をしていた。

 まだ時間は朝の五時。東京に来てからなんとなく人間の生活スタイルに合わせていた私には眠い時間。

 朝っぱらからなんでこんなことをしなきゃならないだなんて文句は禁句。だって私の前には胡座でふんぞり返る上司がいる。


「――で、そのまま何もせずに帰ってきたのか?」


 素敵な低音ボイスが冷たいのは平常運転。切れ長の目は虫でも見るかのように細められていて、彼が相当おかんむりなのは嫌でも分かった。


「だって相手は吸血鬼ハンターですよ? どう記憶をいじれっていうんです?」

「俺は教えたはずだがな」


 え、本当?

 なんて思った瞬間、緑色の髪の間から覗く目が剣呑な光を放った。


「ッちょぉおおおおストップストップストップ!! 反省してますごめんなさいだから刀は抜かないで!!」

「反省してるなら選ばせてやる。右か左、好きな方の腕を出せ」

「それ選択の意味ない!!」


 キン、と鯉口を切る音がする。その音を聞いた瞬間、私は咄嗟に左腕を差し出していた。


「……結局選ぶんじゃないか」

「長年の習性ですぅ……」


 呆れたように溜息を吐いた私の上司こと壱政(いっせい)様は、疲れたように刀を畳の上に置いた。

 良かった、考え直してもらえた。いつもだったらあのキンッって音と同時にぶった斬られていたところだ。吸血鬼は大抵の怪我は簡単に治ってしまうから、この人は気軽に人のことをぶった斬る。

 ぶった斬るって比喩でも大袈裟に言ってるわけでもないぞ。本気で手足を斬り落としてくるんだよこの人は。しかも達人並に腕がいいものだから、急いでくっつければ本当にすぐに治っちゃう。だから余計にぶった斬られる。嫌な悪循環だ。


「ていうか、なんで私がハンターと会ったって壱政様が知ってるんです? 私報告してなかったのに……」


 ジロリと睨まれたのはあれかな、『報告しろ馬鹿が』ってことかな。付き合いが長すぎて言葉なんていらないね。


 と言ってみたものの、壱政様が二日前のことを知っている理由までは分からない。

 私が壱政様に事の経緯を話したのは、さっき突然やってきた彼に文字通り蹴り起こされたからだ。『お前ハンターに会っただろ』と開口一番で言われたあたり、今思えば私が詳細を話さずとも事情を知っていたのかもしれない。


「向こうが報告してきたんだ」

「ノストノクスに?」

「ああ。と言ってもお前が会った奴は自分の上に言っただけだが」


 ノストノクスというのは私達吸血鬼の中央機関だ。人間でいう立法であり行政であり司法でもあるもの。うん、全部担ってる。三権分立に喧嘩売ってるよね。

 私のような執行官もノストノクスの所属だ。そして目の前の壱政様もそう。本当は壱政様は今外界にはいないはずなのだけれども、ノストノクスに話が行ってしまったからわざわざ来る羽目になったのだろう。なんてったって私は壱政様直属の部下だからね、上司って大変だ。


「一介のハンターは俺達と自分達組織の繋がりを全ては知らない。だからお前という執行官が突然現れて騒ぎになりかけたらしい」

「という苦情が来た?」

「そうだ。お陰で火消しが必要になったんだよ、この忙しい時に」

「大変ですねぇ」

「自分のせいだって忘れてないか?」

「ごめんなさい」


 なんだかな、壱政様って折角イケメンなのにしょっちゅう人をゴミを見るような目で見てくるから勿体ない。まあ正直それもそれで格好良いんだけどね、大抵この目と抜刀がセットなものだから私としては割とヒヤヒヤするんだ。


「最近外界に法を無視する奴らが流れ込んでるっていうのも、ハンター側と協議して慎重に対応を進めていたんだ。夜しか動けない俺らと違って人間は昼間でも情報収集ができるからな。それなのにお前のせいで面倒臭いことになっているんだぞ」

「わぁーお……」


 実は今、私達吸血鬼もちょっとした問題を抱えている。吸血鬼は基本的にノクステルナという世界に住んでいるのだけれども、少し前にそのノクステルナ全体を巻き込んだいざこざが起こってしまったのだ。一応は解決したものの、結果として現在進行系でアウトローな吸血鬼が増えてしまっている。

 本来外界に渡るためには、結構面倒臭い手続きとそこそこ厳しい審査がある。でも悪い吸血鬼はそういうルールを無視して外界に渡ってしまうのだ。しかも更にルールを無視してモロイをどんどん生み出してしまっているものだから、実はこのところ人間の世界の治安は中々にやばくなっている。


 壱政様の言っているのはそのことだ。吸血鬼はともかくモロイだったら人間のハンターにも狩れるから、いい感じに手分けしようとしていたらしい。

 でもそういった事情が人間側だと一部の偉い人にしか伝わっていなかったみたい。だから先日の彼のような末端に急に話が行ってしまっててんやわんやしているというところだろう。

 ……あれ、私結構まずいことしちゃった?


「もしかして私、執行官の権利剥奪されます……? ていうか投獄レベル……?」

「ああ、だから俺が来た」

「まさか打首……!?」

「結構余裕あるだろ、お前。もっと真面目に考えろ」


 壱政様は私を一睨みすると、そのまま話を続けた。


「実は人間側に面倒な要求をされていてな。一葉、お前がそれの対処をしろ。一定の成果を上げれば不問とまではいかなくても処分は軽くなるはずだ」

「……面倒ってことは、大変なんです?」

「簡単なことをこなしたくらいで許されるレベルのミスじゃないんだよ」

「ひっ……!」


 あ、これ本気で怒ってる。手足をぶった斬られるのがまだ可愛いと思えるくらいだ。


「一体私は何をすれば……?」


 余談だが、この壱政様という人は真面目だ。しかもかなり我慢強い。

 そんな人が仕事に対して面倒という表現を使うのだから、きっと相当な面倒事なのだろう。そう考えると、どんな無理難題をふっかけられるのかと身体が強張った。


「お前、吸血鬼ハンターになれ」

「……はい?」

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