第7話 ヴァルシュ、安堵する(不謹慎)
ヴァルシュは我慢がならなかった。
幼馴染のシャーロットが婚約したと聞いた時は、心がもやもやしてしばらく何も手に付かなかった。
その相手が次期妖精王であるのなら仕方のないことなのかと何とか切り替えようとしたが、その男がとても王の器には見えなかったし、天真爛漫で美しいシャーロットに相応しいかと考えれば否としか言い様がなかった。
ヴァルシュは幼少期から今まで長い時をこのミッドヘイムで妖精族たちと共に過ごしてきた。だからある程度はこの国の実情や要人の風聞などが耳に入ってくる。
シャーロットの婚約者が公表されたパーティでバムロールを初めて目にした。その時に浮かんだのは、いけ好かない野郎だと言う思いで、とても彼女に見合うだけの男には思えなかった。
竜王ガルガンドルムの肝煎りであったヴァルシュは、何も強くなるための修行に励むだけの生活を送っていた訳ではない。ちゃっかりと妖精族の間にそれなりのパイプを構築することに成功していた。
ヴァルシュは自身が出しゃばる問題ではないとも考えたが、いつもは屈託のない青天のような笑みを見せていたシャーロットの表情が冴えなくなり沈んでいったことでバムロールについて調べるために動き出したのである。
その結果はヴァルシュの予想通り。
と言うよりそれ以上に悪いものであった。
傲慢にして好色、権力と金に物を言わせた強引なやり方。
しかし外面は良いらしく、バムロールの評価は両極端なものであった。
実際、彼に無理やり手籠めにされた被害者から話も聞けたし、その派閥の中には妻を寝取られたり、娘を差し出させられたりした者が何人も存在した。
彼女たちにとって直視し難いことなのにもかかわらず、話をしてくれたお陰でその人となりを知ることができた。それについてはもう感謝しかないが、ヴァルシュは申し訳なさで胸が一杯になった。
そんな訳でシャーロットとバムロールの結婚を阻止してやろうと心に決めたヴァルシュであったが、唯一の懸念が存在した。それは竜族に迷惑を掛けることになると言う点である。ヴァルシュの一存で竜族と妖精族の関係が壊れることを恐れたのだ。しかも現在は人間たちと戦争中であり、魔族同士の結束が必要な重要な時期である。如何に竜族と妖精族が昔から友誼を結んできたと言っても王族に対して取って良い行動ではない。例えそれがどんなド畜生であったとしてもだ。
ヴァルシュは誰にも相談することが出来ずに妖精王の即位式、そして結婚式が行われる日が来てしまったのである。
当日は何も手に付かず、式が始まっても理由を付けて会場の外に出ていた。
本来であればガルガンドルムの側に控えているべきなのに、私事に振り回されただけでなく、私情を挟むなどあってはならないことだ。
だが、何故ここまで心がかき乱されるのか?
それが分からなかった。
バムロールはシャーロットに相応しいとは思えないし、彼女自身も乗り気ではないと思ったから動いたのだが、現実はどうなのか自分でも不明だ。
「それでは誓いを!」
会場から妖精神を信仰する神父の声が響いてきた。
その瞬間、体が反射的に動いた。
今までの葛藤が嘘であるかのように。
バタンッ!!!!!!
「その結婚、待ったッ!」
自分でも驚くような大音声だ。
ヴァルシュに視線が突き刺さっているのが分かる。
視線の集中砲火がこれほど痛いとは思わなかった。
「何事だッ!」
バムロールの怒鳴り声が聞こえる。
しかしヴァルシュの目はシャーロットのみを捉えていた。
彼女は目を見開いてヴァルシュの方を見ている。
突然の出来事に驚いているのは間違いない。
「待てと言ったのが聞こえねぇのか、このド腐れ野郎が!」
「なん……だと……? 貴様ッ……俺を誰だと思っているッ!」
「お前は馬鹿か?」
「何ッ!?」
「お前は馬鹿か?と言っているッ!」
「ッ!?」
バムロールが絶句している。
事態に対応できない内に花嫁を奪い取る。
「お前の行為は全てお見通しだッ! 鬼畜の所業……神が許しても俺が許さん!」
ヴァルシュは一気にバムロールの方へ駆けよると、シャーロットのティアラを外してド外道の顔面に叩きつけた。
そして固く握りしめる。
彼女の手を。
少し逡巡し戸惑ったかのように見えたシャーロットだったが、しっかりとヴァルシュに付いて来ている。
「ぐぐッ……追えッ! 何族の者か知らんが種族間問題だぞ貴様ッ!」
ヴァルシュの背後から何か聞こえてくるが指示が遅い。
その隙に2人は扉から揃って飛び出した。
その時、1人の妖精族の者とすれ違う。
「も、申し上げますッ! 魔王イルビゾン陛下が勇者によって封印された由にございますッ!」
「(はぁ!? マジか!?)」
ヴァルシュは耳を疑った。
しかし足を止めている暇などない。
シャーロットが高いヒールで走りにくそうだったので、さっと抱きかかえると、どよめく会場から走り去る。
「静まれい! 全種族、直ちに魔呪刻印の確認を急げッ! 族長もしくはその代理により、魔族大会議を開催するのだッ!」
遠くからガルガンドルムの一喝が聞こえた気がした。