第6話 魔帝國、激震
運命は無情であり、無常である。
今日と言うこの日がシャーロットにとってどのような日になるのか、彼女には知る由もない。
今日は、リンレイスからバムロールへの王位継承の儀式が執り行われる日である。
そして同時にシャーロットに運命の岐路が訪れる日となる。
バムロールとの結婚式が行われるのだ。
厳かな儀式の中、リンレイスのティアラが取り外される。
妖精神官が慎重な手つきでそのティアラを仰々しく掲げ、脇に控えていた女官に渡す。そこへ今度は別の女官が王冠を大きな台に乗せて粛々と神官に歩み寄ると、神官はそれを戴くと壇上で待つバムロールの下へと移動する。
そして王冠はバムロールの頭上に輝いた。
その瞬間――妖精王が交代した。
1人はいち貴族に。
もう1人は妖精族の王に。
彼らを取り囲むようにして儀式を見守っていた貴族や神官、有力者たちは新たなる王の誕生に拍手喝采で応えた。
それを右手を挙げて制すと、新王バムロールは宣誓する。
「本日、我は妖精王となった。我らの種族が永久に栄えるよう粉骨砕身臨む所存だ。我に続け。我は皆を導く者なり!」
会場は大きく湧き、まるで地響きが起きたかのように全体が揺れた。
「続いてシャーロット・マクガレルとの婚姻の儀を執り行う。」
シャーロットが重い足取りで壇上へ向かう。
彼女は絶望していた。
あの日、王城でバムロールが語った言葉は真っ赤な嘘であった。
それは虚言。偽り。心なき妄言。
リンレイスとリーンノアたちへ毒牙が伸びることを危惧したシャーロットは結婚を受け入れた。止む無き決断。それは諦念。
バムロールは権力を渇望していた。
全ては自身の欲望故。
目的は間もなく達せられる。
リンレイスの身内である美しきシャーロットを手に入れる。
流石に王族へ手出しすることは出来ない。
妖精族は遥かなる刻の中で人間に身も心も近づいた。
その結果、妖精が得た悪い側面――それは肉欲。
権力のみならず肉欲への圧倒的執着。
治まるところを知らない性的欲求が女性たちを喰い散らかす。
結婚前には既にバムロールに蹂躙された女性は数知れない。
もちろん、望んで接近した者もいるのだが。
「(すぐだ。間もなくシャーロットが手に入る。ぐげげげげ)」
バムロールの下へシャーロットが到着する。
神秘的な白銀のヴェールが取り払われ、美しい新緑の若芽――生命の息吹の色をした長髪がさらりと垂れる。
王妃の証であるティアラが彼女の頭を装飾する。
後は誓いのキス。
既に違えられた誓い。
妖精神を崇める神父が大声で刻が来たことを告げる。
「それでは誓いを!」
「(取った! そして俺はまだまだ奪い尽くすッ!)」
下卑た笑みを隠し切れないバムロールの顔がシャーロットへ近づく。
腕を包むウエディングの手套越しにシャーロットの右手の甲が怪しく光輝く。
バタンッ!!!!!!
「その結婚、待ったッ!」
大きく開け放たれた扉の音の後、大音声を発したのは――
――ヴァルシュ・フレイヤート
燃えるような獄炎の如き赤髪を持つ竜族の青年であった。
「何事だッ!」
良いところを邪魔されたバムロールが激昂して問い質す。
その隣ではシャーロットが驚きで目を見開いてヴァルシュを見つめていた。
「待てと言ったのが聞こえねぇのか、このド腐れ野郎が!」
「なん……だと……? 貴様ッ……俺を誰だと思っているッ!」
「お前は馬鹿か?」
「何ッ!?」
「お前は馬鹿か?と言っているッ!」
「ッ!?」
二の句が継げないバムロールにヴァルシュは更に畳み掛ける。
「お前の行為は全てお見通しだッ! 鬼畜の所業……神が許しても俺が許さん!」
ヴァルシュは怒りの形相で、バムロールの方へ駆けよると、シャーロットのティアラを奪ってバムロールの顔面に叩きつけ、彼女の手を固く握りしめて脱出を図る。
「ぐぐッ……追えッ! 何族の者か知らんが種族間問題だぞ貴様ッ!」
呆気にとられて動けないでいた衛兵たちが、ようやく動き出す。
ヴァルシュがシャーロットと共に会場から飛び出そうとした瞬間、入れ替わりで妖精族の者が飛び込んできた。
「も、申し上げますッ! 魔王イルビゾン陛下が勇者によって封印された由にございますッ!」
騒然とし始めていた会場内の喧騒が更に大きくなる。
皆、口々に何やら喚き散らし、驚き戸惑っているのが分かる。
「妖精王陛下ッ! 一大事ですぞッ! 如何なさいますか!?」
「陛下! ご指示を!」
「陛下ッ!」
突然全てがひっくり返されたかのような状況にバムロールは混乱していた。
表情は蒼白となり、前後不覚状態でふらりとよろめいて片膝を着く。
周囲も慌ててバムロールに駆け寄るが、混乱は加速するばかりだ。
そこに来賓として会場に訪れていた竜王ガルガンドルムが一喝した。
「静まれい! 全種族、直ちに魔呪刻印の確認を急げッ! 族長もしくはその代理により、魔族大会議を開催するのだッ!」